いつわりの剣士
たったあれだけのことで、早くも刃がこぼれた。
町のはずれ。低い滝が近くにある川辺。
規則的な音を立てて、オーロラは剣を研いでいる。
深夜。ときどき遠くから獣の遠吠えが届いた。
(やはり、なまくらだ)
手を止め、砥石の上で水に濡れる刀身を見つめる。砥石は鍛冶屋で手に入れた。女の僧侶がなぜそんなものを求めるか、と最初はけげんそうな顔をしていたが金貨を見せたとたんに態度を一変させた。これが一番上質なやつでさぁ、と上機嫌でゆずり渡す。一応、店内に陳列している剣も確認したが、オーロラの要求を満たすレベルの逸品はなかった。
(近いうち、いや、今にもサンタナ・ブラザーズはこの町を襲う)
それまでに、とオーロラは思う。決着をつける必要がある。それにはぜひとも、あの〈愛剣〉が必要だった。
馬の蹄鉄。
ゆっくり、こっちに近づいている。
尋常ではない時間帯だ。あいつらか。砥石を水底に沈め、滝のそばの岩場を背にする。
「おねーさん」
ささやく声。続けて二回。
ガニメデだ。馬からおり、川の水を割る岩の上を軽快に飛んでわたってくる。
期待するのはどうかしている。
しかし、もしかしたら私の剣を持ち帰ってくれたのではないか、というささやかな期待がオーロラにはあった。
「しらべてきたよ。おねーさんの……〈バラトーレ〉だっけ?」
「わかったのか?」たとえ現物はなくとも、所在がわかるだけでも果報だ。
「安心して。売られたりなくなってたりってことはないよ。ある人の手元にある」
「それは誰だ?」
〈カミーラ・クラスタ〉で、かつてともに戦った仲間。リーダーのカミーラをのぞき、戦力のナンバーワンは彼女かオーロラか、そのどちらかだと評された、いわばチームの双璧。
アルシアス。赤光(しゃっこう)の異名をとる女。
それが現在の持ち主、ということがガニメデの調査と報告で判明した。
「そうか……」オーロラの声色は、さえない。そばですまなそうな顔を浮かべていると、ぽん、とガニメデの頭に手がのせられた。「危険をかえりみず、よくやってくれたな。ありがとう」
へへ、と笑う。
「馬はここへおいてゆけ。いくら修道院でも、それはさすがに養ってもらえない」
「うん。わかったよ」
二人はそろって、町にもどった。
◆
夜明け前。
オーロラは、何日か前に見かけた剣杭の前にいた。
引き抜き、捨てる。
剣杭とは、可視化された結界だ。これより入るな、の意志を形にしたものともいえる。べつにサンタナ・ブラザーズにはかぎらない。強盗騎士団、盗賊、山賊もやることがある。
のろしがあがった。
この剣杭にはつねに見張りがついている。遠方から望遠鏡を用い、無断で入る者はいないか、を確認するのもそうだが、今、オーロラがやった行為をする者がいないか、を見張ることのほうが主だった。
杭を抜く。これは宣戦を意味する。
(さながら、クロヒョウの巣だな)
年齢が若く見える者が多い。まずは先発隊、わるく言えば〈かませ犬〉か。
しかし、それでも賊のはしくれだ。罪のない綺麗な身ではないだろう。
十人。いずれも黒い肌の屈強な戦士。
取り囲み、ゆっくり円の大きさを縮めてゆく。
相手がオムニブレイドということはとうに知れ渡っている。全員、討ち取れれば自分の名が一気にあがる、という夢を見ていた。
目をつむっている。
夢は、夢で終わった。
十人の死体。
オーロラは頭巾のずれを直す。
(これからだ)
サンタナ・ブラザーズは単純に〈強さ〉だけで成り上がった組織。
大将および側近はそうとうな腕前だと聞く。総勢何人、という確たる情報はつかんでいないが、まだせいぜい一割か二割といったところだろう。
貴族の別荘を略奪し、そこを根城にしているという。
持っている剣の性能に一抹の不安をおぼえつつ、オーロラは前進した。
◆
なんだこれは。
おびただしい数の、野原に横たわる死体。
肌の特徴からしていずれも賊にはちがいないが……。
進むごとに、その数は増す。ときどき、まだ息があるのも見かける。
「おい」
うめき声をあげる男に近寄った。
「どうなっている。誰にやられたんだ?」
こいつらの標的は私だ。どうせ色のいい返事はかえってこない。呪いの言葉をぶつけられるか、とも思ったが、
オムニ……ブレイド……
そう言い残して、男は死んだ。
バカな。
死のきわで幻覚でも見たのか、とオーロラは思った。オムニブレイドは、この私だ。なのに、私に殺されたとはどういうことだ?
「シスター」
ふり返る。若い男が立っていた。肌の色だけでいうと、サンタナ・ブラザーズではなさそうだ。右手に剣を持っている。
「ここは危険だ。すみやかに立ち去れ」
「あなたは?」オーロラはただの修道女になりすまし、誰何した。
「名乗る名前はない」男は血のついた剣を、彼女から見えない角度にかくした。「ただ、人からは〈オムニブレイド〉と呼ばれている」




