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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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反撃

 反射運動。

 彼女の場合、それがとくにすぐれている。


(まったく気づいていないように見えたのに……)


光路こうろ〉の若い剣士が地面に倒れた。

 事実、彼女は気づいていなかったし、敵の剣が胸をかすめる寸前まで臨戦態勢ではなかった。

 つまり危険の察知からその先が、おそろしくはやい。

 身を引き、さやから抜き、みねつ。

 その一連の動きがあざやかな残像となって、まぶたの裏にやきついた。

 じっとしてなさい、と言う。


「今日のうちに、私たちがすべてを終わらせます。それまで、あなたはここで休んでいなさい」

「カ」涙がこぼれた。向かってきた〈光路こうろ〉の剣士は、かつて〈レディ・エリーツ〉だった女だ。年もまだ若い。「カミーラ将軍……」


 要塞教会の地下から地上にあがり、歩いているうちに中庭に出てしまった。

 そこにいたのがこの彼女で、木のかげに身をかくしてカミーラを奇襲した。が、失敗した。

 ふたたび中庭から教会内に入る。

 まっすぐ、えんえんと続いている廊下コリドー。左右にひし形の明かり取りがならぶ。左右の幅は広くないが、天井は高い。見上げると、


美麗びれいね)


 神と天使がえがかれた広大な宗教画がある。


(こういうときじゃなければ、きっと楽しめたでしょう)


 視察や観光、できればそういう名目でここをおとずれたかった、とカミーラは思う。三百年も前に建築されたという古式ゆかしい教会。歴史的価値が高く、見るべき箇所はおおい。

 人影。

 背を向けていて表情はわからないが、どうやらこちらに気づいて逃げようとしているようだ。

 ほぼ足音を立てない疾走ですぐに追いつく。

 ぐい、とうしろから首に腕を回した。カミーラよりも小柄こがら。服装を見るかぎり、シスターだ。


「この教会のかたですか……?」


 耳元でささやいた。

 ふるえる声で「さようでございます」と返事。

 証明できますか、とたずねると胸元にししゅうされた十字架のマークを指でさした。十字が、四角い枠で囲まれている。要塞教会を示す記号だ。

「けっこうです」と手をはなすと、そのシスターはひざからくずれ落ちた。失神したようだ。

 彼女を床に横たえる。

 寝かせた近くに、も一匹、落ちていた。


(ごめんなさい)


 カミーラの特性といえる、周囲の人間を弱体化させるバラの瘴気しょうき。迷ったが、この潜入ではそれをおさえないことにした。合理的な理由があるわけではない。きっとそのほうがいい、という自身の直感にしたがったまでだ。

 明かり取りのガラスに、灰色の長い髪と、黒いドレスに銀の胸当てで腰に帯剣たいけんした自分の姿が映る。命を守る、ということを考えれば、防具が胸当てだけでは心もとない。しかしカミーラには〈重装は優雅ではない〉という信条がある。実際、戦場においても鎧、兜、盾を身につけたことがない。

 それで負けたことがない。

 いや、


(この中のどこかに、当然、〈レディ・エリーツ〉のあの子もいる)


 一度だけ負けた。

 あの敗北は、カミーラをして軽装たるべしというポリシーを曲げさせかねないほどの衝撃があった。

 その日は、食事がのどを通らなかった。


「手合わせを」

「私と?」


 いい度胸ね、と思った。それぐらいの気骨きこつがなければ、軍の中でのしあがれない。今は私一人だけだけど、ゆくゆく〈女〉が将軍でも当たり前と思われる世の中にしなければと思っている。

 申し出を、受けた。

 そして……


(負けた)


 持ち前の反射の鋭さが、まったく機能しなかった。

 というより、しっかり機能したからこそ勝てなかったといったほうがいい。


(特殊な戦法できょをつかれたというのもありますが、体の反応速度にたよりすぎたことも敗因)


 でも次はない。

 次は同じようにはならない。

 きっ、と決意のあるまなざしで通路の奥を見た。

 女にしては長身。前と横の髪をなでつけて後ろで結んだ茶色い髪。姿勢のいい足取りで歩いてくる。

 胴をおおう赤い鎧。肩当ても赤。ただ下半身は無防備で、白い細身のズボンが女性的なやわらかいラインをえがいていた。

 かなりはなれているが、向こうはもう攻撃に入る。

 腰の近くにある手が、光を反射してきらめいた。

 黒っぽい何かが飛んでくる。顔のほうへ。


「はっ!」


 とっさに〈シャンゼリゼ〉を抜き、飛来物ひらいぶつをはじいた。そのまま壁にあたり、めりこむ。

 カミーラはそれを観察した。


(直径三センチ程度の鉄球……指ではじいて飛ばしただけなのにこの威力。あの子、また指弾しだんを強化したようね) 


 あのときよりも、と、たった一回の敗北をきっした相手の顔を見る。

 意外にも、興奮している様子はない。

 待たされて退屈しているような、そんな顔つきだ。

 またくる。

 今度は下半身に。

 剣を地につきたてるようにして、二発目のたまをさばく。


「お久しぶりです」


 その笑顔を、カミーラは〈余裕〉と受け取った。

 かわらない。

 以前から彼女には、こういうふうに他人を見下みくだすような雰囲気があった。


「そうね……元気にしてたかしら?」


 このセリフのうちに、五回、カミーラが斬りつけた。

 すっ、すっ、すっ、と上体をくねらせて最小限の動きでそれをかわす。少女、といえるほどの年だが、このあたりのムダのない動作は数十年の修業をつんだ達人の風格がある。

〈レディ・エリーツ〉最強。

 それが現時点の評価だ。当然、


(攻撃と防御の柔軟なつかいわけ。攻めの多彩なアイディア。天性の身体能力と将来性。それらを総合するとアルシアスよりも)


 上。

 その集合の中には〈四聖女(よんせいじょ)〉の彼女もふくまれていた。


「死ににきたのですか?」


 言いながら、されたことと同じように、同じ回数だけ剣をふった。右手に持った剣はふつうの長さで、めだった特色はない。

 軌道に〈シャンゼリゼ〉を合わせ、すべてのアタックを受け流す。

「それとも、お忘れですか? あの日のあの手合わせを」

「おぼえています」

「結果も?」挑発するように、顔をななめにかたむける。あごも少し上がって、見下ろすような視線。

「もちろんです」

 じゃあ、と物憂ものうげに言う女。「あのときを再現してあげます。さようなら」

 左手に鉄球。

 皮膚をこするような小さな音のあと、物体が空中にはなたれた。指弾しだんだ。

 右手に剣。

 タイミングを合わせるようにして、すなわち剣とたまが同時にカミーラの体にあたるように調整して攻撃する。

 どちらか一方なら、天与てんよの反応速度でふせぐことができる。

 しかし二つある。時間をとめないかぎり、複数の危機に同時に反射などできない。

 これがカミーラの戦士としての勘を狂わせ、彼女が勝利できた理由だ。

 ヘドバ、という名前だった。

 この独特の戦い方から、〈双襲(そうしゅう)〉のヘドバと呼ばれている。


(いやらしい)


 一対一、剣と剣で正々堂々、というひとむかし前の騎士道精神がさかんだった戦場なら、きっと唾棄だきされただろう。しかし今はちがう。新しい人間が、創造的な戦闘をするのがとされる自由な時代だ。


(でも、今度は敗北はゆるされない)


 剣で……鉄のたまを打ち落とした。

 ほぼ同時にきた、首をめがけたヘドバの剣は、うしろに身をそらせて回避する。

 そうか、と納得したような顔。


「なまじ指弾しだんの威力をあげたばっかりに、体に到着する時間に誤差が生じたか……初見でそこを見抜くとは」


 話している間、じっと待っているほど甘くはない。カミーラは斬った。


「さすがです。カミーラ将軍」


 かろやかにかわして、に、と優雅に唇をとじたままで笑って見せた。

 負ける、そんな予感がある。

 正攻法ではいけない。

 この〈双襲(そうしゅう)〉を撃破する、ひらめきがないと……。

 横の壁。

 最初の鉄球が、まだめりこんだままだ。


(あっ)


 イメージがまず見えた。

 次に、可能かどうか、に思いをめぐらせる。大砲の弾道だんどう計算などで物理というものは多少学んではいるが……。


「心臓」


 ぼそっと言った。ヘドバの声が廊下コリドーに反響する。


指弾しだんでそこを狙います。そして剣は頭を。どうです? 予告までしてあげましたよ?」

 これは生きるか死ぬかの決闘。そんな言葉をあっさり信じるほど愚かではない。

 しかし、


(この自信家は、おそらくそのとおりにするでしょう)


 けた。

 はずせば命はないギャンブル。

 武器をかまえたヘドバ。


(オーロラ……)


 私の最愛の人。たとえ死んでも、お願い、忘れないで。

 

「くらえっ!」


 かけ声とともに、ヘドバが攻撃に入った。

 黒いたま。じょじょに大きくなるように見える殺傷能力のあるたまがくる。

 そして斜めにふりあげた右腕。


指弾しだんをかわせば頭をくだく。剣をよける、または剣で受けても指弾しだんが体を襲う)


 もう勝負は決まった。ん……?

 なんだろう、この違和感は。

 カミーラが、目をつむっている。

 それもおかしいが、それよりも剣。彼女の武器。

 なんだその持ち方は。

 逆。

 を上にしてにぎっている。

 そのが、輪郭もぼやけるほどの異常なスピードで動く。


(反射だ!)


 と、思ったときには、


(う)


 自分の〈心臓〉に、鉄球がめりこんでいた。

 右手の剣が床に落ちる。

 体も、ゆっくりと下に沈んだ。


指弾しだんを打ち返す……それも、自分の意志でではなく体の反応にまかせてそうする、という危険な賭けでしたが、うまくいったようですね」


 ヘドバはもう、息をしていなかった。

 カミーラは〈シャンゼリゼ〉のに、かるく口づけをした。

 外から見ると、その姿が明かり取りのひし形のわくにおさまり、まるで美しい絵画のようだった。



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