友
風が弱まり、空は晴れてきた。
馬に乗って、帝都に近い都市まで移動する。
(オーロラ……)
カミーラは満足した表情で、オーロラが駆る馬にいっしょに乗っていた。しかし意識はない。薬のせいで眠気が生じているのか、オーロラの胸に横向きに顔をあてて、道中、やすらかに寝ていた。
「服なんかどうでもいいだろうがよ」
と言いながらも、しぶしぶ女物の服を買ってきたコブラ。
あの処刑の騒動があった街よりも、さらに大きい。人も多い。とはいえ、
「こんな服では、帝都に帰還できません」
白一色という服では誰よりも目立つ。それに、これはカミーラが処刑の際に着せられていたもので、彼女としては一刻もはやくこんなものは脱ぎ捨てたい。
近くの民家を借り、黒地に赤い刺繍がほどこされたドレスに着替えて通りに出たとき、「わぁ」という歓声が市民たちからあがった。
「カミーラ様だ!」
「ほんとだ、カミーラ将軍だぞ」
あっというまにできあがった人だかり。
コブラが片目を細めて言う。「じゃあ女将軍。ここから先は、一人でオウチに帰れるよな?」
「無礼な」しかし、カミーラの表情はどこかやわらかい。「いずれ正式に、私を救出してくれた礼はしましょう」
「そんなものはいらねぇ」さっと手をふった。「あんたにはあんたにしかできないことがある。帝都に帰っても、休んでるヒマなんかねぇぞ」
わかっています、とオーロラのほうに向く。オーロラも、修道女の衣服を手配して、すでにそれに着替えていた。
「ひとまず、お別れです。本当は、あなたとずっといっしょにいたいのですけれど」
「しばらく静養しろカミーラ。近いうちにおとずれる、〈決戦〉のためにな……」
ええ、とうなずく。
カミーラの灰色の髪が風でなびいてまぶたにふれる。それを手で払って、また目をあけたとき、三人の姿はもうそこになかった。
◆
小さな町。
だが人の数はほどほどに多く、建物が複雑に入り組んでいて、身をかくすには都合がいい。
カミーラと別れた街と、アルシアスが急襲した街の、ほぼ中間にある。
夜。
一足はやく、ガニュメデスは宿屋で就寝していた。
大人二人は、酒を求めて外出する。
「おいオーロラ……」
コブラはもう、気安く名前を呼ぶほどに、彼女と打ち解けていた。黒いシャツの腕をまくって、からみつく蛇のような模様の入れ墨があらわになっている。オーロラはやはりシスターの格好だが、今は白い頭巾だけはつけていなかった。
「さっきからどこ見てやがる」
「いや……年のわりには、黒々とした髪だと思ってな」
「はっ。はっきり言うヤツだ。気に入ったぜ」ごしごしと自分の頭をさわる。指のすきまから、髪が少し光ったように見えた。「このシワが入りまくった顔には似合ってねぇってのは、自分でもわかってるよ。ふん。じゃあ坊主にでもするか……」
「それはやめろ。私は、似合っていないとは一言も言っていない」
「男前か?」
「そんな話をしたかったのか?」
酒場。
活気があって、若い女の給仕がつねに店内を右往左往している。
「女のくせに、酒ぇ、強いなぁおまえ」
テーブルの対面に座ったコブラが手に持ったグラスを小さくあげた。さも酔っているかのような雰囲気だが、
(演技だ)
とオーロラは見た。
こういう、アルコールの力を借りないと本心をしゃべれない、または、アルコールのせいで本心をしゃべっていることにしたい、という手合いは多い。
「言っときたいことがある」こん、とグラスの底でテーブルをたたいた。「あいつだ……あれ……おまえがガウガメラの戦場で腕を一本落としたのがいたろ?」
アインザーム。
オーロラはすぐに、その名前を口にした。
「友だ」
と一言だけ。
だまって、グラスの酒を飲んだ。
「西の国境近くに、東西で統治権が分かれていた都市があるだろ」
知っている。
一晩で両方を仕切る高い壁がきずかれたという、うそのような逸話がある街だ。
俺たちはそこの出身だ、と言う。
「武芸の訓練所でな……えらく腕が立つのがいるなと思ったのが最初だ。帝国の勝手な都合で一時期俺たちは〈他国民〉になっていたが、一年前にようやく〈同国民〉にもどった。さて、再会して昔話で語り明かすか、と思っていた矢先に……」
「おしいことをしたな」
「そんな顔はやめろオーロラ。俺ぁ、しんみりさせたくてこんな話をしてんじゃねぇ」すっ、と右手をさしだした。「親愛なる友のために、最期、立派な花を飾ってくれてありがとうよ。あの世で、きっとあの野郎もよろこんでる」
手をにぎる。
(いい手だ)
そんなことを思った。
固く、骨ばっていて、大きく、あたたかい。
自分に父親がいれば、こんなふうなのかもな、と想像した。
そのあとは、たわいのない内容の会話に終始した。
◆
夜明け。東の山脈の峰から朝日が射している。
町を出たが、オーロラはまだ移動先を聞かされていない。手配された馬に乗って、二人のあとを追っていた。
と、二人が馬をおり、手綱を引いている。
「かくれて」
とつぶやいたガニュメデス。
馬ともども、草むらに分け入った。
遠く、前方から誰かくる。
白い馬に乗った女の剣士。
長い金色の髪が、馬上でゆれている。
「おい! なにしてる」
背の高い草のしげみから、オーロラが出て行った。急いで彼女に続こうとしたガニュメデスの頭を、コブラがとっさに上からおさえこむ。いたいなぁ、という小さな苦情。
(あの女……どういうつもりだ?)
コブラは用心ぶかい。
自分たちの身を売るのではないか、という疑いが、このときにはあった。
「オーロラさん」
蹄鉄を鳴らして、近づいてくる。
馬を、おりた。
「久しぶりだな、グレイス」
「ごぶさたしております」
ゆっくりした動きで頭をさげた。
青いワンピースに白い胸当て、その上からこげ茶色の外套を着ている。
「あてもなくさがしていたのですが、あなたにお会いできてよかった。あの子が……イバンカが、もしかしたらみちびいてくれたのかもしれませんね」
硬質な金属が、同じく硬質な金属でできた鞘を走る音。
(ちっ。やはり追っ手か)
コブラは無精ひげに手をあてた。
(だが、なんでバカ正直に自分から出て行ったんだ。無視して、やりすごしゃあいいものを……)
グレイスの手に剣。
「これは私怨でも復讐でもない。あの子との〈約束〉なんです。わかって……いただけますか?」
オーロラはうなずいた。
ロスマリンとの間でも、そんな約束をしていたことを思い出す。どちらかが敵に殺されたときの決めごと。二人の場合は、お互いの身の葬送と、天に祈りをささげることがそれだった。
グレイスとイバンカの場合は、どちらかを殺した者に……いかなる者であれ……死を。
「まいります……」
剣をまっすぐ立てた。剣先は空を向いている。レイピア、と呼ばれる細身の剣。
(攻撃の前に宣言、そして、相手に防御の準備さえさせる一呼吸の間)
右手に、剣をかまえた。
それを見てグレイスは半歩引き、オーロラに対して体をやや斜めにする。
(真剣勝負というのを感じさせない、剣術の試合のような正々堂々たる態度。〈美剣(びけん)〉という異名が、実にふさわしい)
はっ、というかけ声。
わずかに、剣そのものよりも声が届くほうが遅かったか、そう感じさせるほど、はやい。
ボウガンの矢など、この比ではない。
この細い剣のほうが、圧倒的に高速。
〈点〉で受け止めるのは、無理だ。
突かれて、オーロラは回避して後退する、この動作を五回くり返した。
どんな過酷な戦場、不利な戦況でも、愚痴一つこぼさなかったグレイス。
誰かの悪口さえ、オーロラの記憶する限り、一度も言っていたことがない。
はっ。
突かれながら、左手に回られた。負傷の癒えていない左に。
(そこです!)
レイピアの刃が、布を引き裂いた。
肩から腕にかけて、白い包帯を巻いたオーロラの腕が露出する。
(ケガを……なさっていたんですか)
このことは知らなかった。
(それでオーロラさんは右手で剣を……)
さらに撃ちこむか、迷う。
(だめ。非情にならなければ。私に勇気をちょうだい。親愛なるイバンカ)
かけ声さえ忘れた、全力の突き。
レイピアがオーロラの首にまっすぐ進む。
あと一ミリ。
剣が止まった。これ以上、前へ、動かすことができない。
体を突き貫かれていた。
オーロラが、左手に持ちかえた剣によって。
「美しい……」
血をふきながら、あお向けに倒れる。
「なんて自由自在な剣でしょう……完敗です、オーロラさん」
頭をささえ、やさしく手をとった。
「すまない」
「いいえ、私もあなたも真摯に戦ったのです……あやまるのは、よしてください……」
グレイスの息が、急に弱くなった。
「私は……実は、〈光路〉に全面的に賛同しているわけでは、ないのです。家族を人質にとられ……ついてゆくことを強要された……そうです、なかば脅迫のようにして」
「どういうことだ」
「アルシアス……あの女は危険です。どうぞ、お気を、つけて……」
ふ、と目の動きだけで、グレイスは笑った。
最期、体力がつきたのか、言葉の終わりぎわの声はかすれていた。
だがオーロラは、しっかりとそれを聞き取る。
ありがとうございました、と礼儀正しく言って、彼女はこの世を去った。




