交差の剣
なるほど、と納得する。
実に強靭で芯の太い剣。一朝一夕でできるものではない。日々の修練のたまものだろう。
しかし、まだまだ不完全。
「はっ!」
ユードラがときどき発するその声を、オーロラは注意せずにはいられなかった。
「かけ声はけっこう。瞬発的な力がでるし、己を鼓舞することもできるからな。だが」
「え」
二人の持つ剣の先が、くっつけられたように接着した。
軌道を読み切ったオーロラが、剣が向かおうとする方向を、ぴったり〈点〉でとめている。
ユードラの剣は斜め下に進みたい、が、むりだ。腕力で押すこともできない。引けば、
「あーあ……」
攻められる。
首筋に、オーロラの剣があてられていた。
「そのクセははやく直せ。相手にとって、これほどわかりやすいサインはない。おまえの場合は、右から斬りおろす場合に声が出ていることが多かった」
「はいはい」剣をおさめた。近くの木にかけていた白い外套をとって羽織る。「どうせ私じゃ、オムニブレイド様には勝てませんって」
朝から昼にかけての時間。空はくもっている。
二人は、町の教会の裏の小さな広場にいた。
最初、ユードラが一人で剣の練習をしていたところに、オーロラがあらわれた。そこから「ちょっと相手してよ」という申し出が出るまでには一分とかからなかった。
す、と物音もなく鞘におさまるオーロラの剣。
手合わせの余韻か、二人はしばらく無言で見つめ合った。ユードラからすれば、さらなる助言を聞けるかもしれないという淡い期待もあった。
んー、と声をだしながら両手を上にあげて体を伸ばしたあと、
「じゃ、もう行くから」
勝負にまけたという悲壮感もなく、笑顔で立ち去った。
(いずれ強くなる)
と、ユードラの強さに濫觴(※ 大成にいたるはじまり)を見た。
(ただ、それはコブラの望むところではないだろう)
娘に人殺しをさせたい父親など、いるはずがない。
たとえ〈ホワイトハンド〉という特殊な機関に在籍しているとしても、だ。
それまでに平和な世界を……と希望するのは、オーロラもコブラも同じだった。
「わっ!」
つまずくような音。
見ると、小柄な女が前のめりによろけている。オーロラは肩をだきとめた。
「す、すみません……」鼻先までおちてしまった、両目の前にかけたレンズを直す。「お恥ずかしいところを」
直した手をそのまま髪にもっていき、櫛のようにして梳かす。ベージュの外套と、肩から胸元にかかるケープは茶色と黒色のチェック柄。
「何があった」
とオーロラは話が早い。
彼女の名前はディー。帝国の諜報機関〈ハイドランジア〉の人間。
用がない、あるいは、たまたまここにきた、などということはありえない。
情報を持ってきた。そのはずだ。
ええ……と一呼吸し、
「今、この町にアルシアスがいます」
◆
(アルシアスさんは、どこだ)
ここは広い、貿易の要の大型の商業都市。
そのすみからすみまで奔走してさがしたが、いない。
「いましたか?」
大聖堂の祭壇の前に立つロスマリンが、ゆっくりとふりかえって言った。
それが……とリクールはありのままを報告する。
静かに、こっちに近づいてくる。
もう、息がかかるほどの距離。
(なんて美しいんだ)
神々しい、とさえ思う、ステンドグラスを背景にしたその姿。
「いきましょう」
耳元でささやかれ、年若い彼はみじかい恍惚を感じてしまった。顔が赤くなる。北方の出身ということもあってリクールの肌の色素はうすく、こういうとき、わかりやすいほどに〈赤み〉が出すぎてしまう。
「あの……ほかのかたがたは?」
「それは、あなたが心配することではないのです」
この街は、将軍がひきいる軍隊によってすでに包囲されている。
もっとも、人員の都合もあり、とり囲んでいるといっても密集しているわけではない。
いくらかの間隔ごとに数人の斥候が待機しているだけ、という形。
ロスマリンにとっては、足止めにすらならないといっていい。
しかし、
(こんな昼間に……?)
リクールの疑問。
彼はもっとちがう方法の撤退、具体的にいえば〈夜逃げ〉のようなものを想像していた。
〈光路〉の方針は、軍が突入すれば街にしかけた爆薬に火をつける、ただし三日の猶予を我らに与えるならそれはしない、というものだった。
そして今日がその期限。
日没をまち、身をかくしながらの逃避だと思っていた。当然、部分的に戦闘になることも予想される。そのとき、自分は彼女の盾となり必死に戦おうと決意していたのだが、
(何かある)
そう考えずにはいられない。
間近で、ロスマリンはそんな彼の心の動きをすばやく見抜いた。
かすかに赤くなっているほほに、やさしく片手をあてて言う。
「さあ、私についてくるのです」
大気が大きくゆれ、ステンドグラスがびりびりと振動した。
◆
遠方に白煙。黒煙もあがっている。
「全軍、突撃!」
こんなザイネギアの荒々しい声を耳にしたのははじめてだ、と彼の部下の多くが思った。感情というものを外に出さず、どんなときも、どんなことも、きわめて合理的かつ論理的に対処することで有名な知的な将軍。
馬上の彼の、表情はけわしい。
(やってくれたな、ロスマリン!)
一面のくもり空の、黒々とした暗雲がある方角。そこに都がある。
天と地をつなぐロープのように、街からあがる煙と、その上の雲がつながっていた。
混乱。
しかし単騎で大通りを進む将軍の姿を目にして、安堵する市民も多数。
(これが、おまえたち〈光路〉の革命か)
泣き叫ぶ子供。血の匂い。無辜の者を自分たちの保身のために犠牲にするか、とザイネギアはいきどおった。
夕方。
火の手はもうなくなった。報告を聞いて、わかったことがある。
(金貸しと、それが経営する商店だけが標的……)
つまり、このたびのテロリズムで被害を受けたのは、およそ戦争で巨利を得ている人間たちだけだった。
そのあたりの行動理念は理解できる。
(だが許せん)
ザイネギアは早馬の伝令で、〈光路〉を掃滅するまでは帝都に帰還しない旨を皇帝陛下に上申した。
◆
窓のわくの中に雪。
もうじき夜になる。
(仕方なかった)
おとといのことを思い出す。
(ルブルックとの戦闘後、ここに向かう馬車しか出ていなかったからな……)
オーロラや、コブラふくむ〈ホワイトハンド〉の猛者もいるこの教会領の小都市。
避けたかったが、そうもいかなかった。
喪服、という自分の姿を、アルシアスは近くの鏡に映した。
(いつ、ここを出るか)
そのことしか、頭にない。
ここは広くも狭くもない、ただの民家。
たどりついた夜、泊めてやろう、と声をかけてきた中年の男が所有する家だ。その男はもうこの世にいない。建物に入るやいなや、強引に事におよぼうとしたために、アルシアスがまばたき一回のはやさで斬り捨てたからだ。
左手で、である。
(剣がふれない)
時間とともに、ルブルックに打撃された肩の痛み、腫れが増している。
剣どころか、日常生活にも支障が出るほど、右手へのダメージは大きい。
じっと回復を待つ、という時間的余裕はない。そもそも、自然治癒するレベルではなさそうだ。
(ロスマリン様と合流し、治療せねば)
こんこん、と木製の扉がノックされた。
「よぉ、いるかい?」
息をのんだ。この声。
居留守はたぶん通じないだろう。
「なんで……ございましょうか」
「ああ、いたのか」
扉の向こうにいる、無精ひげを生やした屈強な男がアルシアスにはすけて見えるかのようだった。
コブラ。
〈光路〉と敵対する〈ホワイトハンド〉でナンバーワンの実力と目される戦士。
開ければ、命はない。
「たいした用じゃあねぇんだが……とりあえず、開けてくれねぇか?」
「こまります」
「なんか、都合がわるかったかい?」
「人様にお見せできる姿ではなくて……」
おっとそうだったか、と意外にあっさり、ひきさがった。
じゃまたくるわ、と扉ごしに声。遠ざかる足音。
ふー、と長く吐き出した息。ひたいの汗をぬぐう。そのまま、水差しをとりに移動すると、
「助かった、と思ったか?」
扉が蹴破られた。コブラが立っている。
「アルシアス……おまえのそのヘビみたいな冷たい声、よーくおぼえてるぜ」
「ヘビは貴様だ」剣を抜いた。あぶら汗を流しながら、右手で握る。「〈赤光(しゃっこう)〉をなめるなっ!」
落ちた。からん、と石の床が鳴る。剣の刃……本来オーロラの持つ武器である〈バラトーレ〉の刃が、にらむような鋭い目つきの女を映している。
手ばなされた武器と、服の上からでもわかる肩の〈ふくらみ〉を見て、アルシアスの右手の異常を即座に見抜いたコブラ。
「同情はする」
片手で持った剣を高くあげ、ゆっくり右に流す。
「だがよ、昼間、おまえらがあの街でやったことは、理由はどうあれ人の道にそむくことだ」
ひゅん、と音。
アルシアスほどではないが、かなりはやい攻撃。
これで首が切断されれば、さほどの苦痛もなく死んでゆける。コブラにすれば、彼女の体のどこでもなく、そこを斬ることが慈悲だと思っていた。
「おい……」
とっさに視界のはしからおどりこんできた人影。
「どういうつもりだ、オーロラ!」
横向きに入った刃を、縦に受け止めた刃。
修道女の服に身をつつむオーロラの前にできた銀色の十字。そのまわりを、入り口から吹き込んできた雪が回転するように舞った。




