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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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34/61

同期の幾何学

 教会にきた。

 あの殺気の正体はなんだったのか、オーロラはまだ考えている。


(酒場の外からくるようで)


 心を落ち着かせるためには、これ以上の場所はないだろう。天井は低く、祭壇に立つ何本かのろうそくのあかりだけでうす暗く、決して広くはない建物。


(酒場の〈中〉からのようでもあったな……)


 左右にわかれて、信者が座る椅子と長机がならんでいる。

 前のほうに誰かが、いた。まっすぐな、黒く長い髪。


「なんだ、オーロラさんですか」


 無愛想に言う。

 そしてまた机に視線をもどす。

 この様子を見ると、塔から落下したダメージはほぼないということがわかる。あの高さから落ちて助かったのは幸運でも偶然でもなく、ひとえにオーロラの機転と身体能力のおかげだったが、このユードラという少女はとくにそこは気にしていないみたいだった。ありがとう、とも言っていない。

 だが、


(なるほど。コブラが手を焼くわけだ)


 オーロラは彼女に好感を持っていた。

 助けられるのは戦士の恥、おそらく、そういう考え方なのだろう。

 プライドがあっていい。

 細かい金属の部品。

 時計か? とオーロラは一目見て推測したがちがっていた。

 三十分ほどでそれを組み上げて、ユードラは一言、


「銃です」


 と言った。

 オーロラが戦場に立っていたころ、まだそれは発明されていなかった。火薬で、鉄のかたまりを飛ばす武器。

 ここ何年かで戦争でも実用されるようにはなっていたが、命中精度の低さ、使用者の訓練不足、突撃を受けた場合のもろさ、不具合による暴発の多発、などの要因で、まだ遠距離攻撃の主流になるにはいたっていない。せいぜい、〈大砲〉というおおまかな爆撃で使われる程度。


(小さい……)


 まず、そう思った。

 手のひらにおさまる、と言っても言いすぎではない。


「威力を見てみますか」


 ユードラは立った。そのまま祭壇の前に出る。


「足元を、撃ちます」


 興味ぶかい、とオーロラは剣を抜く。

 ボウガンの矢はほぼ迎撃できる。

 しかし生まれてはじめて見る、この銃という武器の場合はどうか。自分の剣は通じるのか。

 いきますよ、と銃口を下に向けた。

 一瞬。

 床にひびが入り、そこから白い煙が立っている。

 音は、思った以上に軽かった。男が目いっぱいの力で拍手したときに出るくらいの大きさ。


「バカ! 何してる!」


 入り口から、あわててコブラが入ってきた。


「ユードラ!」

「ごめんなさい、お父様……」


 たくましい腕で細い肩をつかまれ、そのまま二人で教会を出ていってしまった。

 静寂。

 オーロラは地面を見つめていた。


(はやかった。あれでは対応は無理だ。しかし)


 次にオーロラは、自分の右手を見つめた。


(この〈手〉は反応していた。撃ち落とすことができるというのか、あんなものを……)


 母、マルシェルににぎられた手。にぎったまま、彼女は天国へ行った。

 ろうそくのあかりのせいではなく、体のその部分が、ほのかに白く光っている気がした。


 ◆


 同じ日の夜。場所は大聖堂。

 自分と同じ列の、遠くはなれた席にその男が座っても、ロスマリンはまったく動じなかった。


「お祈りですか?」


 と、逆に声までかける。 


「ああ……」


 彼女は知っていた。

 この男、黒騎士団の団長、シルドアがもうすでに帝国から離反していることを。

 ならば、


(もう私たち〈光路こうろ〉と敵対する理由はない)


 と読む。

 事実、ロスマリンがそう思ったとおりだった。


「これから、我が部下たちの復讐をはたしにゆくところだ……あの女のところへ」


 横顔を向けたまま瞳だけ流し、鋭くにらむ。


「ロスマリン。まさか邪魔をする気ではあるまいな」


 シルドアは右にいる。彼女の位置からは、左目しか見えない。そこに入る、戦歴をかたるかのような負傷のあと。


「確かに……オーロラは私の親友です。今だって、そうです」


 ぴく、とシルドアの眉がかすかに動いた。


「でも、立場がちがう。親友、というのはあくまで感情的な部分。それよりも現在の立場のほうが、そこに先行する……良識ある大人の関係性というのは、そういうものではありませんか?」


 目をとじ、唇のはしを小さく上げる。

 建物の中、風はないのに、彼の腰まで伸びた白い髪がゆれていた。


「ハイドランジアから、おもしろい話を聞いた」


(めずらしい饒舌じょうぜつ……)


 黒騎士のリーダーは、余計な話などしない寡黙な男でとおっている。

 ロスマリンはひそかに、服の中にある剣を引き寄せた。着ているのは、いつものように黒一色の質素な衣服。


「私の部下が斬られた関所……あの場所に、討伐命令がくだされたばかりのオーロラがいるぞ、とけしかけた人間がいる……」


 黒い服の上に、灰色の外套がいとう、首元には銀の首飾り。腰にさした剣。

 戦いの中で年をかさねた彼だったが、今、ろうそくの光を正面から受ける顔は、青年のそれのようにみずみずしい。


「おおかた、おまえたち〈光路こうろ〉の移動のためにあの門をあけさせる必要があったのだろう。首尾しゅびよく思惑どおりになったな。黒騎士の追っ手をとおすために、オーロラの逃走後すぐに開門されたのだから」

「よくお調べになっていますね」


 後方の座席で祈りをささげていた数人の信者が、立ち上がったシルドアと手に持つ銀色に光るものを目にしたとたん、悲鳴をあげながら外へ逃げ出した。


「立てロスマリン」見下ろしながら言う。「天国へ行く時間だ」


 ◆


「立てオーロラ」

 

 町のはずれの共同墓地。

 ここに、かつていっしょに戦った仲間の墓があるとわかって、そこに足をはこんでいた。

 漆黒の夜で、こんなさびしいところには誰もいない……と思っていたが、


「〈光路こうろ〉か」


 と、相手の姿も見ずにつぶやく。

 しゃがんで墓碑銘ぼひめいを確かめていたところ、背後から声をかけられた。


「天国へ行く時間だ」


 奇妙なことが起こった。

 ここと、はるかに遠隔するロスマリンのいる大聖堂の、戦闘が同期する。

 当然、この現象に気づく人間はいない。


(これがジオメトリカル……)


 はじめて見る剣技。皇帝が称賛したという名高きテクニック。 

 一方、


(まるでジオメトリカル……)


 オーロラはおどろく。

 自分の記憶にあるものと、寸分すんぶんたりともちがわない。


(模倣したか)


 と推測した。他人の戦い方を少し見るだけで、いともたやすく真似できてしまう、そういう才能が存在することを彼女は知っていた。これはその中でも特別の上位。シルドアの剣は、見よう見まねでできる技ではない。


(なんという再現度だ。容貌ようぼうまであの男に見えてくる)


 催眠、という意図はないだろう。

 だが、剣先の動きを見つめていると、不思議と心が冷静でいられなくなる。

 あせる、という表現が近い。


「どうした、おくしたか」


 と、シルドアと刺客しかくの男の言葉が重なる。

 正円、正方形、黄金比の長方形、ひし形、正弦波……

 それらの図形、記号に満ちた領域に、入っていけない。

 のまれては負ける、彼女たちは同時にそう思った。


「点と点をつなぐ、もっとも短い距離。これが直線です。神と人との関係も、こうありたいものですね」


 直線。


(この声は……)

(お母様ですか?)


 オーロラもロスマリンも、確かに耳にした。

 ふっ、と彼女たちの鼻先をかすめた剣に、二人ともすぐに我にかえる。 

 息を、はいた。


(そうだ。まっすぐでいいんだ)

(まさに天啓……感謝いたします)


「なんだとっ!」


 鮮血が散った。

 シルドアと男は、呼吸を合わせたように放心状態になる。

 どのようなかまえかたをしようと、手は体の前に出る。例外はない。もし、そんなかまえかたがあるとしても、そこには大きなスキが生じるだけ。

 手と、剣のをつなぐ最短距離。

 そこを最速で突き進む。

 シンプルな攻撃。しかし、これ以上はないほど合理的といえた。

 成功する。

 ともに、ジオメトリカルはやぶられた。

 まだ同期は続く。

 両方、背中を向けた。手には血が流れ、剣も地に落としているため、もう攻めには転じられない。


(逃がしてくれるのか)


 男は意外だった。そして、もうこの手では剣はにぎれない。生まれ故郷に帰って親を手伝い百姓をやろう、そんなことを考えていた。


(逃がしては)


 シルドアは、意外ではない。

 背中を、深く、斜めに斬られた。


(くれぬ、か。ふふ……この冷酷さ……ここにおいては、オーロラに)


 まさるな、そこまで思いがおよんだところで、絶命した。

 視線を感じた。

 ロスマリンはその方向を見る。


(オーロラ……?)


 はなれた場所にいる彼女の姿が、見えるわけがない。

 たぶん、頭の中のイメージが、瞬間的に可視化されただけだろう。


(疲れているのね……きっとこれは幻覚)


 そのオーロラは無表情だったが、片方の目から涙を流していた。




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