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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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18/61

希望


(これは)


 二本のダガーの〈はさみ〉から、力まかせに剣を引き抜く。

 通常、こんな小さな子供を相手に剣をふることはないが、相手の〈殺気〉につられて攻撃してしまう。

 右から、左から、上から、斜め下から、そして


「ははっ、すごいすごい! さすがオーロラ」


 正面への突き。

ばつ〉の字をえがく交点が、寸分のくるいもなく剣先をとめた。


(両手に持ったダガーによる鉄壁の防御。ナルデの〈牙城タスク・キャッスル〉!)


 目にかかった長めの前髪ごしに、オーロラをながめる。陽光が彼女の金色の髪に天使のわをつくった。 

 数日前、湖畔でお互いの腕を確かめ合った戦友。〈カミーラ・クラスタ〉の主力だった一人。


「実は私は、もう〈シルドブレイド〉ではありません」


 あいつが言っていたのはこのことだったのか、とオーロラは思いあたった。

 あえて、あのときと同じように剣を向けた。速度も角度も可能なかぎり。

 それを、あのときと同じように剣でふせがれ、さばかれた。ナルデの手ほどきを受けていることは、確実。

 

「もう終わり?」


 しかしこうも裏切られるとは。

 実像も、素性すじょうも、年齢も、性別も。


「この戦いに、なんの意味がある」


 オーロラは剣をおさめた。完全にさやの中へ。

 しかしガニュメデスはまだ武器をかまえている。

 先に戦闘態勢をいたことは、一種の賭けといっていい。

「ねぇ……これから、どうするの? 追いつめるようなことは言いたくないんだけどさ、この」小さな体で、両腕を目いっぱい伸ばした。「ひろ~い帝国の中で、ずっと命を狙われ続けるんだよ? 軍人だけじゃない、きっと、賞金稼ぎやあやしい連中だって動きだすと思う。しかもオーロラには、誰も味方がいない」

 いくらかの時間をともにすごした間柄あいだがらだが、他人を見るような目。 

「ボクといっしょに来ない?」

「組織にもどれというのか」

 そう……でも、そうじゃないかも、となぞのようなことを言う。


「いたぞっ!」


 ずらりと横にならぶ大勢の黒い馬、その上にいる黒い鎧。

 黒騎士団。

 ゆるいとはいえない山の斜面をけりつけ、関所の門の上まで一気にかけ上がった。

 高い位置からその顔を見下ろすと、ガニュメデスは口の動きだけで「がんばってね」と伝えた。


 ◆


「オーロラ!」 


 抱きしめられた。

 抱きしめているのは、帝国屈指の戦闘集団〈レディ・エリーツ〉をひきいる、女将軍である。


「ああ! 夢みたい! こんな日がくるなんて!」


 あの関所を越えたあと、一昼夜を体ひとつで駆けつづけ、先行するカミーラの隊にやっと追いついた。

 湖のほとりにある都市。運河が道路のようにめぐり、あたかも水上に浮かぶように見えるところから〈水の都〉と呼ばれている。

 この地で戦闘というものは、なかったらしい。

 もともとカミーラの北征ほくせいの目的はこの街の奪還にあったのだが、ここを占領していた北の帝国は白い馬の軍団を見たとたん、はやばやと撤退をしはじめたという。もしかしたら、こうやって戦わずに相手を退かせるための抜擢ばってきだったのかもしれない、とオーロラは思った。

 時刻は正午ちかく。

 高台にある、古い宮殿の遺跡。壁など外と仕切るものはなく、屋根と、柱のみの白亜はくあの建築物。

 そこに、カミーラはいた。 

 とっさに剣をかまえた戦士たちの間を堂々と進み出て、将軍の前に片ひざをついた。


「帝国軍への復帰を、希望します」


 しん、と静まり返る。とうとう頭がおかしくなったのか、と思った者もいただろう。それほど、オーロラがかたくなにカミーラをこばんでいることは、周知のことだった。

 そこから抱擁ほうようされるまでは、実にはやかった。

 古参の仲間の何人かは、この光景をみてあたたかく拍手をした。

 力が抜ける感じ。

 あっ、と急いで体をはなす。

〈毒血(どっけつ)〉の異名。実際、彼女に流れる血液にはある種の毒性がある。それが揮発し、他人の体に皮膚から入り込む、ということで結果的に強力な防壁となるのだが、今の場合、最愛なる者にそれが作用してしまっている。

「お待ちを。薬を飲みますから」

 医師の調合した錠剤を飲むことで、この不思議とバラのにおいがする〈瘴気しょうき〉はいくぶん緩和できた。だが、急な戦闘や暗殺のリスクを考え、彼女自身ほとんどその薬を飲むことはなかった。カリ、とかみくだく小さな音。

「申し訳ありません。少し、私からはなれて綺麗な空気をお吸いになって。そうだ!」ぱん、と手を鳴らす。オーロラにキラキラした瞳を向けている。「いいことを思いつきました。あとで、いっしょにゴンドラに乗りましょう。この街の名物です。きっと、いい思い出になりますから」

 この一時間後、予言のように彼女が言ったことが的中した。

 ただし、〈いい〉という修飾は、外れているかもしれない。


 ◆


「これでお願い」


 カミーラが船頭に金貨を一枚わたした。「わかりました」と男か女かわからない中性的な声。クリーム色の、つばの広い帽子を深くかぶっていて、顔もよく見えない。オーロラの意識は景色にいっていて、このやりとりをとくに気にすることはなかった。

 ゴンドラが出る。

 黒い船体。座席には、上から赤い布がかけられている。

 向き合う、ぐらいの距離感がよかったが、席は横にとなり合わせになっていて、くっついて座るしかない。

 ネコのように身を寄せてくる。


「はなれろ」

「まあ、そうおっしゃらずに」


〈水の都〉と呼ばれるだけはある。

 運河から運河へ。ときに家と家の間のせまい部分を抜け、かと思えば大きな教会をのぞむ幅の広いところを進む。

「すてき。たとえこの一時ひとときだけでも、全部、忘れられたらいいのに。自分が将軍であることや、戦争のこれからとかを……」

「おまえが戦うことで、弱きものを一人でも多く救わなければいけない」

「ムードのないことを言って」カミーラは姿勢を低くし、肩のあたりに頭をつけた。「でもそれがいいところ。あなたは、私がうらやましく思うぐらい、昔からちっとも変わらない……」

 ゴンドラが、静かに岸に寄っている。

 見ると、最初に停船していた位置に帰っているようだ。

「はあ……楽しい時間は、短く感じます」

 カミーラが立ち上がった。

 長い灰色の髪が、横からの風を受けて優雅になびく。

 まだ座ったままの、オーロラを見下ろした。

「ほんとうに、あなたが戻ってきてくれてよかった。まわりが思っているほど、ふふ、アルシアスなんかはとくにそうですが、私は強い女ではありません」

 船頭がかいから手をはなした。つばの広い帽子を、少し持ち上げるようにする。

「さあ、オーロラ」す、と上品な身ぶり。「お手を、どうぞ」

 必要ない、と思ったが邪険にもできない。

 空中に右手をのばす。

 おかしい。

 おたがいに手の甲を合わせるようにして、二人の手はすれちがう。


「カミーラ!」


 地に沈んでいく体を、あわてて受け止めた。

 血のにおい。

 鮮血が、彼女の背中から吹き出した。


(信じられない)


 ただの船頭だと思っていたのに。

 鬼謀(きぼう)だ。

 私がカミーラのもとにもどり、そのことで彼女が〈バラの瘴気〉というバリアを一時的に解いて接近しやすくなることまで計算に入れていたのなら、そうとしか言いようがない。


「ああ……オーロラ……私の、オーロラ……」


 つらそうに涙を流すカミーラのうしろで、微笑する女。


「ロスマリン……」 


 無意識。いや、そこにいるのが〈親友〉だということは、頭ではわかっている。

 それでも体が動いた。

 剣に手が、いった。



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