見る、目
自分のあだ名を名乗った剣士。
頭がおかしいのか、とオーロラは顔を観察するが、りりしい目とひきしまった口元からはどこにも精神の変調や狂気といったものはうかがえない。
「オムニブレイド……でございますか?」オーロラはなおも無辜の市民を演じ質問する。
そうだ、と男の返答は短い。大きな街道に出る方向を示し、無言で立ち去った。
(なぜ私の名を騙る)
いかに自分を大きく強く見せるか、という点で、いかにもそれはてっとりばやい。しかし、実力がともなわなければ当然、いつわった報いをその身に受けることにもなる。
山のふもとに、山荘が見える。かなりの大きさだ。そこに向かって男は歩いている。
追うか。
サンタナ・ブラザーズが勝つにせよ、あのなぞの男が勝つにせよ、結果を見届けなければ。
男からずいぶんはなれたところを進んでいると、ふいに後方から馬がせまる音。
一人。
おそらくただの残党ではないだろう。それならば、あの死体の山を見て一目散に逃げ出すはず。
馬が追い抜き、騎乗者が飛びおりた。
「いつだってそうだ」クセのないまっすぐな長髪。黒い肌。目を閉じて愚痴のように語る。「物事に出遅れると、ロクなことがない」
オーロラは左手に剣をかまえた。
男が首をさすりながら言う。「おまえが……オムニブレイドだな?」
「そうだ」
満足そうにうなずいて言う。「俺の名はクーガー」
男の手が赤く光った。
何かが燃えている。
広大な平原で、男の周囲だけが白い煙につつまれた。ぼんやりみえていた輪郭も、もう見えない。
スモーキー・グレイブ。
男の声がしたと思うと、煙の中から剣先があらわれた。剣先〈だけ〉がだ。
不気味。
煙を防壁にでもするつもりか? しかし、こんなものでは無力。
首のあたりを、払った。
煙が横に両断されたが、手ごたえがない。
いないのか。
そんなはずはない。
ならば、と今度は足を払う。さっきの一撃は身をかがめてかわせたかもしれないが、これはそうはいかない。ひくか、跳躍する必要がある。その大きな体の動きにつれて煙も動くにちがいない。そこでとどめだ……と思ったが、
(足もか)
見えている剣先の位置は攻撃の前後で不動、ということは、相手は一歩も動いていない。
(動かずに、剣をかわすだと?)
じりじりとせまってくる白煙。
オーロラはいったん、後ろにさがった。
すかさず、空を切り裂いて飛んでくる武器。
ナイフだ。
豪速。
とっさに剣ではじいて、軌道をそらす。かなりの勢いだ。上方向に、鳥をも落とさんばかりの速度で飛んでゆく。
二発、三発。さらに投擲は続く。
しかし、弓、ボウガンの矢すら見切るオーロラにとっては、その攻撃は脅威ではなかった。それより、
(あの煙をどうするか)
考えているのはその一点。
「見えないものを人は過大に評価する傾向にあります。このため、おそれる必要がないものをおそれ、聖ではないものに聖を見る。オーロラ。つねにあなたは、あなたの目を信じなさい」
自分に剣を教えてくれた、シスターの教え。
そうだ。
おそれてはいけない。
煙の向こうにいるのは、悪魔でも死神でもない、ただの人だ。
ナイフはやみくもに投げられているのではない。どういう方法でか、相手からは自分がはっきり見えている。この濃い煙を見とおして。
そこに、わずかに恐怖を感じた。
オーロラは目をつむる。
そして、かまえた剣をだらりと下げ、無防備に前に進んだ。
煙に自分を同化させるように。
「ぐはっ!」
勝負はついた。
白いものは晴れ、地面にあお向けに横たわる男があらわれた。
近くに落ちている武器。
馬に乗っているものの頭にすら届こうかというほどの長剣。
この技のトリックはここにある。
剣先が見えていれば、当然、近くにその手元もあると考える。しかし煙を払って撃ってもそこには何もない。相手は異状を感じて即座に間合いをとる、そこで必中のナイフ投げをくり出し、とどめをさす。煙で出所がわからないために、よけづらい上、しかも狙いが正確で豪速ときてはなすすべがないといえる。この技の強みはそこだった。
つまり、遠距離攻撃のナイフが通じなかった時点で、この男には勝ち目がなかった。
「盲目か」
瞳の様子でオーロラはすぐそれに気づいた。
「くく……のろしに気づくのに、おくれちまった」
ふところから葉巻を取り出し、黒い粉がついた指を摩擦して火をつけた。
ふーっ、と白い色のついた息。
「よぉ、祈ってくれよ、あんた。俺が……天国へ行けるように」
「自分のために、自分で祈れ」
「つめてぇな」クーガーは言葉を吐き捨てた。くわえていた葉巻が落ちる。「わかってるよ、どうせ俺の行き先は地獄さ」
まっすぐ天に向いていた瞳が、動いた。
「地獄に……くく、いいみやげ話ができたぜ……先にいった兄弟たちもきっと驚くぜ、俺を殺ったのが、こんないい女だったなんてよぉ」
クーガーの両目の焦点はオーロラに合わされて、まるで見えているかのようだった。
(最期に光を見たか)
彼が言い残した、オーロラの容姿に対する感想から、そう判断することもできるだろう。
風の流れか、吹き散ったはずの煙がふたたびもどってきて、クーガーの屍をつつんだ。
煙の墓。




