交渉、詰みました
おそらくかつては町と町を移動するときの休憩所として作られたのだろう小さな宿場町は、今は静まり返っている。
だから宿場町というか、元宿場町だね。今はただの廃墟だから。
それでも形が割としっかり残っているのは、主を変えながら使われ続けてきた証だろう。山賊とか、野盗とか、そういう人たちが。
ちなみに、今は空。たまたま空いていたわけじゃないと思う。多分わたしたちが使うために、ヘルゼクスさんあたりが排除している。
何でかって? 人の痕跡が消えてるから。エスティアあたりが指示してたら、死体とかが平然と残っていそうな予感がする……。
ちなみに排除された説を確信しているのは、そこかしこにそう古くない日用品が残ってるから。
旅の準備のすべてをヘルゼクスさん任せにしたこと、少し後悔してる。でも一杯一杯だったんだもの。ついでに、これが最善だったっていうのも否定しない。
かつては町長さんとか、そういう感じの役職を持っていただろう人の家に腰を落ち着けて、わたしはぼんやりと時を過ごす。
一人であってもお父様がすぐ近くにいるから一人じゃないって思ってたけど、今は気楽に会話できる関係じゃないしな……。
というか、ヘルゼクスさんやエスティアとも、どうやって接すればいいんだろう。
わたしがお父様になることを望んでる二人に、わたしはどう接するべきなの?
「はあ……」
長く重いため息をついたとき、階下で扉の軋む小さな音がした。
「!」
ヘルゼクスさんたちが合流した……んだと思うけど、そうじゃない可能性もあるわけで……
【ない。ヘルゼクスとエスティア、それに聖刻印だ】
「うわ!」
何事もなかったかのように告げられて、わたしの方はもの凄く驚いた。
(お、お、お父様! メンタル強すぎやしませんか!)
ちょっと決別した感じあったよね? どうして当たり前みたいに話しかけてきてるの。
【当面は問題ないと落ち着いただろう】
いやそうだけども。
(でも将来的に敵になる結末、変わってませんよね……?)
【魔族である――我が子であるお前は、我の敵ではない】
「……」
そう言われても、困る。
【どうせお前の依代に使っている肉片など僅かなのだ。お前の命が自然に尽きるその日まで待ったとしても、我に然程不都合はない】
「え」
待って……もらえるの?
【しかし、魔族の状況は別だ。形を成したその器をお前が渡さぬと言うのなら、我が先陣に立ち眷族を護れる日は遠くなろう。お前はそれをどう考えている】
お父様の声にはわたしを責めている響きはない。本当にただ、訊ねているだけのように聞こえる。
(……わたしが、めちゃめちゃ頑張ります)
多分それでも、仮初めにでも復活したお父様には遠く及ばないんだろうけど。
でも要するに、肉片を大量に回収してお父様本来の肉体を再生させればいいのよね? そうすれば、わたしに使われている肉片一つ、そのままでも大した問題じゃない。そういうことよね?
【そうなる】
(だったら、頑張ります。物凄く)
だってわたし、生きたいんだもの。
【ならばさっそく一つ、回収するとしよう】
(……はい)
回収した後のアルディスさんのことがふと頭に過り、ためらいつつうなずいた所で扉がノックされた。
「ヒルデガルド様、ヘルゼクスです。よろしいでしょうか」
「大丈夫です」
町全体でわたし一人しかいない廃墟なので、部屋に鍵とかはかけていない。立ち上がってそのまま扉を開く。
正面に立っていたのは、声をかけてきたヘルゼクスさん。その後ろに気を失っているっぽいアルディさんを担いだエスティアがいた。
能力的に正しいのは分かるんだけど、絵面が何ともミスマッチ。
「ええとその、彼は大丈夫なんでしょうか」
「ご心配なく。命に別状はありません」
「よいしょっと――」
荷物を下ろすときまんまな掛け声と共に、エスティアが乱雑にアルディスさんの体を床に落とした。
ちょ、ちょ。もうちょっと丁寧に!
というか、結構な音がしたけどアルディスさんに起きる様子がない。大丈夫? 本当に?
「騒がれぬことをお望みだったかと。話は後でもできます。主の肉片を回収してからでも充分でしょう」
「そ、それはそうですね」
回収……回収? どうやって?
(お、おとーさま……)
【聖刻印の場所は大体でも覚えているだろう。魔力の扱いを覚えたお前ならば、触れれば正確な位置も捉えられるはず。さっさと服を剥いで口付けろ】
ですよね! そういう感じでしたよね!
いやちょっと待って。脱がすの? 赤の他人の男の人の服を?
【どうした】
難度の高さに硬直してました!
で、でも、わたしついさっき頑張るって決めたばかりだし。気絶している人の横っ腹にキスするぐらいでお父様に体渡すとかどうなのって思うし。あんまりお父様と代わってると、早晩肉体が壊れるとか、怖いこと言ってた気もするし!
【確かに言ったし、事実だな】
ですよね!
「ヒルデガルド様?」
「大丈夫、問題ない。これはわたしの命を護るためにしなきゃいけないことなの! ってことで、ごめんなさいっ」
初めから粗末かつ暴行によって既にわりと無惨な有様になっているシャツをたくし上げる。ええと、確か左の……。
【もう少し下だ】
また変態感が増す位置に……。
とにかく、さっさと済ませよう。
わたしがズボンに手をかけ、ほんの少しだけ下げさせてもらおうとしたところで。
「うっ……」
「!!」
起きた!?
「ちッ。面倒な。エスティア、押さえろ」
「りょーかーい」
エスティアが両腕を確保したところで、アルディスさんの目が開く。
「貴様、は……」
まだぼんやりとして焦点の怪しい目がわたしを捉え――すぐに覚醒する。
「――ッ!?」
そして自分の現状も把握してしまった。
たくし上げられたシャツと、押さえ付けられた両腕と、ズボンにかかったわたしの手。うん、前回以上に言訳無用だな!
「ちょ、なッ、なんッ、き、貴様。何で俺……ッ」
「ごめんなさいごめんなさい。すぐ済むから多分」
「待てッ。止めろ早まるな! 大体俺に見られる趣味は――ッ」
お父様がやったように、指先で触れて聖刻印の正確な位置を探る。撫でられる肌の感触にかアルディスさんは息を飲み、ぐっと腹筋に力が入ったのが分かった。……分かっちゃった、はい。
そうじゃないそうじゃない。集中、集中……。
――見つけた。
アルディスさんの体は確かに煌気がかなり強くて、触るとちょっとピリピリする。けれど一点、それどころではない――はっきりとした抵抗とこちらを害そうとする痛みを感じる個所がある。
お父様が口付けようとしたのは、長い間切り離されていた肉片に繋がりを思い出させるために、体液を付けるためだったんだ。
聖刻印に口付ける――と、封じられている肉片も反応を返してきた。外と中から力を注ぎ、聖刻印の破壊を試みる。
「ぅ、あ……ッ」
アルディスさんが苦痛の滲む喘ぎ声を上げたけど、今は無視!
……もう、少し!
さらに魔力を注ぎ込むと、割れた、という手応えを得た。
「はぐッ」
一瞬だけ浮かび上がった魔法陣が砕け、ころりと漆黒の石片が転がり落ちる。
肉片、という生々しい呼び方には相応しくない無機質さだけど、間違いない。これがお父様の肉片だ。
「ヒルデガルド様、それが……!」
「お父様の肉体です」
喜びを抑えきれない様子で問いかけてきたヘルゼクスさんに、黒い石片を拾い上げつつ、うなずく。
「何だとッ!?」
わたしの言葉にヘルゼクスさんが瞳を輝かせるのとほぼ同時に、アルディスさんからは嫌悪と驚愕の声が上がる。
あっ、それ今ここで出しちゃマズいやつ!
「不敬だぞ。人間」
「ぐッ」
アルディスさんの感情に不快を示したヘルゼクスさんは、彼の喉に手を伸ばし、容赦なく締め上げた。一応、彼をこちらに引き込む話をする、という理解を得ているはずだけど、覚えているかどうか定かではない力加減……に、見える。
「寛大にもヒルデガルド様は、貴様に服従の意思があれば受け入れてくださると仰せだった。しかしあぁ、残念だな? 貴様にその意思はないようだ」
「っ……ァ」
目を細めてアルディスさんを見下すヘルゼクスさんの唇が、苦しむ様と比例して楽しげにつり上がる。ひぃ……っ。
やっぱり第一印象は正しかった! 苦手なタイプだこの人!
いやしかし、怯えている場合ではない。
「待ってください。まだ彼とは何も話していません!」
「いいえ。この者は我が主へ敵意を示した。それが答えです。そして相手にその意思がなければ受け入れることはできないと、そうご理解いただいたはずですね?」
「それはッ。説得した後の話でしょう!?」
「この人間は、己の常識を疑う機をすでに得ています。にもかかわらず、己を殺した常識に未だ従う愚か者です。愚鈍な奴隷に用はありません」
「奴隷、だと……!」
ヘルゼクスさんが発した単語にはっきりとした怒りを込め、アルディスさんはわたしを睨む。
「ふざけるな……。俺は二度と、神にも魔にも従う気はない。俺たちは貴様らの都合のいい労働力じゃない。俺は――俺は、人を護る、人間の騎士だッ。貴様らに都合よく使われるぐらいなら、死んだほうがマシだ!」
ああ、もう、駄目だ。こうなるとどっちも説得するのは多分無理。
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守り人のふさふさ率が高くて(2/4)ときめきが止まらないルンファク4……。
揺れる尻尾可愛いよ尻尾……。




