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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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47/61

前に

 楽しい夜だった。

 ほんの数秒前までは。


(ひどい)


 建物の中は荒らされつくしている。入り口の扉も半壊。入ってすぐのカウンターの上に上体をもたれさせて目をつむっている男は、この宿屋の主人。にこにこした、とても愛想のいいひとだった。

 首で脈をとった。

 死んでいる。

 自分のせいだ。

 マリーをここにつれてきたから。


「う……」


 がた、と壁ぎわに倒れている大きな板が動いた。誰かがその下にいる。

 ガニュメデスは近づき、板をどけた。


「ディーねえ……」


 目が合うと、えへへ、と恥ずかしそうに笑った。ひたいから血が流れている。


「応戦したんですけどね……、自分の身を守るのでせいいっぱいでした」

「大丈夫?」

 ゆっくりとした動作で立ちあがる。「はい。なんとか、ですね」ぱんぱん、と肩、腰と服のほこりを払う。両目の前にかかる透明なレンズは左右どちらにも大きなヒビが入っている。

 小柄で、目線の高さはガニュメデスとほぼ変わらない。 


「マリーは?」

「残念ながら」


 しかし、と赤みをふくんだ茶色い髪に手をあてて言う。「まだチャンスはあります」

 連中の狙いは、やはりコブラらしい。

「〈光路こうろ〉はもう金に糸目をつけていないようで」

 すぐに〈使える〉暗殺者を手当たりしだいに雇っている、とのこと。

 ここを襲撃したのも、彼らだ。

 人を殺しなれたベテランの集団。

 反面、ディーの所属は情報収集をしゅとする帝国の機関の〈ハイドランジア〉。

 殺されていないだけでも、彼女の戦闘能力はけっして低くないといえる。


「修道院の地下に」


 小さなクギをひろい、かなりのはやさで木の板に〈見取り図〉をかいた。


「このような監獄があります。現在はもう使用されていない施設のようなのですが」

「そこへ、来いって?」

「ええ。彼、一人だけで」


 ふつうにしゃべっているが、ディーにケガはないか、と体をながめた。

 ベージュ色の外套がいとうと、茶と黒のチェック模様のケープ。

 少し引き裂かれている部分はあるけど、無事のようだ。


「では……さっそく伝えてきますね。コブラさんに」


 ぐっ、と右手で右手をつかんだ。


「どうしたの? ガニュメデス君」


 かたや帝国の、かたや〈レディ・エリーツ〉の、同じ諜報ちょうほう活動を任務とする二人はたがいに知り合っていた。ディーは、ずっと彼女のことをこう呼んでいる。ガニュメデスも先輩に敬意を表してか、名前に〈ねえ〉とつけて呼んでいる。 


「ボクが……伝えにいくよ」


 そうですか、それは助かります、と見ると横顔。宿屋の主人のほうを見つめている。そしていつのまにか、彼女の左手にはダガーがにぎられていた。手の甲の骨がくっきりとたち、力が入っているのがわかる。


(ごめん)


 あの家で夕食をいっしょにとらずに、急いでここに戻っていれば……。

 いや、そもそも、自分の弱さのせいだ。

牙城タスク・キャッスル〉を破られて落ち込んで、不安や悩みを聞いてほしくて、つい彼のところに行ってしまった。

 つまり、もっとボクが強かったら、こんなことにはなっていない。


(あれ……?)


 ディーの右手がふるえている。

 とっさに、左手でそれをおさえこんだ。


(この感じ……まるでカミーラ様が本気になられたときのような威圧感です!)


 細い金髪が、わずかに逆立さかだっているように見える。


「ディーねえ


 え? と、思わず返事した声がうわずってしまった。


「そのケープ、かしてくれないかな?」


 どうしてこのタイミングで、とは思ったが、ことわる理由もない。どうぞ、と胸の前で結んだひもをはずし、彼女に手わたした。

「ありがとう」

「では、万が一のときのために、私は帝国に援軍を要請……」


 ダガーをくるくると回しながら、首をふった。


「その必要はないよ」


 こんな目は、見たことない。

 こんな好戦的な目は、はじめて見る。

〈レディ・エリーツ〉の〈隠密おんみつ〉は、前に出て戦う戦士ではなかったはずだけど……

 ダガーの回転がとまった。


「あっというまに、何もかもが終わるから」


 ◆


 修道院に入ってすぐのところに、鏡があった。

 ディーからかりたものを、頭に巻いてみる。


(うん)


 服は、えりのついた白いシャツに、紺のズボン。

 これだけじゃダメだ。

 もっと油断させないと。

 ケープを頭巾ずきんのように巻くことで、


(女の子に見える)


 ガニュメデスは満足した。

 背後、ズボンのところに二本のダガーをはさんで、準備はできた。

 おそらくかなりの高額を渡されているはずの、第一級の傭兵、暗殺者たちがごろごろいるんだろう。

 でも負ける気がしない。 


「シスターじゃねぇし」


 ふりかえる。

 いつのまにか、そこに男がいた。腕を組んで、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)。黄土色の下地にまだらに赤色が入った、不気味な服を着ている。


「ましてやコブラでもねぇ」


 肩に手をおかれた。

 すさまじい力。

 比喩ひゆじゃなく、ほんとに地面に両足がめりこんでしまいそうだ。


「どこの子かなぁ? お嬢ちゃんは」

「わ、私……私は……」


 手がはなれた。

 その一瞬を、見のがさない。

 男と目が合った。と、背中に回した腕に反応して瞳が横にずれる。

 やっぱり雑魚ざこじゃない。この、異変の察知からのアタックのはやさ。


「〈隠密おんみつ〉の」


 ちがう、とガニュメデスは訂正した。

 片方のダガーで男の剣をとめ、そしてもう片方で、


「シルドブレイド。ボクは……シルドブレイドだ!」


 攻める。

 男のふとももが、えぐれた。

 もう彼は戦闘不能だ。

 地下におりるため、階段に移動する。


(たぶん、入り口と一番奥に、腕のいい人間を配置してるはず。それが定法じょうほうだからね。とすると)


 ガニュメデスの見立てどおりだった。

 地下の通路に何人かいたが、いずれも戦闘力は低い。

 うめき声で満ちている。

 全員、足を斬られてうずくまっていた。

 暗がりの中を進むと、やっとマリーの姿が見えた。薬でも飲まされたのか、今はねむっているようだ。椅子に、しばりつけられている。

 その近くに、ぼろぼろの椅子を置いて、大股をひらいて座っている中年の男。


「ほぉ」


 と一目見ただけで事情を読み取った。この部屋は通路のかなり奥のところにあり、扉も厚く重かった。だから直前にガニュメデスが暗殺者たちを連続で打ち破ったことは知りようがないはずだが、


「エモノはやはりダガーか……、しかしまさか女だったとは……。やけに野郎にしちゃ、背が低いとは思ったんだよ」


 な、といきなり斬ってきた。

 いつ椅子から立ち上がったんだ? それほどのスピード。

 風圧と、回避する動作で、ディーからかりたケープが頭からずり落ちた。

 をあてがい、すべらせるようにして男の剣を受け流す。

 長身。法衣ほういのような緑の服。身なりがいい。髪もさっぱりと短く切られ、手入れされている。

 長剣の先で、通路のほうを指した。


「だがなぜあいつらを殺さない? いやちがうな」


 ブルーの目が、ガニュメデスを見る。


「殺せない。そうだろ? 美しい金髪の少女よ」


 見すかされている。

 そう。

 彼女は、まだ人を殺したことがなかった。


「だから何」


 強気に、笑う。


「それって、あんたが殺されない、ってことにはならないんだよ」


 どうかな、と斬る。斬る。斬る。

 人間の死角や盲点を研究したかのような、よけづらい軌道。

 だが、


(大丈夫。ナルデさん、ボクは大丈夫だよ)


 完全防御。

 男の剣は、どれも体の手前ではじかれている。衣服にさえも、届かない。

 攻撃の手を、とめた。

 眉間みけんにしわを寄せる。


(ずいぶん昔……〈カミーラ・クラスタ〉でこれと似たような戦い方をする女がいたが)


 同じ所属の〈四聖女(よんせいじょ)〉の活躍があまりにも華々しく、かげに隠れてしまった印象があるものの、


(確かあの女は、戦場では〈無敗〉だったはずだ)


 これを正面から斬り崩そうとするのは、賢明ではないかもしれない。

 このまま守り抜かれれば、いずれ帝国の追っ手がやってくるのは必定ひつじょう

 時間のかかる戦闘は、避けなければ。


「こんなことはしたくないが」


 さがり、マリーの胸の先に剣を向ける。


「三秒後に、突き刺す」


 おとなしい声が、急に恫喝どうかつするような声になった。


「さあ! 態度を決めろっ! 殺さずになんとかなるという、甘い考えは捨てるんだ!」


 殺意を向けてこい。

 そうすればスキマがあく。

 二本のダガーの鉄壁を崩せる。

 三秒たった。

 剣が前にすっと動く。

 ガニュメデスも動いた。

 こうなってしまえば、場数ばかずを踏んだ暗殺者の思うつぼ。

 わきばらのあたり。斜めにを上げる。


(ひいて防御に転じる)


 と見た。そうなれば無理な守りになって、体勢がかたむくだろう。


(さあ、お得意のダガーでふせいで……)


 む。

 なんだと。剣がそのまま入る、だと。

 なぜ対応しようとしない?

 貴様は防御の達人ではなかったか。

 長剣がガニュメデスの皮膚ひふまで達した。

 そのとき、


「がっ!」


 胸から血が飛んだ。

 赤く流れるもので見えにくいが、上半身には〈×(ばつ)〉の字が刻まれている。


「〈突撃の牙(タスク・オブ・フォア)〉……。完全に守りを捨てた攻めの形だよ……。ボクの師匠からは使うことを禁じられていたけどね」


 ダガーを上からびゅんとふりおろし、にこびりついた返り血をはらった。

 肩で息をする。

 戦いの疲労。いやそれ以上に、


「ふ……ふふ」


 失ったものがある。


「ついにやりやがったなぁ! おい!」


 手のひらを上に向け、腕をガニュメデスに伸ばす。

 顔も手も、べっとりと血だらけだ。

 男はすでに、半狂乱だった。


「これでおまえも人殺しの仲間入りだ……よぉく見ておけよ、この俺のツラを……はっ! しばらくは眠りのたびにあらわれ、やがて脳ミソにしっかりと焼きつくんだぜ……いい気味だ……せいぜいさいなまれろ。殺人の十字架を」


 急に声がとまった。

 のどに手が回されている。細い、華奢きゃしゃな腕。


「お静かに」

「ディーねえ!」


 部屋の中に、武装した人間が入ってきた。十人はいる。おそらく帝国兵だろう。


「問題ありません。この不逞のやからは私が必ず助けますよ。不本意ですけどね。こんな最低の人間の命を、あなたが背負うことなんてないんですから」


 うん、とつぶやく。

 でもたとえ助からなくったって、大丈夫。

 彼が死んでもいい、っていうことじゃなく、もう自分は〈前に出た〉んだ。

 戦える。

 オーロラといっしょに……。

 その次の日、コブラから〈光路こうろ〉が要塞教会にたてこもったことと、少数、それもたった五人で攻め落とそうとしていることを聞いた。

 さらにその翌日の夕暮れ。


「オーロラ……ボクもいくよ。要塞教会へ」


 長い時間、見つめ合った。

 教会領をただ通り抜けるだけだった彼女をつかまえ、思いをうったえた。


「心強い」

「えっ」


 オーロラの口が、少し笑ったような気がした。


「かつての戦友が仲間になったようだ。たよりにしているぞ、ガニュメデス」

 もちろんだよ! 感情がたかぶったのか、そのまま走り寄って、彼女に抱きついた。

 その、ほんの数分後。

 少し用がある、と一人になったオーロラ。


「あの少女がプランを台無しにしてしまった」


 黒い髪を伸ばし、後ろで一つにたばねた男。


「コブラ討伐のチームは、これで全滅……俺もその一員だったんだが」


 町のはずれの砂地。

 オーロラはわざと尾行させて、そこにこの男を誘導した。

 暗殺者の、最後の一人。

光路こうろ〉がもっとも高く金を支払っている男で、実力は他より頭ひとつ抜けている。

 剣を抜く。少しカーブした刀身。この武器で百人以上を殺害していた。


「俺は、おまえを待っていたんだ。オムニブレイド」

「私を?」


 返事をせずに、一歩、二歩と間合いをつめてくる。

 オーロラはそれを見ても少しも動かない。


いやしい稼業に身を落としはしたが、それでも俺は剣の道に生きる男。コブラのような小物などどうでもいい。ここでおまえを倒し、剣士の道をきわめてみたい」

「こい」


 言葉のとおり、自分から動く気配はない。

 せんを狙うか……。

 今まで任務の遂行において、苦戦の経験はない。

 天性の才能ゆえか、相手が弱かったからか。

 認めたくはない。

 しかし、どうやら、


(まったく見えなかった)


 後者だったようだ。


(ふふ……世の中は広い。ここまで強いというのなら、未練みれんもなくあの世にいけるというものよ)


 自分を抱き上げる女を、下から見上げる。

 ダークブルーの髪の向こうに、神々しくかがやく無数のブレイド

 それが、翼に見えた。

 聖なるものの、翼に。


「おお……あなたは……聖女か……」


 前に伸ばした手はオーロラに届かず、落ちた。

 地面に突き刺さった曲がった剣の銀色の部分が、満足げに眠る男の顔を反射していた。



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