孤立、孤独、独立
同時刻。
貴族の館の寝室で、あわい赤色のネグリジェ姿で剣をにぎるカミーラ。
足元には、一人の女が倒れている。
「すごい……夜の奇襲、しかも手負いの体だというのに、〈レディ・エリーツ〉の精鋭を返り討ちにするとは」
発言した男をにらみつける。
「許可もなく私の寝室に土足であがりこんだ無礼者よ、首謀者は貴様か?」体の息切れをかくすように、カミーラは早口で言った。
「そうです。でも、女の人がそんな無防備な姿でいるところを襲撃するっていうのは」彼女の体から、目を横にそらした。「正直、ちょっと抵抗があった。ここは敗北を悟って、おとなしくしてください」
「名前を、名乗るがよい」
俺の名前はリクールです、と、剣先をつきつけながら言う。
広い寝室。
彼の背後には、まだ数人の〈レディ・エリーツ〉の戦士が立っていた。
「グレイス!」と、その中の一人の名前を呼ぶ。「この野蛮な男を、ただちに斬って捨てよ!」
「それはできないのです、カミーラ将軍……ええ、まだ敬意を表してそうお呼びします……我々は事実を説かれたのですから」
「事実とは何か!」背筋を伸ばし、敵に追いつめられているとは思えないほど、堂々とした態度。「また、その事実とやらを述べたのは何者か!」
「簡潔にご説明いたします。この、現在の百年もの長きにわたる戦争、五つの帝国があやういながらもパワーバランスをたもって交戦しているその背後で糸を引いている者がおります」
「それは?」
「教会です」
重々しい口調で彼女はこう続けた。五つの帝国はどれも〈教皇が皇帝に戴冠する〉という形式をとっていて、国家の中枢に教権が食い込んでいる。もし、このいずれかの国が覇権をとってしまい、それが教会と敵対するというリスクを考えると、現在のように分散しているほうがまだしも安全度が高い。くわえて、戦争で命を落とす人間が増えれば、それだけ〈救い〉を求める人々が増える。つまり信者の数が増え、個々の信仰もより強固となる。
教会にとっては、戦乱の世こそが〈蜜〉なのだ。
「なんという、妄言」カミーラはひたいに手をあてた。「あなたたちほどの人間が、そんな軽薄な陰謀論を信じてしまうなどとは……」
「信憑性はあります」
「あなたはだまっていなさい、ノーマ」
しかしノーマはだまらなかった。「ロスマリン様です。私たちにその実情を告白してくれたのは、ロスマリン様なんです」
この帝国の歴史上はじめての〈女〉の将軍、カミーラ。
この帝国の歴史上はじめての〈女〉の司祭、ロスマリン。位が上がり、彼女は教会のそんな意図を望まぬながらも知ってしまった。〈カミーラ・クラスタ〉からの離脱を考えたのはそれ以後で、今、べつの場所でオーロラに剣を向けている原因もそこにあった。
(もう少し、待てばよいものを)
帝国への不満は、カミーラにもある。
(高齢で病気がちの皇帝と、帝位継承権のある民衆好みの〈悲劇〉を背負った純潔の少女……ここまでカードがそろっていれば、何もしなくとも〈革命〉など向こうからやってくる)
「ち、力が……」グレイスの、ひざが落ちた。
ノーマも、近くの壁に手をついて自分の体をささえる。
(我が〈毒〉をくらうがいい。感情……とくに怒りに反応してこのバラの瘴気は強さを増す)
「いいにおいです」じり、とリクールが間合いをつめる。「ただ、体にはよくなさそうですね」
「そう言わず……」国宝の〈白聖剣〉を強くにぎる。「もっとよく、味わいなさいっ!」
赤い血が、散った。
◆
(どういうことだ。どうしてアルシアスが私を襲う)
かろうじて、剣で受けた。
アルシアスはすぐに剣を引き、次の攻撃にうつる。
(はやすぎる)
勘、というあやふやなものが頼りだが、どうにかまた刃でさばくことができた。
「なるほど……おまえがオムニブレイドなどとたいそうな名で呼ばれる理由が、少しわかりかけてきた」
余裕の表情の彼女の向こうに、さらにおだやかな微笑を浮かべたロスマリンがひかえている。
そして、利き手ではないものの、自分の腕には負傷。
大聖堂。
オーロラの吐いた息が、寒冷のために白く染まる。
「〈レディ・エリーツ〉は本日をもって解散した。我々は、これより〈光路〉の構成員として活動する」
「テロリストに落ちぶれるか」
「おまえこそ、このまま教会の〈犬〉で一生を終えるつもりか?」
「シスターで何が悪い」
そういうことではない、とアルシアスはあわれむような顔を向ける。「やはり、おまえは何もわかっていない。ロスマリン様、どうでしょう、この女に真実を」
「必要ありません」
片腕を高くあげ、その姿勢で飛翔。
壮麗な祭壇と大理石の像を背景にして、おそろしく神々しい。
「天国へ送ってさしあげましょう。我が伴侶たる剣……〈ピエリオネット〉で」
腕をふった。
まだ、オーロラから彼女は見上げる位置にいる。つまり滞空している。
しかし、剣が届く。
肩が、切れた。
(深い)
一瞬で、危機を感じ取った。太い血管はやられていないが、放置していては、倒れる。
アルシアスも、攻めてくる。
これまでか、と思った。
光のようにはやい彼女の剣に、何かべつの光が横から射しこんだように見えた。
金属がふれ合う音。
「誰だっ!」
祭壇の奥のステンドグラス、その上方に目を向けるアルシアス。
装飾されたそれがくりぬかれるようにあいて、人影がある。暗さのためよく見えない。姿勢を低くし、ボウガンをかまえているような姿勢。
続けて、撃ってくる。矢が空気を切り裂く音。
アルシアス、ロスマリンが、剣ではじいてガードしている。オーロラのところには来ない。
(偶然ではない)
助けだ。誰かはわからないが、私を助けるために射撃している、とオーロラは理解した。
すばやく、建物から出る。
◆
雪がふっている。
大きな街の中を疾走し、うす暗い路地に身をかくす。
血がとまらない。
意識が、弱くなっていくのを、感じる。
(ここまでか)
悪い死に方ではない。
少なくとも、戦場で屍を凌辱されるような死に方ではないのだ。
先に逝った仲間たちの顔が見える。
壁に背中をあずけ、座った姿勢のまま、オーロラは目をとじた。
ひらいたとき、そこが〈天国〉ではなかったことに気づく。
(部屋……?)
ベッドサイドにろうそくのあかり。
アルシアスによって負傷した腕、ロスマリンによって負傷した肩。
いずれも、左だ。
包帯が巻かれている。
「気がついたか」
部屋のドアをあけ、水差しをもってあらわれたのは、イバンカだ。複雑な刺繍の入ったクリーム色の服を着て、下は黒いズボン。ベッドのわきにある簡素な椅子に座った。
「おまえが、私を助けたのか?」
オーロラの負傷した部位を見ながら言う。「いまわしい思い出しかないが、昔いた組織でおぼえたことが役にたった。連中のケガの治療や縫合までやらされていたからな」
「なぜだ?」
「借りを返した、それだけだ」イバンカのピンクの唇が動く。「サンタナ・ブラザーズを全滅させたのは確かにあの坊やだろう。しかし、あの場にいた以上、おまえも一人か二人は片づけているはずだ」
「義理がたいやつだ」しかし、そのおかげで助かったぞ、と伝えるかのようにオーロラは微笑した。
「問題は、これからだ。オーロラ」あごに、手をあてた。「左手をやられているのだからな」
仲間の間では、オーロラの利き手は〈左〉で知られていた。
そもそも、左手で剣をふる戦士の数は少ない。目立つのは、当然だった。
しかし、ちがう。
(右手を、つかうか)
オーロラはもともと、そっちの手を使っていた。一回目の戦闘、つまり初戦だけだ。
(制御ができればいいが)
それを目撃したのは、カミーラだけである。彼女だけが、オーロラの本来の利き手が〈右〉だということを知っていた。そして同じく彼女だけが、その〈右〉を封印したことを知っていた。
その理由も。
カミーラが一目で心酔し、以後、彼女を溺愛するようになったほどの、その腕。
「私は、もう行く」
イバンカが立ち上がった。
「おまえは……」
「そうだ。すでに〈レディ・エリーツ〉ではない。アルシアス、いやロスマリン様についていく」
振り返らず進み、静かにドアをしめた。
◆
街の外。時刻は深夜で、まだふり続いている雪。
やはり、待ち伏せされていた。
「オーロラ! とまれっ!」
暗がりから女の声がした。
三人、目の前に立ちふさがる。
(強い)
見かけに幼さが残っているものの、全員、かつてのアルシアスやロスマリンのような迫力がある。
よけにくいようにタイミングをずらして、一、二、三と順に剣で斬りつけてきた。
(うそ……)
四、で斬ったのはオーロラ。
三人それぞれが、自分への一閃しか認識できていない。あとの二人はいったい〈いつ〉斬られたのか、この中の一人は、死ぬまぎわにそんなことを考えていた。
彼女がどっちの腕を使っていたかに意識がいった者はいなかった。
右手の剣を、鞘におさめる。
もう自分は〈レディ・エリーツ〉ではない。上からの許可なしに街を出ることは脱走であり離反とみなされる以上、帝国軍に所属する身でもなくなった。
孤立したという見方もできる。
しかし、
(ロスマリンとアルシアスを、あのままにしてはおけない)
その決意は固い。
「オーロラ」
ささやく声。
小さな子どもと、手にボウガンをたずさえた屈強な男らしきシルエット。
「ボクたちなら、きっとなんとかしてあげられるよ」
両手を頭の後ろに回し、にこっ、と笑いながら自信たっぷりに言ったのは、ガニュメデスだった。




