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戦国放浪記~別にシリアスではない~  作者: 夏月
第二章「旅立ちと出会い」
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その後

安藤邸一階、帳簿場。

 現在俺が筆を手にして帳簿を記しているのは、収益と費用を計算する損益計算書。

 それも、現金の増減についてのみ記録する単式簿記では無く、その増減の原因を細分化して記す複式簿記だ。

 まあ、商人が単式簿記の様な、言わば簡単な家計簿程度のクオリティの経理をする訳にはいかないだろう。多少覚えるのに苦労したが、それは仕様が無い。


 で、何故俺が、『安藤屋』という店主・安藤さんのそのまま過ぎる、ネーミングセンスの欠片も見出せない店の帳簿をつけているのかと言うと、話は簡単、俺自身が店の手伝いを買って出たからだ。

 居候ニートという立場は心苦し過ぎて、その立場に甘んじるのは無理だったからとも言える。


 居候生活を始めて幾許か経ったある日。

 俺は安藤さんに、採用面接を申し込んだ。

 そして、「分かりました。面接は明日、会場は二階になります。それでは当日、会える日を楽しみにしています」という安藤さんからの返答を貰い、面接当日、安藤邸二階にて、「私は大学在籍中、某大手ホームセンターでアルバイトをしており……」という出だしで自己PRを始め、「また、私のこのイケメンフェイスを接客に利用する事によって、御社に貢献したいと思っております」と締めくくり、「そうですか。では質問です。貴方はご自身をイケメンと言いましたが、私と比べてどちらの方が顔の造形が優れているかと思いますか?」という意地の悪い質問に対し、「私の方が断然優れております」との即時回答をした。

 我ながら完璧だと思える、会心の面接内容だった。

 そしてこの茶番とも言える面接を経て、見事俺は採用を勝ち取る事になる。

 元々の採用枠が一人で、応募者が一人。これを出来レースとも言う。


 まあとにかく、手伝い当初は店の売り子をしていた。

 時代を跨いだとはいえ、接客の根本は違わない。即ち、商品とサービスを売る。

 扱う商品も少なく、覚える事も少ない。すぐに買い物に来るおばちゃんと世間話が出来るぐらいには慣れた。

 慣れたら別の業務をこなしていくのはある種の必然であり、次第に安藤屋における様々な業務に手を付ける事になり、遂には帳簿を付ける様にもなったという訳だ。


 そんな日々を送っている内に、この安藤邸に厄介になって半年が遠く過ぎ去った。

 その間、この世界の常識や経済、様式、大名その他の勢力図等々、仕事を手伝う傍ら安藤さんから学んだ。

 そしてまた思うところもあり、も何とかさんからパクった馬、トラボルタ改め朝日(正式決定)で馬術の練習をしたり、ひょうんな事で出会った推定武士のお方から鉄砲術を学んだりもした。

 これ程の濃密な時間は俺の人生史に於いても一、二を争うぐらいのものだった。


 筆を片手にそれらの時間を振り返る。振り返りつつ、その先を考える。

 うん。今少しで準備が整う。決意も揺るぎない。アレの完成後、折を見て安藤さんに打ち明けよう。そう心の中で思った時、帳簿場の襖がゆっくりと開いた。


「浩太郎様、お食事が出来ました。一緒に参りましょう。……あ、お父様も」

 と、花の様な笑顔で食事を知らせにやって来たのは、御年十歳の可愛らしい幼女、安藤 美咲ちゃん。所作、教育が行き届いており、性格も良い。将来凄まじくイイ女になる事請け合いな、安藤さん自慢の、未来有望である娘だ。


「ありがとう、美咲ちゃん」

丁度つけていた帳簿も区切りが良かったので、片付けをした後、美咲ちゃんの傍まで行く。

 そしてわざわざ知らせに来てくれた美咲ちゃんの頭を撫でた。

 すると美咲ちゃんは嬉しそうに微笑み、早く行きましょう、と俺の手を引いてきた。因みにこの子は俺にホの字(死語)だ。


「随分と娘に気に入られたな……(ギリッ)」

 抜群の笑顔で俺の手を引く美咲ちゃんを見た安藤さんは、渋い顔をしながら歯軋りをした。

 一家の大黒柱にして、俺と同じ部屋で仕事をしていたにも関わらず、ついでの様に愛娘から食事の知らせを受けたのがショックだったのかもしれない。

 敢えて言おう。ざまあ。


「ねえ、美咲ちゃん。俺の事、好き?」

 更に安藤さんを煽る為、美咲ちゃんの目線の高さを合わせる為に少し屈み、出来得る限りのイケメンボイスで美咲ちゃんにそう言ってみた。

「い、いやです浩太郎様」

 と、はにかみながら頬を赤く染め、そっぽを向く美咲ちゃん。

 いやー、この反応。間違い無くこの幼女、堕ちとるわ。


 どやぁぁ、という擬音をつけながら安藤さんの方を振り向くと、「そ、そ、そうか。こ、こ、殺される覚悟は出来ているな?」と言いながら鬼の形相で刀に手を掛けている男がそこにいた。

 父親の嫉妬はげに恐ろしきものかと思い、俺は美咲ちゃんの手を引いて足早に食卓に向かった。



 食卓に、と言ってもちゃぶ台や机がある訳では無いが、安藤ファミリーと居候が集まった。

 安藤さん、そしてその妻であり天使である告さん。幼女で長女の美咲ちゃんに、頭よりも体を動かす方が好きだという、安藤家の将来を多分に不安にさせる御年九歳の長男、源次郎。そして居候たる俺。

 各々の前には御膳があり、色鮮やかで美味しそうな匂いが時折鼻孔をくすぐる。


「全員揃ったな。ではいただこう」

「「「「いただきます」」」」

 安藤さんの言葉を合図に、皆で食事を始める。

 既に目と鼻においては十分に料理を堪能していたが、告さんの美しい手から作られる料理の真骨頂は、味だ。

 居候生活をしてから幾度と無く思っている事を今また思い、箸を手に取る。

 そしてゆっくりと口に運び、咀嚼した。美味い。


「今日も美味しいです、告さん」

味付けは、パーフェクトだった。この料理を食べて不味いという人間は味覚障害に違いない。そう思える程の圧倒的な美味しさだった。

「ふふ。ありがとうございます、浩太郎さん」

 俺のその陳腐な一言に、告さんはふんわりとした笑顔で応えてくれる。自然、胸が高鳴った。

 常に一歩引く大和撫子。料理は上手く、その他要領も良い。

 容姿から性格から、俺的に言えば何から何まで告さんはパーフェクトな女性だ。

 逆算すると何歳の時に手をつけたんだと安藤さんに嫉妬を交えつつぶん殴りたい衝動に駆られる程のこの女性は、理想の女性と言っていい。


 視線が、外せない。窓からこぼれる日差しに当たった、告さんの横流しの綺麗な髪が眩しい。

 俺の心臓が激しく脈打つのは、反射した光を目に浴びて吃驚したからだろう。うん、そうだ。そうに違いない。

 そう強引に納得させ、気合を以て告さんから視線を外した。


「浩太郎様!」


「おお!?」

 告さんから目を離し、料理を舌で味わいつつ物思いに耽っていたら、隣に座る源次郎から突然の声掛けに驚く。思わず跳ね上がりそうになった。

「ど、どうした? 源次郎」

 もう、そういうのやめてよね、と思わず言いそうになったが、咄嗟に出た言葉がオネエ口調というのは今後の俺の人格が疑われそうだったので、ぐっと堪えつつ悠然と応えた。

「食事が終わったら、またお話が聞きたいです!」

「あ、私も聞きたいです」

 源次郎は目を輝かせながら、美咲ちゃんはニコニコしながら俺を見てそう言ってきた。源次郎の言うお話というのは勿論、元の世界の話だ。


 おしゃべり、噂話、物語。

 ある意味娯楽にカテゴライズされるこれらはこの時代、ネットや本媒体が活躍する現代とは違い、ほぼ生の声で楽しむというのが主になっている。

 伝達手段が発達していないというのが多分にあるが、数少ない娯楽の内の一つだ。


 告さんも美咲ちゃんも源次郎も、俺と安藤さんが別の未来からやって来たというトンデモ話を信じてくれている。

 中でも源次郎は、現代話の興味が尽きる事が無いらしく、安藤さんの言うところの正史における戦国の移ろいからゲームや漫画に至るまで、とにかく話をせがまれた。

 勿論の事ながら話し手、つまり俺にとってもそれは数少ない娯楽と言えるものだった。

「よし、分かった。じゃあ食事の後でな」

「「はい!」」

今日も元気一杯の二人の返事に思わず笑みがこぼれた。


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