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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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29/61

地下と地上

 大聖堂の地下墓所。

 ろうそく一本のあかりしかない、暗く小さな部屋。


「やれ」

「でも……アルシアスさん、もうこの人、限界ですよ」


 椅子にしばりつけられた男は肩から血を流し、そのほかにも負傷が多い。

 しかし強いまなざしで、目の前にいるアルシアスとリクールをにらんでいる。


「自害されては話にならない」


 カミーラの処刑未遂の際、ボウガンを射撃して救出を援護した男はつかまり、拷問を受けていた。 

 アルシアスが、下腹部に蹴りを入れる。

 うっ、という男の声。口の中に入れられた詰め物は少し赤く染まっていた。


「それまでに、こいつの素性すじょうを……」


 もう一発、と蹴ろうとした彼女と男の間に、リクールが両手を横に伸ばしてわりこんだ。

 邪魔だ、と手で肩をつかむアルシアス。その手を握り返して、言う。


「それなら、もっと穏便おんびんなやりかたがあるはずです」


 ぱん、と部屋にひびく音。

 リクールは自分の顔をたたかれたことにもかまわず、続けた。


「アルシアスさん……、俺は師匠には恩がある。ここにはいないけど、オーロラさんにも恩がある。だがあなたには何もない。こういう高圧的な真似は、やめてもらえませんか?」


 また、たたかれた。リクールの両頬がかすかに赤みをおびる。

 アルシアスは冷たい目を数秒向け、無言で部屋を出ていった。


「大丈夫ですか」


 リクールは男の口の中のものをとり、手足の束縛のうち、手だけを解いた。

 近くのテーブルの水差しをとり、グラスについで男に渡す。

 悪いな、とかすれた声が男から発された。


(あっ)


 遅かった。

 男は水といっしょに、ふところから出した何かを飲み込んだ。それが具体的に何かまではわからなかったが、体にどういう作用を及ぼすものなのかはリクールにもわかっている。

「心やさしい坊主……おまえのために、一つだけ教えてやるよ……いいか、俺たちの〈手は白い〉んだ……」

 大聖堂の鐘のが、この地下の奥深い部屋にも届いて、かすかに聞こえていた。


 ◆


(ここは……)


 そこがどういう意味をもつ土地なのか、オーロラは知っている。

 教会領。

 帝国から独立している、一種の自治領だ。

 四方に防壁がめぐる、小規模な都市。

 コブラ、ガニュメデス、オーロラの三人は、手に持った十字架を高くかかげた。入ってよし、という高らかな門番の声。

 空はよく晴れている。

 ちょうど、昼食時だった。


「教会にも自浄作用がある」


 カフェの外のオープンテラスの席で、コブラはいきなり言った。

 ここまで、オーロラは自分から〈彼らが何者なのか〉という質問をしなかった。かりに質問をしたところで、ウソをつかれては意味がない。 


(ようやく、しゃべってくれるか)


 という期待をかくして、彼女はコーヒーカップに口をつけた。

「聖職者とはいえ、不正もありゃ違反もある。反社会的活動への加担だってあるんだ。そういう一切を監視する組織」

 それがな、とぶあついステーキを食いちぎって言う。


「〈ホワイトハンド〉だ」


 彼のとなりにすわるガニュメデスは、バターののったトーストにかじりついている。オーロラと目が合うと、にこっ、と笑った。

「まー、むずかしく考えなくていい」フォークを持ったまま、手をふった。「俺たちにとって〈光路こうろ〉は敵だ。で、おまえもそのリーダーであるロスマリンや、かつての仲間のアルシアスをどうにかしたい。だろ? じゃあ、俺たちの利害は一致してるってわけよ」

 ワインを飲み、げふ、と息を吐きだした。


(とりあえずは、な)


 利害の一致、それはそのとおりだ。

 しかし、その生死、とりわけ親友のロスマリンについては、まだ〈殺す〉ことまでを決意していない。

〈ホワイトハンド〉は、決して彼女を許しはしないだろう。

 組織がロスマリンを追いつめたそのとき、自分はどうするか……

 もしかしたら、


「ははっ、やっぱりここのメシはうめーな」

「ね。おいしいよね」


 この二人を相手どって戦う、ということにもなるかもしれない、とオーロラは考えている。

 食事が終わって、おなかをさすっているガニュメデスに軽い質問をした。

「少し前の話だが……関所でなぜ、私を襲った?」

 それはねぇ、といたずらっぽい笑いを浮かべる。「黒騎士の追っ手がきてたじゃん。それに、門番の人もさ」

「だが、最初に私に向かってきた男は、おまえのことを知らなかった」

「そこは〈隠密おんみつ〉だからね」ガニュメデスはスプーンを手の中でくるくる回していた。「〈レディ・エリーツ〉以外じゃ、ボクのことは知らない人のほうが多いよ。でもね、どこにいるかわからない」

「何のことだ」


「ハイドランジアさ」


 帝国のスパイ機関の名称。

「あいつらはほんと神出鬼没だからね。どこに〈まぎれて〉るかわからない。で、当然、あいつらはボクの正体も知ってる。それを思えば、あそこでボクはオーロラに剣を向けるよりほか、仕方なかったんだよ。おたずねもの、ってヤツになってたんだから」

「はっ。すぎたことはもういーじゃねぇか……そんなことより、これから」

 コブラの言葉がとまった。

 オーロラに緊張が走る。

 強者きょうしゃ。近くにいる。


(ロスマリンに似ている……まさかな)


 黒く、長い髪の若い女。腰に剣。白いシャツに茶色いスカート。少しオーバーサイズのように見える外套がいとうも茶色。

 駆け寄ってきた。

 剣に、手をかける。


「お父様!」


 ばっ、と座ったままのコブラに抱きついた。


「いつ、おもどりになったのですか」


 ああ……さっきだ、と心なしか彼の元気がなくなっている。

「いっしょにつれていって、って、いつもお願いしてるのに」

 ねーねー、と遠慮なくコブラのそでを引くガニュメデス。「このおねーさん、誰?」

 入れ墨の入った腕を高くあげ、頭のうしろをかいた。

 やや目を伏せて、


「娘だ」


 と言う。


 ◆


 帝都。

 カミーラは、自身の屋敷にもどっていた。


(何年ぶりでしょう)


 地下の宝物庫ほうもつこに入り、箱の中からそれを取り出す。

 剣。

 少し、さやから出してみる。刀身の根元に、小さなバラの花の彫刻がある。


(〈シャンゼリゼ〉……)

 

 処刑の騒動のとき、それまで使っていた剣、国宝の〈白聖剣(はくせいけん)〉をうばわれている。

 やむなく、かつて使用していた武器を引っぱり出すことになったのだが……


(これのほうが、私には合っているのかもしれない)


 皇帝よりたまわったあの剣は確かによく斬れた、あつかいやすくもあった、が、どうも手になじむものがなかった。

 きっと、使用者として〈男〉が前提されていたからだ、とカミーラは思う。

 今後、あの剣はどこに行くのか。

 たぶん、夜、寝室を襲撃したあの若い男のところに行くだろう、と見る。

 完成されていながら、成長の可能性も同時に秘めた剣士。

 さらに手ごわくなる、つまりそれは、〈光路こうろ〉の戦力が上がるということ。


「誰!」


 カミーラはふり返る。

 耳をかくす程度の長さしかない茶色い髪。飾り気のない白いカチューシャに、水色のシャツとスカート、その上に白いエプロン。

 メイドだ。

 も、申し訳ございません、とふるえる声で言う。


「お、おもどりが少し遅いようですので、何かおありでは、な、ないかと……。その、おケガもされているようですし……も、もしかして倒れられてはいないかと……」


 ふう、と正体がメイドだとわかって細い息をはく。

 カミーラは今日も、昨日、コブラが見立てた黒いドレスを着ていた。

「新しく入った子ね」

「はい、ティモアと申します」

「地下に、まさか自分の判断で来たのではないでしょうね」

「メイド長に……その、許可はいただいております」

 そう、と剣を手に、新入りメイドの横を抜ける。


(スキだらけ!)


 心の中で、ほくそ笑む。

 医師の治療を受けるために、お得意のバラの瘴気しょうきとやらも薬で緩和されていて、ほとんど影響を感じない。

 数歩前をいく、将軍とは思えないほど、か弱い背中。

 スカートの中にかくした剣をにぎった。

 ふりかぶる。


「そういえば」


 とカミーラがこっちを向いた。急いで、剣を背中に回す。

「は、はい……?」

「私の負傷のことは、誰からお聞きに? もしかして、メイド長かしら?」

 そうです、と即答。

「う」カミーラが、腹部をおさえている。

「だ、大丈夫ですか」

 ええ……と返事。「少し、傷口がひらいたのかも」


「お背中では、なかったのですか」


 まっすぐ、背筋を伸ばす。

 うす暗い廊下には、一定間隔で固定された燭台しょくだいがならんでいた。

 その一つが、風圧で消えた。剣をふりきったモーションのカミーラ。


「あぶねー」

 メイドがひたいに手をあてる。

「私、失言したの? いったい何がいけなかったわけ?」

 カミーラに剣の先を向け、戦闘態勢をとる。そして挑戦的な目つき。おどおどした様子は、もうみじんもない。


「メイド長には、私が負傷した箇所をどのメイドにも言わないようにと、口どめしていました」


 言い終わると、彼女は剣をさやにおさめた。


(やはりこの剣がいい)


 切れ味がちがう。

 この時間差が、何よりの証拠。


「あ、れ……?」


 ティモアの上半身が横にすーっとすべり、そのまま地面に落ちた。 

 わずかな時間、斬られたことの自覚すらなく、普通にしゃべっていた彼女。

 もちろん剣の性能だけでは、こうはいかない。洗練された技術がなければ不可能。

 無感動に見下ろすカミーラ。

 やがて、背中を向けて廊下の奥に消えてゆく。


(急がないと)


 帝国軍司令部より、緊急の召集がかかっていた。

 すべての将軍、すなわち、カミーラのほかにいる二人の将軍も、そこに呼ばれている。



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