表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷雨の日に年下男子を拾ったんだけど、私の生活が砕かれた  作者: チャーコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/21

10 天国からの転落

 丁度そのとき、玄関にあるカウベルが鳴る音。キターー。トオルくんだーー。


「あ、どうもこんばんはー」

「いらっしゃいませ。今日も珈琲淹れるから、テーブルで待っててね」


 私は目尻を下げる。と、彼の後ろに何者かがいるんですけど?

 トオルくんの背中から、可愛らしい女子高生がひょっこりと顔を出す。


「うわー、お洒落なお店ー。朝井先輩、よくこんなお店を知ってましたね?」

「うん。このお店は僕のお気に入りなんだ」


 あはははは。今日は彼女さん連れですか。それもそうだよね。トオルくんなら、いない方がおかしいよ。あははははは。うううううう。


 顔で笑って、心で泣きながら、豆をごーりごーりと削る。取手を持つ手は震えていた。


「あ、先輩。このお人形、カワイー。ねぇ、見てみて」


 女子高生らしい可愛い声。無邪気にはしゃぐ姿も、それはそれは可愛くて……。

 負けた!

 そもそも、女子高生と私じゃ鮮度が違う。

 魚市場で彼女と私が並べられたら、どちらがピチピチしているか。それは論ずるまでもなく、女子高生の彼女だ。きっと、せり値も天井知らずだろう。一方の私は、賞味期限切れです。そのまま市場に放置され、腐っていくだろう。死んだ魚の目をしながら。


 コーヒをドリップしながら思う。やはり、彼女がいたのかと。でもトオルくんなら当然よね。眉目秀麗にして、エースで四番。その上、絵に描いたような爽やかな好青年ときては、女子が放っておかないだろう。

 そう、彼は全てを持っている。可愛い彼女さんまでも。

 でも、だからといって、よりによって、私の前に出すことはないじゃない! 私ってなんなのよ!? ピエロですか? そうなのですね?


 一通り店内を見終えた美男美女のカップルはラウンドテーブルの前にある椅子に座った。キャッキャウフフしてんじゃないよと、心の中で毒づいていると、ドリップが終わった。

 コーヒーカップ二つをラウンドテーブルまで運ぶ。そして、なんでもないという笑顔をトオルくんに見せてやるんだ。嫉妬に狂った顔など、意地でも見せるものですか。


「お待たせしました~」


 動揺していたのだろうか、女子高生の前に置いたコーヒーカップがソーサーにがちゃんと当たってしまった。しまった、手元が狂った。

 漆黒の液体が宙を舞い、その飛沫は彼女のスカートを汚してしまった。


「ああ、ごめんなさい。すぐに拭きますから。えっと、ダスター。ダスターはどこだっけ?」

「いえ、いいんですよ~。かかったの、ちょっとだけですし」


 彼女はにっこりと笑った。

 私はダッシュで清潔なダスターを取って戻り、彼女のスカートを濡れたダスターで染み抜きした。


「良かった。染みになってないみたい」

「いえ、お客様。ごめんなさい! 私のミスです。クリーニング代はお出ししますので」


 私は深々と頭を下げる。


「いいんですよ、シブさん。こんな奴、放っておいても」

「あ、先輩~。それ、ちょっと酷いですー」


 そうは言われても、申し訳ない。私は何度もぺこぺこと頭を下げた。彼女は「気にしないでください」とか「大丈夫ですから」と、爽やかに返してくる。うう、いい子じゃありませんか。可愛い上に、JKで、優しさも兼ね備えていると。

 参ったなー。こりゃ、お姉さん敵いませんわー。あはははは。うううううう。


 私は項垂れながら、すごすごとレジカウンターの中に引き返し、お似合いカップルの二人をぼうっとしながら眺めていた。

 もう傍観者である。私などは、あの輪の中に入れない。所詮、蚊帳の外なのだ。


 しばらくして、新たに注ぎ直した珈琲を二人は飲み干したようだ。


「それじゃ桑原くわばら、行くか」

「はい、先輩」


 二人は立ち上がる。


「その……申し訳ございませんでした……」


 しょんぼりと私は言う。


「いいんですよ、そんなー。亜弥あや、このお店、気に入っちゃったー。お姉さんも素敵ですし。また来てもいいですか?」


 私は無言でコクリと頷く。うう、いい子じゃないの。


「おい、桑原。僕は先に出てるぞ」


 一足先にトオルくんは店外に出た。


「あ、待ってくださいよ~。先輩」


 猫なで声を出す彼女。そうしてから、私の方を振り返り、べーと舌を出してきた。

 ん? いや、あなた。今、何をした? 私に向かって、舌を出さなかったか?


 桑原という彼女は、踵を返し、店外へと出ていく。

 カラリンコロリンとカウベルの音が虚しく店内に響く。ひょっとして、猫かぶりなのか? そうだったのか? トオルくんの前では、可愛い女子を演じて、私には舌を出すのか。え?


 まぁ、だけれども。

 トオルくんに彼女がいるのは、確定的となった。それが裏表のある性悪女でも。

 鮮度で劣る私じゃ勝てません。勝負になりませんね。あはははは……。


「帰ろ」


 小さく呟いてから、伝票を整理し、現金勘定をした。それを出納帳に書き出し、レジカウンターを出る。


 店外に出てから、お店の札をクローズにして、とぼとぼとぼとぼ家路につく。今日も頭の中で、ドナドナが鳴っていた。今ならわかる。売られていく仔牛の寂しさが。


 というか、滑落した。トオルくんとの恋愛という素敵な山の頂から滑り落ちた。山の頂点から谷底へと真っ逆さまに。恋という名のザイルは、あの彼女にブチ切られました。あとは、絶望の谷底へとただただ落ちていくだけ。その絶望たるや、たまったものではない。正直、絶叫したい。いや、してるけど。心の中で。


 昨日の今時分とは、天と地の差だ。昨日は、トオルくんからペンダントをプレゼントされ、有頂天になっていた。それが今は、彼に彼女が存在していることを知り、泥土に嵌まって身動きが取れない。

 絶望という汚泥に首まで浸かってしまっていたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ