口裏合わせは入念に
「使い潰す気はないけど、共に戦ってくれる人手は欲しいですね。でも一番は、煌使たちの盾に使われる人が減ればそれでいいと思ってます」
さあ反撃しようと言っても、町一つでどうにかしようってのは無理な話。けど幸いなことに、煌使や魔族はそんなに個体数が増えない種。もちろん年月分結構な差が開いてるけど、人と比べたら微々たるもの。
人の持つ数の暴力というのは、わたしたちにとってだって充分力を持つのだ。だから煌使だって使ってるんだし。これを削れるだけでもまずは有益。
さらにその中に聖刻印持ちの人がいたらなおラッキー。回収もスムーズにいく可能性が高まる。
「できれば説得できそうな人の説得を、アルディスさんにしてもらいたい。そのためにわたしの近くにいてほしい」
「普通の相手には、無理だぞ。人は煌神の正しさを信じている」
「元は対等だったはずなのに、どうして隷属関係になったんでしょうね?」
「対等……だったのか? 煌使と、人が?」
「あと魔族も」
「……」
想像ができないのか、アルディスさんは無言で眉を寄せる。上下の関係ははっきり出来上がっていたし、常識として浸透していた。人間の寿命は短いから、もういつからそうなってたかなんて分からないかも。
「アルディスさんはいつから煌神を信仰していたんです?」
「両親がそうだったから、子どもの頃から、自然に。騎士に就き、魔族や魔獣と戦うようになってからは……加護を与え、護ってくれる煌使たちは崇拝すべき相手になった。よく考えれば、彼らが表に立ったことなど一度もなかったというのに。俺はそれを疑問にさえ思わなかった……」
「あー……」
煌神の手先になった人間は魔族にとっては敵で、煌使よりも倒しやすい相手。腹いせの対象に選ばれたり、ヴァルフオールの位置を特定されないために別の地域で姿を見せたりと、接触する機会はなくなかったでしょう。
煌使はそれから護ってみせたりして、着々と信仰を稼いできたわけか。
これ、後半はともかく初期は自演もあったんじゃない? 今更わからないけどさ。
ちなみに、魔獣に関しては魔族にとっても管轄外。同属性だからわたしたちに懐きやすいのはそうだし、力が強かったり頭が良かったり足になってくれたりする種は飼ったりするけど、多くは彼ら自身の本能と、それに伴うルールに従って生きてるから。
多分煌獣もそうだと思うんだけど……。
「ちなみに、煌獣に襲われたりはしません?」
「滅多にない。あったとしても、それは尊き獣の怒りに触れた人が悪いのだと言われていた」
おぅふ……。
属性が違うだけでなんという差……。
「アルディスさん、言ってておかしいなとか思いません?」
「……今思った」
起こっていることは『襲われる』で同じだからね。げに恐ろしきは洗脳教育か……。
「そもそも、煌獣と呼ばれるのは煌気を強く宿し、会話も可能とする僅かな種だけだった。ほとんどの生き物は煌気を持っていても普通に害獣だ。きちんと考えれみれば、妙な話だな」
魔獣はどんなに弱くても魔族と一括りで、襲われたら魔神のせい。煌獣は強くない限り煌神とは無関係。うーん。見事なマインドコントロール。
「まあとにかく、わたしの思惑はそんな感じです。アルディスさんはこれからどうしたいですか?」
「……分からない」
ですよね。これから歩むだろうと思っていた道が、いきなり絶壁の下に消えましたから。
「だが、家族の安否は確認したいと思っている」
「あ、それは必要ですね」
しかも急いだ方がいい案件かも。
人間って結構残酷だから、アルディスさんが――その一家から裏切り者が出たとなると、『虐げることこそ正義。暴力を振るっていい相手』と見なされる恐れがある。
そこでそういうことをする人って、きっと普段から暴力を振るいたくて仕方なくて、でも周囲の手前異常になりたくなくて我慢しているだけで、いつでも他人を虐げたくて仕方ない人なんだろうなと思う。理由でも何でもないことを理由にして、自分を正当化した途端にそれだもの。
「できればご家族まとめてこちらに来てもらった方が安全かもですよ」
生活空間がわたしの部屋オンリーだから窮屈なのは否めないけど、とりあえずこの部屋に無断侵入するような魔族はいない。主にお父様の威光で。だから暴力に怯えるよりはマシだと思うんだ。
……ハレムの建設、本格的に考えようかな。わたしでも魔力使えば土木作業できそうな気がするから、もう少しヴァルフオールを広げて、そこに……。
「言っておくが、俺の家族は戦えないぞ。父は商人で、母は針子。妹は母の後を継ぐべく針と糸で一日のほぼすべてを消化するような生活をしている」
「いや、戦わせようとはしてませんって。でも針子なお母様と妹さんには期待が膨らみます」
ついでに言うと、お父様のトークスキルにも期待できるんじゃないでしょうか。
「……いいのか? あなたの側近は間違いなく歓迎しないが」
「アルディスさん。わたし、悪食なんです。気に入った相手なら、老若男女既婚未婚を問いません」
変態になる覚悟も決めましたからね!
真面目な表情でそう言うと、アルディスさんは口を押さえ、喉を震わせて。
「くっ。は、ははっ。そうか。――悪食になってくれるのか」
笑いを堪えようとして失敗し、開き直って声を立てて笑った。
「だがそのつもりがあるなら、貴女は正さなくてはならないことがある」
「何でしょう?」
「奴隷としてハレムに押し込む相手に、魔神の娘が敬称など付けるな」
た、確かにおかしい! 説得力がない!
「貴女の言う通り、俺は貴女の所有物としてなら存在を許容されるだろう。気に食わない奴からちょっかいを掛けられることはあってもな」
ヘルゼクスさんですね。
あの人はな……相反したとき、絶対わたしの意見を聞いてくれない。今回の件で確信した。
ヘルゼクスさんが従ってるのは、あくまで魔神の器としてのわたし。わたしの器は護ってくれるだろうし敬意を持ってるのも本当だとは思う。でも、わたしを見ているわけじゃない。
彼自身がわたしの、お父様のためだと判断したら、わたしの意思なんか無視するだろう。アルディスさんを排除しようとしたように。
「意外だ。己に無条件で傅く相手が苦手なのか?」
同じ人物を思い浮かべるのは、道中一緒だった経験から自然。
そこまで顔に出したつもりはなかったんだけど、バレましたか。
「まあ、少し事情がありまして」
わたしとヘルゼクスさんの関係性など、アルディスさんには用のない情報だろう。ざっくりまとめて流した。
「すまない。立ち入ったことを聞いた」
情報を与えなかったことを、アルディスさんもあっさり納得した。ほっとする。
「ともかく、だ。俺自身の安全のためにも、貴女には相応の態度を取ってもらいたい」
「つまり、呼び捨てとか?」
「わざわざ名前を呼ぶのか? 番号か代名詞で済ませそうだが」
『何番目』とか、『あれ』とか……?
「いや、それは止めましょう!」
「敬語」
「今から!?」
「慣れてもらう必要がある」
そ、そうかもしれないけど、切り替え早いな! 貴方はそれでいいんですか!?
いや、命がかかってるのか……わたしも同じ立場だったらお願いするな、うん。
「と、とにかく、その提案は却下! わたしの中の倫理観が受け付けないッ!」
「……そうか」
身ぶりも使って全力でノーを示すと、アルディスさんは少し驚いた表情をしてから、微笑した。とても柔らかい雰囲気で。
多分、だけど。本心で自然に笑ってくれた……?
「実は、俺も好きじゃない」
「だったら始めから言わないでくださいよ……」
「好きではないが、扱い的には自然だと思ったんだ」
公開処刑のときの一件から分かってたけど、この世界の常識恐い。
「とにかく、不自然じゃなければいいんでしょう? わたしはあなたを名前で呼んでいいと思うぐらい気に入ってるの。それでどう?」
「貴女の演技力にかかってくるが大丈夫か……?」
「協力よろしく」
一人じゃ無理でも、二人でやればできることは増える。たとえどんなジャンルでも共通だって信じてる!
「分かった。それなら俺も貴女にだけは感謝をして、忠実になろう」
「……なんか、すみません」
「敬語」
「う」
そんなすぐには割り切れないんですよ……。
「貴女に謝ってもらうことじゃない。あながち嘘でもないしな」
「?」
「何でもない。さて、それではヒルデガルド様」
「様付け止めません!?」
もの凄く落ち着かない。ヘルゼクスさんのときも思ったけど、彼の比じゃない。わたしを通してお父様しか見てないのがさり気に伝わってたからかな。
「……まあ、可愛がっているペットになら寛容でもおかしくはないのか。――では、ヒルダ」
「はい」
あ。返事間違えた。またアルディスさんにため息をつかれてしまった。ただわたしの顔に失敗した自覚が出てたのか、突っ込まれはしなかった。
「俺の名前、呼んでみろ」
うん。必要ですよね、練習。
人を呼び捨てにするのって、やり難い。まして名前を知っているだけの他人状態なのに。
しかしわたしはやると決めたのだ。ちょっと気まずいぐらいの気持ち、捻じ伏せてくれるわ!
深く呼吸を一回。その間、アルディスさ――違うな。ここから慣れよう。アルディスは忍耐強くただ待ってた。
「――アルディス」
「ああ」
「言えたわよ」
「そうだな。よくやった」
えへー。
何であれ、褒められるのは好きです。
「じゃあそんな感じで、明日ヘルゼクスさんと話してみま――みるから」
危ない。しばらくは気を付けて話さないとポロリするな、これ。
「絶対外出許可ゲットしてくるから。ご家族を迎えに行きましょう」
「ああ」
心配事に解決の目処が付いたのにほっとしたのか、アルディスの体から少し力が抜けたみたいだった。
「ありがとう、ヒルダ」
向けられた言葉は、なんだか凄く久しぶりに受け取った気がするお礼。
……胸が、温かい。
ああ、そうか。わたし、結構頑張ったから。貴方を助けたかったから。その相手から伝えられた肯定の気持ちが、とても嬉しいんだ。
「どういたしまして」
――うん、わたし、頑張れそう。
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キャラの呼び名を変えるときって、中々悩んだりします。会話にどうも不自然感を感じるというか……。精進ですな。




