2.魔女の出逢い
アルファード=フラン=リ=セレス。現在、人生最大の困難にぶつかっている。
「陛下、こちらはどうでしょうか。」
「いや、うちの娘こそ!」
「私の家の方が!」
正直、俺はまだ結婚する予定はない。25歳までは絶対に結婚などしない。俺は必ずその期間内に魔女を探しだす。
「その話はまた、風。」
そう言って俺は部屋から姿を消した。
「アル、また魔法で逃げましたね。」
「ルーク。」
「そろそろ貴方は結婚するべきですよ。」
「お前には言われたくない。」
「私はいいんですよ。」
ルクシウス=サラ=パウロ。この国の宰相で俺の右腕。そして、23歳で未婚。
「俺はまだ結婚する気はない。」
「魔女、ですか。いい加減諦めて下さい。魔女はもう私達の前には現れません。」
そうかもしれない。だが、俺はあと3年は探し続ける。俺に対するけじめとして。
「街へ行ってくる。」
「え、ちょ、陛下!?」
そうして俺は王宮から消えた。
街を歩いていると泥棒が走って逃げたと聞いた。俺はその騒ぎが起こっているであろう場所に騎士として駆けつけた。もちろん、髪と眼の色は隠して。
すると、騒ぎは既に終わっていた。一人の少女の手によって。恐らく風魔法だろう。泥棒と思われる男が宙に浮いていた。
少女は俺に気付き、男を俺の前に降ろしてくれた。
俺は少女に礼を言った。少女ははにかんだ様に微笑みを返してくれた。
俺は一瞬、時が止まったかと思った。少女の顔はあの日会ったヒトそのものだった。いや、瞳と髪の色こそ違ったが、雰囲気が全てがあのヒトだと感じさせた。可愛いと女に思ったのはあの日のあのヒト以来初めてだったかもしれない。
すると、突然男が周りにいた女性を人質に取り、火魔法を展開させた。流石に戦い馴れていない少女を前線に立たせておくわけにはいかず、俺は騎士らしく言った。
「お嬢さん、危ないから我々の後ろに。」
「私は大丈夫ですよ。それより、少しだけ私から離れて下さい。怪我しますから。」
「はい?」
怪我だと?俺が?いやいや、それは無いだろ。
だが、その時気付いた。少女の体からあり得ない程の魔力が見えたことを。
そして少女が一言。
「風。」
その瞬間、泥棒の男はその場に倒れた。
やっぱり、弱かったわね。伸びている男を見ながら私は感触のなさを改めて実感した。
だが、何故か周りの野次馬がうるさい。
「お嬢さん、さっき魔法を使いましたよね?」
騒がしさの中、騎士が話しかけてきた。
そう言えば、今更ながら騎士の存在を忘れていた。
「えぇ。」
「どれ程の魔力をこめられましたか?」
常人の魔力量はきっと軽く凌駕する量です、なんて答えられないわよね。
「え、えーっと。」
「私の見えた限りですと、常識外の量だったと思うのですが。」
野次馬からもざわざわと声が聞こえる。
「その。」
「王宮まで来てもらえますか?」
王宮か。あの男の子孫を見るのも悪くない。
だから、私は言った。
「王に会わせてくれるなら行ってもいいですよ。」
騎士は面喰らった顔をしていた。
王宮の中は昔とそんなに変わっていなかった。変わったと言えば、魔女モチーフの小物が増えたということだろうか。そして、扉に魔法をかけているということだろう。
「ここが王の間だ。」
ずっと思っていた。この騎士は位が高いのかもしれない。ここまで全ての扉で弾かれなかった。
まぁ、出会った最初から魔法で容姿を偽っている時点で怪しいのだけれど。
そして私は500年振りに王の間に入った。
王の間には昔と変わらず最奥に王の椅子があり、その左右に騎士が立っている。最奥の椅子の横には、灰色の髪をした男が立っていた。
「陛下、その者は誰ですか。」
灰色の髪をした男が陛下と呼んだ。どこに王がいるのだろうか。
「ルーク、そんな怖い顔をするな。」
「ですが!」
私の横から返答が聞こえる。ということはまさか、この騎士が王!?
「まさか、貴方が?」
騎士が私の方を向いた。
「セレス王国第12代国王、アルファード=フラン=リ=セレスだ。」
その瞬間、騎士の髪の色は金髪に眼は蒼色に変わった。
「っーー!!」
私の目の前にいる男はあの時の男の顔と瓜二つだった。まさか、ここであの時の男。いや、ロードと会えるとは。
「お前の名前が知りたいのだが。」
「も、申し遅れました。ディアと言います、陛下。」
「ディアか。では、ディア。お前を今日付けでセレス王国魔術師長とする。」
「え?」
「は?」
えぇっ!?
「陛下、何をお考えで!?」
灰色の髪をした男の言う通り、何を考えてるんだろう、この王様は。
「ディアは俺より強い。だから、長く不在だった魔術師長の地位を与えた。」
「陛下より強い?そんなことある訳が!」
「それなら、やってみるか?俺とやるのが駄目ならルークでもフェルでも構わないぞ?」
いや、そもそも私の意思は無視ですか。まぁでも、強い人間とは戦ってみたいかも。人間がどのくらいなのかも知りたいし。
「ディアもそれで良いだろう?」
全員の目が私に向いた。
「もちろんです、陛下。」
そうして、私はロードの子孫の手の上で遊ばれてみることにした。
あれから移動して今は騎士の訓練場らしき場所。フィールドの回りには野次馬とみられる騎士や魔術師がいる。
「ディア、こいつがこれからお前と戦うセレス王国騎士団長のフェルリス=ロイ=ハイドだ。」
紹介された男を見ると、赤髪碧眼をした感じの良さそうな美丈夫だった。
「よろしくお願いします。」
私が頭を下げるとフェルリスは困った様な顔をした。
「俺のことはフェルで良いんだが、本当に俺と戦うのか?」
「どういうことですか?」
「いや、年頃の娘に剣を向けるのはちょっと・・・。」
要するに、自分が勝つことが前提ということね。
「フェルさん、手加減なしで来て下さい。そうでなければ勝負を承けた意味がないので。」
その瞬間、空気が凍ったのは言うまでもない。
「それではこれより試合を始めます。」
灰色の髪をした男の人の合図で試合が始まった。
取り合えず、私は宙に浮いた。その方が見晴らしがいいからだ。
「風魔法を詠唱破棄か。少しは出来るみたいだな。」
「私、様子見するのでお先にどうぞ。」
また、空気が凍ったけれど気にしない。
「そりゃどうも!」
そう言って、フェルは詠唱を開始した。
「我、汝を使役し者。汝、我が呼び声に応え姿を現さん。名を焔獅子。」
精霊かと思ったけど、フェルの詠唱で現れたのは火魔法で出来た獅子だった。
「フェル団長、女の子泣かしたら駄目ですよー!」
「大人気ないっすよー!」
色んな野次が飛んでいる。
「うるさい!悪いな、お嬢さんこれで終わりだ。」
火の獅子か。それなら私は・・・。
「水龍。」
私の周りに水の膜ができ、そこから獅子の2倍はある水で出来た龍が出てきた。
「何?お前も2属性なのか?」
「えぇ、一応。」
嘘はついていない・・・はず。
「我、汝を使役し者。汝、我が呼び声に応え姿を現さん。名を砂蛇。」
フェルが次に出したのは土魔法で出来た大蛇だった。
「フェルさんは2属性持ちなんですか?」
「あぁ。じゃあ、遠慮なく行かしてもらうぞ!」
「それなら2属性で力比べをしましょう。」
私は空気中から風魔法で出来た鳥、風鳥を出現させた。
「なん、だと・・・。」
その時、その場にいる全員が目を疑った。フェルの作り出した獅子と蛇を私が作り出した龍と鳥が懐柔しているからだろう。
「嘘だろ?俺が力負けしているだと!?」
その瞬間、獅子と蛇が水と風に呑まれて消滅した。
「チェックメイトです。」
そうして私は、フェルに向けて魔法を寸止めした。
「両者そこまで。勝者、ディアとします。」
意外と楽しかったかもしれない。久し振りに良い運動になった。
「まさか、2属性だとはな。嬉しい誤算だが、これでお前達もディアの魔術師長就任を認めるだろう?」
陛下が笑顔で皆に言っている。そう言えば、そもそもこの試合は魔術師長就任を認めさせるために催したものだった。もちろん就任するつもりはないけれど。
「陛下、そのお誘い辞退致します。」
「何故だ!?」
「私はそんな器ではございません。」
「そんなことはない!お前が適任だ。」
王は私の目を反らさずにずっと見つめている。私はその蒼い目に昔から弱いのに・・・。
「はぁ、わかりました。ですが、次の春が来るまでです。」
「1年ということか。」
「はい。」
「今は仕方がない、それでも良い。」
「ありがとうございます。」
そうして私は苦しくも、セレス王国魔術師長に期限付きでなった。
私は部屋として与えられた王宮の一室でまったりと寛いでいる。ソファーがフカフカで座り心地が最高過ぎて危うく寝そうだ。
少しまどろんでいるとノックの音が響いた。
「どうぞ。」
「失礼します。今日付けでディア様付きの女官となりました、マリです。よろしくお願いします。」
女官か。まぁ、きっと私への見張りという意味もあるんだろうな。
「こちらこそよろしくお願いします、マリさん。」
「ディア様、私にまで敬語は不要です。おやめください。ここでは上下関係が重要なんです、ご理解下さい。」
郷に入れば郷に従えっていうどっかの地方の言葉があったよね。
「わかったわ。」
「はい。これからどうなさいますか?今は6時ですが・・・。」
6時か。夕飯を食べるにしてもお腹は減ってない。出来るなら少し城の中を見て回りたい。
「お腹は減っていないから、夕飯は無くて大丈夫。それから城の中を歩き回ってもいい?」
「わかりました。もちろん、大丈夫です。」
「ありがとう。」
「ですがその前に、お着替えをして頂きます。」
「着替え?私、そんなに変な格好をしている?」
私が気付いていないだけで凄くおかしい格好なのかしら?
「その、ディア様の今の服装では城内はかなり目立ちますので・・・。」
言われてみれば、かなりラフ過ぎるかもしれない。
「正装がまだ出来上がってませんので一般的な服装になりますが、こちらのワンピースなどどうでしょう?」
マリが選んだのは黒のワンピースに星屑の様な輝きが施されているセンスの良いもの。派手すぎず、地味すぎず私の好みどんぴしゃだ。
「ありがとう、マリ。これにするわ。」
「はい。」
そうして私は着替えて城内を歩き始めた。