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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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28/61

 風が弱まり、空は晴れてきた。

 馬に乗って、帝都に近い都市まで移動する。


(オーロラ……)


 カミーラは満足した表情で、オーロラがる馬にいっしょに乗っていた。しかし意識はない。薬のせいで眠気が生じているのか、オーロラの胸に横向きに顔をあてて、道中、やすらかに寝ていた。


「服なんかどうでもいいだろうがよ」


 と言いながらも、しぶしぶ女物の服を買ってきたコブラ。

 あの処刑の騒動があった街よりも、さらに大きい。人も多い。とはいえ、


「こんな服では、帝都に帰還できません」


 白一色という服では誰よりも目立つ。それに、これはカミーラが処刑の際に着せられていたもので、彼女としては一刻もはやくこんなものは脱ぎ捨てたい。

 近くの民家を借り、黒地に赤い刺繍ししゅうがほどこされたドレスに着替えて通りに出たとき、「わぁ」という歓声が市民たちからあがった。


「カミーラ様だ!」

「ほんとだ、カミーラ将軍だぞ」


 あっというまにできあがった人だかり。

 コブラが片目を細めて言う。「じゃあ女将軍。ここから先は、一人でオウチに帰れるよな?」

「無礼な」しかし、カミーラの表情はどこかやわらかい。「いずれ正式に、私を救出してくれた礼はしましょう」

「そんなものはいらねぇ」さっと手をふった。「あんたにはあんたにしかできないことがある。帝都に帰っても、休んでるヒマなんかねぇぞ」

 わかっています、とオーロラのほうに向く。オーロラも、修道女しゅうどうじょの衣服を手配して、すでにそれに着替えていた。

「ひとまず、お別れです。本当は、あなたとずっといっしょにいたいのですけれど」

「しばらく静養しろカミーラ。近いうちにおとずれる、〈決戦〉のためにな……」

 ええ、とうなずく。

 カミーラの灰色の髪が風でなびいてまぶたにふれる。それを手で払って、また目をあけたとき、三人の姿はもうそこになかった。


 ◆


 小さな町。

 だが人の数はほどほどに多く、建物が複雑に入り組んでいて、身をかくすには都合がいい。 

 カミーラと別れた街と、アルシアスが急襲した街の、ほぼ中間にある。

 夜。

 一足はやく、ガニュメデスは宿屋で就寝していた。

 大人二人は、酒を求めて外出する。


「おいオーロラ……」


 コブラはもう、気安く名前を呼ぶほどに、彼女と打ち解けていた。黒いシャツの腕をまくって、からみつく蛇のような模様の入れ墨があらわになっている。オーロラはやはりシスターの格好だが、今は白い頭巾ずきんだけはつけていなかった。


「さっきからどこ見てやがる」

「いや……年のわりには、黒々とした髪だと思ってな」

「はっ。はっきり言うヤツだ。気に入ったぜ」ごしごしと自分の頭をさわる。指のすきまから、髪が少し光ったように見えた。「このシワが入りまくった顔には似合ってねぇってのは、自分でもわかってるよ。ふん。じゃあ坊主にでもするか……」

「それはやめろ。私は、似合っていないとは一言も言っていない」

「男前か?」

「そんな話をしたかったのか?」

 酒場。

 活気があって、若い女の給仕きゅうじがつねに店内を右往左往している。

「女のくせに、酒ぇ、強いなぁおまえ」

 テーブルの対面に座ったコブラが手に持ったグラスを小さくあげた。さも酔っているかのような雰囲気だが、


(演技だ)


 とオーロラは見た。

 こういう、アルコールの力を借りないと本心をしゃべれない、または、アルコールのせいで本心をしゃべっていることにしたい、という手合てあいは多い。

「言っときたいことがある」こん、とグラスの底でテーブルをたたいた。「あいつだ……あれ……おまえがガウガメラの戦場で腕を一本落としたのがいたろ?」

 アインザーム。

 オーロラはすぐに、その名前を口にした。


「友だ」


 と一言だけ。

 だまって、グラスの酒を飲んだ。

「西の国境近くに、東西で統治権が分かれていた都市があるだろ」

 知っている。

 一晩で両方を仕切る高い壁がきずかれたという、うそのような逸話いつわがある街だ。

 俺たちはそこの出身だ、と言う。

「武芸の訓練所でな……えらく腕が立つのがいるなと思ったのが最初だ。帝国の勝手な都合で一時期俺たちは〈他国民〉になっていたが、一年前にようやく〈同国民〉にもどった。さて、再会して昔話で語り明かすか、と思っていた矢先に……」

「おしいことをしたな」

「そんな顔はやめろオーロラ。俺ぁ、しんみりさせたくてこんな話をしてんじゃねぇ」すっ、と右手をさしだした。「親愛なる友のために、最期、立派な花を飾ってくれてありがとうよ。あの世で、きっとあの野郎もよろこんでる」

 手をにぎる。


(いい手だ)


 そんなことを思った。

 固く、骨ばっていて、大きく、あたたかい。

 自分に父親がいれば、こんなふうなのかもな、と想像した。

 そのあとは、たわいのない内容の会話に終始した。


 ◆


 夜明け。東の山脈のみねから朝日が射している。

 町を出たが、オーロラはまだ移動先を聞かされていない。手配された馬に乗って、二人のあとを追っていた。

 と、二人が馬をおり、手綱たづなを引いている。


「かくれて」


 とつぶやいたガニュメデス。

 馬ともども、草むらに分け入った。

 遠く、前方から誰かくる。

 白い馬に乗った女の剣士。

 長い金色の髪が、馬上でゆれている。


「おい! なにしてる」


 背の高い草のしげみから、オーロラが出て行った。急いで彼女に続こうとしたガニュメデスの頭を、コブラがとっさに上からおさえこむ。いたいなぁ、という小さな苦情。


(あの女……どういうつもりだ?)


 コブラは用心ぶかい。

 自分たちの身を売るのではないか、という疑いが、このときにはあった。


「オーロラさん」


 蹄鉄ていてつを鳴らして、近づいてくる。

 馬を、おりた。


「久しぶりだな、グレイス」

「ごぶさたしております」


 ゆっくりした動きで頭をさげた。

 青いワンピースに白い胸当て、その上からこげ茶色の外套がいとうを着ている。

「あてもなくさがしていたのですが、あなたにお会いできてよかった。あの子が……イバンカが、もしかしたらみちびいてくれたのかもしれませんね」

 硬質な金属が、同じく硬質な金属でできたさやを走る音。


(ちっ。やはり追っ手か)


 コブラは無精ひげに手をあてた。


(だが、なんでバカ正直に自分から出て行ったんだ。無視して、やりすごしゃあいいものを……)


 グレイスの手に剣。

「これは私怨しえんでも復讐でもない。あの子との〈約束〉なんです。わかって……いただけますか?」

 オーロラはうなずいた。

 ロスマリンとの間でも、そんな約束をしていたことを思い出す。どちらかが敵に殺されたときの決めごと。二人の場合は、お互いの身の葬送と、天に祈りをささげることがそれだった。

 グレイスとイバンカの場合は、どちらかを殺した者に……いかなる者であれ……死を。

「まいります……」

 剣をまっすぐ立てた。剣先は空を向いている。レイピア、と呼ばれる細身の剣。


(攻撃の前に宣言、そして、相手に防御の準備さえさせる一呼吸の


 右手に、剣をかまえた。

 それを見てグレイスは半歩引き、オーロラに対して体をやや斜めにする。


(真剣勝負というのを感じさせない、剣術の試合のような正々堂々たる態度。〈美剣(びけん)〉という異名が、実にふさわしい)


 はっ、というかけ声。

 わずかに、剣そのものよりも声が届くほうが遅かったか、そう感じさせるほど、はやい。

 ボウガンの矢など、この比ではない。

 この細い剣のほうが、圧倒的に高速。

〈点〉で受け止めるのは、無理だ。

 突かれて、オーロラは回避して後退する、この動作を五回くり返した。

 どんな過酷な戦場、不利な戦況でも、愚痴ぐち一つこぼさなかったグレイス。

 誰かの悪口さえ、オーロラの記憶する限り、一度も言っていたことがない。

 はっ。

 突かれながら、左手に回られた。負傷のえていない左に。


(そこです!)


 レイピアのが、布を引き裂いた。

 肩から腕にかけて、白い包帯を巻いたオーロラの腕が露出する。


(ケガを……なさっていたんですか)


 このことは知らなかった。


(それでオーロラさんは右手で剣を……)


 さらにちこむか、迷う。


(だめ。非情にならなければ。私に勇気をちょうだい。親愛なるイバンカ)


 かけ声さえ忘れた、全力の突き。

 レイピアがオーロラの首にまっすぐ進む。

 あと一ミリ。

 剣が止まった。これ以上、前へ、動かすことができない。

 体を突きかれていた。

 オーロラが、左手・・に持ちかえた剣によって。


「美しい……」


 血をふきながら、あお向けに倒れる。


「なんて自由自在なつるぎでしょう……完敗です、オーロラさん」


 頭をささえ、やさしく手をとった。 

「すまない」

「いいえ、私もあなたも真摯しんしに戦ったのです……あやまるのは、よしてください……」

 グレイスの息が、急に弱くなった。

「私は……実は、〈光路こうろ〉に全面的に賛同しているわけでは、ないのです。家族を人質にとられ……ついてゆくことを強要された……そうです、なかば脅迫のようにして」

「どういうことだ」

「アルシアス……あの女は危険です。どうぞ、お気を、つけて……」 

 ふ、と目の動きだけで、グレイスは笑った。

 最期、体力がつきたのか、言葉の終わりぎわの声はかすれていた。

 だがオーロラは、しっかりとそれを聞き取る。

 ありがとうございました、と礼儀正しく言って、彼女はこの世を去った。



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