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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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19/61

折れ曲がる刃

「どうか冷静に」岸につく寸前のゴンドラの上で、剣をおさめる。横顔を向けたままオーロラに声をかけた。「一時的な感情に流されないで、よく考えてください。そもそも、あなたはその女の度を越した溺愛のせいで、軍を抜けたのでは?」

 背中を斬られ、瀕死ひんしのカミーラ。

 意識はまだあるのかないのか、オーロラの腕の中の彼女の息は荒い。

「あら」何かを見つけたロスマリン。「やはり、もっともはやく駆けつけてくるのは、彼女でしたね」

 赤く長い髪を猛獣のしっぽのようにゆらし、通りの奥からこちらに疾走してくる姿。

「おおかた、望遠鏡と読唇術であなたたちの〈デート〉もずっと監視していたのでしょう」 


「ロスマリン! きさまぁぁぁっ!」


 距離があるが、怒りをこらえきれないという様子で咆哮ほうこうするアルシアス。

 身にまとっていた船頭の服装を脱ぎ、帽子もとって、運河に投げ捨てる。下は黒衣こくいのみ。

 はげしい勢いでせまってくる彼女を見ながら、


「あなたと私なら、あの〈赤光(しゃっこう)〉とて相手ではない。どうです? この場で私たち〈四聖女(よんせいじょ)〉の因縁に、決着をつけてしまいますか?」


 自信に満ちた表情。

 オーロラがアルシアスに加担する、というシナリオは彼女の想像内にないらしい。軍属、という今の立場からすれば、その選択がもっとも理にかなっているというのに。

 短い時間、二人は見つめ合った。

 時間切れですね、そう言ってかろやかにジャンプし、ゴンドラをおりた。むかってくるアルシアスと逆方向に走り去る。

「カミーラ様! なんということだ!」

 オーロラに体をささえられた彼女の顔色は青ざめ、すでに意識がなかった。


 ◆


「まだそんな服を着ているのか」という第一声。そう言った彼女は、えりのついた灰色のシャツに、うすいベージュ色のズボン。見ようによっては〈男装〉とも受け取れるような恰好をしていた。

 まあな、と軽く流す。白い頭巾ずきんこそつけていないが、黒い僧衣を着ているゆえに、周囲の目には〈シスター〉に映るだろう。

 夜ふけの、混み合った酒場。

 一番奥の席に、彼女たちは座っていた。

「人に聞かれたくない話は、こういう小汚いバル(※ 酒場)がちょうどいい」

「同感だ」そうオーロラが言うと、二人は同時にグラスに入った酒をあおった。

 非常にまずい、と声をひそめて言ったのは、アルシアスだった。

「カミーラ様の意識がもどらない。帝都から早馬はやうまで医師たちを呼びよせているが、それまでお体が持つかどうか……」にくいもののように、きびしい目つきで手に持ったグラスをにらむ。「許せぬ……ロスマリンめ」

「彼女の足跡そくせきは?」

 首をふる。「それがわかっていたら、こんなところで酒を飲んでなどいない。それよりオーロラ、大事な確認だ。心して答えろ」


 おまえはロスマリンの仲間なのか?


 言いかたを変えれば、カミーラの暗殺におまえも加担していたのか、という詰問きつもん

「ちがう」と、否定した。「ただの船頭だと思っていた。それに、あのゴンドラを選んだのも、そもそも乗ろうと言い出したのも、私ではない」

「あの時間……ほかの船頭どもはそろいもそろって『妙な客を乗せた』と証言した。おそらく、乗船可能なゴンドラをたった一つだけにするための小細工だったと思われる」

 しばらく無言の

 やがてアルシアスが口をひらいた。「どうして軍に……いや、カミーラ様のもとにもどってきた?」

「想像はつくはずだが」

「やはり……目的は無罪符むざいふか」

「同じ国の民同士で殺し合うことほど、バカげたことはない」オーロラは唇をグラスにつけた。「いずれ時をみて、どこか異邦に流れるつもりだ。それまでに無益な戦いをしたくない」

「だが、カミーラ様は危篤きとくの状態にある。一切の罪を免除するそれの発行がかなわない可能性もあるだろう。そのときはどうする?」

 オーロラは、なかばテーブルの下にかくれた、彼女が腰にげた剣を見つめていた。

 長きにわたって生死をともにした、我が愛剣〈バラトーレ〉。カミーラとの戦闘に敗北したさいに奪われた武器が、手が届くところにある。

 かけひきなしで言った。「その剣を、私に返せ」

「『わかりました』と私が言うとでも思ったか」アルシアスは席を立った。「思い上がるな。おまえはとうぶん、帝国の、いや……私の〈犬〉だ。上官からの命令には絶対服従だぞ。いいな?」


「アルシアス様!」


 酒場の入り口に、若い女があらわれた。

「どうした。騒々(そうぞう)しいぞ」

「あの……カミーラ様がおつれになっていたマリーという名の少女が」

「何かあったのか」

「誘拐されました」


 ◆


 翌日。天気は大雨。

 カミーラはある貴族の館に伏していて、なおも昏睡中。そこに誘拐犯からのメッセージが届いた。湖のほとりにあるこの都市の近くの〈黒い森〉。そこに金貨一万枚を持ってくるように、と。

「その程度で将来の皇帝候補の命があがなえるのなら、安いものだ」

 アルシアスの指示で、金はすぐに用意できた。

 しかし、


「死をもって、その罪をつぐなわせよ」


 との命令。

 対策チームが選抜された。かつての〈カミーラ・クラスタ〉から二人。新鋭の〈レディ・エリーツ〉から二人。計四人。

 そこに、オーロラもいる。

 雨をはじく素材でできた白い雨具を身につけ、暗い森の中を進んでいる。


「あっ」


 と声があがった。

「靴ひもが……すみません、先に行ってください」

 二人の若い女剣士が、息を合わせたように同時に肩をすくめた。背中を向ける。

 最後尾にいたオーロラが彼女のそばを通ると、雨具のすそを引っ張られた。

「オーロラ様、オーロラ様」という小さな呼びかけ。

「様、というのはやめろ」事情を察知して、小さな声で返す。

「お耳を……」

 体を低くし、顔を近づけた。

「このたびの誘拐事件、ある噂がございます」

 雨音にまじって、ささやくような声がつづく。

「裏で手を引いている人間がいる。犯人も、ただの〈悪党〉ではないようで……」

「手を引いている人間というのは?」

 アルシアス様です、という。

「マリーを邪魔に思う理由が、よくわからないが」

 そうですね、と同意して少し笑う。 

「私も情報のウラはとれておりません。でも、オーロラ様にはこのことを知っていてほしくて」

「だから私に様をつけるのはよせ。昔からそう言っているだろ、アデレード」

 赤茶色の髪を後ろで一本の三つ編みにまとめたアデレードが、ほほ笑みながら小さく頭を下げた。

 風はほぼなく、雨粒は垂直に落ちている。

 視界が白くかすむほどの強い雨。

 前方で、先に行った二人が立ちつくしていた。

 どうした、とオーロラがたずねると、これを、と木の〈うろ〉の中に入っていたメッセージカードを見せた。


「二人で木々のわれている道をそのまま進め。武器は持つな」


 どうします、とアデレード。

 私が行く、とオーロラが名乗り出た。剣を、若い女剣士にわたす。

「それでは私も行きましょう」

 腰元の剣を取り外し、同じようにわたした。


(アデレードのやつ……)


 オーロラは一目で意図をくみとった。〈レディ・エリーツ〉の二人には、何も不自然に感じるところはなかったようだ。

 しばらく進むと、樹齢の高そうな大木に行きあたる。十人ぐらいの男たち。そこにマリーもいた。

「金貨はどこだ?」

「こちらに」どすっ、と袋に入ったそれを地面に落とすアデレード。「約束です。そちらのご令嬢を、こちらへ」

「そのまえに……おまえら、その雨具を脱げ」

 二人は指示のとおりにした。

「腰のあたりを、もっと良く見せろ」

「武器は持っていない」

 オーロラの言葉にかまわず、「一周、ぐるっと回って背中を見せてみろ」と用心ぶかい。

 背中を向けた。

「まあいいだろ」リーダーらしき男が言う。「しかし……二人とも上玉じょうだまだなぁ」ひげをさする。「お楽しみといきたかったが……まあいい。おい! ガキを返してやれっ!」

 このかん、ずっとオーロラたちにはボウガンが向け続けられている。

 オーロラ! と少女が抱きついたのと同時、稲光いなびかりのようにすばやく動いた人影。

 アデレードだ。


(久しぶりに見る)


 あの武器。

〈節剣(せつけん)〉と呼ばれている。古い仲間はみんな知っているが、軍に入りたての若い戦士は知らない人間も多い。

 名のとおり、剣に〈節〉がついている。動物の関節のようなものが。場所は二か所。ゆえに、折りたたんで携帯することもできる。今の場合は服の中に忍ばせていた。ナイフ程度の武器ならもしかしたら想定していたかもしれないが、こんな〈奇剣(きけん)〉が出てくるとは夢にも思わなかっただろう。

 崩壊は、早かった。

 賊は一人残らず、片付けられた。

「相変わらず、見事な腕だなアデレード」

「いえ」と謙遜する。「オーロラ様にくらべたら、私など……」

 また、様をつけた。それより今はマリーの身が第一だ。つまらない指摘をしている場合ではなかった。

 ハンカチでぬれた顔をぬぐう。

「ありがとう」

「がんばったな、マリー」

 一瞬、泣きそうな顔になった。それをこらえて、えへへ、と笑顔をつくる。何日か前、肩のあたりで切りそろえた金髪が、少し伸びてきているようだった。青いドレスもびしょぬれだ。オーロラは自分の雨具を、彼女にかけてやった。

「行こう」

 少し歩いた、あとだった。


「またとない好機……私の前には、丸腰のオムニブレイドがいる」


 雨をつぶすような音とともに、突進してくる剣。

 とっさに身をかがめて回避する。そのまま、マリーを押して近くの木のそばに移動させた。

「どういうつもりだ!」

「あなたを殺します。オーロラ様」

 また、様をつけた。しかしもはやその態度には相手を敬うところなどみじんもない。

 節がついた剣がくる。

 地面に落ちている長い木の棒。

 これを、うまく節のある位置に合わせれば……


「みな、同じことを考えます。節の部分を剣で受け、どうにか防御しようとする」


 棒で、折れ曲がる支点をとめた。

 すると、そこから上にあるが加速してこちらに向かってくる。

 たまらず、棒を引いた。

「ねぇ、オーロラ様……楽しかったですよね、あの〈カミーラ・クラスタ〉で戦いにあけくれた日々……」

「楽しい、だと?」

「ええ。私にとって、戦闘はつねに遊び。でもその遊びで、あなたにだけはとうとう勝てなかった……その雪辱が、今、やっとはたされるのです!」

〈節剣〉を、横にいでくる。


(これは何?)


 オーロラの体を斬った、ように思ったが、まばゆく光る何かがあたったように感じ、刀身が微妙にそれた。

 ガラス? 雪? 結晶? ちがう。ブレイドだ。長さも形もまちまちの、無数の剣。

 当惑しているところに、オーロラの一撃が入った。

 体に、ではない。

 攻撃をはずして、ゆきすぎたアデレードの剣の節の〈背〉を押すように、棒を打ち払った。 

 節が機能し、ぐるりと刃が高速で回転。

 首筋にそれが、突き刺さる。

「痛い!」という悲鳴。

 地面にころがった。

 上に向けた顔の、まぶたはふるえている。


「く……そ……。負けるのかよ、この私が……。こんな、くそったれの……オーロラに」


(それでいいんだ)

 私に様などつけなくていい。

 もっと早く、そうやって素直な態度で、自分を呼び捨ててほしかった。対等な人間として、接してほしかった。

(おまえは、いい仲間だった)

 胸の前で手を合わせてやり、目をつむらせたアデレードに、静かに十字を切った。



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