うさぎのお茶会
「ポーカーのコツ?」
うさぎのランスロットがまず手を伸ばしたのは、四角いビスケットの積まれた皿だった。イギリスのティータイムに紅茶は欠かせないが、スコーンかビスケットも絶対に必要だ。オレンジピューレの乗ったものとクランチの入ったものを二つずつ皿にとりわけ、対面で首をかしげる白うさぎに返事する。
「そう、コツが知りたい。どうして皆ああも人を上手く出し抜けるのだ」
「貴方が誠実すぎるのよ、ランスロット」
「誠実は美徳だ。過ぎるも何もないだろう、メアリ」
「クロテッド・クリームだって塗り過ぎたら美味しくいただけないでしょう。薬も毒になるってこと」
そう言って、メアリはクリームの瓶に手をかけた。クロテッド・クリームというのはイギリスの伝統的なクリームだ。弱火で一晩じっくり煮詰めるため、一般的な生クリームよりしっかりしたクリームになる。この国ではスコーンの上にたっぷり乗せ、さらにジャムを添えて食べるのが普通だった。ランスロットとメアリはこれをビスケットにも、プディングにも、パイにもつける。何故ならとってもおいしいからだ。
「ジャムは、いちごとリンゴに、マーマレード、ミックスベリー・・・」
「チョコレートはないのか?」
「昨日貴方が掬ったので最後」
ランスロットは長い耳をしゅんと垂れさせた。
「たまにはジャムも試してみたら?」
「いや、私はチョコレートを裏切ることは出来ない」
「ふふ、騎士道ねえ。今度アーサー王の話でもしましょうね」
メアリは静かに笑った。彼女の言いたいことは容易に想像できたが、裏切りの騎士は何も言い返さず、代わりに開いた口に紅茶を含ませた。アッサムの上品な香りが広がり、微熱とともに鼻から抜けていく。褐色の茶葉が体内に馴染んでいくのを感じる。ランスロットはお茶会において、この瞬間が一番すきだった。
「ケーキをとってくださる?」
「どちらだ。今日のケーキはバタフライケーキとジャファケーキ、二つある」
「ジャファケーキはビスケットでしょう」
「いや、待て、よそう。前にも話し合って結局どちらでもいいという結論になったろう」
「そうね。どちらも非課税だしね」
うさぎは頷く。非課税は大事だ。英国ではビスケットもケーキも非課税なのに、チョコレートは課税対象なのだ。だから我々は大抵の製品にチョコレートを潜ませて誤魔化している。
ランスロットはチョコレートをサンドしたビスケットの、ビスケット部分を剥がして中身だけ食べる。メアリは「美しくない」と嫌うが、しかしだからこそ良いのだ。贅沢な部分だけ口腔に招来せしめるというのは余裕がないと出来ない裕福な遊戯、品格の証明に他ならない。東はインド、海の向こうのアメリカにまで手を出した英国紳士たるもの、美味しいところを奪わねば名が廃るというものである。
「単にチョコレートが好きなだけでしょ、もう・・・バタフライケーキ」
彼女の方へ皿を送る。バタフライケーキは、カップケーキのスポンジ部分をくりぬいて、そこにジャムなどを詰めた女の子のためのケーキだ。くりぬいたスポンジを二つにしてケーキの頭に飾り、それが蝶のように見えるため、バタフライケーキと呼ばれている。濃厚なバターの香りが漂う生地の上にマスカルポーネチーズのクリーム、子供らしいカラフルなジェリービーンズ、それとアクセントに酸っぱい木いちごが乗っていて、上から粉砂糖がかけられていた。
「あ・・・ランス、これ」
メアリが半分に割ったバタフライケーキの中身をランスロットに見せる。中にはホットチョコクリームがたっぷり詰まっていた。
「何故だ!チョコクリームが何故我が輩でなく君の手に!」
「ねえ、ランスロット」
悲しみに崩れ、頬をテーブルで潰すうさぎに、メアリが微笑んだ。
「これはきっと、非課税ね」
「ビー!ベアトリス!お茶の時間よ!」
「はーい!ママ!」
ママに呼ばれて、ビーはいそいで片付けを始めた。おままごとに使うティーセットも、二体のぬいぐるみも、もとのばしょに戻してあげる。そして部屋のドアを開くとふり返り、友人たちに手をふった。
「じゃあね、ランスロット、メアリ。またあしたのティータイムに」