脱出
「よし、完璧だな。じゃあ合流しよう」
要はこうだ。
面具で人相を隠した俺がヒューマンの着ていたもの全てを引き継ぎ、面具ヒューマンを装ってあのイケメンを片付けたという体であの軍団に合流。情報を引き出せるだけ引き出した後、行軍途中で何か理由をつけて俺一人オサラバする。
名付けて、ターミネーター2でジョン・コナーを始末する為に送られた方の新型ターミネーターとやり方が大よそ同じ作戦。ヒューマンが面具を付けていたからこそ思い付いた作戦だった。
「しかし、重い! マジで! 重い!」
右足、左足と地面を踏みしめながら愚痴がこぼれ出る。甲冑だけで何キロあるのか知らないが、これを身に着けて日常生活を送ればそれだけで修行になるぐらいの重さだ。何なのマジで。
この重さを例えるなら、幼少期に親を失い、愛を知らぬまま育った女の子が初めて出来た彼氏に対して、ああこの人がいないと私は駄目なんだみたいな感じで尽くしつつ依存してきて、それを重く感じた彼氏が幼馴染で仲の良い女の子についその事を愚痴っていたら、私はそんな事しないなー寧ろ手を取り合ってお互いを尊重しつつ付き合っていきたいなどと、実は貴方の事が昔から好きだったの的なアピールをして、それを真に受けた彼氏がこの幼馴染と一夜の過ちを犯し後日それが何故か彼女にバレて、ねえこれどういう事? って詰め寄って来るが、彼氏の五時間に渡る説得により何とか許しを得たと思ったら彼女が、貴方は私を見ていればいいの私だけをって詰め寄って来る時ぐらい重い。敢えてもう一度言おう。重い。そしてこの三者の関係が怖い。多分その一晩の過ちを彼女にリークしたのは幼馴染だと思う。まあこれはそんなメンタル的な重さでなくて、物質的な重さだけどな。
歩行に苦労しつつも愛とは何なのかという問いに対する答えを探し、答えは出ないままやっとの事で林を抜けた。その先には、俺達これからどうすればいいんだみたいな感じでオロオロとしている旧面具ヒューマンの部下らしき人達の方に歩みを進めた。
「森様だ! 森様が帰ってきたぞ!」
俺の姿を見た誰かが大声でそう言い、それを聞いた皆が一斉に安堵していた。どうやら作戦は上手く行きそうなのに加え、ヒューマンの名は森という事が判明した。
「森様、如何でしたか」
その他大勢とは風格めいたものが違う感じの人が俺に聞いてきた。多分この人がこの軍の、言わば中枢付近に位置する人に違いない。
俺は旧面具ヒューマンである森とやらの入れ替えに気付かれない様、気合を入れて演技をした。
「うぬ。無礼者は手打ちにした。先を急ぐぞ」
多分こんな感じだろう。声も旧面具ヒューマンに似せて発したから大丈夫な筈だ。
案の定、その言葉を聞いた昔人A(さっき俺に聞いてきた人の仮称)は部下に指示を下し、その指示の下で部下達はいそいそと隊列を戻していた。
よっしゃよっしゃ、上手くいったぜい。
「森様! 整いました!」
「うぬ。出陣じゃ!」
うぬは無いんじゃないかと今更ながら思ったが、既に二回程使ってしまったし、特に不審がられて無いのでこれで良しとした。
それは良しとしたのだがしかし、ここで振る舞いとは別の重大な問題が発生した。
「森様、どうぞ」
「う、うぬ」
昔人Aから、旧面具ヒューマンが乗っていたであろう馬を引き渡される。ヤバい、乗馬経験なんて無いんだから、乗れる訳無いだろ。
「森様? どうぞお乗り下さい」
「あー、いや。このまま乗らずに歩いて行く。この馬を疲労で潰す訳にはいかないからな」
咄嗟に出た言い訳はしかし、苦しいだろうか。この昔人Aが上司の言う事には逆らわない日本人気質の人である事を祈った。
「成程、畏まりました。それでは私が引きます」
存外的外れな発言では無かったらしく、昔人Aは俺のこの行為に対して疑問にも思わなかったらしい。良かった良かった、この調子なら質問を間違えさえしなければ不審がられる事は無さそうだ。
特に何事も無く行軍が始まる。
時折斥候らしき人が報告に来たりし、その都度昔人Aが俺に何かを進言して来たが、下手に何かを言うつもりは欠片も無く、どっしりと構えて、「そうせい」と言って全てをぶん投げた。
まあ、責任のみを請け負う、中間管理職みたいなもんっすわ。
そんな中、行軍は尚も続くが、いつまでも管理職然としている訳にもいかない。目を覚ました旧面具ヒューマンがどう出るかも分からないし、この軍からの脱出は早ければ早いほど良い。なので、行軍中タイミングを見計らっては昔人Aにそれとなく質問を投げ掛けてみた。
「一つ聞くが、あとどれぐらいで到着する予定だ?」
「はっ! あとニ刻ほどで到着すると思われます!」
ええと、確か一刻という単位は二時間だった筈だな。するとニ刻だと四時間って事か。
「ふむ。予定に遅れは?」
「はっ! ありません!」
会話終了。成程、どうやらこの人は質問に対して明瞭な答えを出し、無駄な事を一切言わない人らしい。軍人みたいな人だな。いや、軍人か。
さて。
となるとこれ以上ここにいるのは無意味だな。俺が必要な情報は雑談的なもので得られるものが主であって、この軍の延長線上には無い。さっさと逃げよう。
暫く進軍を続けると、分かれ道を目視する事が出来た。その僅かに手前で、先程から考えていた脱出する言い訳を昔人Aに切り出す。
「そろそろだな」
「はっ。何がでしょうか」
「うぬ、聞けい。俺はこれよりお館様の命を秘密裏に遂行する為、この軍から一時的に離脱する。すぐに戻ると思うが、一刻ほど行軍してそれでも俺が戻らない場合は、一時行軍を中断して俺を待て。一日経って俺が戻らなければ撤退しろ、いいな。それまではお前が軍権を持て」
ぺぺらぺらと嘘で塗り固められた言葉を吐き出す。
大将(推定)が単独で軍を抜け出すってどういう事だよと自分自身思わないでもないが、『お館様の命』というある種の絶対的なものを出せば何とかなるのではあるまいか、とも思う。
っていうか、何とかなってくれないと困る。主に俺の命的なものが。
「……はっ、畏まりました。そのように致します」
引っ掛かる部分が多少なりあったのだろう。
若干の逡巡ともとれる沈黙があったが、昔人Aは俺の全てを受け入れた。うむ、トップ提言は伊達じゃない。
「森様、馬はどうなさいますか?」
「馬……は、俺が引いていく。道中、使う必要があるからな(多分)」
「了解しました。どうかご武運を」
そう言った後、昔人Aは頭を下げてきた。それを見て若干の良心の呵責はあったが、引き渡された馬をとり、大勢の視線を背中に受けながら俺は軍の進路とは別の道を行く。
「どうどう、どう。よーしよし、良い子だ」
馬の扱いが分からなかったので、とりあえず優しく接する。頼むからアイツらから見える距離までは大人しくしていてくれよ。
その願いが通じたのか、単に馬の気性が穏やかだったからかは分からないが、特に問題無く連中が見えなくなるまでの距離を進む事が出来た。その後、着ていた甲冑を素早く脱ぐ。
「よし。じゃあ急ぐぞ、トラボルタ(パクッた馬の仮称)」
甲冑をトラボルタに乗せ、身軽になってからは駆け足で道なりを進んだ。