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公開処刑が娯楽とか、認めたくありません

 人の領域最後の地、サウリの町。

 物々しい言われように相応しく、サウリの町はぐるりと高い壁に囲まれた城塞都市だった。


「でもそれってつまり、北を警戒してるってこと?」


 ヴァルフオールの位置、ぼんやりとでも知られてるとか……?

 怖くなって呟いたわたしに、ヘルゼクスさんは首を横に振る。


「いえ、そうではないと思います。元々、この大陸北部は我々魔族の領域だったので、大概の町がこのような造りになっていますよ。自分たちが招かざる客である自覚はあるようです」

「ボクたちの住処が『北』だから、人間たちにとって北が人気ない方角なのも間違いないけどねー」


 なるほど、人間たちからすれば、ここは敵地なわけね。納得した。

 それにしても……


「……変な熱気」


 ヘルゼクスさんの幻術に助けられ、わたしたちは難なく町の中に入っていた。目的を果たすまで目立たないように、人通りの少ない道を選んで歩いている。


 それでも分かる、町の雰囲気。

 なんか、こう――わくわくそわそわした、浮かれた空気が伝わってくる。


「公開処刑など、一大イベントですからね」


 冷めきった目で、ヘルゼクスさんは吐き捨てるように言った。不快に思っているのがありありと感じ取れる。よかった、わたしだけじゃなくて!


「同族をいたぶって喜ぶなど、理解できませんが」

「いや、そこはもうちょっと広げよう! 生き物全般にしよう!」


 命、大切! 取り返しのつかないものだからね!


「ボクもヒルダに賛成ー。動かない相手をいたぶったって、楽しくないよねっ」

「エスティアは根本的に違う! でも無抵抗の人に暴力振るったりしないってのはいいと思う! そこだけ変えないでちゃんと倫理観を育てよう!」


 一気に言ってから、はあ、と息をつく。


「でも、そっか。確かにこれはお祭りの空気だ」


 怖いわ、この世界。もっと道徳レベル上がってほしい。

 ……あ、わたしか。やらなきゃいけないのわたしだ。なんてったって魔神の娘だし。種族内ではナンバー2だし。……実力の部分は置いといて。


「アルディスさんはどこだろう」

「広場でしょう」

「もう!?」

「晒し者にされるために来るのです。他にどこにいると?」

「そ、そっか……」


 怖い、な。

 人をいたぶることに興奮したこの空気。分かってたけど、分かってなかったかも。アルディスさんの現状を見るのが、はっきり言ってかなり怖い。


「ヒルダ? どうしたの?」

「ご気分が優れないのであれば、ここでエスティアとお待ちください。聖刻印は私が必ず回収してまいりますので」


 ――一瞬、グラっと来た。


 でも、見るべきだと思い直す。

 だってわたしが一因でもあるんだもの。それに、今がどういう状況なのかちゃんと知っておきたい。

 ……わたしは、この世界で生きる魔神の娘なんだから。


 それに正直言って、ヘルゼクスさんやエスティアを信じ切れてもない。

 わたしに害になることを排除してくれるのは疑ってないんだ。でも敵対している人間であるアルディスさんのことは、どうでもいいと思っているのはひしひしと感じる。

 だから任せきりにするのはどうも、ね。


「大丈夫。行こう」


 路地を二つ抜ければ、目的の広場。足を進める度に人を罵る声が大きくなる。

 それは怒りや恨みに満ちたものであるはずなのに、どうしてだろう。楽しんでいるように聞こえてしまう。


 人垣で見えない心配をしてたけど、杞憂だった。

 アルディスさんは高く組まれた木に張りつけにされ、どこからでもその姿が見えるようにされている。

 当然、鎧は着ていない。服も質素な囚人服。それさえ所々敗れ、悲惨な有様だ。


 こうして張りつけにされて引き回されるのはこの町が最初のはずだけど、すでに充分、アルディスさんはボロボロだった。服のそこかしこにできている黒い染みは多分血で、見えている肌の部分はもっと露骨に暴行の後を見せつけている。


「――……っ」


 これが、娯楽だと?

 人を傷付けるだけのこの残虐さを、どうして笑えるの?

 それとも、楽しめないわたしがおかしいのか――


「ヒルデガルド様」

「!」


 いつの間にか強く握っていた拳を、ヘルゼクスさんの手の平が覆う。その温もりにはっとして、手の平に爪の後が残っていることに気付いた。


「貴女が、そのように怒る必要などありません」


 ああ、そうか。わたしがアルディスさんへの仕打ちを見て怒るのは、きっとヘルゼクスさんには面白くない。

 それでも胸に湧き上がる感情は消せない。不機嫌な顔を覚悟して彼を見ると、そこにあったのは心配そうな瞳。


「!?」

「貴女に責はありません。これは人が己の愚かさ故に起こっている事。ですから、どうか」


 そっと強張った頬を撫でる手は、優しい。


「そのような顔を、なさる必要はないのです」

「……ありがとう」


 彼をこの状況に追い込んだのは、わたしのせいでもある。

 そう思っているわたしの罪悪感を汲み取って、慰めてくれた。

 それは多分、わたしがお父様の娘だから与えられたもの。それにまた申し訳なさを感じつつ、それでも甘えてしまう。


「彼を奪いたい」

「はい。この様子では急いだほうがよろしいでしょう。しかし夜までは待つべきです。今は人が多すぎる」


 こちらは三人しかいないものね……。

 気は急いても仕方ない。


「ふふふっ。腕が鳴るなー」


 パキパキと拳を鳴らしたエスティアの頭上から、不意にはらり、と白い羽根がひらめいた。大きな羽根だ。どんな巨鳥かと空を見上げる、と。

 人影が空に浮かんでいた。


「まずい……」


 ヘルゼクスさんが緊張を滲ませた声を上げる。ということは、多分本当にマズい。


「ヒルデガルド様。決して奴と視線を合わせぬよう。気を引かぬように。あれが出てくると……厄介です」

「あれって……」


 アルディスさんの隣に、優雅とさえ言っていい所作で女性が一人、降り立った。緩くウェーブのかかった金の髪に、青の瞳。白い肌。その佇まいは清楚で上品。思わず平伏したくなるような気品がある。


 だけどわたしは、決して彼女に膝をついたりはしないだろう。

 理性じゃない。本能が否定する。

 上品で美しい、本来なら美点として感嘆するであろう彼女の存在に、同じ大きさで存在そのものへの忌々しさ、嫌悪となって返ってくる。


 彼女がきっと、煌使だ。わたしたち魔族の、仇敵。

 そしてわたしの予測は、すぐに第三者によって肯定される。


「おお、煌使様!このような穢れた場へ、なぜ尊き御身を晒したもうたか!」


 本来なら勿体ぶって出てくる予定だったのだろう。布を引き摺った動き難そうな服を着た神官(多分)が、慌てて飛び出してきた。

 煌使はちらりと神官を一瞥すると、目線をアルディスさんへと戻す。


「魔の者に慈悲を与え、あまつさえ睦んだ愚かなる騎士よ。貴方に贖罪の機を与えましょう」

「……贖罪、だと?」

「魔神の子の姿を、わたくしに教えない」


 磔にされているような人に、今聞くことなの? それ。というか、わたしの姿が伝わってない……? あんな至近距離でばっちり顔合わせてるんだから、答えられないはずないのに。

 どうしてアルディスさんは言わなかったんだろう。


 情報が伝わっていないのはありがたいけど、でもここまでだろう。この状況で慈悲をかけられるなら、敵の情報なんていくらでも……。


 顔に影を作るフードの存在に望みを託しつつ、わたしは息を詰める。

 しかし煌使の言葉にアルディスさんは、ただ唇を歪めただけだった。多分、笑みの形に。ただしそれは助かることへ希望を見出したような明るいものではない。むしろもっと、暗い憤りが含まったもの。

 顔の筋肉を使ったことで痛みが走ったのか、僅かに眉を寄せながら。


「それが贖罪となるのか」

「無論です。今世では穢れた貴方の身は捨てなくてはなりませんが、我らが父の元に還ることが許されるでしょう」


 わたしだったら、今やっぱり殺すってことじゃん! って思うところだけど……アルディスさんは、どうだろう。


「くっ……」


 第一声は、嘲笑。


「偽りで断罪を行うような相手の足元に、死んでまで縋りつく趣味は俺にはない」


 アルディスさんはきっぱりと、拒絶した。


「何と……不遜な」

「不遜? ああ、それで結構だ! 道理の通じぬ輩に下げる頭は持ち合わせていない!」

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