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戦国放浪記~別にシリアスではない~  作者: 夏月
第一章「飛ばされました」
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降臨、と言う程の人物では無い

 背中が痛い。

 目を覚まし、最初に思った感想がそれだった。

 覚えている最後の記憶は、学校帰りの途中。自宅に着く寸前、急に眩しい光が俺の全身を覆ったかと思えば、それを最後に意識が途切れた。そしてつい先程意識が戻ったのだが、それと同時にまるでフローリングで長時間寝ていたかのような背中の張りが痛みとして俺を襲った。

 その痛みは今も継続しており、しかしそれをこそが俺に生の実感を沸き上がらせる。


「俺は……、生きているのか?」


 仰向けになったまま自身の手を顔の前にかざし、拳でグーとパーを繰り返した。

 次いで全身に力を入れて体の変調を確かめるが、背中の痛み以外にそれは無い。

 反動をつけ、体を起こす。周囲を見渡せば、葉が生い茂る林と雲一つ無い空があった。


 この状況。

 今の俺はさながら、亡国を賭けた決戦に敗北し、再起を賭けるべくして逃走していたが敵に見つかってしまって絶体絶命。何とか力を振り絞って敵を追い払い逃亡を続けるも、遂には断崖絶壁へと追い詰められる。天を呪い、自身の力不足を嘆き、遂には敵の手にかかるぐらいならいっそと腹を括ってアイキャンフライ。死は約束されつつも、ラノベの主人公的超絶展開にて生存、今に至る。そんな感じだった。


「……、ぷっ! ふはははは!」


 と、そこまで設定を考えたところで横隔膜が限界を迎えた。

 ラノベの主人公て! しかも、『俺は……生きているのか(深刻)』、だってお!

「死ぬ事も……出来ないのか……(ギリッ)!。みたいな感じだったよ、俺!」

 アホだ! いやでも、こういう体験をした時に一度やってみたかったんだよ!

「ぶひははははげぼっ! げほごはっ! ……あー、面白かった。で、ここは where ?」

 十分な中二病ごっこをした後、ポケットに入っているスマホを取り出す。アプリである某マップでも起動させれば現在地を知る事など容易いと思ったのだが、意外にも圏外表示だった。

「お? 東京で圏外とかあるのか」

 割と最新の機種なのでアンテナが立たないというのは珍しい。映画館とかでもあるまいし。


 スマホから目を離し、改めて周囲を見回す。

 意識を失った場所からして自宅の周辺、即ち景色はコンクリートジャングルである筈なのだが、目に留まる範囲に限って言えばやけに開発されていない自然溢れる場所だった。こんなところに見覚えは無い。

「……さては、身代金目的で麻酔銃的な物を使用して俺を誘拐した男が、良心の呵責に耐えられなくなったか? でもって、今ならまだ引き返せると思い直して俺を人目のつかない場所まで運んで捨てたとか。それとも俺の寝顔がイケメン過ぎて、『人類の宝やで』とか思って、やっぱり良心の呵責に耐え切れずに俺を捨てたとか。だからこんな場所に?」

 と、多分に頭の弱い想像をしたが、その線の可能性は天文学的な確率だろう。そもそも俺を誘拐しても相手方に何の得も無い。身代金なんて、誰が出すというのか。


 では視点を変えて、この二十歳という大人になりたての体目当ての犯行という線はどうだろうか。そうなると犯人は男では無く、エロいお姉さんであり、その場合の俺の処遇としては、エロ同人的な展開になって腹上死するに違い無い。

「違い無いが、この可能性も相当低いな」

 いや、低いっていうか、無に等しいな。付近にエロいお姉さんもいないし、下半身に異常は無い。そもそも俺の体質的にお相手が出来ないという時点でその展開は有り得ない。


 頭を掻き、アホな妄想を断ち切る。

 とりあえずはキャトルミューティネーション的なサムシングだろう、そういう事にしておく。答えはその内分かる筈であり、今は考えるだけ無駄だ。

「さて、と」

 思考は終了。何はともあれ、この林から出よう。そうしたら道路に出るだろうし、そうなりゃスマホのアンテナも立つ筈だ。その後はグー○ル マ○プ先生が大活躍をする予感。

「道路までの旅 ~アンテナを求めて~、ってタイトルのプチ旅行だな。うーむ。これ、ゲーム化出来ないかな?」

 などとどうでもいい事を考えながら歩き続ける事三十分、ようやく林を抜け出た。


「ん? おかしいな」

 林を抜けたその先に道はあった。が、電柱が見当たらない。そもそも道がアスファルト舗装されていない。どういうこっちゃ。

 不思議に思って再度周囲を見回すと、遠くの方からこちらに向かって来る何かが見えた。まだ米粒ぐらいにしか見えないが、もしアレが人なら都合が良い。ここが何処か聞こう。

 そう思って待っていたがしかし、それらが近づくにつれて甲冑らしきものを着て馬に乗っていたり、槍を持っている人間が行列を作って行進しているのが分かった。

 恐らくは数百人規模のそれは妙に生々しく、大よそ現代とはかけ離れたある種の異様な光景だった。

 二十一世紀に生きる俺としては、軍団よろしくなそれを見て思わず首を傾げたが、映画撮影か何かかと思い、道を聞くのは断念した。

 しかし、撮影の邪魔にならない様に道を避けた俺に突然、

「貴様! 何故頭を下げない!」

 と、怒鳴りつけてくる声が届いた。


 え、おこなの? と思いつつ声がした方を見ると、面具を付けている為に容貌は分からないが、甲冑で完全武装しつつ馬上から俺を見下ろしている、ザ・武者的なヒューマンがいた。……あれ? もしかして、撮影に巻き込まれた?

「……申し訳ございません! 平に、平にご容赦を!」

 とりあえず場に流されようと思い、体を『く』の字にする。

 腰を15度に曲げてのお辞儀は会釈であり、30度であれば敬礼。俺が行った腰を45度に曲げてのお辞儀は、謝罪に近い最敬礼に当たる。これぐらいやればいいだろう。

 まあ、アルバイトで習った多分にビジネスライクな仕草だが、後で謝礼として金一封とか渡してくれてもいいのよ?

「貴様ぁ……この無礼者が!」

 俺的にはやり遂げたと思っていたのだが、下げた頭に怒声が降ってきた。Why。

「あれ、駄目でした? こんな感じだと思ったんですけど」

 俺のその言葉に対するヒューマンからの返答は無い。どうやら俺の演技は面具ヒューマン的には不評らしい。

 或いはこれも撮影の延長なのだろうか。そんな事を考えていると、馬から降りたヒューマンが俺の目の前までやって来た。そして腰にぶら下げている、恐らく模造刀っぽい得物を抜き、大きく振りかぶって……ってマジか!?


「危険が危ない!」


 袈裟切りのそれを、転がりながらもすんでのところで躱す事に成功。すぐに立ち上がり、そのまま怒れるヒューマンに抗議する。

「セイセイセイセイ! ちょっと貴方! 今のご時世にこんな事するなんて、正気ですか!?」

 俺が回避しなかったら確実に怪我をしていたぞ! 金一封寄越せ!

「ほう。いい度胸だな、小僧」

 一方のヒューマンは完全にキレたらしく、両手を添える得物に力を込めていた。くそっ、キ○ガイかよ。

「いやいやまあまあ、落ち着きましょう。演技が悪かったんなら謝りますから」

 適当に笑顔を張り付けつつ、某バスケット漫画の高校二年生の天才が行った、『まだ慌てる様な時間じゃない』ポーズでヒューマンにクールダウンを促したのだが、

「何もほざくな、最早晒し首は決定しておる。大人しくしろ」

 という唯我独尊な返答を頂いた。まるでお話になっていなく、このヒューマンはどうやら日本語が通じないタイプの人間のようだった。


 これはアカン。

 そう思い、周囲に助けを求めようにも、同じく甲冑を着ている他の連中は此方を見てひそひそ話をしている。中にはご冥福を祈っている輩もいた。

「……え? マジで?」

 俺、死ぬの? などと思っている内に、じりじりとヒューマンが距離を縮めてくる。

 俺はようやく、そのヤル気MAXな姿を見て説得は不可能と悟った。

 ……となれば、やる事は一つ。


「さようなら、面具ヒューマン!」


 林の中へダッシュ!


「なっ! ま、待てい!」

 走り去る俺を見て一瞬、ヒューマンは棒立ちとなった。その間、距離は稼げたがしかし、すぐに我に返ったヒューマンは俺を追って林の中へとやって来る。

 かくして俺と面具ヒューマンによる、嬉しくも何ともない鬼ごっこが始まる。

 この鬼ごっこという遊戯の通常の相互立場から言って、追う側の鬼の方が圧倒的有利である事は自明の理でありルールなのだが、今回のルールは制限時間無しで逃げる範囲も超広域、尚且つ鬼であるヒューマンは甲冑を着ている。即ち、身軽な俺の方が圧倒的に有利だった。実際、ヒューマンの移動速度は相当に遅く、追いつかれる事はまず無いと思えた。

 しかしその肉体的、精神的余裕からだろうか、このまま逃げ切っていいのかという考えがふと頭に湧いてきた。

 目覚めてからこの方、変な事が重なり過ぎている。進行形のそれは正体不明の疑念として俺の心を占め始めた。そしてそれは、このまま逃げ続ければ再び林の中で彷徨い、今度は道すら見つけられないという予感めいたものへと変わっていった。


 ……よし。だったら、足掻いてみよう。


 そう決意を固めた後、ヒューマンに気付かれない様にある程度の大きさの石を拾って左手に、砂を右手に掴むと、意図的にスピードを落としてヒューマンとの距離を縮めていった。そしてお互いの息遣いが聞こえるぐらい距離が縮まったところで、俺は大げさに足を絡め、盛大に転んだフリをした。

「ぐああああ!」

 と、ちょっと作為的が過ぎる悲鳴を上げた後、地面に向けてヘッドスライディング。迫り来るヒューマンを見ながらじりじりと尻餅を着いての後進をした。

 そんな俺に、ダッシュで息が上がっているヒューマンが駆け寄り、遂には目の前までやって来た。

「はぁ、はぁ。ね、年貢の納め時だな、小僧」

 両肩を激しく上下させつつ、ヒューマンは俺目掛けて刀を振り上げた。……よし、今だ!


「セイッ!」


 刀を上げきったところで、右手に掴んでいた砂をヒューマンの目に向けて投げつけた。

「ぐおおぉ!? き、貴様!」

 目の保護はされていない面具越しに砂が直撃し、視界を奪われたヒューマンが後ろに下がりつつ片手で必死に目を擦っている。チャンス!

「ふんぬ!」

 石を掴んだ左手で、がら空きになっているヒューマンの顎を思いきり打ち抜いた。どや!

「うごっ!」

 鈍い音が一つ。

 その後、顎を打ち抜かれたヒューマンは振りかぶった刀を下ろす事無く、ゆっくりと後ろに倒れこんだ。どうやら急所らしき場所にクリーンヒットしたらしい。伸びているヒューマンの体を足で何度か蹴ったが、反応は無い。


「はぁ、はぁ。……気絶してくれたか」


 痛む左手と、人を殴ったという事実から心臓がどくどくと脈打っていたが、一先ずはこの危険人物が沈んだ事に安堵した。

「ふう、全く……。危ない物を振り回しやがって」

 ヒューマンがいつ目を覚ますか分からなかったので、とりあえず凶器を没収するべく刀を手に取る。お、結構重いな。

「それにしてもこの刀、刃ぐらい潰しておけよ。大怪我するぞ」

 何とはなしに、つつっと刃を指でなぞるとあら吃驚、ワタクシの指から血が噴水の様に……。

「痛ててててててて!?」

 皮どころか肉まで切れた!? 何この刀、本物じゃねえか!

「ああ、待って俺のブラッディ! 傷は浅い筈だから!」

 指からどくどくと流れる血に対して無意味に制止をかけつつ、急いで血止めをする。幸いと言って良いのかは分からないが大事な血管までは切っていなかったらしく、程無く止血をする事が出来た。


「…………、えっと…………」


 数分後。止血した指を見つつ、冷静になった頭で考える。

 近代的なものが何一つとして無い場所、演技というにはあまりにも生々しかった軍。刀がそうである以上、恐らく本物であろう甲冑以下を身に付けているヒューマン。即ちそれらは、『現代では無い、別の時代に来た』という荒唐無稽な結論に至るに十分な証拠となって、俺の頭はおろか体の隅々にまで認識をさせた。

 生唾を飲む。

 心臓の鼓動が跳ね、ヒューマンとの鬼ごっことは別の汗が噴き出もした。

もしかしたら俺、とんでもない事になっているんじゃ……?


「…………、ふううぅぅ」


 一旦、思考を放棄。大きくゆっくりと息を吸い、吸った息を全て吐き出す。数十秒かけての深呼吸を一つ、それを何度か行った。

「……よし!」

 両手で頬を叩き、頭を切り替える。嘗て母に教えて貰った、自分自身を落ち着かせる時の呼吸法。こういう場合には自分自身驚く程の効果がある事を知っている。そしてまた、ネガティブな考えは必要無い事も。


 うん。例えこれが時代移動であっても、ここは日出る国、日本の筈だ。気絶しているヒューマンは別にしても、人間同士コミュニケーションがとれる以上、どうとでもなるに違いない。それにアレだ、これは会社に就職した後の転勤の様なものだ。嘗ての大学の先輩も言っていたじゃないか。転勤なしと銘打つ企業に入社後、当たり前の様に、「あ、地方の支社に欠員が出たから、お前再来週から福島に転勤な」、とかパワハラよろしく言われる事があるって。

 つまりこれは、俺が社会に出る前の予行練習、言わば神的な何かが俺に与えた、時代を跨いだ強制インターンシップと言えるのではあるまいか。そしてその仕事内容は単純にして明快、生きる事だ。十分な社会経験(命懸け)を積んだ後、俺は元の世界に舞い戻るに違いない。

「成程、そういう事だな」

 うむ。今日の俺は止血した指以上に頭がキレている。ソリッド・コウタロウだ。間違ってはいるまい。

 次いでながらキレッキレな頭で考える。時代背景はさっきの甲冑着ていたヤツらの中に火縄銃らしきものがあったから、戦国から江戸時代、はたまた幕末だろう。そうであればその時代の歴史的知識は多少ある。それを武器に生き延びよう。

「我ながら一分の隙も無い、見事な基本方針だな。よし、じゃあまず、現状打破を試みよう。そんな訳で面具ヒューマンよ、色々没収でーす」

 倒れているヒューマンが着ていた甲冑やらを全て剥ぎ、見よう見まねで着込む。中々難しく時間が掛かったが、とりあえずはどうにかなった。


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