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雷雨の日に年下男子を拾ったんだけど、私の生活が砕かれた  作者: チャーコ


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11/21

11 二度は言いません

「どうもこんにちはー」


 トオルくんは、ここヤンソンにやってきていた。昨日の今日でよく来られたものだと思う。


「あの可愛らしい彼女は一緒じゃないんですか?」


 しまった。つい刺々しい声を出してしまった。接客業で、これはいけないでしょ。でも、どうしてもそんな風になってしまう。何も昨日、彼女さんを見せびらかしに来なくてもいいじゃない。

 私は心の中で愚痴った。


 見ると、トオルくんは怪訝そうな顔をしている。


「……桑原は別に彼女じゃないですから」


 え?


「シブさんが何を勘違いしているか、わからないですけど、僕は別に桑原のことを意識とかしていませんから。アイツは単なる野球部の女子マネージャーをやっているだけです」

「で、でも。昨日は、仲良さそうにして、店内を回っていたじゃない?」


 つい、声が荒くなってしまう。


「それは……部活が終わってから、アイツが強引に僕についてきただけです。あのままじゃ、僕の家までついてきそうだったので、ここに寄らせてもらいました」


 トオルくんは不服そうな顔をしながら、私を見据えた。


「迷惑だったですか? 僕、シブさんなら上手くフォローしてくれると思って。桑原を大人の余裕で、軽くあしらってくれるかと思ってしまったんです」


 ああ、そうだったのか。あのとき、トオルくんは私に助け船を出してもらいたかったんだ。今思えば、あのとき、トオルくんの表情は面白くなさそうにしてたっけ。

 けど。だからといって、それだけで事情の全てを読み取れっていうのは無理でしょ。実際、私はパニックというか、トオルくんに彼女がいると思って愕然としていたから、そんなサインに気付ける訳がない。


「でも、桑原さん? いいじゃないの。可愛いし、優しそうだし」

「アイツは結構男好きの腹黒なんですよ、ああ見えてね。気に入った男子全員に媚を売っているって、部でも評判なんです」


 うん、腹黒が見抜かれているのはいただけませんね、桑原さん。もっとこう……男子を手玉に取るなら、やり方ってものがあってね。なんなら、お姉さんがレクチャーを……してもらいたいです、はい。

 私はトオルくんの為に、珈琲を丹念にドリップする。愛情を込めて。少なくとも、彼はそれほど桑原さんをよく思っていないようだ。なら、私は敗者復活戦に挑めるのかもしれない。


 ドリップが終わり、トオルくんがいるラウンドテーブルに珈琲を持っていく。彼はそれを美味しそうにすすった。


「やっぱり、美味しいです。ありがとうございます」


 トオルくんは笑みを見せる。うん、今日も実に爽やかな笑顔だ。この笑みだけで、られる女性は数多あまたいるだろう。


「いえいえ、とんでもないです。でさ、トオルくん」

「はい?」

「桑原さんとはいい雰囲気に見えたけど。トオルくんも満更でもないんじゃないー」


 試すように言葉にしてみる。しかし、それがまずかった。

 トオルくんはガタリと席を立ち、私を睨みつける。夜空のときもそうだったけど、美形さんが怒った顔をすると、妙に迫力があるのだ。


「シブさん」

「は、はいぃ!?」

「僕が気になるのは、シブさんなんです。このお店に、探しものがありそうな気がするのもあるんですけれど……それを抜きにしても、シブさんがいいんです、僕は!」


 トオルくんの語気は荒かった。どうやら地雷を踏んでしまったらしい。けれど、そのお陰で、彼の本音を聞くことが出来た。災い転じて福となすである。


「私がいいって……それ本当なの?」

「……二度は言いません。恥ずかしいですから」


 彼はそっぽを向いてしまった。ちょっと拗ねた表情が可愛い。──というか、なんですか!? わ、私がいいって言ってもらえたのですよね? 夢じゃないですよね? また白昼夢を見ているじゃないですよね。


 トオルくんは一気に珈琲を飲み干し、五百円玉をばしりとテーブルの上に置いた。


「きょ、今日はもう帰ります。ごちそうさまでしたっ」


 立ち上がり、そのまま玄関口に早足で向かう。彼の頬は、やや朱に染まっていた。


「あ、珈琲はタダなの。お客様へのサービスだから」


 立ち去ろうとする彼の背に向かって、声をかけるも、そのまま店外に出ていってしまった。

 ひょっとしてなんだけど、トオルくん、照れていたのかしら? だとしたら、嬉しい。彼をハグして「可愛いー、可愛いー」と、頭をかいぐりしまくりたい。


 だが、待ってよと思い直す。昨日の今日だ。自分一人で勝手な解釈をし、盛り上がるのは、まずい。トオルくんなら、桑原さんとは別の彼女がいたって不思議ではないのだから。


 私はレジカウンターに戻り、トートバッグの中からミョルニルハンマーを取り出し、勝手に浮かれている自分の頭をピコリと叩いた。

 ちなみにこのハンマー、どうせ店で展示していても売れないだろうと思い、自分で買い取って、常時バッグの中に入れておくことにしたのだ。

 その方が、有益。不良在庫は片付くし、浮かれた自分の頭を叩くことができるしで、一石二鳥だ。


 自然と鼻歌が出てきてしまう。昨日は絶望の泥土に嵌まったが、今日は一転して天に昇った。このまま天に召される勢いである。


 ご機嫌だと、面倒な伝票整理や、現金出納もはかどる。人間とは、かくも単純なものであるのか。

 いいことがあったら、ご機嫌。悪いことがあったら、絶望の闇。──いやいや、これは私が単細胞である証なのかも。きっと私の前世は、アメーバか、ゾウリムシだったのだろう。


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