8.魔女の決意
漆黒の魔女が目の前から消えた。
"ごめん"ってどういうことだ?何故、謝るんだ?どういうことか今すぐ説明して欲しい。
「・・!・る!アルッ!」
「・・・!?どうしたんだ、フェル。」
「お前、怖い顔してるぞ。」
「そんなこと・・・!」
「アル、落ち着いて下さい。」
「・・・・・。」
魔女の"ごめん"で考えられることは、1つしかない。それは、真名を教えることなく俺の前から消えることだ。
その時、突然部屋の扉が開いた。
「ご歓談中、失礼します!緊急の伝令です!宮廷魔術師長様がお帰りになられました。そして、今は王の間にいらっしゃいます。」
「な、に?」
今、ディアが帰ってきただと?
「やはり、ディアは・・・!」
「アル!?」
俺はルークの制止も聞かずに部屋を飛び出した。
王の間でアルを待っていると、後ろから魔力の波動を感じた。振り返ると何故か風魔法で飛んできたアルがいて抱き締められた。
「アル陛下!?」
アルが私を抱き締めたことで周りの騎士達が驚いている。
「よかった・・・。」
「え?」
よかった?何が?
「ちゃんと帰ってきてくれた。」
「陛下?どういう意味ですか?私は何処かに行く予定は今のところないのですが。」
私はアルの体を軽く押して、顔を見た。すると、アルが恥ずかしそうに目をそらした。
「もう帰ってくることもなく、俺の前からいなくなると思った。」
「え?」
何故そんなことを思うのか。
「だから、その・・・。」
アルが言い淀んだため理由は聞くことが出来なかった。
「どちらにしてもそんなことは気にしなくても大丈夫です。」
「そんなことだと?」
私が笑いながら言うと、アルの顔が怖くなっていく。
「約束しましたよね、1年はここにいると。来年まではちゃんとここにいますから。」
アルの顔が優しくそして強張ったのは言うまでもない。
「そろそろ、離して欲しいのですが。」
さっから、周りの騎士達の視線がいたい。そして何故私は抱きしめてられているのだろうか。
「悪い・・・。」
そう言いつつ、最後に何故もう一度強く力を込めて抱きしめて離れた。
「ディア、お前はやはり・・・。」
「どうかしましたか?」
「いや・・・何でもない。」
「そうですか。」
私はアルの目を見て言った。
「突然の休暇にも関わらずありがとうございました。とても有意義な時間となりました。」
アルは微かに眉を下げた。
「それならよかった。」
「ですが、私が行った村の奥地でたまたま出会った精霊に、南で良くないことが起こると言われました。私にもあまりわからないのですが、これから良くないことが起こるのは確かだと思います。」
「そう、か。ディアが言うならそうなんだろう。俺はどうすればいい?」
「関わらないで私だけ自由に動かして欲しいというのは、無理ですよね。」
「愚問だな。俺がお前だけにやらせるとでも?」
しかめっ面で言う辺りがアルらしい。
「それなら手伝って欲しいです。私一人では出来ないこともあるかもしれないですから。」
「当たり前だ。」
こんなことを即答してしまうのは王としてどうかと思ったけれど、人として頼もしいと思ってしまったのは秘密にしておこう。
騎士達の目がいたいので、すぐに執務室に移動した。いや、だってあれは・・・うん。
執務室に入ると、ルークとフェルとそしてもう1人見慣れない、いや最近見慣れたシルエットがいた。
「アル陛下、その子は?」
シュナイザー=ホール。魔女だと気付かれないといいけど。
「こいつは今回魔術師長になった者だ。」
「ディアと申します。」
私は決まり悪く名乗った。
「まさか、また会うとは思わなかったよ、ディアちゃん。」
部屋の温度が僅かに下がったと思うのは気のせいにしよう。
「ディア、知り合いなのか?」
何故だろう、アルの顔が怖い。
「えっと、両親のいた村で少し・・・。」
アルの目が、スッと細くなった。
「なるほど、そういうことか。ディアが行ったのは北の森の村だったのか。」
「シュウ、女の子見つかった様ですね。」
アルとルークさんはおおよそのことが分かったらしい。
「ん?どういうことだ?」
フェルは未だに分かってないけど。
「つまり、北の森でシュウを振り切った少女というのはディアさんのことだったということですよ。」
ルークさんがわざわざ説明してくれた。
「風と水の魔法を使う茶髪碧眼の少女・・・。確かにディアだな。」
アルも染々と言っている。
「あ、確かに言われてみれば特徴ドンピシャだな。」
フェルさんがまじまじと私を見てくる。
「フェル、見るな。ディアが減るだろう。」
「なっ!?みんな俺を変態を見るような目で見るなよ!」
そこまでは言ってないんだけど・・・確かにちょっと変態臭かったけども。
「取り合えずさ、ディアちゃん。」
シュナイザーさんがニコーっと笑っている。
「副騎士団長のシュナイザー=ホールです、シュウって呼んでね。これからよろしく!」
「なっ!?おい、シュウ!」
そして目にも止まらぬ速さでハグをして部屋から出ていった。
シュウが出ていって微妙な空気が流れた中、アルが口を開いた。
「それで?ディアは先程の件で何か収穫があったのか?」
収穫はあった。それにあの日記の様な物も持ってきている。けれどあの日記は魔女のことが書かれておりここで見せることは出来ない。
「先程申し上げたこと以外、大したものはありませんでした。それより私がいない間に何か変わったことはありませんでしたか?」
アルは何か言いたそうだったけど飲み込んでくれた。
「特に変わったことはありませんでしたよ。」
「騎士団の方も変わりないぞ!」
どういうこと?“冬の静寂”は間違いなく南だと言った。けれど王都には特に変化はなかった。まだ異変が起こってない?それとも“冬の静寂“が間違えた?そんなことは有り得ない。他に有り得るとしたら・・・。
「王都よりも南・・・?」
「ディア?」
「陛下教えて下さい!今、この時代の王都の南には何があるんですか!?」
「どうしたんだ、ディア!?」
「いいから教えて下さい!」
「・・・この王都の南にはエルフの治めるエルフの国、シルディファスがある。」
シルディファス・・・。私も500年振りにその名を聞く。
「500年前と位置は変化ないんですか?」
「地図を出す、ルーク。」
「はい。」
ルークさんが現在の地図とおおよそ200年前の地図を出してくれた。
「申し訳ありません、現存する地図で最も古いのはこの地図なんです。」
「200年前のですね、恐らく大丈夫です。」
「わかるのですか!?」
「えぇ。」
ルークさんはそれ以上何も聞かないでいてくれた。
「ここが王都でそこから真っ直ぐ南にあるのがエルフの国、シルディファスだ。」
現在の地図に指を滑らせながらアルが説明してくれた。
「200年前と比べると国土が小さくなっている・・・?」
となると500年前よりももっと小さいということ?
「この現在の地図を見ると、200年前にはあったシルディファス周辺のエルフの集落が無くなっているみたいですが、どうして無くなったんですか?」
アルが少し苦しそうな顔をした。
「エルフ達がシルディファスの中心にある神樹に移住したからだ。」
神樹に移住?わざわざ自ら耕した場所を捨て、国土を狭くまでして?
「何故そんなことを?」
「それは・・・。」
アルが悲しそうで辛そうな顔をした。
「人間がエルフを捕らえたからですよ。」
黙ったアルの代わりにルークさんが教えてくれた。
「人間がエルフを捕らえた・・・?」
何故?500年前にはそんなことはなかった。その上エルフは精霊と心を通わせることができ、使役をしなくても願えばその力を貸してもらえるという秘術があったから、人間相手に遅れを取り捕獲されるとも考えにくい。
「何故エルフが捕らえられたのですか?」
「本当に、本当に一部の人間ですがエルフを忌み嫌っている者達や逆に異常な程に執着をしている者達がいるのです。差別意識、人間至上主義が強いと言いましょうか。その者達がエルフを殺す、または奴隷として扱うために捕らえているのです。」
私がいない数百年間にそんなことが起きていたとは。
「でもエルフを人間が簡単に捕獲できる訳ではないですよね?どうしているのですか?」
私がそう言うとルークさんに不思議な顔をされた。
「確かに一対一なら厳しいかもしれませんが、大人数の魔法使いで攻めるとそうでもないらしいです。エルフといえど魔力切れを起こすみたいですし。ですから周りの人数の少ない集落から攻められたのだと思います。」
なるほど、昔は魔法を使えなかったから人間が押されていただけで、今は数の差もあり人間が有利なのか。
「それで、それは今でも続いているのですか?」
私はアルを見て行った。
「ーーーっ。今は、法を整備して反エルフ派の討伐などもしているが、まだ根本的な解決には至っていない。」
「・・・そう。」
誠意の件があるからか、魔女がどこで聞いているともわからないからか、アルが言葉を選んで慎重に喋ったのがわかった。
「希望が薄いことはわかっているのですが、一応確認させて下さい。この国、セレス王国とエルフの国、シルディファスとは国交があるのですか?」
「それはーーー。」
私はアルの言葉に耳を疑った。