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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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上昇か死か

 なぜ〈要塞教会〉なのか。

 その理由は、ここにある。


(圧巻だ……)


 古今東西、あらゆる書物が集まっている空間。

 そもそも、これらを保護するために、この教会は少しずつ周囲の防壁を増やし、ついには今日こんにちのような堅牢な建物になった。

 一説には、この宗教を根本から否定するような内容のものまであるという。教会がかかげる〈神〉と〈神の子なる人〉と〈聖霊〉について、そんなものは原初から存在しないという過激な説をとなえる多数の本。所蔵していたところで不利益をもたらすだけのようだが、


 いかなる記述であれ、書は神への供物くもつである


 という先代の教皇の教えによって、厳重に保管されていた。


(また、ゆれたな)


 先ほどは地震だと感じたが、どうやらちがう。


(これはほうだ。教会の手の者が、とうとう外から砲撃をはじめたか)


 そのオーロラの推測は当たっていた。

 大砲の着弾による振動が、この地下書庫までもゆらしている。

 ばさ、と本が一冊、棚の高いところから床に落ちた。

 そこに意識がいったと同時、


(ヨアンナか)


 後方から、水平に流す剣。とっさに頭と上体を沈めてかわした。


(ここにいるということは……ロスマリンは……まさか)


 ふりむきざま、抜いた〈バラトーレ〉で斬りつける。

 はがねのぶつかり合う音。オーロラの剣は横向き、相手の剣は縦向きで交わっている。

 地下で、しかも明かりのない暗所あんしょ

 風貌からしてヨアンナにまちがいないが、顔がよく見えない。髪は枯れ葉の色で、体にはゆったりとした紫の衣服。


「ロスマリンは、どうした?」


 に、と唇が動く。

 どん、と地鳴りと震動。


「待て!」


 いきおいよく後ろに向かって跳躍。

 一瞬で、姿が消えた。 

 追おうにも、まったく物音がない。どのあたりにいるかの見当もつけられない。

 ここは広大な書庫。

 等間隔で天井まで届く棚がならんでいて、通路に立って前後左右、どの方向を向いても奥まで見通せないほどの面積。


「ロスマリン! いるのかっ!」


 耳をすます。

 しかし返事はない。

 かわりに、


「もう彼女はさばかれたのよ」


 べつの人間が応答した。

 ヨアンナだ。


「一人でさびしい思いをさせないよう、あなたもついていって」


 あげたら、と剣をふった。

 防御……と思っての通り道をさえぎったが、


(これは)


 手から出血。手首の近く。幸運にも、傷は浅い。

 二人の剣がぶつかった。

 体感、そのわずか前に、すでに攻撃が到達していたように思う。

 アルシアスが言っていた、過去と、現在と……


(未来を斬る、とはこういうことなのか?)


 背筋に冷たいものが走った。ものか、この女は。まともに対決しても、おそらくは同等の実力。その上、このような〈なぞ〉というアドバンテージが向こうにあるのでは、とても勝機はない。


 ざっ……、ざっ……


 これは足音。

 オーロラとヨアンナがいる場所からはなれたところで、ひそかに誰かが移動している。一歩と一歩の間隔が、ひどく遅い。まぎれもなく負傷した者の足どり。 

 ロスマリンだ。

 あいつは、まだ生きている。


「どこへ行くの?」


 道をふさぐように、目の前を上から下にブレイドがおりた。まただ。完全に回避したはずだが、攻撃と少しずれたタイミングで、オーロラの肩が切られた。服の部分だけで体にダメージはない。


「ヨアンナ。おまえは、私やロスマリンになんのうらみがある。なぜ剣を向ける。なぜ戦う必要がある」

「事実上の、あなたの〈降伏こうふく〉と受け取っていいのかしら、その弱気なセリフは……」


 神の代理人、と自分で言っていた。

 わかっている。

 いくら戦争、争い、不可抗力の応戦の数々だったとはいえ、私は明らかに殺しすぎ(オーバーキル)

 裁きを受けても、いや、むしろすすんで受けるべき身の上だろう。


「私はあなたを殺そうとしているの。あとは、もう」


 神の御心みこころのままに……。

 くる。

 逆に、命をすてて、ふところに入ってはどうか。

 オーロラのその狙いが見すかされたのか、剣を三分の一ふりおろしたところで、ヨアンナは身を引いてしまった。

 暗さのせいで、剣の攻撃範囲から出ると、もう姿がよく見えない。


「はっ!」


 危険に反応して、思わず声が出た。

 耳の横に剣。背後からだ。まさか、もう一人、べつの〈敵〉がいたのか?

〈バラトーレ〉を合わせる。金属が接触する不快な音が、耳のそばで大音量で鳴った。

 だれだ?

 ふりかえって顔を見た。

 また、みじかい悪寒おかんをおぼえる。


(ヨアンナ……)


 信じられない。

 なんとかガードには成功したが、この剣に気づいたのは、彼女が身を引いたときとほぼ同時・・だったはず。

 悪魔か。

 これだ、このスピード。およそ、人にあたうはずのない運動。

 右手が、ふるえている。それにともなって、愛剣の〈バラトーレ〉もふるえている。

 そのとき、


(何? あれは……)


 ヨアンナは確かに見た。オーロラの右手が白い光を発しているのを。

 その異変のせいで追撃がおくれた。

 短い時間、目をつむって、オーロラは心の声を聞いた。自分の中の、母の声を。


「見えないものを人は過大に評価する傾向にあります。このため、おそれる必要がないものをおそれ、せいではないものに聖を見る。オーロラ。つねにあなたは、あなたの目を信じなさい」


 そう。

 最初から、おそれる必要などなかった。

 迷いのない剣。もう〈ふるえ〉はとまっている。

 闇を二分にぶんする斜めの光が、棚と棚の間の暗がりに走る。


「ぐおっ!」


 胸をおさえた、紫の服を着た人間。ひゅっ、ともう一度剣をふった。頭部から何かが飛ぶ。女性の髪のようにととのえた、枯れ葉色の……カツラだ。その下にも同色の髪があったが、こちらは短く刈られていて男性らしい髪型。


「おまえは、いや、おまえ〈たち〉は、双子ふたごだったんだな」


 はあ、はあ、と呼吸が荒い。

 顔のつくりはヨアンナとそっくりだが、これは男。

 彼が化けることによって、あの教会でのことや、さきほどのような、あたかも〈驚異的なスピードで動いているような〉演出ができたのだろう。

 大がかりなトリック、おそるべき詐欺師ジャグラーだ。


「おまえも、ナスティの民だな」

「答える必要はない。あとは、たのんだぞ、ヨアンナ……」


 気を失ったと見える。死にいたるほど重傷かはわからないが、起き上がって加勢できるほど軽傷ではないのは確実。ここに捨てておいても、もう問題はないだろう。

 服が破けるような音がして、あっ、という小さい声があがった。

 声のした場所へ移動。

 背中を向けているのは、ヨアンナだ。そしてその向こうにいるのは……


「ふふ……神の代理人ともあろうかたも、油断はするのですね」


 黒衣こくいに身を包んだ、黒髪の女。

 ロスマリン。


「不意打ちを当てられたぐらいで、ずいぶんごきげんみたいねぇ」


 と、強気に言い返しながらも、ヨアンナは思案していた。

 片方は手負いとはいえ、ここにいるのはオムニブレイドとブレイドフリー、歴戦の強者つわものが二人も。


(それにひきかえ、こちらにはもうヨーゼフがいない……。少し、きびしいかしら)


 オーロラは状況をみた。

 ヨアンナの背中に切り傷があって、彼女の足元に血がしたたり落ちている。

 逃げるのでは、と予想。

 目が合った。


「そこは私の邪魔になるのよ。どいてちょうだいな、オーロラ=レインナスト」


 無言で、剣をかまえる。

 目の前にいるのは、自分よりも年が上の女。

 ただし、ナスティの民の女だ。通常の尺度でははかれない。

 前ぶれもなく、普通の立ち姿のまま、


(はやい)


 猛烈な突進がきた。

 正面から、わずかにコースが右にずれる。横を抜けようというつもりか。体の輪郭もかすむほどの速度で、まるで強風ゲイルだ。

 剣をふった。

 感触はない。

 ヨアンナは通路の奥に消えてしまった。

 一秒後、つ……とほほから血が流れた。

 モーションは見えなかったが、すれちがいざまに斬られたのだろう。


(ロスマリンは)


 と、顔を向けると、


「急ぎましょう、オーロラ」


 耳元でささやかれた。

 飛んでいる、ように錯覚した。ふわ、と彼女の体が地面から上に浮きあがったかのように。

 まだこれだけ動けたのか。


「地上へ……。この要塞教会は」


 低い地響き。天井から、細かい破片がぱらぱらと落ちた。


「あと少しで、崩壊します」



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