割とどうでもいい話
「よし。食事も終わった事だし、今日は俺の高校生時代の事を教えてあげよう。はい、拍手」
パチパチパチ、と正座をしながらワクテカしている源次郎と、俺とほぼ密着に近い形で座っている美咲ちゃんから要求した拍手を貰う。うむ、心地良い。
「さて、まずは二人共。高校生とは何ぞやについて、以前に話をした内容を覚えているかね?」
「はい。義務教育期間である『ちゅーがくせい』を卒業し、その事から自分はもう一人前だと勘違いをして愚かしい行動をとりがちになる集団の事ですよね」
極々当たり前の様に毒を吐く源次郎。まあ大よそ間違ってはいないのだが、
「うーん、源次郎君。君はもう少し表現を柔らかく、歯に衣を十枚ぐらい着せた方が良いね」
図星は得てして人を傷つけるからね、と源次郎をたしなめた。将来無用に敵を作らない様に。
そうよ、と、俺の横で僅かに憤慨している美咲ちゃんもまた、源次郎をたしなめる。
「浩太郎様の言う通りよ、源次郎。それに浩太郎様だって元々は『こーこーせい』だったのよ。浩太郎様がそんな愚にもつかない事をする訳が無いでしょう。ね、浩太郎様」
「えっ? あ、はい」
「あ、そうでしたよね。ごめんなさい、浩太郎様」
「あ、いえ。そんな……」
二人からの信頼が痛い。これから源次郎曰く、『(俺の)愚かしい行動』の珍プレーで話を盛り上げようとしていただけに余計に痛く、話を潰された事も痛い。これにてアウト、アウト、アウトのスリーアウトチェンジだった。
が、今更話題を変えてしまえば、二人はその事を察するかもしれない。なので、どうにか高校生をテーマにしたウィットに富んだ話をしたいけど……。うーん、何を話そうか。高校生、高校生……。あ、そうだ。この時代に詳しかった、あの男のストーリーでも語ろう。
「んんっ! あー、そうだね。これは当時俺が高校二年生だった時の話なんだけど、同級生に宇佐美 純一という男がいてね……」
二人にそう前置きをし、話を始める。
宇佐美 純一。
俺はこの時代に来て師匠と呼べる人として、例えば様々な役に立つ知識を与えてくれた安藤さんや、鉄砲術を教えてくれた推定武士の方などがいるが、正史における戦国時代の知識を与えてくれたという意味では、彼もまた俺の師匠と呼べる。
彼の戦国時代の知識は凄まじかった。
そのせいでもあるが、彼との会話は専ら戦国時代の話が多く、武将の逸話や歴史的考察などを語り出したら止まらなかった。彼のクラスメイトであり友人でもある俺が、その話を聞いている内にその事について詳しくなったというのは必然と言える。では、何故彼にそれ程の知識があったのかと言うと、その理由はやはり高校二年生の時に遡る。
顔面の造形は普通でありながらも、女子と仲良くなる事に精力的であった彼はしかし、女の子にモテなかった。それは場の空気を読むという事に対して壊滅的であるという性格的なものも多分にあったが、初対面の女子と会話をする時、「ぶひっ。や、や、やあ。俺、宇佐美 純一って言うんだだだだ」、という、やたら童貞臭溢れる発言をするというのもまた理由であろう。
女子に対してはコミュ障である、それが宇佐美 純一クオリティだった。
そんな彼が、恋をした。
偶然出会った他クラスの女の子に一目惚れをしたのだ。で、何とかその子とお近づきになりたいと思った彼は、その女の子をリサーチし出した。
と言っても彼が出来る事など限られおり、直接本人、或いはその友人に聞けるほどの度胸も持ち合わせていない。精々彼がやった事と言えば、同じ部活仲間であり、彼氏持ちである遠藤 彩さんに調査を依頼するという事だった。報酬は大量のお菓子。現金では生々しいという、彼なりの配慮だった。
モラルの範囲内で。という条件でその依頼を受けた遠藤さんが三日に亘る調査を行った結果、学校内では隠してはいるが、その子は実は歴女だという事が判明した。有体に言えば、戦国武将やら歴史上の人物に萌える人って事っすわ。
でもってそれを聞いた彼は、努力した。その日から歴女な彼女と話を合わせんが為に、歴史小説やウィキペディア先生による戦国時代についての諸々を読み、またそれ関連のゲーム、漫画、その他ありとあらゆる会話の糸口を勉強した。
一日、一週間、一ヶ月。来る日も来る日も勉強を続け、それが為に中間試験で赤点を取った彼が十分な知識を植え付けたある日、彼は決意した。即ち、彼女と歴史トークをしようと。
夏のある日。ジャッジメント・デイ。
宇佐美くんは気合を入れ、その子のクラスの教室を叩き、その子の目の前まで足を運んだ。そして、いざ尋常に……どもりまくっていたが……歴史トークを切り出すと、「え? 戦国時代? ……ええと、ごめんなさい。その時代の事はよく分からないです」という、実は幕末時代好きで戦国時代の事はあまり分からないという、二百数十年程のニアミスをしてしまった事が判明した。
彼は、泣いた。
戦国時代への知識吸収期間が無駄に終わった事に加え、同級生なのに敬語を使われるという事も理由の一つだろう。暫くは無気力状態が続いたのだが、しかし彼はこの経験から後に、ナンパ目的とは関係無くその時代の虜となり、趣味で知識を広げていく事になる。
彼の戦国時代の知識の多さに対する答えはこれで終了なのだが、この事件には続きがある。
彼がニアミスをした翌日、男の趣味が異常な程悪いとしか言い様がない、それでいて童顔の可愛らしい他クラスの子に告白されるという珍も珍な事件、略してちんちん事件が起こった。この奇跡は、彼の無駄な努力を憐れんだ神からの贈り物だったのかもしれない。
クラスの皆は息を飲み、瞬きもせずにこの奇跡を見守った。当然、宇佐美くんは諸手を挙げてオッケーを出すものと皆は思っていたのだが、徒労の日々を思い出して無気力だった彼がその子を見て、「色気が足りない。人妻になって出直してくれ」という、後日彼が死ぬ程後悔するファインプレーをやらかした。彼女の童顔がいけなかったのかは分からないが、無気力状態の宇佐美くんの目からすればそうだったらしい。またまた後日、彼は泣く事になる。
告白すら出来ずに一つの恋が終わり、始める事が出来た恋は彼自身によって終えられた。彼は二つの恋を終えると同時に、クラスメイトから人妻ニアの称号を贈られた。言わずもがな、人妻になって出直してくれ発言が発端である。
無意識下での返答という事はつまり、それが彼の本音だったに違いないだろう。彼の中では、高校生では到達し得ない人妻=色気という方程式が既に成立していたのだ。そんな彼が、未来に生きていたのは言うまでも無い。俺達には理解は出来ずとも、賛辞として俺達はその称号を贈ったのだ。
余談だが、この歳になって……、正確に言えば告さんと出会って、俺はようやく当時の彼と同じ舞台に立てたのだと思う。人妻=色気という、彼の証明を数年越しに魂から理解出来た。
宇佐美 純一。
俺の戦国時代正史の知識の師であり、その性癖はパイオニアと言っていいだろう。そんな彼の教えは、数年を経て俺の役に立ってくれている。
「……とまあ、過去の話でありながらも未来に生きていた彼の話だったんだけど、どう?」
「「あ、いえ……」」
あまりお気に召さなかったのか、美咲ちゃんは曖昧に笑っており、源次郎はこめかみから汗を流し、「奥が深すぎて……」と理解に苦しんでいた。むう、やはり子供にこの話は早すぎたか。
「『どう?』じゃねーよ、阿呆」
ひょこっと部屋を覗き込んだ安藤さんが失礼な物言いで会話に参加して来た。
「む、阿呆とは失礼な。宇佐美くんを馬鹿にしないで下さい」
「いや、何でだよ。お前に言ったんだ、お前に。そもそも、そんな話をして子供達にどんな反応を期待したんだよ」
「反応というか、ある種の情操教育を兼ねた話です。主に源次郎の」
「え? わ、私のですか?」
源次郎が、一体先程の話の何処にそんなものが、という顔をした。
「そうだぞ。いいか、源次郎。お前は安藤さんに似ず、顔の造形としては優れた資質を持っている。しかも商人の長男。言わずもがな、モテるだろう。となれば自然、結婚云々の話が持ち上がり易くなるだろうし、それによって婚期は早くなるかもしれない。俺はその際に、年上だからとか、幼女だからとか、はたまた人妻だからとかいう理由でそれを蹴る様な、言わば選択肢を狭める様な事をしてほしくないんだよ。だから女性の魅力的なものを伝えようと思って、この話をしたんだ。……いや、まあ、未亡人は別として、人妻は流石に駄目だけどな」
「な、なるほど、その様なお考えが。流石は浩太郎様です。……分かりました。これから私は老若男女、いかなる人間をも愛せる様に精進します!」
「いやいや、源次郎。精進するな。そんな事をしたら父親として今後のお前の性癖が心配になる。この阿呆の言う事なんて、話百分の一で聞いておけ」
「お父様、浩太郎様を馬鹿にしないで下さいっ!」
と、美咲ちゃんが父親にブチ切れた。それを聞いた安藤さんは、「俺か!? 俺が悪いのか!?」と言いつつ、orzの姿勢で涙目になった。不憫と言うか、まあ、その、何だ。……ざまあ。