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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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ジャグラー -曲芸師、詐欺師-

 片手で足りる。

 自分のまことの名前を知っている人間を指で数えようとすれば、カミーラ、ロスマリン、ザイネギア、あとは育ての親であるマルシェル(ただし故人)となって、一本あまりさえする。


「どうして知っている」

「さあ、どうしてかしらね」


 無名ではない。

四聖女よんせいじょ〉として世間に存在は広く知られている。一般人が気づいて、その名前を呼んでもおかしくはないだろう。

 しかし出てきたのはフルネーム。

 座ったまま、両手で組んだ指の上にあごをのせた。


(へぇ……おもしろい)


 婦人にはべつのものが見えていた。

 オーロラの背後にならぶ、無数のブレイド


(槍もハンマーもあるかと思えば、やけにクネクネした剣まであるじゃない)


 ふふ、と親しげな笑みを向けられたが、その意味するところがオーロラにはわからない。

 ひたいに、汗がうかんでいた。

 いっそ剣をかまえれば楽になる。


「〈光路こうろ〉か?」


 と質問した。

 いえいえ、と返答。おどけているようにも聞こえる声。しかし、


(テロリストとうたがわれても、この鷹揚おうようとした態度。ただの市民ではないな)


 警戒はとけない。

 オーロラの右手は、すでに剣のの近くにある。

 また教会の中が光った。ほぼ同時に、重く低い音が外から届く。


「あがりましたね」


 横顔を向けた。視線の先には壁しかないのはわかっていたが、つられてオーロラもそちらを見る。


 ◆


「あがったな」 


 コブラが、となりを歩く自分の娘に言った。

 ちょうど日没のあたりで、すでに空はうす暗い。


「わぁ……」


 ユードラはそれを生まれてはじめて見た。

 花火。

 夜空で火の玉がつくる〈花〉。進歩と改良によって、はるか先の未来ではもっと巨大で複雑なものが空中をいろどることになるのだが、この時代のものはまだまだ未完成だった。打ち上げられて破裂したあと、十本ほどの光の筋が低い放物線で垂れ落ちるだけ。

 しかし田舎の小さな町では、これでもじゅうぶんな見物みものだった。


(無邪気なもんだ)


 あごをあげて、ちょっとひらいた口。興味津々(しんしん)といった瞳。


(さて……俺ももっとがんばって、一日でも早くこいつに普通の暮らしをさせてやらねーとな……)


 あとずさるように動いて、花火に見入るユードラから遠ざかった。

 コブラには、やることがある。

〈ホワイトハンド〉のメンバーから聞いた情報の、正否せいひをたしかめなくてはならない。

 道を進み、今、オーロラが中にいる教会の前を通りすぎた。


(うかれてやがる)


 恋人が腕を組んでじゃれあっていたり、家族づれが談笑していたりで、さわがしい。

 そして建物と建物のあいだをつなぐようにつけられた、カラフルな飾り。

 聖誕祭。

 教会でたてまつられている宗教の開祖が生まれた(とされる)日の祭り。


「おう、コブラ! ちょっと寄ってけよ」

「さては女でも物色してんのかぁ? ほどほどにしとけよ、コブラ」 


 酒場の中から声がかかった。ほがらかな笑いもいっしょに飛んでくる。

 あとでな、と手をふった。その腕には包帯が巻かれていた。

 メインストリートに人だかり。


(ほぉ……)


 無精ひげに手をあてて、感心した。

 大道芸人がジャグリングをしている。手前でかぶりついて見ているのは子供が多く、コブラの身長なら後方からでもよく見えた。

 ナイフを七つ。

 上に投げる、下りてきたものをつかんでまた上に投げる、という動作を目まぐるしいはやさで行っている。

 紅白の縦じまの服に、赤い三角帽。目元には鳥の羽をあしらった派手なマスク。

 芸に圧倒されたのか、ナイフをすべておさめたあとも、観衆からしばらく拍手がでなかった。


「ブラボー!」


 肩をびくっとさせる子供もいたほどのコブラの大声。

 それをきっかけにして、拍手と歓声がわきあがった。

 ぺこり、と頭を下げるジャグラー。


「よぉ」


 いつのまにか、最前列まで移動していた。


「もっとすごいヤツはできないのかい……おねぇちゃん」


 観客にこたえて、手をふっていた動きがとまる。

 女? まわりがざわめいた。ふわっとしたシルエットで性別を特定できるような見た目ではなかったからだ。顔も半分以上かくれている。

 花火があがる。

 音と同時に、道化師は後方に宙返りをした。


「おい、はなせ坊主!」


 ねぇなんでおねーちゃんなの、と小さな男の子がコブラのズボンをつかんでいた。あわてて、その子の親が手をはなさせて体を抱きかかえる。


「どこ行きやがった」


 追いかけたが、姿が見えない。 

 町のはずれの、木々がまばらに生えているエリア。


(まだ真っ暗ってほどじゃねぇが……)


 日が沈んで、視界は悪い。

 コブラは腰にさげていたボウガンをかまえた。適当に〈あたり〉をつけ、一発、二発、と射撃する。

 三発目、のあと、


(ナイフが落ちたか?)


 そんな音が鳴った。

 ふうー、とため息。木のうしろから、先ほどの大道芸人があらわれた。服はそのままだが、帽子とマスクははずしている。


「ま。ちょうどよかったかな」


 耳のあたりの金髪をくしゃくしゃとさわりながら話す、若い女。


「暗殺優先度ナンバーワンに、こうして出会えたわけだし」

「確認するが……おまえ、〈光路こうろ〉だよな?」


 ナイフが投げつけられた。

 これが答えってことか、とコブラがつぶやく。

 かわしながら、剣を抜いた。


「こんなんじゃ、かすりキズもつけられねーぜ」


 続けて投げられたナイフをたたき落とす。

 にっ、と相手の口が笑ったのがコブラの目に入った。

 爆発。

 大規模ではない。

 ものが燃えたというより、煙幕をはったような感じ。

 道化師の体が白い煙につつまれた。

 声だけが聞こえる。


「私はポーシャ。〈道化(どうけ)〉のポーシャ」


 煙がはれた。

 一歩ふみこんだコブラの上から、何かが落ちてくる。


(ナイフか!)


 ざく、と土にささる音が十回。


(おいおい)


 その回避に気をとられていたら、右手に鞭が巻きついていた。すぐに切断。そのまま、ポーシャめがけて斬りかかった。

 が、


(ニセモノ……?)


 そこにあったのは服の中にわたをつめて人体のように見せかけたダミー。

 あっ、と上を見上げたときには、もうおそかった。

 落ちてきた十本のナイフに、おそわれる。

 ほほのあたりが切れた。

 しかし、コブラの顔は笑っている。


「ははっ! なかなか楽しい戦いをするじゃねーか!」

「だてに〈道化(どうけ)〉って呼ばれてるわけじゃ、ないから」


 すす、と背後に回りこむポーシャ。服は茶色い外套がいとうと同色のスカートに切り替わった。

 また何かが上にあがった。

 ネット。

 動物を捕獲するための、網だ。


「ふふっ、かわいらしいクマさんがつかまったみたい」


 頭から足にかけて、白い糸で編まれたものがかかる。


「だがよ……これでいいのか?」


 何を言っているのか、ポーシャにはわからない。

 剣をかまえ、コブラの体を突き刺す。


(なんて精神力)


 体の自由をうばわれ、剣を向けられたというのに、まったく動揺が見られない。

 それどころか軌道を冷静に見きわめて、突き出されたを紙一重でよけるとは。

 今朝、ロスマリン様が彼との戦闘から手を引いたのは、本当に〈水がさされた〉からなのだろうか。

 経験に裏打ちされたこの実力。

 私で勝てるのか……?


「おどけるのも、おおいにけっこう。だがな、正々堂々ってのも、気持ちいいもんだぜ」


 ぶわ、とネットがほうり投げられた。二人から、かなりはなれたところに落ちる。


「おまえが『テロリストやめた』って言ってくれりゃあ、もうここでやめる」


 花火があがった。

 ポーシャの唇が動く。


「私、知ってるんだから。帝国にも教会にも、戦争を長引かせている黒幕がいることを。ねぇ、かんちがいしないでよ。周囲に流されるまま〈レディ・エリーツ〉をやめたわけじゃ」


 ないんだから、と両手で剣をにぎった。 


「ちゃんと信念があるんだな」

「ある!」


 勝負は、ついた。

 まっすぐ斬りかかってきた彼女を、まっすぐ斬り返した。


「悪いな……俺は、戦いでは男も女もないと思ってる。女は斬れない、っていう、そんな流儀じゃねぇんだ」


 あお向けで見上げながら、ポーシャは首をふった。


「負けました。おじさんさぁ……、ちょっと、強すぎだから」


 コブラは苦笑した。


「おまえも強かったぞ。そうとう努力したんだな」


 へへ、と弱々しく微笑した。

 両目は涙ぐんでいる。 


「あなたと……戦えてよかった……伝説の、聖堂騎士と……」


 花火がまた、あがった。


 ◆


(どこに行った)


 婦人の姿がない。花火に気をとられたのは、ほんの一瞬だけだった。

 距離もあった。

 しかも、座っていた。


「私を、おさがしかしら?」


 その声は、オーロラの後ろから届いた。

 肩に手がおかれる。


「あらあら。ずいぶん、人を殺してきたようね」


 ふり向く。


(悪夢でも見ているのか)


 いない。

 教会の中をさがすと、もともと座っていた場所に、何食わぬ顔で座っていた。 


「まあいいでしょう」


 立ち上がり、そのまま入り口のほうへ歩いてゆく。


「今日は、審判のときではありませんから」

「おまえは……誰だ!」


 枯れ葉色の髪がゆっくり左に流れ、オーロラに横顔を向ける。


「私はヨアンナ。ヨアンナ=エヴァンナスト」


 耳に直接吹き込まれているかのような不思議な声で彼女はこうげた。


「神の代理人です」




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