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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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17/61

その正体

 町の中心あたりにある広壮こうそうな館。

 すでに話がついているのか、玄関をあけてずかずかと入るルブルックを見かけても中にいる人間は軽く頭を下げるだけだった。

 この数分前、


「散歩してこようかな」


 と、あやしい雲行きを敏感に察知して、ガニメデがわかれている。

「かわいらしい顔のガキだな」背中を見ながら言った。「女みてーなツラしてやがる」細い金色の髪をゆらし、遠ざかる姿。

「おい……」背後から、オーロラが低い声を出す。「まさかそういう趣味があるんじゃないだろうな?」

「俺は成熟したメスにしか興味がねぇ」がはは、と豪快に笑う。ただ、どこか〈うれい〉のある笑顔に、彼女の目には映った。「でもよぉ……いくら美人でも」

 おまえだけはごめんだ、と冷たい断言。

 広い部屋。壁にはトナカイの頭部の剥製はくせいがある。火のついた暖炉に、赤い絨毯。

 ソファを大きくきしませて、ルブルックが腰を下ろした。

「座れよ」

「立ったままでいい」と、言った言葉の裏には〈話をはやくすませろ〉という含みがある。

 髪を剃った頭の頂点が、オーロラに向いた。

「まず」頭をあげる。「礼を言わせてくれ。昨夜、俺を襲った連中……十人もいたとは知らなかった。昔から夜目よめがきかないタチでな。たった三人程度をのしあげていい気になっていたが、おまえさんはそれよりも多い数を斬ってたってわけだ」再度、小さく会釈。「ありがとうな。それが言いたかったんだ」

「それだけでは、ないだろ?」


「さよう」


 とっさに、剣に手がいった。

 よせ、というルブルックの身ぶり。

 暖炉の横に、腕を組んで立つ男。中肉中背。普通の市民の服装。二人が室内に入る前からいたとは思われるが、どうして彼に気がつかなかったのか。己の気配を悟らせない特殊な呼吸法などがあるとは聞くが……

「ハイドランジアだ」ルブルックはテーブルの上にのっていたワインボトルをとり、ラッパ飲みをする。「事情聴取、だとよ」

 ハイドランジア。

 帝国の諜報機関の通称だ。つまりスパイ。

「いくつか聞きたいことがある、オムニブレイド」特徴のない声。もう一度耳にしても、同定どうていできる人間は少ないだろう。「あの教会の〈惨状〉についてだ」

 ルブルックが無言で、黙祷もくとうのように目をつむる。

「単刀直入に聞こう。おまえは〈犯人〉を見たな?」

 やはり、そうきたか。

「まるで、おとぎばなしのように、とらえどころのない人間」カツ、カツ、と暖炉のそばを往復して歩く。「組織そのものもそうだが、そのテロリストたちのリーダーはとくに深い謎に包まれている。キラキラと光る黒く長い髪、そして女、というところまでしかつかめていないのだ。我々の活動をもってしても。一説には」ぴた、と足をとめた。「路上で自分と目のあった赤子すら手にかけているという。正体をかくすために」

 イカれてやがる、ワインボトルを乱暴にテーブルに置く。「俺は、地のはてまで追ってでも、きっと家族のカタキをとるぞ」

 家族。確かにあの拳闘士団はそれほどつながりが濃かったといえる。孤児の身の上だったルブルックがそういう絆にあこがれていたことも大きい。

 ご自由に、とでも言いたげな淡白な表情。「死んだ人間の中には、この町の自警団員もいた。おまえが妙なことをたくらめば、その罪をなすりつけることもできるのだぞ」

「妙なことというのは?」

「隠しだてをするなということだ」

 その〈犯人〉とはロスマリン。親友だ。いくぶん、性格や信条に変化は見られたものの、それでも苦楽をともにしたあの日々は絶対的。

「知らないな」

「知らない?」

「私が教会に入ったときには、生ける人間は誰も中にいなかった」

 そうか、とあっさり引き下がる。扉をあけ、一度もふりかえらずに退室。

「おい」こっちのほうは、追及をした。「今の、ほんとだろうな、オーロラ」

「ああ」

「気をつけろ」大男が、身に似合わないほどの小声を出す。「これからおまえはマークされる。あの、いっしょにつれて歩いてるガキもだ。気をつけろ」

「二度も言うな。わかってるよ」

 ふ、と口のはしを片側だけ上げる。「カミーラによろしくな」

 最後のセリフは、ルブルックの本心なのか、皮肉なのか、または近づくなという遠回しの忠告だったのか、オーロラにはよくわからない。


 ◆


 通りを歩いていて、道ゆく人に十字を切って手を組み合わされたことで自分が〈シスター〉の格好だったと思い出す。

 望んでいるわけではないが、とくにここ最近は戦いすぎている。

 家の修復作業をしている大人のわきで、走り回って遊んでいる小さな子供。 

 地べたに座って談笑する年寄り。

 それぞれが幸福かどうかはさておき、少なくともここに〈戦い〉はない。


「戦争は終わらない」


 あのときロスマリンはさみしそうにそう言った。

 しかしテロリストというのは……


「ほら、こんなのあったよ、オーロラ」


 細い棒。その先にふわふわしたものがくっついている。

「わた菓子か」

 口元に、その白い破片をつけたガニメデが笑う。


(平和は遠い。が)


 自分よりもはるかに低い位置にある頭に、ぽんと手をのせた。


(私たちの世代ではだめでも、せめて、この子たちには)


 戦ってほしくない。

 この子だけではない、マリーもだ。

 あのままカミーラが彼女をただ〈養う〉とは考えられない。自分の思いどおりの〈手駒てごま〉となるよう、あらゆる手をつくすだろう。もしかしたら、戦い方も教えるかもしれない。

 北に進路をとり、雪の残る悪路を馬で疾走する。


 ◆


 ジュジュが待ちかまえていた、左右を海にはさまれた細長い砂州さすには誰もいなかった。一本道で、左右に身をかくせるような木も何本かあることから〈強盗〉が潜んでいることも多い道だ。もっとも彼らは〈強盗〉という強引なことはあまりせず、通行料という名目で商人などから金品を要求し、おとなしく従えばだいたい何もしない。


「通行料をとるのか」


 雪の残る風景。

 有事のとき以外は門を開放している、小さな関所。


「誰も通すなと言われています」


 ここは帝国領で、他国と交戦している地はさらに北。兵站へいたんの都合(※ 食料や物資の補給などを指す)を考えれば、ここを閉ざす意義は疑問。

「あけろ」

「だめです」

 後方から、馬の足音。

 黒い鎧の騎士。


「閉門の理由はおまえさ、オムニブレイド」


 馬をおりた。

 こちらに歩いてくる。

 はなれろ、と馬にのったガニメデを遠ざける。

「とうとう出たぜ」

「何がだ」

「オムニブレイドの討伐命令」

 待て、と手のひらを向ける。そのままその手で指をさす。

「あいつは私とは関係ない。そういうことなら、保護してやってくれ」

 そんなぁ、と悲痛な幼い声。

 黒ずくめの騎士は首をふる。「だめだな。その子供も同罪だ。死刑かどうかは知らねぇが、さぞかし重い刑罰が待ってるだろうよ」

 ハイドランジアのあの男。

 まさかあの少ないやりとりで私の〈うそ〉を見抜いたのか。

 だが、そうでなければ、この処遇のはやさの説明がつかない。

 カミーラに。

 あるいは、ロスマリンに。

 身を寄せればいいのか。そうするしかないのか。そうしなければ、ほとんど〈きり〉がない追っ手の相手をすることになる。


「心配すんな。その子の首も、おまえのとなりに並べてやるよ」剣を向けた。「まーそんなわけで、記念すべき追っ手第一号は、この俺」


 説明中の、胸をつらぬいた。

 にやにやした顔のまま、男は死んだ。

 その顔が変形する。

 つらぬいて、何かが飛び出してきた。

 ボウガンの矢。

 よけたが、ほおが少し、切れた。白い頭巾ずきんの一部分が、赤く染まる。


「オーロラ!」


 負傷をみとって、ガニメデが叫ぶ。

 二発。三発。剣ではじき落としながら、出所を見きわめる。草むらの中だ。飛び道具で仕留めるのをあきらめて、おどり出てきた。やはり黒い鎧。死んだ男の仲間か。

「我は黒騎士団に属す者」なり、と地面に落ちた頭の口だけが動く。空に向かって一筋、傷口から血が噴いた。


(まずいことになった)


 こうなると、もはや帝国の力のおよばない国に流れるしかない。  

 しかし、マリーはどうする……

 そして私と同行する、あの……

 光るやいば

 なんだと。まだ追っ手、刺客がこの場にいたのか。

 反射的に応戦した。剣をふってきた者に、剣で斬り返す。


 交叉する二本のダガー。


 オーロラの剣がとめられている。とめられているということは、見切られたということだ。


「ちょっと、思ってた展開とちがうなぁ」


 ずっと耳にしていたものより、わずかに高い。

 これが彼……、いや〈彼女〉本来の声か。そう思って見ると、どこか体の輪郭も丸く、胸のあたりにもふくらみがあり、二重のまぶたも女性的。


「ボクは〈レディ・エリーツ〉だよ。実は女の子なんだけど……あれ? あんまり、驚いてないね」


 どういう力のかけかたをしているのか、二つのダガーで受けられた自分の剣が、抜けない。

 オーロラにすれば、驚く点はどちらかといえばこっちのほうだった。

「ガニメデ……おまえは、いったい……」

 んーん、とのどで音を鳴らしながらゆっくり首をふる、あどけない否定の仕草。


「教えてあげる。ボクの本当の名前は、ガニュメデス。またの名を」


 ふざけているのか、に、と笑ってみせた。


「〈隠密おんみつ〉のガニュメデス」



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