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7 背中を押され

 自棄になった私は、どぼどぼとワインをグラスに注ぎ、それを一気飲みした。


「おいおい。なんかピッチ早くない? 自棄酒っぽいっていうか」


 心配顔をしている夜空をよそに、グラスを空け、またも手酌する。

 放っておいてください、今日だけは。


「自棄酒とか、なんか心配事でもあんのかよ? あるなら言っちまえよ。楽になるぜ」


 口が悪いですよ、夜空さん。


「悩み事ねぇ……加奈の悩み事……」


 夜空は腕を組み、しばし思案してから「あ、そうか!」と手を叩いた。

 ドキリとする。よもや、トオルくんに対する、私の恋煩いを見破られたのでは!?


「ヤンソンの売り上げヤバイんじゃ? アタシが店に行ったときも、松岡しかいなかったしな。死活問題じゃない、それって!」


 夜空の放った言葉のボールは、明後日を向いていた。私はちょっと拗ねてしまう。


「失礼な。二時頃までくらいは、そこそこ賑わっていたのよ。食べるのには困らないくらいの売り上げは、確保していますから」

「うん? お店は順調か……仕事はまずまず……と、なると、他に女子の悩みってなんかあったっけ……」


 夜空は眉根を寄せる。保険のトップセールスレディのあなたなら、仕事が全てなんでしょうけど、女子はそれだけじゃないでしょ? 恋愛よ、恋愛。初詣での誓いをもう忘れたの?

 私はフォークでラザニアを切り、それを頬張った。うん、美味しい。


「ひょっとしてとは思うが、お前さん……」


 夜空の口調が、取調室にいる刑事のようになる。あ、コイツ、昨晩、刑事もののドラマ見たな。

 ──とは、口にせず「な、何よ?」と、問うた。


「お前さん……恋に落ちたな?」

「え、えーと……」

「生活に、仕事も充実してる。──となりゃ、あとは色事しかねぇだろ、女子からすれば」

「う、ううう……」

「証拠はあがってんだ。はけぃ。吐け、このやろー」

「実のところ、その通りです。夜空さん……」

「それだけじゃあわかんねぇな。経緯を話してみな。事細かにな」

「はい……」


 私は酔った勢いもあってか、トオルくんとの出会いをかくかくしかじかと事細かに話し始めてしまった。不覚にも。

 夜空の方は、おちゃらけた態度から一転して、真剣に私の話に耳を傾けてくれていた。


 昨日のトオルくんとの出会いをひとしきり喋り終えた。なんだか、喉が渇いてしまい、目の前のワインに口を付けた。

 ありがとう、夜空。こんな子どもっぽい私の片思いの話を真剣に聞いてくれるだなんて。やっぱり、持つべきものは友ね。

 潤んだ目で夜空を見ていると、彼女は唐突に笑い出した。


「あはは! 見た目麗しい男子高生に一目惚れ? ウケるわー。おーい、おまわりさんこっちですー。この子、淫行条例違反です。高校生を毒牙にかけようとしてますからー」


 テーブルの下で握り拳を作り、わなわなと震わせた。こんなヤツに心の内を吐露した私が、馬鹿だった。


 夜空はしばらく笑い転げ、そのあときりっとした表情になる。


「あのさ、それってさ」

「もう口きかないで。夜空なんか大嫌い!」

「いやいや。まぁ、聞けって。つまり、これまでの話を勘案するとだよ。……うん。その男子高生はだね」

「もう、いいって」


 私が拒否ったにもかかわらず、夜空はぺらぺらと喋ってくる。


「その男子高生は、荒川の土手を歩き、下校途中だった。つまりさ。それって、あの土手が彼の通学路だと思うんだよ、アタシは」

「え? そ、それって……」

「そう。あの河原の土手で、毎日、彼を張っていれば会える確率が高い。そういうことなのさ、加奈」


 雷に打たれたような衝撃が全身を駆け巡る。それは思いつかなかった。盲点だった。でも、待ってよ。それって……。


「ねぇ、夜空ばあさんや」

「なんだい、加奈ちゃんじいさんや」

「でも、これってなんといいますか、つきまとっているといいますか。挙げ句には、迷惑防止条例でタイホなんかされないかな?」

「なんだって?」


 ぎろりと夜空が目を剝く。私はたじろいでしまった。


「迷惑防止条例だ? それがなんだっていうんだよ! お前、そんなんに怖じ気づいて、行動すら起こせないのか?」

「だ、だって……」

「だってもへったくれもないんだよ。恋する乙女は、やるだけやって、当たってみる。体当たりだ。そうやってみて、そのトオルくんとやらがドン引きしたら、それまでだ。それならそれで、すっぱり諦める」


 興奮して捲し立てた夜空は、テーブルを叩き、他のお客さんの耳目を引いてしまった。だが、そんなこと彼女は構いやしない。彼女なりに貫きたいものがあるから。私に言っておきたいことがあるからそうするのだろう。


「アタシなら……アタシなら、絶対に会いに行く。ああ、毎日でも会えるまで、土手に通うさ。それのどこがいけない!? 当たって砕けて何が悪いよ!? いいか、加奈。怖いのはな、お前が臆病だからだ。コクって、ふられて、そんで傷つきたくない。そうなんだろ?」


 夜空の言葉が私の心を抉ってくる。あたかも、パスタの前にあるフォークで心の蔵を突かれたみたいだ。そうなのだ。トオルくんと会うために、土手まで通うことは容易なんだ。──けど、その先が怖い。運良く彼を会えたとして、そこで何て挨拶すればいいの? どんな言葉をかければいいの?


「愛しい人に、会いにもいけなのさ、お前は」


 辛辣な言葉を残し、夜空は会計伝票をひったくり、すたすたと一人レジへと向かった。


 一言も言い返せないまま、私は項垂れてしまう。そうして、あおるようにしてワインを飲み干した。けれど、いくら酔ってみたところで変わらない。悔しいけれど、夜空の主張が正しいようだ。だって、トオルくんの笑顔が心に焼き付いてしまっているんだから。


 私はもう一杯、ワインを注いだ。これでもうボトルは空だ。

 夜空に悪いことをしたなと思い、レジの方を見てみると、彼女は会計を終え、店から出るところだった。そこで、私と視線が合う。


「加奈の泣き虫毛虫。やーい、このチキンめがー」


 夜空は罵詈雑言を残し、私にあかんべーをしながら店から出ていった。いい年して子どもか、アイツは?


 夜空なりに発破をかけてくれたのだ。それはわかる。けど、アイツの口車になんか乗らないんだからねと、心の中で自分に言い聞かせ、店を出ることにした。というか、周囲のお客さんからの視線が痛い……やらかしてしまった……。


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