えらばれた男
町を取り囲む木々は、すべて枯れている。
「おかーさーん!」
子どもの叫び声。
「おかーさーん! おか」
途中で止まった。
どういうことをされているのか想像はつくが、殺されていないことを願う。
「おまえっ!」
呼び止められた。
頭に巻いている白い布をまぶたのあたりまで引き下げ、目元をかくすようにする。
「きたねぇ格好だな。この町に何の用だ」
小さな町の入り口にある小さな門。
そこに腕を組んで立つ男が詰問してきた。
「それともここの住人か?」
「いや」
男の目つきがきびしくなる。
「じゃあ、よそへ行きな。この町ぁ今……〈とりこみ中〉だからよ」
無視して、中に入る。
道幅の広い通りの向こうに広場がある。その中心で、
「うう……」
すすり泣く声。一人のものではなく、集団のものだ。おさない子どもと若い女が集められている。
肩をつかまれた。そのまま、体をねじられ、首元をつかまれる。
「ボケてんのか……ええっ!」
ひざ蹴りが、腹部に入った。続いて身を引き倒され、蹴られる。何度も何度も。
地面に倒れたまま、視線を広場に向けた。
幼児が泣いている。両手を目にあてて。
少し年が上の子は、不安にさせてはいけないと思っているのか、おとなしい。だが目は赤く充血している。
若い女は全員、顔が真っ青だ。これから自分たちがどういうことをされるのか、子どもたちよりかは〈わかっている〉からだろう。なりふり構わず、天をあおいで号泣している者もいる。
そんな彼らを取り囲む男たち。
肩当て、胸当て、鎧、盾などを身につけ、剣とボウガンで武装している。
一目でわかる。あれは強盗騎士団だと。騎士の清廉と国家と民衆に対する義務を捨てた、暴徒。
数が多い。三十人はいると見た。物陰にひそんでいる人間も合わせるとそれ以上。
「おゆるしを」
容赦なく、顔面を蹴られた。口の中を切り、赤い血がたれる。
「早々に、出ていきますゆえ……」
当たり前だ、と、もう一発キックがきたが、
「いてっ!」
土埃があがった。
攻撃は空振りして、腰から地面に落ちた男。
野郎、となかば八つ当たりぎみにそっちを見ると、
(あん?)
もう、近くにいない。
後退して、門のところまで移動している。
「ははは」もう一人、仲間らしき男が近寄った。
「笑うな」
「罰があたったんだぜ。人買いと取り引きなんかするからよ」
「何を言いやがる。そいつは、俺たち全員の総意だろうが」
「で、いつくる? 日没までにはくるのか? あんまり時間がかかるようだと、〈商品〉がダメんなっちまうかもしんねーぞ。ガキに興奮するっていう異常者もウチにはいるんだからなぁ」
「まあ急ぐな……手配はしてるんだ。おおかた、今ごろは教会領のあたりだろうさ」
立ち止まっていることに、会話を終えた二人が気づいた。
「なんだあの野郎、まだ出て行かずに、こっちを見てやがる」
最初からこうすりゃよかったのさ、ともう一人の男がボウガンをかまえた。
張力の強い長距離にも対応したタイプ。腕もいい。
ヒット。
の、はずだが、
「なんだと……」
もう一発。
今度はせまい急所に限定せず、体の中心に的をしぼって確実にあてにいった。
ははは、さっき笑った男が、今度は逆に笑われた。「へたくそ」
立ち去る。
その後ろ姿にあと一発、と思ったがやめた。
最近ボウガンのメンテナンスをおこたってたからな、と、結局、命中しなかったことを武器のせいにしてしまう。
◆
日没。
強盗騎士団のいらいらがつのるころ、ようやくその人間はあらわれた。
「どうも、おくれまして……」
「おせーよ」
馬車からおりる。
「おまえ……御者をやとう金もねーのか」裕福じゃない業者をひいてしまったか、とうすく失望の色を浮かべている。
「馬に乗るのが趣味みたいなものでして」頭をかく。水分がすくなく色も白い、老人の髪。「あとで〈商品〉をのせていく馬車が数台くる手はずになっております。お急ぎかとお見受けしましたので、まずは手前だけで……」
ふん、と代表者らしき男が鼻をならす。
「では……よろしいですかな、こちらへつれてきてもらっても」
「まず金だ」
へい、と背を丸めた男が袋をわたす。「約束の、金貨百枚でございます」
いいだろう、と手をあげた。それを合図に、広場にいた集団がこちらにつれてこられる。皆、もはや泣く気力もなくなったのか、異様に静かだ。
馬車の近くへ、移動が完了した。
風にのって、血のにおいと、死臭。この町の中に、まだ葬られていない者がいるのだろう。おもに男たちが。
「何です? その中には何もないですよ」
へへ……とうす笑いを浮かべ、一人が馬車に接近する。幌のついた荷台の入り口にかかる、うすい布をめくって内側をのぞきこむ。「なんか金目のもの、持って」首が飛んだ。「ない……?」
血しぶき。
荷台には、さるぐつわを口にかまされ手足をしばられた、本物の〈人買い〉がいて、その豪快にふきあがる赤いものを目にしたとたん、気絶してしまった。
「貴様っ! 何者だ!」
「おまえたちはいくつもの重罪を犯している……軍からの逃亡と、市民からの略奪および殺人」頭にのっていた〈老人の髪に見えるもの〉を投げ捨てた。「死をもってつぐなえ」
かかれ、とリーダーが号令をかけた。
が、
「ザ、ザ、ザ」
彼らの半分は、とっくに戦意をうしなっていた。
「ザイネギアだ!」
同じ軍隊の中にいても将軍の顔を知らない、ということはとくにめずらしくない。身分がちがうからということもあるだろう。
とにかく、正体を知らない人間から勇敢に斬りかかってゆく。そして死ぬ。
ザイネギアだとわかった人間が五人、覚悟を決めていっせいに斬りかかる。
「無駄だ」
胸から血を出し、背を反らせるようにして全員がたおれた。
「あ……あ……」
最後に残ったのは、門のところにいた、将軍を何度も足蹴にした男。
「ゆ……ゆる」
(命ごいはするな。貴様も騎士のはしくれなら、せめて誇り高く戦え)
目で、ものを言った。
伝わったのか、一瞬、彼の目から〈おびえ〉や〈卑屈さ〉が消え、真っ正面から剣をふりかぶってきた。
それでいい。
ザイネギアは満足げに目をつむった。
騎士だった男も、地に伏して両目をとじていた。
視線を、災禍を受けた者たちにうつす。
馬車のそばにいる、子どもと若い女はまだおびえているようだ。
(長引く戦争だけが原因ではないだろうが)
一人が頭をさげると、自然と、みんながそうしてザイネギアに頭をさげた。
(一刻もはやく、こういうことのない平和な世を実現しなければ)
そのために、自分は向かう。
帝国に害をなす〈光路〉を討つべく、要塞教会へ……
◆
「いきます」
返事ははやかった。
場所はカミーラの屋敷のラウンジ。赤い絨毯の上に配置された長いテーブルに、間隔を……あけて座ったのはアルシアスで、オーロラのとなりにすわった彼女の発言。
「当然です。ロスマリンのこともありますが、何よりもオーロラのために、私は戦います」
「わかった」
続けて、感謝の言葉を述べようとすると、手のひらを向けてさえぎる。
「それを言うのは私のほうです。少数で……〈五人〉だけで突入するという作戦に、この私をえらんでいただいたことが、とてもうれしい。期待にはこたえます。たとえ」
今度は逆に、オーロラがさえぎった。「いや、無理はしないでくれ」
「矛盾だな」
アルシアスが口をひらく。
「たった五人しかいないのに、全員が決死の覚悟でやらずしてどうする」
静寂。
暖炉で木が小さく爆ぜる音だけがぱちぱちと鳴っている。
三人の目の前には、紅茶があり、カップから白い湯気をあげていた。しかしまだ、誰も一口も飲んでいない。
「ザイネギアは、どちらへ?」
カミーラの質問に「先行して、要塞教会へ通じるかくし通路の一つへ向かっている」とこたえた。そして「まだ二人は未決定だ」と次の問いかけも予想して先にこたえた。
そう……と、ため息まじりの声が、カミーラのほの赤い唇からもれた。
「一人だ」
まずオーロラ、次にカミーラが、瞳を向けた。
「何をおどろいている。私もそこに加わってやると言っているんだ」
すこし細めた目でアルシアスを見つつ、灰色の髪を耳にかきあげる。
(そんな……ほんの数日前まで、いえ、今でも帝国には〈光路〉とみなされているのに、私たちといっしょに戦うというの?)
カミーラの猜疑は強い。
少数精鋭なのに、その中の一人が敵か味方かわからず、あっさりと裏切る可能性があるなんて。
あまりにも危険。
「わかった」
と先刻と同じような声。
「では、あと一人だな」
えっ、とオーロラに視線。とくに感情はなく、いつもの冷静な表情。
(ほんとにそれでいいのオーロラ? アルシアスは確かに強い。戦力として、彼女以上の人間をさがすのはむずかしいでしょう。でも)
目が合った。だが、すぐに向こうから目をそらす。紅茶に手をつけた。赤い髪が、カップに入った液体の表面に反射する。
(これは、おそるべき獅子身中の虫……)
いざとなれば、オーロラに災いがふりかかる前に、私が彼女の相手をしなければ。
心中、ひそかにそんな決意をかためた。
考えこみ、目をつむっているオーロラ。
一、二、三、四……と指をおり、細い小指だけが立っている。
「やはりあの〈男〉しかいないか」
たくましい腕と入れ墨が頭に浮かぶ。
テロリスト集団〈光路〉のリーダーの父親。
その事実が、どう作用するかわからない。
土壇場で、娘をかばおうとするかもしれない。
選出するか、むずかしいところだ。
「まあ……もう、夜も深いことですし、今夜のところは解散して休息しましょう」
ちっ、と舌打ちしながらアルシアスが立ち上がる。
病院を抜け出してきたとは思えない健脚で、足早に去った。
続いて、ラウンジを出ようとしたとき、
うしろからカミーラが抱きついた。
両腕をまわし、背中に顔をつけている。
昔、こういうことはよくあった。
猫のように、すっと身をくっつけてくるのだ。
しかし何か様子がおかしい。
「ごめんなさい」
ふりかえる。
カミーラの瞳は、うるんでいた。
「あなたが……オーロラが、どこか遠くへいってしまうような気がして」
「どこへも行かない。余計な心配だ」
微笑を残して、廊下の奥へ消える。
(気のせい、だったのかしら)
抱きつく口実とか、そんな幼稚なウソではない。
幻とはいえ、カミーラには確かに見えた。
得体のしれない三本の刃が、オーロラの体をつらぬいていたのが。




