業
戦場はめまぐるしい。
そこではつねに乱戦、乱闘であり、対峙する相手は刻一刻と変わる。
強い、という戦士には多く出会った。そして倒してきた。
ただ、ごくまれに〈どうして強いのかわからない〉という相手がいた。スピードはおそく、剣さばきも平凡、それなのになぜか切り崩せない。自分の剣が入らない。そのうち、両者ともに戦いの波にもまれ、はなればなれになり、決着がつかないままで見失ってしまう。
アルシアスは、それを〈相性〉だと思っている。
ほとんどの生物に天敵がいるように、個々の能力という次元を超えて〈やりづらい〉という人間がいるということ。
最初はそう考えていたが、
(ちがう)
白一色の、患者が着せられる衣服を着た彼女。少しオーバーサイズで、ズボンのすそが地面をこすっている。
寒風がふく冬の夜。
こんな薄着では体の芯まで冷える。
しかし、体が露出していない部分で、アルシアスはじっとりと汗をかいていた。
(この女……何者だ?)
市場で野菜やくだものでも買っていそうな、または町角で立ち話でもしていそうな、なんの特徴もない婦人。
微笑。
ゆらりと体が斜めに傾いた。くる。
軌道を読んで攻撃をふせいだ。
が、
(聞き間違いではない……確かに今、音が〈三回〉鳴ったぞ)
剣と剣が接触する箇所を、アルシアスは見つめた。
女も同じところを見つめている。
「とても深いわね。あなたの剣は」
「なんのことだ」
瞳がゆっくり横に動き、アルシアスの目に焦点が合わされた。
女の上下の唇が、小さく前につきだされてたった一言。
「業(ごう)」
◆
少し時間がもどる。
「もう……お父様」
「はっ。わりぃわりぃ」
コブラは鼻をすすった。町の通りを歩いているとき、ふいに彼が大きな〈くしゃみ〉を出してしまった。周囲の注目を集めるほどの、一種の騒音。だが市民の目はどれもあたたかかった。
「おいカゼでもひいたかい、コブラさん」
「はは。コブラでもカゼひくんだな~」
酒場の中から飛んできた茶化すような声に、彼も悪態をついてやり返した。
「だめ! 相手しないで。はやくお風呂に入らないと、ほんとにカゼひいちゃうから」
二人とも、ずぶぬれだった。
家に帰り、お湯をわかし……ということをやっているうちに、町は夜になった。
「ふー」
さっぱりした、と浴室から出てすぐ、
「そこにいるのか? 出てこいよ」
と声をかける。
ドアをあけて入ってきた小柄な少女。
「まだ暖炉に火をつけたばっかりでな……まぁ、じきにあったまる」
どす、と二人がけのソファに腰を下ろした。コブラの上半身は裸。下は黒いズボン。
すっ、と同じソファにすわる。
「マリーの奪還の件、ごくろうだったな。で、その皇帝候補とやらの娘はどこにいるんだ?」
宿屋、とつぶやいた。
「どうした。元気ねぇな」
水をはじくような音がときどき小さく聞こえる。今、となりの浴室ではユードラがお湯に体をひたし、安息しているところだった。
「ボクは……いらない、って言ったんだ」斜めに視線をさげて、話しはじめたガニュメデス。「だって、シルドブレイドの勇名は、これから先もずっとナルデさんだけのものだから」
ああ、とだけ相槌を打ち、コブラはとりあえず彼女にしゃべらせることにした。
「ボク、やっぱりシルドブレイドなんかじゃないってわかった。足元にもおよばない。〈牙城〉とかいって調子にのってたけど、全然、ダメだったよ」
そこで気づいた。
ガニュメデスの手に巻かれた包帯。
「おまえの完全防御、破られちまったのか」
「うん……」
「よかったじゃねぇか」
え、と顔をあげる。
「破られて、まだ命があるんだ。もうけもんだぜ。これで欠点がわかって、またおまえは一つ完全に近づける。そうだろ?」
めずらしい日だな、と思う。
若い女に、二回も抱きつかれるなんてな。そう悪い気はしねぇが……。
金髪が、コブラの鼻先をくすぐった。
「は……っくしょぃ!!」
ガニュメデスはまだ、胸に顔をうずめている。
「もう、お父様。もっと静かにできませ……」
体から湯気がのぼる、ユードラがドアのすきまから顔をのぞかせた。
「ちょっと! あんた、なにやってんのよ、ガニー!」
近くの赤い布を体に巻き、つめ寄る。
「いいじゃん」いたずらっぽい顔をユードラに向けた。「ボクとコブラさんが男女の関係になっても、べつにおかしくないでしょ?」
だめー! という声が家中にひびいた。
じっとりした目を向け続けた彼女にもかまわず、結局、ガニュメデスはコブラたちと夕食をともにした。
そのあと、落ち着いたところで質問を切り出した。
「で、どんなヤツだったんだ?」
見たままを言葉にして説明した。
言い終わって、長い間のあと、ぽつりとつぶやいた一言。
「あの女の人……ボクが今まで出会った中で、一番強かったよ」
◆
おされる。
防戦一方。
反撃の機会をうかがうが、
「残念」
攻めに転じようとしたその矢先、斬りつけられてしまう。
「とはいえ、さすがは〈赤光(しゃっこう)〉ねぇ……こうやって守りに徹されると厄介。防御力なら一番、いえ、あの小さな子どもが見せたアレのほうがちょっとだけ上かしら」
なんのことかわからない。
それより、もはや会話の受け答えをする余裕はなかった。
金属音が鳴って剣をさばいたかと思うと、すぐ次の追撃がくる。
神経がすりへる。
油断すると、即、死だ。
「私の剣……〈タイム〉は、すぎ去った過去と、現実と、ほんのわずか先の未来を、同時に斬るのです。あなたも身をもってそれを味わっているはず。逃げることはできません。もう懺悔もおそい。死になさい、アルシアス」
「ずいぶん高いところからものを言う女だ」
口元だけで、笑ってみせた。
女はその挑発じみた笑みには特に反応せず、無表情に言う。
「そう……僭越ながら申しましょう。私の剣技は」切っ先を斜め下に垂らした刃が、夜の弱い光を集めてほの白くかがやいた。「神の御業であると」
もしやこいつは狂っているのか。アルシアスはそう思った。
自分の力を誇大する妄想家。自分を神だと思い込むたぐいの病人。
はたしてまともな頭の持ち主なのか、どうか。
いずれにせよ強い。
その事実だけは、絶対だ。
(む)
苛烈をきわめた猛攻が、やんだ。
手をとめ、剣を持っていないほうの手をひたいにかざしている。
そして、
「あなたは幸運みたい」
と、口にして剣をおさめた。
(ここにやってくる気配……一人は帝国の女将軍、もう一人は、あら、同族のようね)
「待て! 逃げるかっ!」
「いいえ、逃げるのではないの。ひとときの猶予を与えてさしあげるだけ」
(ふふ。さすがに〈四聖女(よんせいじょ)〉の三人を相手にするのは、骨が折れるのよ)
土をける音。
「アルシアス!」
カミーラの声。夜会からぬけだしたかのような華麗な真紅のドレスを着ている。深夜、急な来客に対応して、あわてて着た服だ。その〈客〉が、すばやい動きで追いかける。
速度は互角。しばらく、前後に並び夜道を走った。
追われる者がおそくなったのか、追う者がはやくなったのか。
ある一点で、ついに前後が入れかわった。
行く手をさえぎるように、前に出たオーロラ。
目が合う。
「どこへ行く。ヨアンナ=エヴァンナスト」
「まあ……いい動きをするじゃない。オムニブレイドとして名をはせた、昔の勘を取り戻しているのかしら、それとも、身体能力が〈向上〉しているのかしら」
鞘から抜きざまに斬った。
ヨアンナの剣がオーロラをおそう。
おかしい。
剣を抜こうともせず、対応する様子が……
息がとまった。
一瞬で間合いをつめられ、彼女の顔が、ダークブルーの髪が、すぐ目の前にある。
剣を持つ手にふれられるぎりぎりで、後方にステップして、距離をとった。
(この技術は〈無刃(むじん)〉のロスマリン……彼女を模倣して、己のものとしたというの?)
あと数秒おそかったら、死んでいた。
確実にそう言える。
だが私は神の代理人。弱みを見せてはいけない。
そして神に牙をむいたこの不義なる者に、引導を。
「要塞教会にきなさい」
闇の中に姿が消える。
「そこであなたは終わるのよ、オーロラ……」
終わる、か。
そのとおりかもしれない。
そこで、たとえ誰と戦うことになろうとも、
(私の最後の戦いになる)
無言で、夜空を見上げた。




