純粋無垢な悪意5
友人の話、講義の話、今話題の芸能人や、ニュースの話。
時間がたてばなんの憂いもなく忘れてしまう、そんな他愛ない話をしていて、ふと、虚無感に襲われた。
帰りにぶつかった園児たちの家族は、一体どんなひとたちなんたろう。どんな風に今日を過ごし、眠るのだろう。
あの笑顔が作り物でないなら、きっと幸せで満ち足りた生活だ。絵にかいたような、幸せな、かぞく。
なんて、なんてうらやましくて、ずるくて、妬ましい。
「…ユカイ?」
一緒にいるとユカイになるから、ユカイっていうニックネーム、なんてふざけているのかしら。ねえ、私はちっとも愉快じゃないのよ。
ただ単純に、笑っていたら、楽しくなくても笑っていたら、楽しくなると希望的に観測しているから笑っているだけよ。
私の必死で作り出した楽しさを、笑いを、むしりとらないで。奪っていかないで。テイクだけ望んでギブをしない人なんて、私は。
「……みんな消えちゃえ」
正面に座っていたユキは、少しだけ、痛そうな顔をした。
体が熱い。熱い熱い。
今この友人は、私のことを、あわれんだのかしら?
私は哀れまれたのかしら?
そんなのプライドが許さない。私は哀れまれたいわけじゃない。
「そんな目でみないで…!」
私はこたつテーブルのうえに飛び乗り、ユキにむけて腕をふるった。もうほとんど料理は残っていないけれど、まだ半分ほど残っていた白ワインのボトルが倒れ、床に液体が広がっていく。
ガチャンという音だとか、酒の臭いだとか、私にはまるで遠い世界の出来事だ。あとで片付けの手間が増えようが、階下の人間に多少迷惑をかけようが、そんなの私にとってなんの関係もない。
確かにユキを傷つけられる距離だった。すくなくとも鼻先に引っ掻き傷を作ってやることはできたのだ。
それができなかったのは、ユキが身を引いたからではない。
がくんと身体のバランスが崩れる。
頭がぐるぐるしている。酔いがまわったのだ。
酒に弱いらしい私が、いつのまにか、こんなになるまで酔ったのはなぜだろう。
ぐらついた私の体を、すらりとした腕が支える。少し時間をかけながらわたしをテーブルの上からおろし、私を自分の体にもたせかけた。
私がユキの顔をのぞきこむと、やつはいつものような仏頂面で、目を除き混んでも感情は見えなかった。
「……知ってて、のませた、ね……?」
うかつだった。ユキに限ってそのようなことはないと思っていた。
私が酒に弱いのはユキなら知っている。一杯だけ、と思いつつ、いつのまにか許容量よりも飲んでいたのは、相手がユキだからだろうか。それともきょうの自分が注意力散漫なのか。
「ごめんね。どうしてもやりたいことができちゃったんだ」
ユキは、少しだけ笑って、私を抱き寄せた。