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聖女のオムニブレイド  作者: 嵯峨野広秋


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再会

 床に散乱した血、酒、グラス、装飾品の破片などにまじって、斧を持った巨漢が倒れている。服がめくれて露出したはらに見えるのは赤い太陽のタトゥー。


(こいつが頭領だ。ということは、あの〈オムニブレイド〉が勝ったのか)


 高い天井。高級な絨毯じゅうたん。暖炉およびマントルピースの意匠いしょう

 貴族の別荘にこれほどふさわしい空間もない。そして盗賊のすみかとしてこんなにふさわしくない空間もない。上方へ剣をふるモーションも自在、飛び道具を使うのにも見通しがきく。襲撃するがわにとって、好都合な条件がそろいすぎている。 


(うす暗い洞窟だったら)


 とオーロラは考える。まだ勝機があった。いや、勝てはしなくてもきっと逃亡する機会は得られただろう。彼ら、サンタナ・ブラザーズはそのあたりの〈見栄みえ〉をもっと早くに捨てるべきだった。


「剣を捨てろ」


 のどもとに光るもの。先刻、オムニブレイドをかたった男の声。

「強いな。だが、なぜ彼らを葬った? 私怨しえんでもあったのか?」

 剣をつきつけたにもかかわらず、酒場で語り合うかのようなこの余裕ある態度。

ぞくではないようだな」

「あいつらに、さも修道女しゅうどうじょに見える人間をコマとして使う知恵があったと思うか?」

 ははは、と男が笑った。

「確かにそうだ」短剣をさやにおさめた。メインの武器は、そのとなりにさげている長剣か、とオーロラは目ざとく観察する。「よかったら……あんたが何者か、教えてくれないか。こんなところに来て、そんな態度をとられたんじゃ、俺としても〈ただの美人〉ですますわけにはいかないからな」

 男の顔つきが変わった。

 しかし、オーロラは正直に素性を明かしたにすぎない。

「そうか、本物が来てたってワケだ」

 間合いをとる。

 この男のことはまだよくわかっていない。だから、にわかに目前にした〈本物〉に対し、いったいどういった行動に出るかを予想できない。逃げるか。それとも私を討とうとするか。サンタナ・ブラザーズのボスを仕留めたほどの腕だ。そうなった場合、無傷で帰れるかどうか…… 


「あなたに」


 男が姿勢をおとし、片ひざを地面についた。


「永遠の忠誠を誓います。俺の命は、今からあなたのものです」


 オーロラの、剣を持っていない右手をそっととり、口づけをした。

 ここで気が動転するほど、うぶではない。こういうことをされた経験は過去にもあった。そのほとんどが、帝国主催の夜会でのことだったが、まれに戦場でもあった。

 気づかれぬよう、男の口元を鼻でかぐ。酔ってはいないようだ。正気で言っている。

「説明します」と、片ひざのまま続ける。「俺は過去、あなたに命を助けられたことがあるのです。まあ……当時、小さな村の少年少女の一人だったので、おぼえておいでではないでしょう。とにかくあなたには大恩だいおんがある。だからあえて俺は〈オムニブレイド〉を名乗り、少しでもあなたにかかる火の粉をふり払おうとしたのです。今回もそうです。サンタナ・ブラザーズがあなたを標的にしたと知って、いち早く壊滅させねばと」

 なるほど。

 理解できた。

 まだ不明な点はあるが……


(このバラのにおいは!)


 しゃべりつづけようとする男の横を抜け、急いで外に出た。

 小高い丘の上。

 優雅なドレスのよそおいに銀の胸当てのカミーラを中心に、全員が白い馬に乗った大部隊が、オーロラを見下ろしていた。

「手間がはぶけました」なまめかしく動く唇。優雅に耳元の髪をかきあげる仕草。「おかげで、労せずして我々の任務の一つが果たされたのですから。このまま北方への遠征に出てゆくつもりですけれど、なかなか幸先がいいと言えますね」

 動揺をさとられるな。

 しかし、にぎっているこれは愛剣の〈バラトーレ〉ではない。ただの凡庸な剣。これではカミーラをとりまく精鋭部隊の〈レディ・エリーツ〉を相手どることはできない。おそろしい顔ぶれだ。〈節剣せつけん〉のアデレード……〈乱刃らんじん〉のバドゥーヌ……〈心見こころみ〉のシスカ……。いや。このあたりの古参こさんはまだ手の内を知れているだけましだ。問題は、自分が〈カミーラ・クラスタ〉を抜けたあとに参入した若き剣士たち。新しい時代の、新しい戦い方をする彼女たちが、オーロラには不気味だった。なかにはうす笑いを浮かべてこちらを見ている者もいる。


「オーロラ!」


 この声。

 カミーラのそばにひかえる、アルシアスが子どもを自分の前に座らせている。馬上でゆれる彼女の赤く長い髪が、マリーの頭まで届いていた。

 ティータイムのような落ち着きのある口調でカミーラは言う。

「あの〈黒い獣〉たちは、過日かじつ、手を出してはいけない貴族に手を出してしまいました」剣杭を見かけ、マリーの悲鳴を聞いて駆けつけたあの日の光景をオーロラは思い出す。あの亡くなった二人は、それほどの貴族だったのか。「帝位継承の権利さえ持つ名家めいかに、です。当然」手にした剣の先を、おさないマリーに向けた。「この子にも〈それ〉があります。そう……ちょっとした〈幸運〉さえあれば、この少女は皇帝になりうる。そして私はそのとき」カミーラと、オーロラの目が合った。「自分の意のままにできる最高の傀儡かいらいを手にできるのです」

「カミーラ!」

「この子にも、私たちの遠征に同行していただきましょう」

 丘から見下ろす無数の視線。思い思いの方向を向く、彼女たちが乗る白い馬。

 あの女が部下たちに、たったひとつ「れ」と命令をくだせば、私の命ももはやこれまでだろう。

 カミーラに、アルシアス……とてもではないが、切り抜けられない。

「安心しなさい」と、上品にほほ笑んだ。「ここは、私たちにかわってぞくを討伐をしてくれたことに免じ、あなたの身は静観せいかんすることにします」

「カミーラ様!」アルシアスが大声でうったえる。「これだけの戦士がそろっているのです。機は、まさに千載一遇と申せましょう。ご命令を。あの離反者に」オーロラをにらむ。「今こそ死のつぐないを」


(わかっていない)


 カミーラは軽蔑するようなため息をついた。


(ここでそれをしては、私たちも無事ではすまないのです。我が戦力の……少なくとも半分は消されてしまうでしょう。それよりも今は、北方への遠征をつつがなく成功させて皇帝の寵愛を少しでも強いものにしておくことが、肝要かんようなのです。なにより)


 オーロラを殺したくない、という愛情が、彼女の根元にあった。

 白い馬の群れが遠ざかってゆく。ときおり、風に乗ってマリーが自分の名前を悲痛に叫ぶ声が聞こえた。

 はなれたところで一部始終を見まもっていた男が近くに来た。

「オーロラ様、とおっしゃるのですか?」

「今見たことは、全部忘れろ。それがおまえのためだ」

「しかし」

 馬が一頭、早足で駆けてくる。

 見たことのある顔、かつての〈カミーラ・クラスタ〉の戦友だ。

「ジュリア……」

「お久しぶりです、オーロラさん」茶色く、短い髪。白いドレスシャツに黒い胸当て、下は無骨な男ものに見える黒いズボン。かろやかに馬から飛び下りた。「いろいろ、お察しします」

「まあな」

「もうごぞんじでしょうが、あなたの分身ともいえる〈バラトーレ〉はアルシアス様のもとにあります」

「知っている。それよりジュリア、どうしておまえ一人だけでもどってきた?」

「最初で最後の、わがままを言ったのです」

 剣を、抜いた。

「あなたと、戦わせてくださいと」

 戦闘になりそうな気配を感じとり、たまらず男が声をあげた。「オーロラ様。加勢かせいを」

「邪魔だ!」思わず、語気が強くなった。かつての仲間との間に、土足で入られたような気がしたからだ。「立ち去れ!」

 男は命令にしたがわず、地面にしゃがみこんだ。あぐらをかく。

 剣をかまえる。白い頭巾ずきんをとり、ほうり投げた。


(はやい)


 さすが〈突撃〉の異名をとるだけはある。


(そして正確だ)


 わずかに刃が体に入るだけで致命的となる急所だけを狙う攻撃。

 ここにオーロラは彼女の戦士としての洗練を見て、時に合わないが、かすかに感動した。


(あの泣き虫が、ここまで成長したか)


 防御に徹し、執拗な攻めを何度もさばき続けたものの、ついにおそれていたときがきた。

 剣に限界がきて、折れてしまったのだ。

 折れた刃が回転しながら空中に舞い上がる。

 頭を上げてそれを目で追ったとき、顔についた返り血を泣きながらぬぐっていた、昔のジュリアを思い出した。


(私もおまえも、いつのまにか〈涙〉を忘れてしまったな)


 見失った。

 ジュリアは敵の姿をさがす。

 斜め上。

 バカな。刃のなくなった剣を、なぜふりかぶるのか?

 そんなもの届きはしない。

 ジュリアは、オーロラの心臓を狙った突きをくり出す。

 剣先が、光るものにあたった。

 落下していた刃に、折れ残った短い刃があたって、飛ぶ。

 防具をものともせず、胸の真ん中に、その飛んだものが深く刺さった。

 うしろに、背中から倒れる。


「オーロラさん……これを……」


 ふるえる手で、剣をさしだす。


「私だと思って……せめて、〈バラトーレ〉をとりもどすその日まで……」


 まさか。

 このために、カミーラにさからって離脱し、私のところへもどってきたのか?

 この〈剣〉を、わたすために。

 オーロラは受け取り、手をしっかりにぎり、彼女の顔を見つめた。


「ふふ……あまり待たせたら、ナルデに小言こごとを言われそう……それではこれで」


 ジュリアは微笑した。

 そのおだやかな表情とはあまりにも不釣り合いなものが、閉じられた両方の目元からゆっくりと流れ落ちる。


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