乱れくるう刃
「ごくろうだった」
アルシアスの部下が、小柄なマリーの体を両サイドからはさむ。不安そうな目をオーロラに向けた。
(大丈夫だ)
心でそう思いながら、まだ少し濡れている彼女の髪をなでるようにさわった。
「さがってよし」
部下とマリーが部屋を出た。
ここは領主の館。四方にめぐらせた本棚と、中央に大きな机がある部屋で、カミーラの部隊はここを〈執務室〉として使っていた。
ため息と、ひたいをおさえる仕草。
その顔からは、疲労がうかがえる。
「やはり、カミーラ様はすごい」一人部屋に残ったオーロラのほうを見ず、ひとりごとのように続ける。「毎日、伝令をよこして矢のような催促……正直、その処理だけで頭が痛い。あちらの戦地へ行け、いや、こちらの戦地へ行け、と……いったい人をなんだと思っているのか」
「アデレードを殺した」
ぴく、と眉が動いた。
そうか、とただ一言。
「森に、彼女の遺体がある。手厚く、ほうむってやってくれ」
「わかった」
おまえのさしがねか、と、言いそうになったのをオーロラはこらえた。かわりに「カミーラの容態はどうだ?」と質問する。
「まだ意識はもどっていない」
窓の外は大雨。
稲妻が光った。何秒かおくれて、落雷した音。
「今夜あたりが」
言いかけて、途中でやめるアルシアス。わかっている、と小さくうなずくオーロラ。
ドアをあけて、退室した。
◆
部隊の宿舎にあてがわれている、この街でもっとも豪華な宿屋をことわって、質素な宿屋に場所をうつした。
夜。
日中ふり続いていた雨はもうやんでいる。
(飲みにいくか)
オーロラは繁華なエリアにくり出した。酒を飲む、という欲求を満たすためもあるが、情報収集のためもある。あるいは、生身の人間にふれたい、というような孤独をいやす目的もあるのかもしれない。
メインの客層は中流から下か、といった雰囲気の酒場に入った。
「くそっ!」
奥のテーブル席から声。
カウンターで飲むオーロラは気にしない。下品な罵声がとびかうのは、こういう場所ではよくあることだ。
「待て! もう一回、もう一回だけ」
その願いもむなしく、同席していた男たちが席を立つ。オーロラはそっちを見た。テーブルの上に、カードと金。金、は銅貨が数枚だけで実に微々たる金額。
(大負けしたか)
もう興味を失い、ウィスキーが入ったグラスをかたむけた。
じゃあな、と店を出て行く二人の男。
(おおかた、この二人が〈他人〉だと思ってゲームに参加したんだろう。よくある手だ。実際は〈グル〉でイカサマのような手を使って、何も知らない人間から金を巻き上げる)
「まいったな……あの、この中のどなたか、俺に金を貸してくれませんか? このままじゃ、酒代を払えなくて」
店内の客たちから嘲笑と、侮蔑の言葉がようしゃなく浴びせられる。
オーロラも、ここで彼を助けてやるほど親切ではなかった。無銭飲食ならば、捕吏につかまって、何日か禁固されることになるだろうが、いいクスリだ。
と、顔を見た。
驚いたのは、向こうに立つ、ギャンブルで大負けした男。
「オーロラ様!」
近寄ってくるのを、来るな、と手のひらを向ける。
自分を〈オムニブレイド〉といつわった、あのときの男だ。黒い髪、屈強だが、まだ体ができあがっていない華奢さも残す外見。剣にかけたひもをたすきがけにして、その柄が肩先からのぞいている。
「お会いできてよかった」
「追ってきたのか」
はい! とさわやかに答える。「言ったじゃないですか、永遠の忠誠を誓いますって!」
のろけるんなら出てけよ、と客の一人が野次った。
ちっ。舌打ちして、二人分の料金を払い店を出た。
夜の大通りを歩く。
「何が目的だ」
そのきつい口調で、男は察した。「俺……迷惑ですか?」
そうだ、と言い切る。
でも、と食い下がる若い剣士。「なんでもいいから、あなたのお役に立ちたいんです」
「おやおや、若いツバメをつれて」
片目に、視力を補正するレンズをつけた女。肩に届かない長さの茶色い髪は、一本残らずゆらゆらと大きく波うっていて、からまっていないのが不思議に思えるほど複雑な模様をえがいている。
「シスカか」
「アルシアス様がお呼びです」
わかった、とオーロラ。本来、愉快ではない出頭の命令だったが、内心では〈助かった〉という気がしている。
「そういうことです、お引き取りを」
「え……オムニ……じゃない、オーロラ様は、もしかして軍にもどられたのですか?」どいて、と自分とオーロラの間に入ったシスカの肩に手をかけた。
「あなたには、関係ないでしょう?」
体のバランスを崩す。
おっと、と、男は前のめりになった。
(あんな早さで、反応したのか)
男は自分の手を見つめた。シスカの肩に……さわれなかった手を。
「少し血を抜きますか」剣に手を持っていく。
「やめろ」
「おやさしい。さすがはオーロラさんです」肩ごしに、男をふりかえった。「あと一言だけ、あなたに忠告を。ギャンブルは遅かれ早かれ身をほろぼします。今後は、一切しないのが賢明でしょう」
酒場の時点ですでに、見張られていたのか。
それに、目の前の女のほかに、建物の暗がりに得体の知れない気配がいくつかある。
(この場は、仕方がない)
男は両手を小さくあげ、やれやれ、と首をふった。
◆
盗られた、と言う。
「金貨一万枚が、か?」
「そうだ」とアルシアス。場所は執務室。「アデレードの埋葬とともに身代金の回収に向かわせたが、すでに何もなかったとのことだ」
(まさか……)
「おまえが考えたことを、私も考えた」机に両ひじをのせ、手を組み合わせる。「マリー誘拐の手を引いた人間がいて、そいつが首尾よく金を持っていった、とな」
「遊ぶ金が欲しくて、などではないんだろうな」ギャンブルで負けた、あの男の顔がちらつく。
「何かの資金源……おそらく、テロリストじゃないかと目星をつけている」
そう聞き、すぐにロスマリンの名が浮かんだが、
(テロリストのリーダーと、それがロスマリンだということまでは、どうやらまだ結び付けられていないみたいだな)
と、彼女の態度から判断した。そこがイコールならば、カミーラの仇敵でもある人間のことを口にしているのに、表情から発される憎悪のようなものがうすい。
「たいした金ではない。地元の盗賊か、運のいい樵が持っていったのかもしれないしな。それより次の任務だ、オーロラ」
どうせ過酷なものを言い渡される、というその予感はあたった。
◆
翌日。天気は快晴。
四方を草原に囲まれた〈孤城〉をアジトにする、傭兵集団の殲滅任務。当然、彼らは自国ではなく、敵国の傭兵だ。
選出されたメンバーは、
「文句はないな」
たった二人だった。かりに異をとなえたところで、アルシアスは聞き入れなかっただろう。
白い馬をならべ、ともにそこに向かっている。
「なつかしいなぁ……」と、ひたるように言う。
レンガのような色の長い髪が、体の上下動にともなってゆれている。
草をふみしだく馬の蹄鉄の音。
遠く、城が見える。もう百年以上前に城主に捨てられた、朽ちて壊れかけの、みすぼらしい建造物。
「オーロラと共闘する日が、またきちゃったか」
横を向いて目を合わせ、にこっ、と微笑する。
「何があるか、わからない」オーロラはいまだ、白い頭巾と黒いローブの、修道女の服装だった。「気をひきしめていけ、バドゥーヌ」
城の前。
見張りらしい男が、何人かいる。
「聞け!」
オーロラが声をはりあげた。
「掃討の命により、これより貴様らを斬る! しかし、おとなしく逃げ去るものはそのかぎりではない!」
死にたくなければ逃げよ、という意味である。
「ちょっと……なに言ってんのよ、オーロラ」
「無駄な殺しは、したくない」
「でも命令だし」
矢が飛んできた。
いち早くバドゥーヌが反応し、馬をおり、飛び道具を剣でたたき落としながら中へ駆けてゆく。
(だめか)
大軍が押し寄せた、というのならともかく、女二人という手勢。逃げるそぶりをみじんも見せないのは、当然といえば当然といえる。
日の光が届かず、うす暗い。
剣が肉を斬り、血が床に落ちる音。
戦意の弱いものは邪魔になる、とでも言わんばかりに、オーロラを置いてどんどん前へ進む。撃ちもらし、あるいは、すさまじい剣の動きにおそれをなしてひるんだと思われるものが何人かいる。彼らは、あとからやってきたオーロラの眼光に出会って完全に戦う気をなくし、四足歩行のような動きで逃げていく。
かつて大広間だったらしい場所。天井……はなく、上は青い空が見えている。
「調子にのるなよ! このクソアマが!」
部屋の中心にいるバドゥーヌを、二十人近くが取り巻いている。
入り口のそばの何人かが、オーロラに気づき、襲ってきた。
相手には、ならない。一瞬で斬り伏せ、視線を部屋の内部へ送る。
姿は見えないが、けたたましい悲鳴が、バドゥーヌのいるあたりからあがっている。
剣を手に、向かってくる人間だけを、オーロラは斬った。
一人、二人……
三人めを斬る直前、その男の腰のあたりに光るもの。
とっさに後退。
腰から胸に、背後から斬り上げる剣。その刃の先が、紙一重のところをかすめる。
(少し反応がおそかったら、眼を斬られていた)
男が倒れ、バドゥーヌの立つ姿が。
にこっ、と意味のわからない笑顔を浮かべる。
まだ残党は多い。
剣がくる。オーロラは迎撃しつつ、ひそかに彼女と距離をとった。
(こいつのあだ名は〈乱刃(らんじん)〉だったな)
ときに味方の身をも襲ってしまうほど、天衣無縫の剣の軌道。
あやうく斬られかけた、と苦情をうったえた者もたくさんいる。
とにかく、巻きぞえをくうと、まずい。
間隔をあけなければ。
大柄な男。剣を撃ちおろしてくる。
剣が二本?
ちがう、後ろに、体を飛び越えるほど飛翔したバドゥーヌ。
にこっ、とまたも笑う。
首を、横一文字に斬った。すでにオーロラは身をかがめている。そうしなければ、彼女の首も今の一撃で飛んでいた。
「なんのつもりだ」
「え? まだわかってないのぉ?」
剣が重なった。
もう、傭兵は一人もいない。全員、死んでいる。
「何を争う理由がある」
「きまってんじゃん。カミーラ……」
様だよっ! と剣をふった。
「おまえがいたらさぁ……邪魔なんだよ。なんつーか、あの人のカリスマ性にとって」
剣をふる。
「絶対的な魅力。美貌。知性」
剣をふる。
「なのに、おまえの前では、高貴なあの人がただの〈女〉みたいになっちゃってさ。見てて、ガマンならないんだよ」
剣をふる。
「あー、どうして、当たんないのっ!」
「剣を引け」
背後に回り、バドゥーヌの肩に手をおいた。
「なんなの……これ……完全に、コドモあつかいじゃん」口元が、ふるえている。「私にとっては大事なことなんだよっ! おまえがいたら、カミーラ様が〈弱く〉なってしまうんだから!」
乱れる刃。
どこをどう斬っているのか、本人も自覚できていないのではと思わせるほどの乱雑さ。そして高速。
(見切れない)
オーロラの目でもってしても、どこに刃があるのかわからない。
しかし、勝負はあっさりとついた。
足元に倒れていた傭兵の死体に、刃をふり回しながら前進するバドゥーヌがつまずいたのだ。
当然、そこは見逃さない。
肩から斜めに斬った。
倒れる体を、オーロラが受け止める。
「最期は、おまえの……腕の中かよ……人生、うまくいかないよなぁ……私の予定じゃ、戦場で、こうやってカミーラ様に……」
バドゥーヌは息を引き取った。
(心まで乱れてしまったのが、おまえの敗因だ)
だからあんな不注意を招いた。それさえなければ、あるいは……と、オーロラは思う。自分より、五つか六つは年が下だったはずだ。そこを考慮すると、戦士としての完成度は、彼女のほうが上だったかもしれない。
「オーロラさん!」
外に出たタイミングで、白馬に乗ったシスカがやってきた。
「どうした?」
「カミーラ様が……」




