純粋無垢な悪意3
いこうか、とユキにいわれても、二人そろって歩けるのはもうすぐそこまでだ。
私は下宿で大学最寄りの駅近くに住んでいるし、ユキは通学にそこそこ時間がかかる場所で実家暮らしだ。
黙っていたら、ユキも黙っている。
学内で、私は話好きで世話焼き、一緒にいて楽しく社交的な人、という位置付けを獲得している。そして、自分のペースに巻き込んでしまうようにしたほうが楽だと感じているため、話の主導権はたいてい私が握る。
ユキはいつも聞き役だ。たまには、こんなときくらい、話しかけてくれたっていいのに。
私は腹がたってしょうがない。
「……なんか話して」
「今のユカイに話しかけられるほど、僕は勇者じゃないよ」
かちんときた。
私なら、わざとおどけたり空気が読めないふりをして、状況を打開させようとする。ユキはその役割をしてくれない。
「じゃあユキは臆病者なの?」
「そうかも。っていうか、そうだね」
ユキの選択はある意味正しい。私の今の状態では、黙っていられても腹が立つし、なにか話しかけられてもかみつきそうだ。
自分を守るという点では、ユキは模範解答を示している。
ワケアリ物件には関わらないに限る。
かつての私のようだ。
振り払いたくて、話題を変えようと思った。
「今日バイトは?」
「ないよ」
「じゃあ家にきてよ」
気がついたら、口が勝手に動いていた。
「いいよーーいいの!?」
ユキは反射的にこたえたようで、そのあとすっとんきょうな声をだす。
「あのさ、僕は男だけど、いいわけ?」
女子会に何度か参加して思うところがある。最近の大学生は、きっと男の子のほうがピュアだ。
「それがどうしたの?変なことしたらストレスの捌け口としてサンドバッグにするだけだけど」
そこそこ強めの風がふき、私のはいているスカートを揺らした。
いつものように、私は威勢のいい言葉を余裕たっぷりに音にだして、武装する。
「……大学では、笑顔がたえず、場の雰囲気をにぎり、顔がひろい女子大生。そんなユカイが」
「こんな性格だっていうのはユキなら知ってるよね」
私の一面は、この友人のみに見せている。まわりの人間からすると、目に余るほどの豹変ぶりのようであるらしい。動物でいうと狐、タヌキ、あるいは化け猫のような本性だというのはほかならぬユキだ。そして脅しが脅しだけですまないということも、ユキは身をもって理解している。
「……で、僕は同級生の下宿に行って、なにされるの?」
ため息をつきつつ、この友人は私の願いを聞いてくれるらしい。
少しだけ、意地悪をしてみることにした。
「なにがいい?」
「どうせいっても聞いてくれないから、ユカイの好きなようにしたら」
「やったね!なにやっても受け入れてね」
「いや、さすがに命に関わることはやめようね!?」
返事をしてやらず、私はユキの手を引っ張って、スーパーへ向かう。相手がよろけていたけど気にするものか。せめて今はユキを振り回すことで、気をまぎらわす。
普段は買わないようなお高い食材を買い物かごに放り込んで、食材と飲み物をしこたま見繕って。
そうでもしないと、親子連れが頭にこびりついて、私は発狂してしまいそうだ。人目があろうが関係ない。叫びたくなる。
ただ、私がつかんでいる腕を、ユキは無理に離そうとしないから、私は私がここにいると知る。
私は私を、私でいようとかろうじて律することができる。せめて、下宿に戻るまでは、私は普通の女子学生だ。
「今日はごはん食べていってよ。そのつもりでこんなに買ったから」
ユキはレジを通したあとの商品を、袋につめながらわたしをみる。
「断るわけないよ、こんな大荷物になるまで買って。一人で食べきるには無理があ」
「だれも入ったことのない人気者の女子学生の下宿にはいるchance!あわよくば」
「ばかなこといわない。っていうか話を聞け。断ったらなにされるかわからないからに決まってるでしょ」
その言いぐさに思うところがあったので、私は7センチヒールでユキのつまさきを踏むことにした。
やや押さえた声が漏れたけれど、私の知るところではない。