炎上
宿屋の外で、ガニメデが待っていた。
「大丈夫みたい」と、明るい声で笑って言う。「そうか」オーロラは金髪についた雪をはらってやり、いっしょに建物の中に入った。
ベッドが二つ。盗難防止のためか、そのほかには何も家具がない質素な部屋。
二人は町に入ったときにわかれ、ともに情報収集につとめた。
オーロラはおもにカミーラの動向と進路を。
ガニメデは、
「あんな立派な白い馬がいたんじゃ、目立つしね」
彼女がひきいた隊の中でこの町に〈残留した者〉がいないかの確認だった。
とどまる者がいるとしたら、理由はただ一つ。
オーロラの暗殺だ。
「けっこう小さな子にも聞いてまわったから、誰も残ってないっていうのは確かだと思うよ」
ふ、と口元がゆるむ。
(おまえも〈小さな子〉だ)
しかし、帝都で〈バラトーレ〉のありかをつきとめたことといい、今回のことといい、年齢にそぐわない能力だとオーロラは評価する。いったいどこで身につけたのか。芸は身を助けるとは言うが……
(今後、こいつに諜報のようなことをやらせるのは、危険だな。有能なだけに、知りすぎてしまうおそれがある)
帝国や軍や貴族の〈機密〉にふれてしまい、消された人間も少なくない。
そのあたりの分別がつくまでは自重させなければ、とおさない顔を見つめた。両手を目にあてて、軽くこすっている。
「ん……なんか、急に眠くなってきちゃったよ、オーロラ」
「食事はすませたのか?」
「ああ、うん、親切な人におごってもらったから」
たくましい。なんという世渡りのうまさだ。
身の上を心配したことに少し苦笑する。
窓の外は、大雪。
◆
オーロラは深い睡眠をとらない。しかし、最低限の休息のために浅く眠りはする。
がちゃ、というドアの音で沈んでいた意識が覚醒した。
見ると、髪をぼさぼさにしたガニメデがベッドに歩いてもどり、ゆっくり寝ころんだ。おおかた、目がさめて、用を足しにでも行ったのだろう。
まだ真夜中だ。
夜明けまでは……あと一時間か。オーロラには昼夜を問わない戦場の中で身につけた絶対的な体内時計がある。
鐘?
早朝を告げるものにしては早すぎるし、何より、ものものしい。あわてたように連続で撞かれている。
出るぞ、とガニメデを起こす。行動も判断も迅速。
雪にまじって天からふってくる赤いもの。
(火の粉だ)
火の手が上がっている。
それも同時に複数の場所で。
宿屋を出て、比較的安全そうな広場に立って周囲を見わたしていると、肩をたたかれた。
「手をかしてくれ」
と言ったのは、拳闘士の軍団をひきいるルブルックだった。オーロラからは空を見上げるような角度に調整しなければ彼と目が合わない。それほどの巨体。
「何が起きている?」
「放火……は、まちがいねぇ。だが、それは実はたいしたことじゃねぇんだ。ここは石造りの家も多い。町そのものが全焼ってことはないだろう」
では何が問題だ、とオーロラは答えを急ぐ。この豪放な自信家が、帝国を捨てた自分に助力を乞うなど、よほどのことだ。
「放水の水を確保するために町の門をあけたとき」親指を首にあて、横にすべらせる。「門番が殺された。そのとき、何人かが中に侵入したそうだ。目撃者もいる」
「それで手下を分散して、捜索させているわけだな?」
「さすがオーロラ。話が早い」剃髪した頭を円をえがくように自分でなでる。「そういうわけだ。背をかせ」
「手、ではなかったのか?」
「両方だ」
囲まれている。
十人。逃げづらくさせるためか、その陣形はいびつ。
オーロラとルブルックが背を合わせる。ガニメデはいつのまに危機を察知したのか、二人からはなれ、建物と建物の間の暗がりに隠れていた。
「戦場で、うしろからあんたの〈ケツ〉を見んのが俺の楽しみだったんだがな」
岩を思わせる堅固な拳で、向かってきた相手を撃った。
体が、飛ぶ。
広場の外の草むらに落下。起き上がる気配はない。ここで、わずかに敵たちがひるんだ。そのすきにオーロラは彼らを仔細にながめる。頭にフードをかぶった黒装束で手には剣。こんな外見では男か女かもわからない。盗賊か? それにしては剣の訓練を受けたような、どこか〈行儀のいい〉感じもする。
「かかれっ!」
一人ずつ、などと悠長なことをせず、息を合わせたようにいっせいにオーロラたちに襲いかかってきた。
剣を使うものに手加減はできない。
オーロラは瞬時に五人を斬り伏せた。
三人が拳で吹き飛び、残った一人をルブルックがしめあげていた。
「おい……俺らが常駐する町をマトにするなんてよぉ、なかなかフトいじゃねーか」
片手で胸倉をつかみ、上に体を持ち上げている。巨漢のため、相手は地に足をつけられず、ばたばたさせている。
「自己紹介してくれや」
ぷっ、とつばを吐く音。ルブルックが片手で顔をぬぐう。
野郎、と手に力が入ったとき、フードが頭から落ちた。
「なんだと」
少女。
一目で成人していないとわかる、若々しい風貌。十五、六、の年のようにオーロラには思えた。
「強欲な帝国に死を。世界に革命を」
火薬のにおい。
彼からは見えないが、オーロラからは服の中にあるものが見えた。筒状の、炭鉱で発破に使われているダイナマイト。
「ルブルック! 伏せろっ!」
爆発音。二度、三度とそれが続く。
自害。
おそらく、全員が、同じ手段で命を絶ったのだ。
意外。
「おい……ケガはねぇか、オーロラさんよぉ」
ルブルックが大きな体を盾にして彼女をかばっていた。こうされずとも爆発を回避することはできたが、予想外の行動で、かわそうとしたときにはすでにふところの中だった。
「なぜ助けた」
「いや、俺の部下があんたに〈そそう〉をしたようだからな。その返しだ」
ふりしきる雪でいくぶん火薬がしけったのか、爆破は弱かったようだ。しかし、それでも侵入者たちの体はこなごなに吹き飛んでいる。
「とうぶん骨を休める、いい口実ができたな」
よく言うぜ、とあお向けに転がった。地面に赤いものがにじんでいるが、致命傷ではないだろう。この程度で、死ぬ男ではない。
まだ町は燃えている。
雪はその炎にじゃれるようにまとわりつくだけで、なんの助けにもなっていなかった。
「あの連中は……」
つぶやくが、返事はない。ルブルックはだまって、空の一点を見つめている。
(まるで、かつての私だ)
あの亡くなった少女と同じ年のころ、オーロラはカミーラと肩をならべ、血の河をわたっていた。かたわらには親友と呼べる存在もいた。そして多くの戦友たち……
視界の中で、不自然な動きをするものがあった。
「おい! どこへ行く、オーロラ!」
呼び止める彼の声を無視し、鳥が翼で滑空するような速度でそれを追いかける。
火事で避難したり、火を見物したりという動きではなかった。
すぐつかまる、と思ったが、なかなかしぶとい。相手の動きもはやかった。
教会に入った。
オーロラもそれに続く。
黒い装束の何者かが、背を向けて立っている。
「おかわり……」
フードに手をかけて、おろす。
そして、ふりかえった。
「ありませんね」
壮大なステンドグラスを背景に、夢を見ているのかと思った。
宝石のように光る黒く長い髪。
慈愛に満ちた顔つき。ほほ笑み。
剣が手からはなれていた。からん、という音が鳴る。彼女をして、自分の命をあずける大事な武器のことを思わず忘れさせたほどの衝撃があった。
「おまえ、なのか……?」
数年前、氷の山の裂け目に滑落し、死んだ、と思っていたただ一人の親友。
ロスマリンが、そこにいた。




