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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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血と死を

「この町には、もう長いのか?」

 酒場のカウンター席。

「全然」と答えるオーロラ。となりには深紅しんくのマントをまとった男が座っていた。

 マリーはもちろんのこと、子供は全員が寝静まっている深夜だ。一人、修道院をひそかに抜け出した彼女はいつもの白い頭巾ずきんをしていない。

「美しいな……」

 よせ、と髪にふれていた男の手をはじく。

「長く旅をしたが、おまえ以上の女にはついぞお目にかからなかったよ」

 はじかれた手をそのままグラスに持っていく。


 男は隻腕せきわんだった。


 片方の腕を落とした女が言った。「ガウガメラのうらみでも、晴らしにきたか?」

「なつかしいな」男の目が細くなる。その目元には、しわが多い。「ガウガメラ戦役せんえき……今となっては、遠い日々だ」

「あの戦いのあと、まわりから隻腕の英雄と呼ばれるようになった。そうだろ?」

 アインザーム、と名前を呼んだその声にはどこか親しみがこもっていた。

「また帝国から一つ、騎士団が離反りはんしたそうだ。暴徒化するのも時間の問題だろう」

 強盗騎士団、と呼ばれている。

 国家権力というたががはずれた、無法者の戦闘集団だ。大きな町は狙わず、小さい町、村、集落を標的にして略奪と凌辱のかぎりをつくす。

「あのころならな」と漠然としたことを言う。

 オーロラは静かにうなずいた。

 確かに、全盛期のアインザームなら、十人、いやたとえ二十人ほどであっても、ものともしない。

 グラスをかたむけつつ、マントの中にその一部が見える彼の武器に目を向けた。

「気になるか?」

 正面を見たまま、ひとりごとのように言うアインザーム。

 まあな、とオーロラは苦笑した。

「こんな場末ばすえに、ただ安い酒を飲みにきたわけではあるまい」

 狙いは私か? と問いたげな視線。

 首をふる。「小物の、賞金首さ」

「この町にいるのか?」

賭場とばにな……」アインザームは席を立った。何枚かの銅貨をカウンターの上に置く。「勝ってるにせよ負けてるにせよ、そろそろ()()だろう」

「手伝ってもいいが」

 片腕を回し、ハグともつかない、弱い力で彼女の体を抱いた。


(弱すぎる)


 女の体への遠慮や気づかいでそうしたのではなく、体の芯に力がない。やまいか、老いか、その両方が原因か。


「女! 俺の片腕は、高くつくぞ!」


 ガウガメラの戦場で、大量に血を流しながらも、笑顔さえ浮かべて豪快に叫んだあのアインザーム。

 一人で騎士団を殲滅せんめつさせたという伝説を持つあのアインザーム。

 つねに戦場の中心にいたアインザーム。

 それが今、弱々しいほほ笑みとともに酒場を出て行った。

「マスター」

「へぇ?」

「この町の賭場とばは、どこにある?」

 そんなものはねぇですよ、と聞き終わったときオーロラは、やはりか、と思った。


 ◆


 町の外。

 血の煙があがっている。

 何人かが地に伏し、何人かが立っている。


「強盗騎士団か」


「誰だ!」

「こいつの仲間か!」ぐい、と髪をつかんで倒れているところから無理やり頭をあげられたのは、アインザームだった。血の気が引いている。しかし、わずかに息はあるようだ。

 剣と盾のみならず、兜や、軽い鎧さえつけているのもいる。国からの支給品をくすねた、やはり騎士団くずれにまちがいはないようだ。

 髪をつかんでいた手が、ふわ、と宙に飛んだ。

 悲鳴をあげる男にはかまわず、彼のそばに寄って半身を起こす。

「おお……これはこれは……聖女の、オムニブレイド……じゃないか」

「しゃべるな。まだ助かる」

「気休めは、よせ……」

 会話の中に出た〈オムニブレイド〉という語を聞き取られたのか、はなれたところで男たちが一団にかたまった。

「すまない。私があのとき腕を落とさなければ、あなたがこんな強盗風情(ふぜい)におくれをとることは、なかった」

「何を言う。これも天の配剤はいざいではないか、シスター……さぁ、残った俺のもう片方の手をとり、祈ってくれ」

 祈り、そして斬った。

 月あかりの下で、こまかい血のしぶきが、霧のように舞った。

 しばらくすると、町の人間がさわぎに気づいてやってきた。

 とっさにローブの中に自分の剣をかくす。


「これはすごい……騎士団が全滅だ……」

「そこの女性のおかた。まさか、あなたがこれをやったのですか?」


 オーロラは無言で首をふり、安らかに眠る男のそばにひざまずいた。

「いいえ。このおかたが、命とひきかえにぞくを討伐したのです」

 隻腕の英雄が、と、誰にも聞こえない声を夜の闇へ手向たむけた。


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