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魔神の娘でも追剥は抵抗があります

【その通りだ。我の肉から生じたお前にとって、煌神は同様に、相反する敵だ】


 お父様の声には強い不快感がこもっていたけど、今度はわたしもそれに違和感を覚えなかった。


 でも、でも、ですよ。

 だからって追剥は抵抗が……。それより服の一部を分けてくださいとか、素直にお願いしてみた方がよくない?

 マント一枚でもくれたらありがたい。


 そんなことを考えていたら、またお父様が鼻で笑った。


【何を悠長なことを。奴らはお前を見れば殺しに来る】

「え――……」


 ほ、本当に?

 唖然としたわたしの耳に、がさがさと葉の擦れる音が響く。近い!

 い、いきなり切りかかってきたりとかはないよね? 大丈夫だよね?


【どうだか。それより、油断しているうちに先手を取って殺してしまえ。お前は我の欠片。生まれたてでもそれなりの力はあるはずだ】

「こ、殺すのは駄目な気がします!」


 わたしの魂に染みついた何かが、それは良くないことだと拒絶する。


【だから、そのように悠長なことを――】

「おい、何かいるぞ!」

「!」


 見つかった!


 硬直し、息を詰めている間に相手は姿を現した。

 ぱっと目に入ったのは、白い鎧姿。一見して上等な兵士だって分かる。だって装飾多いもの。一般兵だったら、もう実以外はどうでもいい! みたいな格好してる気がする。

 そしてやっぱり――男性だった。


「――っ」


 半ば覚悟していたけど、平気なわけはもちろんない。なるべく草木を盾にして、できる所は手で隠す。向こうもこっちの恰好に愕然とした様子で、言葉を失い立ち尽くす。


「!」


 そしてややあってはっとしたように、彼は焦った手付きでマントを外し、こちらに投げて寄越した。


 ――助かった!


 もちろん遠慮なんてしない。できる状態じゃない。マントを引ったくって体に巻く。ああ、体に布地があるって素晴らしい!


「ありがとうございます。助かりました」

「――……」


 お礼を言った途端、青年の眉間にぐ、としわが寄せられた。不可解そうに。

 言葉が通じない、とかじゃないよね。だって彼の言葉は分かったもの。


 というか、今更気付いた。

 美形だなあ。

 赤みがかった金の髪に、青空みたいに気持ちいい、澄んだ青の瞳。年の頃は二十二、三ぐらい? ちょっときつめだけど怜悧な顔立ち。背も高くてスタイルよさそう。


「助けてはいない。――煌使様が告げられたのだ。この地に魔神の欠片があると」


 言って青年の目は、私の背後、出てきた繭へと向けられた。


「あれから出てきたのは、お前か?」

「え、えっと……」


 どうしよう。その通りなんだけど、肯定しない方がいい雰囲気なのはよく分かるよ!


「聞くまでもないか」


 言って彼は腰の剣を抜く。

 しまった! 肯定しないどころか、否定しておくべきだった。全力で。


「いいえ、違います!」


 力いっぱい言い切った。と、彼は剣を鞘から滑らせる途中で動きを止める。

 効果あったかな!?


「そうか。ならば早々にお前を斬って追わなくてはならないな」


 効果はあったけど解決はしなかった。


「っ……」


 冗談で誤魔化すのは無理っぽい。背中に冷たい汗が流れた。

 どうしよう。

 どうしよう。――怖い。


【何と脆弱な……。腹立たしい、我と代われ!】


 え?


 竦んでへたり込んだまま動けないわたしに、頭の中でお父様の叱責が響いた、直後。急にすべての五感が遠くなった。


【え――?】

「そこで見ていろ」


 わたしの口から飛び出したのは、小声ながら自信に溢れた強い言葉。でも断じてわたしが発したものじゃない。

 ……ってか、お父様、よね?


(そうだ)

【やっぱり!? とうか、え。どういうこと!?】

(お前の肉体を借りただけだ。お前の体はそもそも我の肉片からできている。我の一部を我が使えぬ道理はない)


 理屈は分かる、気がするけど、何かやだなあ。


(では、今から代わって死ぬか)

【お任せします!】


 死ぬの嫌だ! 生まれたばっかりなのに! それに怖いし!


(ならば大人しくしていろ)

【了解ですお父様!】


 わたしは今、体の奥に押し込められていて動かせる手とかないんだけど、気持ちの上でだけ手を額にかざし、敬礼。雰囲気だけは伝わったのか、お父様溜め息。呆れていらっしゃる?


「言い残すことはあるか」


 慈悲なのだろうか。剣を突きつけてきた青年がそう聞いてきた。

 わたしが詰んだ! と思ったこの状態でも、死ぬつもりも予感も一切ないらしいお父様は、少し考えるように俯いてから、顔を上げる。


「煌神は、魔神の欠片をいくつ滅した」

「死にゆく身でも、魔神を求めるか」


 お父様が欲した情報に、青年はぐっと眉を寄せた。分かるような、分かりたくないような――そんな複雑な気配がする。


「煌使様は道半ばだと仰っていた」

「成程、ご苦労。――では、死ね」

「!?」


 さっきまで怯えて硬直するしかできなかったわたしが、いきなり傲慢な台詞を放ったものだから、相手の青年は驚いたようだった。

 もっとも、お父様があまりに早くて、一瞬で眼前にまで間合いを詰めてしまったせいかもしれないけど。

 お父様は何やら指先を伸ばして揃え、手刀の形にした腕全体に黒い魔力を纏わせ、青年の首を一閃――ってそれ駄目なやつぅ!


【お父様!】

「っ!」


 やめて――。


 そう思ったのが伝わったのかどうか、お父様の手は、ものすごく不自然に軌道を変えた。

 青年はその一撃を容易く避け、手に持った剣を横薙ぎに振るう。

 あ、ちょっ。自分が斬られるのも嫌――!!


「ふん」


 わたしに対してか青年に対してか、お父様は鼻で笑うと、自分に向かって来る刃を素の手の平で受け止めた。

 き……、斬れてはない?


(当然だ。この程度の鈍らで我が魔力壁を突破できるものか)


 よ、よかった。


「っ……!」


 わたしの安堵と裏腹に、剣を掴まれた青年の方は焦燥を表にし、柄を握る手に力が入ったのが分かった。


「くっ……!」

「ここに辿り着いてしまったこと――。己の不運を呪うがいい!」


 言ったお父様の手の中で、青年の剣が砕け散る。

 あ、まずい! このままだと――


【お父様!!】

「ちィッ!」


 黒い魔力を纏ったお父様の拳は、今度は止まらなかった。けど、わたしが必死に抵抗した甲斐はあったのか、密度が薄れたのは分かった。

 叩き込まれる拳は止められず、青年は冗談のように吹き飛び、背中を強かに巨木に打ち付ける。

 だ、大丈夫かな……。


「こいつ……!?」


 青年を殴った拳を、お父様は握ったり開いたりを繰り返す。わたしも意識を向けてみると――あれ。怪我してる? 熱くて痛い、ひりひりする感じ。火傷みたいになってる。


「聖刻印持ちか! 早々に出会えるとは、いよいよ運が向いてきたか!」

【聖刻印?】

(煌神が我の肉片を封じた者に現れる印だ。力の強い人間が選ばれる)


 言うなり、お父様は青年の体に手を翳し、何かを探すように頭から順々に動かしていく。


「見つけた!」

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