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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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なげきの聖女

 燃える町。非常事態を告げてけたたましく鳴り続ける鐘。逃げまどう人々。叫び声と悲鳴。

 外は、混乱している。

 しかしこの教会の中は、建物自体の防音性だけでは説明がつかないほど、しんと静まりかえっていた。

 死んだはずの、親友がいる。


「オーロラ……」


 光を反射してところどころがきらめく、長い黒髪。

 こちらへ、と、さしのべるように出された華奢きゃしゃな手。

 疑問の余地はなく、他人のそら似などではない。

 一歩、前に出た。

 しかし……。


「ずっと、会いたかった」


 この声。記憶に残っていた彼女のものと完全に一致する。心地よいなつかしさ。

 オーロラは自分で自分が、信じられない。


(なぜ、剣をひろったのか)


 意外な人物を前にして思わず落としてしまった剣、それを、彼女に近づくよりも先にひろいあげたことの意味。


(本能が警戒しているのか)


〈カミーラ・クラスタ〉でともに戦った、最も親愛なる者。

 人と争うことを嫌った、心やさしきロスマリン。

 戦争という特殊な状況に身を置いた以上、いやおうなく、彼女もオーロラも多くの戦士を殺した。

 そう。お互いに、手は汚れている。

 自分に向かってやさしくさしのべてきた手に、オーロラは一瞬、鮮血を感じ取った。

 素朴な黒い布だけを着ていることで、十字架とステンドグラスを背景にした彼女の美貌はかえってきわだっているようだった。人によっては、ここに〈聖女〉を見るだろう。


(過去のごうが、あんな幻覚を私に見せたのにちがいない)


 手に持った剣を、さやにおさめる。

 一度目をとじ、深い息をして、ふたたびゆっくりあけると、そこに微笑する親友。


「ロスマリン!」


 駆け寄った。

 両手を目いっぱい左右にのばし、受け入れて、オーロラを抱擁ほうようしようとする。


「双方、動くな!」


 乱暴に、入り口の扉がひらかれた。

 鎧で武装し、剃髪ていはつした男の集団。ルブルックの部下だ。その後ろに列をなして、ボウガンをかまえた者が等間隔で横にならぶ。この町の自警団だ、とオーロラは推察した。

「おいオムニブレイド!」野卑やひな声が飛ぶ。誰が言っているのかはわからない。部下の中のリーダー格だろう。「そいつに今からボウガンをぶっぱなす。てめぇはさがってろ!」

 教会の中ほどに、オーロラは立っていた。

 祭壇の前に立つ彼女が、この町に火をかけた人間、あるいは彼らの仲間だと見なされているようだ。

「黒く長い髪の女……しかもどこか光ってるってだけの情報で、あんたのご尊顔そんがんははじめて見たが」チン、と両手にはめた金属製の手甲てこうを打ち鳴らした。「こりゃ驚いた。テロリストのリーダー様がこんな美人とはな!」

 テロリスト?

「私はメドゥサ」

 全員、だまった。

 神の託宣たくせんのように、おごそかに響くロスマリンの声音こわね


「ただ一つちがうのは、あなたがたは石になるのではなく」


 すさまじいはやさで、オーロラのそばを抜けた。抜きざま、うすい笑いさえ浮かべていた。


「天国へ行くということだけ……」


〈カミーラ・クラスタ〉の中で、オーロラをのぞいては唯一、首領のカミーラを戦慄させた存在。

 自分よりもはるかに上位のあだ名を、彼女が背負っていたことを思い出す。

 ブレイドフリー。無刃むじん。あたかもなどこの世にないかのような神速かつ縦横無尽の剣、あるいは自分を殺めた刃さえ目にとめることもできないほどの抜きんでた腕前、または


(剣技を見たものがことごとく絶命してフリー


 手に、汗をにぎった。

 恐怖、に近い感情。

 もはやこの場に、彼女たち二人以外に首と胴がつながっている者はいなかった。

 ずっと昔、戦いにあけくれる日々の中で、いつしか自分たちが市民から〈四聖女(よんせいじょ)〉と呼ばれていることを知った。全員が修道院の出身ということもあっての命名だろう。

〈毒血(どっけつ)〉のカミーラ。

〈皆刃(かいじん)〉のオーロラ。

〈赤光(しゃっこう)〉のアルシアス。

 そして、〈無刃(むじん)〉のロスマリン。

「そんな悲しい顔をしないで、オーロラ」小走りに、ロスマリンが近寄る。「彼らは天へ召されたのです。私はただ……そこへ〈送った〉だけ……」


「しかし殺すことはなかった」


 剣を、抜いた。

 距離が近く、もう、刃先が相手ののどもとに触れようかというほど。

 逃亡をふせぐためだったのか、教会の扉がしっかり閉められているのは、おそらく、二人のどちらにとっても都合が良かった。

「ねぇオーロラ、考えたことはある?」ロスマリンの瞳は、かすかに赤い色を帯びていた。それが白目の部分とのコントラストで、よりあざやかに見える。「たくさんの人が人を殺しても、または殺されても、戦争は終わらない。私たちが命をかけて、あんなに多くの部隊を殲滅せんめつし、多くの砦を陥落させたというのに、戦況は誰かが帳尻を合わせたかのように、いつまでたっても〈拮抗きっこう〉……私は愚かでした。気づくのが、おそすぎたのです」

 オーロラも、今ではわかっていた。

 確かに、戦争を終わらせたくない何者かが、いると。

「テロリストというのは、本当か?」

「いえ……昔も今も、私はただ神につかえる身、一介の僧侶。でも」ロスマリンの目から、涙が流れた。「神への祈祷きとうだけでは、この世は救われません」

「手を引け」冷たく言う。「剣をとる者は、剣によってほろびる……きっと、平和を実現する方法は、ほかにある」

「ルブルックの暗殺」もう、涙はとまっている。「それが私たちの目的でした。いかに歴戦のつわものといえども、十人に包囲されてはさすがにどうにもならない、と思ったのですが」

 その刺客の、半分を斬ったのはオーロラだ。

「うまくいかないものですね」

 いつのまに。

 背後に回っている。

 体を反転し、そこに焦点を合わせようとするが、残っていたのはかぐわしいロスマリンの体の香りだけ。

 扉の前にいる。


「オーロラ、私にその力をかして下さい。そして、いっしょに戦いましょう。よくお考えになって、私が言ったことの意味を……」


 また会えます、彼女はそう言い残した。

 外から届く赤い火炎の逆光で浮かぶ、黒いシルエット。

 火の熱は、ここまでは届かない。

 オーロラのひたいから流れた一筋の汗は、おそらく、それ以外の理由による。


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