不器用な思い3
フィクションの主人公にイラついたことなら幾度となくある。特に我慢ならないのが、天性の主人公気質の人間だ。この特徴はきわめて簡単。いわゆるバカなのである。
知識は平均よりやや下。その頭の中身や突拍子のない言動から先輩や同期からはどやされることがデフォ。それでも不屈の心をもち、諦めずに努力することで眠っていた力が覚醒し、仲間の協力のもと目的を達成する。
愛されているのだ。なんだかんだいって、周囲の人間に認めてもらえる。
能力面の主人公補正ではなく、人間関係面の補正に、私はこの上なく嫉妬している。
非実在存在に、途方もないほどの憎しみをぶつけたくなるときがある。
「ユカイはそのキャラに疲れてるんじゃないのかな」
腕のなかで嗚咽する存在に、私は独り言のように語った。
「しんどくなってきてるんじゃないかなって、僕は思うけど」
反論がないので、彼女はきっと私の言葉を待っているのだと思う。
「だからさ」
私は彼女の目元をぬぐってやり、さらに強く抱き締めた。
「もっと本性出したらいいよ。真っ黒でも逃げないから」
彼女は24時間演じている。だからしんどさを感じてしまうのだ。
「誰が嫌いでも、憎くなっても、ムカつくことがあっても、全部僕にぶつけたらいい」
私がそう啖呵をきると、彼女はふいに黙りこくった。
「……ユカイ?」
「このうえなく黒いけど」
鼻声混じりの声は、まぎれもなく私に向けられている。
「今よりさらに口汚くなるだろうし、それにユキが引く自信あるし」
私は彼女の長い髪にふれ、即席で耳をつくってやる。猫っぽくしたかったが、現実にはうさぎのようなものになった。
「今だって猫10匹くらいかぶっているようなものなのに、気にする?」
そう笑いかけると、脇腹に肘鉄をかまされた。
「とりあえず、ユキが、どえむってことはわかった」
腹をかかえてうずくまるしかない私に、さらにわちゃわちゃと暴れるユカイの腕やら手がダメージを蓄積していく。
「それに、キザで大人っぽくふるまって、余裕ぶってむかつく。ちょっと人より年上だからって」
散々な言われようだが、私の性格もそのように見えるようにしていることは事実なのでなにも言わないでおく。というよりユカイからの攻撃が思いの外痛いためしゃべるのがつらい。
「啖呵きったこと後悔させてやるわ」
「後悔するかなあ」
「そこは嘘でも絶対に後悔しないとかいえよ」
ぺちっとほおにビンタされ、ぷくっとふくれっつらが視界にうつる。かと思うと彼女はにこにことしている。
私はユカイの豹変をしみじみと観察した。
「でもねーユキ」
「なあにーユカイ」
「ありがとー」
そのまま彼女は私に倒れこんできた。