処刑台に咲く花
正午。
ときどき雲の切れ間から太陽がのぞくが、風が強く、多くの塵が舞い上がっていて視界はやや暗い。
大きな広場。人の背ほどもあるステージの上に設置された処刑台。人の首を落とす装置。
(あの花は、なにかしら……)
カミーラの頭はぼんやりしていた。
無理やり射たれた鎮静剤のせいだろう。
(白い花びらで、真ん中が黄色くて……もしかしてマーガレット? ふふ……それにしては花びらも何もかも、小さすぎるみたい……。きっとあれは、名もなき野の花……)
ステージに入ったひびの部分に咲く、そんな花を見る。
その向こうに、大勢の観衆。
かなりの数だが、彼らの話し声より、風の音のほうが強い。
「聞きなさい!」
この声は、ロスマリン。首も頭も動かすことができないから、彼女の姿を見ることはできない。そこで、カミーラはようやく自分が〈首を切断する処刑台〉にうつ伏せで固定されていることを自覚した。
「私の名は、ロスマリン=ミスフ。この国のゆくすえを、誰よりも憂う者です。今は、多くを語る必要はないでしょう。見なさい!」
処刑台に、手をのばす。
「帝国の軍部とて、もはや我らが組織の相手ではない。ここにいるのは、あなたがたもごそんじのとおり、将軍をつとめている者です」
民衆は、しんと静まっている。
「必要のない戦争を起こしている罪ぶかき者の一人です。聞きなさい。現在、交戦中の国のうちには、停戦を望んでいる国だってあるのです。私たちの平和は、実は、手の届くところにあったのです」
おお、とかすかな歓声があがった。
「いずれ、すべてが明らかになるでしょう。今日はその嚆矢にすぎません。将軍カミーラの……処刑です!」
どよめく。
混乱がうかがえる民衆を見下ろす、黒装束のロスマリン。黒く長い髪が風になびいている。空気中にただよう砂でぼやける彼女の姿だが、その髪は光を反射して、部分的に星のようにまたたいている。
「お、俺にやらせてくれ!」
一人の、若くはない男がステージによじのぼった。
「俺の息子は、無理やり帝国に徴兵されて、死んだ!」
うそだった。男の口からアルコールのにおい。
彼はただ虚栄心のために、こんな行動をとっている。
処刑台のわきに立つ、元〈レディ・エリーツ〉の女が、となりにいるアルシアスの顔をうかがった。
かまわん、と小声でいう。
「こ、このレバーを、上げるんだな?」
そうだ、とアルシアスはその男にささやいた。
(こりゃすげぇ……帝国で知らぬ者なしと言われる美人の女将軍をこんなまずしい身分の俺が……たまらねぇじゃねぇか!)
男の手が、レバーにかかった。
カミーラは、もう観念していた。
というより、薬の作用で、まともな思考ができなくなりつつあった。
(処刑……私が、処刑……)
頭はさげない。下を向かない。
目は、はるかな空を見ていた。
(この場に助けにきてくれるなんて……あるはずがない。だって私は、とうにオーロラに幻滅されているのですから)
赤いものが目に入る。
風で、ゆれているのは服。
(あそこにいるのは……イバンカ?)
かぶっているフードが、風で飛んで、めくれた。
深く青い色をした髪。
同じところを、アルシアスも見ていた。
(どうしてあいつがここにいる。街の入り口の見張りをさせていたはずだが……むっ! あのダークブルーの髪は!)
はやい。
オーロラの右手の剣が、ステージにあがるとともに、一人斬り倒す。そこにいたのはただの女剣士ではなく、百戦錬磨の強者で、ちゃんと奇襲に反応して迎撃をおこなっていたが、それをすり抜けるように剣が体に入ってきて、敗れた。
悲鳴。
レバーを上げようとした男の手首に、ボウガンの矢がささっている。
「カミーラ! 助けにきたぞっ!」
声が出ない。
それが薬のせいか、こみあげた感激のせいなのかは、処刑台に固定されている彼女にもわからなかった。
「どこまでも邪魔をするか、オーロラ……」
無防備な状態で固定されている彼女を守るべく、剣を向けながら円をえがくように動いて、カミーラのそばへ。
アルシアスは対峙しつつ、彼女の剣が〈右〉にあることに気づく。
その瞬間、頭の中でなつかしい声が再生された。
「アルシアス……あなたは四人の中で一番まじめな子……」
ひたいをおさえた。
聞こえる。偉大なる母、マルシェルの言葉が。
「でも、それを周囲にも押しつけてしまってはいけません。もっと、やさしく、人に寛容であってください」
くっ。
頭をふる。
どうして今、こんなものが聞こえる?
オーロラの右手に、ふたたび視線を向けた。
(マザー・マルシェルが息を引き取るとき、にぎっていたのはあの〈手〉……)
迷いをはらうように、剣を撃つ。
アルシアスは、息をのんだ。
すでに、ガードされている。
赤い光とまで称された自分の攻撃。それが先を読まれたように、剣が向かうところにはオーロラの刃。
金属同士が接触する、高音が鳴った。
「シスカのまねごとかっ!」
続けて攻撃しようとしたとき、オーロラの向こうにいる彼女の体が動いた。アルシアスの腕がとまる。
「私のことを、お忘れですか」
ロスマリンの目と剣がオーロラに向いている。
「待った!」
ステージの下から、体を回転させながら誰かが飛び上がった。
ふう、と着地して、小さく息をはく。
「これはかわいらしい女の子……あなたが、私の相手をしてくださるの?」
やわらかい表情、おだやかなもの言い。
しかし、ガニュメデスはロスマリンという存在に、即座に脅威を感じ取った。
自分を鼓舞するように、両の手に持っているダガーをくるくると回す。
「そうだよ。ボクの完全防御の牙城……できるものなら破ってみなよ!」
無言でふったロスマリンの剣が、交叉するダガーにはばまれた。
唇の動きだけの微笑。
ひたいに汗が浮き出るのを感じながら、金髪の少女もそっくり同じ微笑を返した。
コブラの手ぎわはいい。
気配を消してステージに上がり、そこからカミーラを救出するのに、一分もかからなかった。
もちろん、近傍にいるアルシアスをオーロラが、ロスマリンをガニュメデスが、それぞれ相手をしてくれていなければ、こうはいかなかっただろう。
「無礼な! どこをさわるかっ!」
「だまってろ女将軍。俺は、あんたの命の恩人だぞ」
やすやすと彼女の体を持ち上げる。
右手で首元を支え、左手を両ひざの内側にさしいれて、かかえていた。カミーラの灰色の髪が、入れ墨の入った男の腕に垂れ、風が吹いてそこに巻きつく。
「野郎ども、撤退だ!」
まわりの大気をふるわせるような、コブラの大声。
「またね、きれいなおねーさん」
「アルシアス、私はおまえとは戦いたくない。しかし、私たちの母がのこしたその〈バラトーレ〉は、必ず取り返す」
ガニュメデスとオーロラが、コブラに近寄る。
そして同時にステージから飛んだ。
「待て、オーロラ!」
追おうとしたアルシアスに、何本ものボウガンの矢が飛んでくる。常人には見えない剣さばきで、すべての矢をたたき落としたが、すぐに次の射撃がくる。
「追う必要はありません」
剣をふるロスマリン。遠いところで、悲鳴があがった。ステージの下で、ボウガンをかまえていた戦士が肩をおさえて悶絶している。
オーロラたちの姿は、すでに広場にない。
「こんな処刑など、ただのパフォーマンス……本来の目的は、〈彼ら〉をあぶり出すことにあったのですから」
ふわ、と体重がない者のように跳躍し、戦士のそばに移動した。
「このおかたに、いろいろしゃべっていただきましょう。彼らの組織のことや……すでにこの世にいないはずの伝説の聖堂騎士……コブラのことなどを」
ギロチンの刃は落ちなかった。
後日、解体されたとき、そこにはまだバラのにおいが残っていたという。




