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雷雨の日に年下男子を拾ったんだけど、私の生活が砕かれた  作者: チャーコ


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18/21

18 夏の予選を終えて

「ありがとうございました!」


 両選手から、高校球児らしい爽やかな挨拶が飛ぶ。

 私は内野スタンドから、それを見守っていた。結果は負けだ。トオルくんを擁する稲葉学院は、惜しくも敗れ去った。それでも、堂々のベスト8入りだ。


 私は稲葉学院が出た東京地区予選を一試合も残らず観戦した。その日に限り、お店をクローズにしてまでも、応援に駆け付けた。

 敗れはしたものの、あの東京第一に僅差の負け。トオルくんは胸を張っていいと思う。

 彼は一回戦から全ての試合を完投した。実に立派である。


「あー、負けたか。けど、トオルは、激戦区の東京でも、一、二を誇るピッチャーだったね。まぁ、今日は連投の疲れが出て、球が走ってなかったけれど。それでも、よくやったわ、うん」


 隣の席にいる夜空が頷く。営業をさぼって球場に来るとか、いい度胸しているわ、コイツ。


「これは今年のドラフト指名かもだねー。したら、プロだよ、プロ!」

「ねぇ、夜空。ドラフトって? プロって何の?」

「お前なぁ……ドラフトも知らないの?」


 私はコクリと頷く。


「ドラフトってのは、プロ野球球団が新人を選択する会議。それで指名されれば、晴れてプロ野球の選手になれるってわけ」

「え? それって結構凄くない?」

「結構どころか、普通なりたくてもなれないもんだよ。プロなんて」

「へぇ……成程ね。でも、お給料は安いんでしょ?」

「アホ。すっごく高いよ。一流プレーヤーになれれば、年収、億だよ、億!」


 う、うわぁ。なんというか桁違いの稼ぎだ。それでもって、私はプロ野球選手になったトオルくんの夫人。遊んで暮らせるね。


「いや……ねーから。そもそも、加奈とトオルの接点は、現在ゼロだろうが」


 ……コイツ私の心を読んだな。エスパーなのか、アンタは?


「それじゃ、帰るとするか。加奈も帰って、店開けなきゃだろ?」

「うん」

「じゃ、行こうか」


 二人で席を立つ。

 私は名残惜しく、後ろを振り返った。そこには、眩いばかりに輝くピッチャーマウンドがあった。あそこで、つい先ほどまで、トオルくんは躍動していたのだ。素敵だったよ、トオルくん。


 この球場から去れば、もう彼との接点はなくなってしまう。それでも仕方あるまい。所詮、私にトオルくんは高嶺の花だったのだ。

 彼は野球もできて、学業優秀なお坊ちゃま高校に在籍。おまけに、父上はインポートのアパレルショップを手広くやっていているお金持ちで、そのつてで四ツ井物産とのパイプも太い。

 ──との情報は、夜空から仕入れたのだが。


 いずれにせよ、私なんかじゃ、彼とは不釣り合いなのだ。

 彼は薔薇だったのだ。綺麗だと思い、迂闊に触ると、鋭い棘に刺さってしまう。そう、私はそれにやられてしまった。心の中に、彼が残していった棘が刺さっている。今でもチクチクと胸が痛い。

 だからこそ、彼を諦めなくちゃいけない。決別しなきゃいけないのだ。


 私は「よし」と口にしながら、両頬を張った。これからは、仕事に邁進する。恋は……もう当分の間、いいや。トオルくん以上の存在など、現れそうにないのだから。

 そうして、夜空と私は球場から去っていった。


 夜空と途中で別れ、店に着いた。そこで、私は愕然とする。

 まただ。また店の前の電柱にポイ捨て煙草が。それも大量に。十本はありそう。


 嘆息し、箒と塵取りを店から持ってきて掃く。マナーの悪い奴がいるなぁと思いながら、塵取りに溜まった吸殻を捨てた。


 一時のピークより、客足は減ったものの、売り上げは順調である。でも、トオルくんがバイトしていたときに比べると、二割減だ。


「本当に、トオルくんは招き猫だったのね」


 そうひとりごち、私はせっせと手を動かす。在庫管理も重要な仕事の一つだ。

 仕事に打ち込むと、さっき決心したばかりだけど、そう簡単に割り切れる訳もなく。

 心の隅では、トオルくんを欲していた。でも、もう彼はこのお店に来ることもないだろう。

 これではいけないと、唇をキュッと結ぶ。お客が来たので、レジカウンターに戻った。


「ありがとうございましたー」


 精一杯の挨拶をする。これで、最後のお客さんも帰った。あとは伝票を整理し、現金を勘定し、スーパーで買い物をして、家に帰るだけ。


 家には何もない。がらんどうだ。トオルくんがいない侘びしい空間。虚しさがあるだけだ。

 でも帰ろう、我が家へ。


 手早く残務を済ませ、店を出る。そこから帰り道にあるスーパーに寄り、夕飯の食材を買った。

 そして、レジ袋片手にトボトボと家路についた。


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