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第一幕 邂逅

かつての大戦から数百年の時を越え、今一人の騎士の物語が幕を開ける。


ぜひぜひ、最後までよろしくお願いします。

第一幕    邂逅



時は過ぎ、再びフォルティアの地。

 大陸の東を治める帝国ダルゼウス。大陸の西を治める王国クルニール。

 世界はこの二つの国の下、目立った争いも無く平穏な日々を送っていた。


 しかし近年、この二つの国家の間に不穏な空気が流れ出した。始まりは東西の国境を警備する兵が、謎の失踪を遂げた事件だった。この報告を受けたダルゼウスの皇帝は不審に思い、再三にわたって調査隊を派遣するが、兵士は次々と姿を消していってしまった。


 程なくして、各地でモンスターの大量発生が確認され、帝国は部隊を出動させてこれの殲滅に当たる。また、クルニール王国にも協力を仰ぐ為に使いを出したのだが、使いが戻る事はなく、王国との外交は、完全に途絶えてしまう。


 ダルゼウス領、ルフォート。この地には神剣が眠る祠があると言われ、厳重な警備が配置され、これの保管に努めてきた。だが最近、この祠にモンスターが次々と集まって来ているという報告を受け、帝国騎士団第二小隊に出撃命令が下った。

 この部隊の隊長を務めるのが、騎士ヘクターだ。彼は、たとえ魔物達がどれだけ現れようとも、帝国において二番手の実力を誇る自分達が、烏合の衆に遅れを取る事はないと信じて疑わず、封印の地へ赴く。


 彼の物語は、ここから始まる。


 

「それにしても不思議だよなぁ」

 封印の地へと向かう帝国騎士団第二部隊が、丸一日かけて草原を抜け、青々と茂った樹木が密集する広大な森に差し掛かった頃、一人の騎士が、ヘクターに声をかけた。

「どうした?ダリル」

 ヘクターが聞き返すと、ダリルと呼ばれた男はこう続ける。

「この辺りは代々、サラマンディア族が護っている場所だろ?なら俺たちが遥か遠くのダルゼウスから遠征に来なくても、やつらが魔物と戦えばいい話じゃないか」

ダリルは後続の兵士たちに「そうだよな?」と同意を求める。突然話題を振られて戸惑う者が大半だが、中には彼の意見にうんうんとうなずく者もいた。

「おいダリル、何を言っているんだ。ルフォートだって帝国の領土だろ、彼らが困っているなら俺達が手助けをするのは当たり前じゃないか」

 溜息まじりに、ヘクターはダリルをたしなめた。先程うなずいていた兵士もバツが悪そうにうつむく。

「それに族長からの伝令によると、里の若い衆が今留守にしていて、魔物達とやりあうだけの戦力は残ってないそうだ」

 そう言ってダリルの方を見ると、彼は「やれやれ」と首を横に二、三度振ってから、

「てことは結局、俺達だけで戦うのか、陛下もそれわかってて命令出したんだろ?いつもいつもこき使ってくれるよな」

 吐き捨てるように愚痴を漏らす。どうやら今回の任務がいささか気に入らない様子だ。

「仕方ないさ、それに将軍なんて今頃最果てのアラス地方だろ?そう考えると、俺たちはまだマシな方さ」

 今度はなだめる様に言い聞かせる。

「それにほら、そろそろだぞ。見えてきた」

 二、三キロ先に、巨大な岩山が姿を現していた。この岩山の麓に封印の地への入り口があり、一向はそこを拠点として防衛線を張る事にした。


「しかし、魔物共も何を考えてこんな所に集まって来るんだ?」

 兵士達が戦いの準備を整え、ヘクターが兵の配置等の戦略を練っていると、またもダリルが不機嫌そうに疑問を投げかけてきた。

「さあな、奴らの考えなんて想像も付かないよ、それよりもダリル、腕は鈍ってないだろうな?」

 ヘクターがやや挑発気味に問いかけると、ダリルも冗談まじりに「お前ほどじゃないさ」と言って、二人は笑い合う。

 ヘクターとダリルは幼い頃から一緒だった。ヘクターと違い、ダリルは両親を早くに亡くした為、街の教会に身を寄せて育ったが、それを理由に辛い素振りなどを見せたりはしない陽気で威勢の良い性格だ。外見を取ってもまるで正反対で、ダリルは金髪を短くそろえ、背丈もそれほど高い方ではない。

 一方ヘクターは、黒髪を少し長めに伸ばし、身長はかなり高い方だった。そして陽気な一面もあるが、ダリル程ではなく、一見落ち着いた大人の雰囲気の漂う男だ。

 はたから見れば、実に不釣合いに見える二人だが、ダリルはヘクターを兄のように慕い、ヘクターは少々無鉄砲なダリルを気にかけている。この信頼関係は幼い頃から変わることがなく、今も互いを支え合い、力を合わせてとうとう騎士団第二小隊の隊長、副隊長にまで登り詰めた。


 帝国騎士団は、第一大隊に始まり、第二、第三から第八まで続き、部隊に属さない警備兵や、護衛兵も存在する。現在、騎士団長であり、第一大隊を率いる『牙狼将軍ヴァングリフ』の誘いによって、ヘクターとダリルは二十歳を迎えてすぐに騎士団に入隊した。

 最初は城下の警備兵を二年、そして第一大隊で三年間ヴァングリフの下に付き、兵法を学び、腕を磨いた。その後現在の第二小隊の隊長と副隊長に任命されてから、もうすぐ一年になる。

 ヘクターは軍での出世に対して興味はなかったが、自分とダリルに剣を仕込み、入隊の世話までしてくれたヴァングリフに対し、少しでも恩を返したかった。その為、与えられた任務は確実にこなし、夢中で軍務に取り組んだ。おそらくダリルも同じ想いでいることだろう。


 夕暮れ時、戦いの準備を終え、各自、持ち場で息を潜めて魔物が現れるのを待っていた。

 第二小隊は、ヘクターとダリルを合わせ、十四人で編成されている。これは先の二人を除いた兵士たちが、二人一組、三人一組、どちらにも対応が利き、戦闘中にヘクターが半数の六人を、残りの半数をダリルがそれぞれ分配して指示を出し、どのような戦況でも迅速に行動を起こせるという利点があるからであった。

 無論、それにはヘクターとダリル双方の素早い状況判断と意思の疎通が必要であり、騎士団の中で唯一、この二人だけが扱うことを可能とした戦法だった。

「ヘクター」

 少し離れた位置から、ダリルが声を低く抑えて呼びかける。ヘクターは声を出さずに視線を返して答える。

「気付いてるか? 何かが……」

 ダリルの質問の意味がイマイチ理解できないヘクターは首を横に振る。ダリルは何かせわしない様子で、しきりに周りを気にし始めた。その行動を見たヘクターは例えようの無い不安な気持ちに捕らわれるのだった。そしてダリルに習い、周りを見渡す。

 空は夕暮れ時の薄紅色から夜の闇へと変わりつつあり、森はすでに暗く、たいまつの照らす弱々しい光だけが頼りだった。ヘクター達は岩肌にぽっかりと口をあけた封印の地への入り口を囲むように、やや円形に陣を組んでいた。この陣形を維持しつつ、現れる魔物達を各々が各個撃破していく。そうすれば、もし大軍に攻められて徐々に後退したとしても、最終的には入り口に皆が集まり、それぞれをカバーし合える。という作戦だ。

 暗闇にじっと目を凝らして、森の中をいくら見渡しても、何の気配すら感じないし、兵士たちの様子も特に変わったところは見られない。敵の接近は確認されていないようだ。

 それなのに、この胸をわし掴みにされるような不快感は一体何なのだろう? ヘクターが少し冷静になろうと思って腰を下ろすのとほぼ同時に、ダリルが一人の兵士の名を呼んだ。更に続けて全員に聞こえるように叫ぶ。

「囲まれているぞ!」

 ヘクターは突然の出来事に混乱し、危うくバランスを崩してよろめく。それからダリルが名を呼んだ兵士を見ると、すでに二メートル程の体格をして体毛が全て抜け落ちたイノシシのようなモンスターとの交戦を始めていた。

 それを皮切りに皆、一斉に剣を抜き、次々と迫り来る魔物達に切りかかっていった。

「ちぃっ!」

 ヘクターは舌打ちをして、隊長である自分が異変に気づかず部下たちに警告を出せなかった事を悔やむ、だが、同時に自分の至らなかった所を見事にカバーしてくれたダリルの心強さを改めて実感し、ありがたいとさえ思った。


 騎士団は通常、帝国において、戦いに主眼を置いたものではあるが、市民の手助けをし、依頼があれば旅商の護衛を受け、近くの街まで送り届けたりする事もあった。

 その中でも予想しない災害、すなわち賊による被害や魔物の出現に対応し、戦闘を専門的に行う為に編成されたのが第一大隊であり、第二、第三小隊はそれを補佐する役割を担っていた。補佐と言っても大隊の援護をするだけではなく、れっきとした独立部隊であり、少数制を活かした隠密作戦や、敵陣への後方からの奇襲作戦など、様々な戦局に大いに活躍している。今日の帝国において、もはや欠かせない存在なのであった。

 幾度と無く死線をくぐらねばならない事もあったが、その度にダリルや他の兵士達と力を合わせて乗り越えてきた。さらに、日頃の鍛錬を怠らない彼らにとって魔物を相手にする事はそれほど難しい事ではなかった。

 ヘクターは迫り来る邪悪な者どもを次々と切り刻み、ダリルもそれに負けじと大声を張り上げて二刀一対の愛剣を振りかざし、群れの中へと突進して行く。二人の気迫に触発された兵士達も臆すること無く果敢に魔物達に立ち向かう。


 やがて日が完全に沈む頃には魔物たちの勢いも収まり、ダリルよって薙ぎ払らわれた凶暴なサルに似た姿の魔物に、ヘクターが止めを刺す。

「こいつが最後の一匹か?」

 剣にこびりついた魔物の返り血を払いながら、ダリルが尋ねる。

「ああ、そうみたいだな」

 ヘクターも同じく剣に付着した血を払い落とし、兵士達の様子を伺う。

「全員無事だな」

 兵士達は座り込んでいたり肩で息をしている者はいるが、傷を負っている者はいないようだ。全員の生還に胸を撫で下ろし、改めて辺りを見渡すと百はゆうに超えているであろう、おぞましい数の魔物達の死骸が辺りを埋め尽くしていた。ヘクターはその光景を見て我ながらよくこれだけの数を相手に出来たものだと感心した。

「こいつら、一体何を求めてこんなに集まってきたんだ? それに気配すら感じなかったのに突然湧き出たように次々と……」

 ヘクターは誰に尋ねるでもなく呟いた。今回の敵は不可解な点が多すぎる。

一人考えを巡らせていると、ダリルがヘクターの肩を叩いた。

「何ブツブツ言ってるんだ?任務は完了したんだ。早いとこ引き上げようぜ」

 朝になる前には街に着きたい。と続けてヘクターを促す。ダリルにこの事を相談しようかと思ったヘクターであったが、ここで考え込んだところで答えは見つからない。

「そうだな、行こう」

 踵を返した時、ヘクターはある事を思い出した。魔物達が現れる直前、ダリルだけが異変に気付いてい。あの時、確かに周りには変わった様子は無かった。ではダリルは一体何を見たのか? 何を感じたのだろうか? それをダリルに聞こうとして、ヘクターが口を開きかけたのと時を同じくして、二人の前方で身支度を整えていた兵士達が突然叫び出し、口々にわめき出した。

 そして、それに答えるようにメキメキと音を立てて木々を薙ぎ倒し、先に戦った魔物達を遥かに凌駕する巨大な身体から背筋の凍るような雄叫びを発し、それは現れた。

 兵士達はもちろん、ヘクターらでさえもしばし動く事が出来ず、ただ目の前に現れた巨体を凝視していた。

「ド・・ラ・・ゴン」

 ヘクターが声にならない声を上げた。体長はゆうに五メートルを超え、羽根の無い翼を持ち、眼は血走っていて狂気に満ちている。その獣はまさしく伝説に語られるドラゴンの姿をしていた。

「う、うわあぁあああぁ!」

 パニックを起こした兵士が逃走を図り、一目散に駆け出した。それに反応したのか、ドラゴンは兵士の方を見やり、一呼吸置いて耳まで裂けた大きな口から、黒くよどんだ炎を吐き出す。

 黒炎は全力で走る兵士をあっという間に包み込み、声を上げる暇も与えずに骨まで焼き尽くした。

 一連の出来事にやっと我に返ったヘクターは、

「いくぞ!」

 と真っ直ぐにドラゴンを見据えたままダリルに呼びかけて剣を抜く。ダリルも「ああ!」と答えて双剣を手にし、二人は同時に地を蹴った。

 ドラゴンは二人の接近に気付くと長い尾を高く振り上げ、思い切り地面へと叩きつけた。地面は簡単にえぐられ、巻き上がる砂塵に視界が遮られる。ヘクターはすんでの所でそれをかわし、

「ダリル! 無事か?」

 と声をかけるが返事は返ってこない。まさかと思い、土煙の中で目を凝らしてダリルの姿を探す。するとやや後方にうっすらと彼を確認できた。どうやらダリルもうまくかわせていたようだ。しかしその事に気をとられ、ヘクターは次の一撃に対する備えを怠った。

「ヘクター!」

 ダリルが危険を知らせようとしたが遅かった。先程振り下ろされたドラゴンの尾が、今度は横薙ぎにヘクターを襲う。とっさに身構えようとするが間に合わない。強い衝撃と共に彼は十メートル以上宙を舞い、一度地面をバウンドして魔物の死骸の中に突っ込んだ。幸いそれがクッションとなり、ダメージは軽減された。

すぐに体勢を立て直して仲間達を見ると、ダリルを筆頭に皆が一斉にドラゴンに切りかかって行く所だった。

 迫り来る尾撃をかいくぐり、続いて鋭く尖った爪撃を鮮やかに受け流したダリルの双剣が敵の首筋をとらえる。

 しかし、強靭な外殻によって刃は弾かれ、彼が思わずよろけた所に今度はドラゴンの掌撃が容赦なく突き出され、ダリルはまともにそれを喰らって地面へと叩き落とされる。ヘクターは駆け寄り「大丈夫か?」と声をかけて彼の身を引き起こした。

「なんとかな、だがヘクター、こりゃあヤバいぞ」

「ああ、何か策を立てないと……」

「ぎゃあぁああああぁ!」

 二人の会話は、兵士の悲鳴によって遮られた。見ると兵の一人がドラゴンに身体をわし掴みにされて苦しみもがいている。更に彼を救おうとしたであろう二、三人が、まとめてドラゴンの尾と地面の板ばさみに合い、グシャッという鈍い音を立てて一瞬のうちにゆがんだ甲冑に包まれた肉塊へと成り果ててしまった。

 いとも簡単に尽きてしまった仲間の命を悲しむ暇も無く、完全に恐怖に取り付かれてしまった兵士達は、もはや眼前に立ちはだかる悪魔に抗うすべも持たずに次々と力尽きていく。一人は鋭い爪により首をはねられ、一人は岩壁へと跳ね飛ばされる。鎧ごとバキバキと音をたててドラゴンに食される者さえいた。

 やがてドラゴンに締め上げられて悲痛な叫びを上げていた兵士もぐったりと動かなくなり、兵士の数が半数以下に減った頃、ドラゴンは力強く翼を羽ばたかせ、逃げ惑う兵士達を先程の黒炎によってまとめてこの世から葬り去った。

「だめだ、もうだめだ……」

ヘクターは己の無力さに、そして一歩も動けない臆病さをひしひしと感じながら、呆然としていた。

 そして、いよいよとでも言いたそうに、ドラゴンは二人の生き残りを睨みつけて大きく息を吸い込んだ。

「おい、まずいぞヘクター!」

 ダリルの声が聞こえ、やっと意識が身体へと返ってきたような気がした。

「祠だ! あそこまで走ろう」

 ダリルに言われるがままヘクターは走り出す。それと同時にドラゴンが二人に向かって思い切り地獄の火炎を吹き付ける。

二人はもつれ合うように祠へと飛び込み、まさに後一歩というところで灰にならずに済んだ。

「はぁはぁ……なんてこった、全員やられちまった」

 呼吸を荒くしたままのダリルが言う。

「何も、何も出来なかった。ただ見てるしか……」

 ヘクターが自分を責めるように言うと、ダリルがヘクターの二の腕の辺りを軽くこづいて、

「馬鹿、お前だけじゃねえよ、おれも何も出来なかった。足がすくんで動けなかったんだ」

 と言い、拳を握り締める。

「ヘクター、これからどうする?」

 そう聞かれたヘクターは、すっと立ち上がる。

「もう、ここまで来たらただ逃げ出すわけにはいかないな」

 その目は決意に満ち、恐怖の影は消え去っていた。

「あいつを倒す。みんなの仇を討とう」

「おいおい、本気か?」

 ダリルは、ヘクターの唐突な意見にたじろいでいる。

「当たり前だろ、部下をみんな無くしておめおめ逃げ帰るなんて俺には出来ない。それはお前も同じだろ?」

「まあ、確かに……」

「それに、懐に入り込めれば勝機は十分にあるさ、俺たちにならできる」

「相変わらず言い出したら聞かないな、お前は」

二人は拳をコツンとぶつけ合い、笑みを浮かべる。そう、どんなに困難な状況でも二人で共に乗り越えてきた。今度もきっと乗り越えられるはずだ。ヘクターもダリルも互いを信じ、自分自身を奮い立たせた。

その時、二人の決意が固まるのを待っていたかのように祠の入り口が大きな音をたてて崩れ落ちる。

「来たな!」

 ヘクターは少しも動じる様子はなく、むしろ温かく迎えるような口調だ。二人が祠の奥へと駆けて行くと、程なくして少し開けた空間にたどり着いた。辺境の小さな村ならすっぽりと入りきってしまう位の面積を有する室内は、中央に高さ三メートル程の石碑を祭ってあるだけで、それ以外には何も無いガランとした印象を受ける部屋だった。

「よし、ここで奴を迎え討つ」

「ここって神剣の間だろ? バチなんて当たらねえだろうな……」

ダリルは冗談を言う余裕まで出てきたようだった。適度にリラックスしている証拠だな。とヘクターは少し安心した。

 程なくして、激しい轟音と共に岩壁や天井を砕きながら、憎きドラゴンが二人のいる神剣の間へと姿を現す。

「なあヘクター、あいつのおかげで出口無くなっちまったぜ?」

 崩れ落ちた岩石によって地上への唯一の出入り口は、見事に塞がってしまっていた。

「あいつを倒してからゆっくり考えるさ」

 二人は再び剣を構える。

「ダリル、覚悟はいいか?」

「当たり前だ。お前こそ怖気づくなよ」

 ヘクターは口の端を少しだけ持ち上げて笑い、すぐに真剣な面持ちへと戻る。

 先に動いたのはドラゴンだった。部屋中に響き渡る程の雄叫びをあげ、兵士の血で真っ赤に染まった巨大な爪を突き立てて二人に向かって突進してくる。ヘクターとダリルはそれぞれ左右に飛びのくやいなや、素早い切り返しで巨竜の脇腹に強烈な一撃を見舞う。斬りつけるというよりも叩き込むというのが妥当だろう。休むことなく、二人は続けざまに斬撃を繰り返す。外傷は一切見受けられないが、確実に内部、つまりドラゴンの内臓や筋組織、間接等には確実にダメージを与え、蓄積していっていると二人は確信していた。

 動きを止めることなく、ダリルがヘクターに向かって叫んだ。

「ヘクター! あれ、やれるか?」

「ああ、もちろんだ!」

 そう答えた後のヘクターの合図で、二人はドラゴンを挟み込むように間合いをとり、現時点で持ち得る力を極限まで高める。やがてドラゴンがヘクターに狙いを絞り、深く息を吸い込んで体内に黒炎を作り出し始めた。

「まだ、まだだ!」

 二人はタイミングを計る。

 そして、十分にヘクターを消し去るだけの威力を備えた炎が、邪悪なる者の口から吐き出される寸前、

「今だ!」

 二人は同時に飛び掛る。全力を注いだ渾身の一撃だ。ヘクターはドラゴンの顎を、ダリルは後頭部を思い切り打ち上げる。そしてヘクターは勢いを殺さずに降下し、敵の大腿部に剣を突き刺して着地した。

これにはドラゴンもたまらずにうめき声を漏らし、黒炎を弱々しく吐き出しながら地面へと倒れ込んだ。その隙を逃さずにダリルは「ううぅおおおおぉぉ!」と声を張りあげながら、全体重を乗せた双剣をドラゴンの赤黒い眼球めがけて深々と突き立てる。

「グゥォオオオォォ」

 ドラゴンの悲痛に溢れた鳴き声が室内に響き、やがて巨獣はその動きを止めた。

「やった……はは、やったぞ! ヘクター!」

 やや離れた位置にいるヘクターに、喜びを全身で伝えようとするダリル。

「やった・・・」

 ヘクターにも思わず笑みがこぼれ、ダリルの元へ歩み寄ろうと踏み出したその時、突如として神剣の間の壁が何者かによって突き破られ、黒く大きな影がダリルめがけて突進して来た。影によって繰り出された一撃が、ダリルの身体を背後から見事に貫く。

「な、なに・・・」

ダリルは避ける事も、それどころか振り返る事さえ出来ずに、自分の身体を貫通している鋭く光った爪を不思議そうに見て、

「ヘクター……にげ…ろ」

 と言い残してその場に崩れ落ちる。

 地面に倒れ、動かなくなったダリルの背後に現れたのは、「グルルル」と喉を鳴らし、二人がかりで必死に退けた先のドラゴンと寸分違わぬ姿をしていた。

 全てを出し尽くし、やっと倒したハズのドラゴンがもう一体現れたのだ。

「そんな、ダリル……ダリルー!」

 いくら叫んでも、ダリルがヘクターの声に答える事は無かった。

「うああああぁぁぁ!」

 怒りに任せて剣を構え、ドラゴンへと向かっていく。しかし、まだドラゴンとは距離があるはずのヘクターの肩に、突然強い痛みが走る。そして次の瞬間、彼は大きく弾き飛ばされ、部屋の中央にある石碑に激突した。

「ぐあっ!」

 石碑は粉々に砕け、ヘクターは口から赤い液体を二、三度に分けて吐き出した。口内に鉄の味が広がり、息もできないまま苦しみもがく。何が起きたのか把握するには時間がかかったが、顔を上げて敵の姿を確認すると、謎はすぐに解けた。ダリルを手にかけた新手のドラゴンから少し離れた位置に、片方の目に二本の剣が刺さったままの手負いのドラゴンがよろめきながらもヘクターに向かって足を進めていたのだった。。

「あいつ……死んでなかったのか、くっ!」

 脇腹に激痛が走る。どうやら肋骨が何本か折れているようだ。折れた肋骨が内臓に刺さっているのか呼吸も満足に出来ない。

「死んで……死んでたまるか! みんなの仇を、ダリルの仇を……」

痛みをこらえ、立ち上がろうとしたヘクターの手に見慣れない剣の柄が当たった。相当昔の物なのだろうか、錆だらけで刀身は綺麗に折れてしまっている。しかし、愛用の剣はドラゴンの足元にあり、とても取りに行くなんて事は出来ない。

「まさか、これが神剣か?」

選択の余地は無かった。ワラにもすがる想いで折れた神剣を手にしてヘクターは立ち上がる。かつては両刃の長剣だったのだろう、しかし、今では突くことも斬ることも叶わないただの鉄の塊を一方のドラゴンに向かって振り下ろす。しかし、予想通りか、期待はずれだったのか、ドラゴンの硬い鱗には傷ひとつ付けることは出来ず、逆に相手の鋭い爪が鎧ごとヘクターの肉をえぐり、彼は再び数メートル吹き飛ばされた。

もう立ち上がる力も残っていない。すでに神剣はヘクターから流れ出た鮮血で真っ赤に染まっている。朦朧とする意識の中彼は呟いた。

「情けないな、部下を失って自分もボロボロだ、ダリルまでも……」

 守るべき者も、大切な友をも失い、自身の命も尽きようとしているこの瞬間、彼が望んだのは『力』だった。それさえあればたとえ何が自分達を襲っても、どんなに困難な状況に立たされても大切なものを護る事が出来る。『力』が、『力』が欲しい。家族を、友人を、出来るならば敵に怯える全ての人々を護り抜ける『力』が………



「ヘクター……ヘクターよ、まだ生きたいか?」

 誰かが耳元で囁く。

「だ、誰……だ?」

「答えるのだ。私と契約を交わし、まだ生き続けたいか?」

「契・・約?」

「そうだ、私とお前の、魂の契約だ」

 声は、ヘクターの血を浴びた神剣から聞こえてくるようだ。

「お前が私を呼んだのだ。お前にはその資格がある」

 見上げると二体のドラゴンはすぐ近くに迫り、後から現れた方のドラゴンは、黒炎を吐き出そうと四つん這いになり、力を蓄えている。

「契約すれば……あいつらに……勝てるの…か?」

「無論だ。あのような者など、取るに足らん存在だ。」

 ドラゴンは今にも炎を吐き出しそうな素振りでヘクターを睨みつけている。

「さあ選ぶのだ。契約か、ここで果てるか、どちらか一つを」

 ヘクターは少し笑ってから、

「決まってるさ……するよ、契約…だ」

 瞬間、吐き出された黒炎がヘクターに迫る。しかし、その悪意に満ちた炎がヘクターの身を焼き尽くす事は無かった。突如、神剣から火柱が立ち昇りヘクターを包み込む。消えかかっていた命の灯火が再び燃え上がるのを彼は確かに感じていた。暖かく、強い意志を持った炎だ。

 敵から放たれた黒炎は、燃え盛る火柱によって瞬く間に消滅した。予想だにしなかった出来事に、二体のドラゴンは声を荒げ、今度は同時に黒炎を吐き出した。二つの黒い炎はやがて交わり、一筋の強力な炎となってヘクターへと向けられる。

 ヘクターはとっさに立ち上がろうとした時、先程自分を護ってくれていた火柱が消えている事に気付く。そして辺りを見渡すと、いつの間にか彼の頭上に赤き翼を持った巨竜が姿を現していた。

巨竜はゆっくりとヘクターの元へと舞い降り、片翼を大きく広げて黒炎をいとも簡単に受け止めた。

「お前も、ドラゴン……なのか?」

 ヘクターは恐る恐る尋ねる。すると耳からではなく直接頭の中へと語りかけるように、先程聞いたものと同じ声が答えた。

「その通りだ。私は炎の神剣『レーヴァテイン』に宿りしドラゴン。だが、お前がドラゴンだと思っているあの二体は、私とは異なる者だ」

「異なる者?」

 ヘクターは声に出して聞き返す。

「そう、竜であって竜で無い者、ドラゴンになり得なかった者。奴らは『ワイバーン』だ」

「ワイ……バーン」

 聞き慣れない言葉にヘクターは戸惑う。

「外見こそ似てはいるが中身は全く別のものだ。あのような邪悪なる者と私を一緒にされるのは実に不愉快なのでな」

赤き翼のドラゴンはゆっくりと振り返る。

「あれは滅ぼすべき存在、そしてそれを実行するのが私の使命だ」

 力を込めて言い放つ。次の瞬間、赤きドラゴンの眼前に円形の魔方陣がうっすらと浮かび上がる。やがてそれは時を刻む針のようにゆっくりと、次第に速度を上げて回転し始めた。

「よく見ておくのだヘクター。これこそ真のドラゴンの力。神の与えし魔力が引き起こす絶対的な力だ」

 そう言って赤きドラゴンは、目の前の魔方陣に向かって勢いよく炎を吹き付ける。そして炎は一度魔方陣に吸収されたかと思うと大きく弾け、無数の火球へと姿を変えた。

 火球は凄まじい速度でワイバーンへと向かう。何十もの数の火球が爆音と共にワイバーンの身体を貫き、蜂の巣へと変えた。

たまらず「グオォォォ」と断末魔の声を上げ、体中からどす黒い血を噴き出して片目を失ったドラゴンは岩壁をえぐりながら倒れ、今度こそピクリとも動かなくなった。

「すごい……」

 その一言しか今目の前で起こった状況を語るすべをヘクターは持ち合わせてはいなかった。もう一体のドラゴンは事態が把握できず、ただただ声を荒げてこちらを見つめている。

「次はお前の番だ。私が与えた力を使い仲間の仇を討つ時だ」

 ヘクターの手の中の神剣がかすかに光を帯びている。それはつい先刻までは感じられなかった力。何者にも遅れを取る事は無い神剣の本来の力。そんな印象をヘクターに与えた。

「俺に、お前と同じ力が?」

 ヘクターが尋ねると、ドラゴンは重々しく答える。

「そうだ、魂の契約により、お前はたった今から人にあらず、ドラゴンの魔力と人間の心を併せ持つ『竜人』として覚醒したのだ。今この瞬間よりその命果てるまで私とお前は一心同体。私が傷つけばお前も傷つき、お前の心が苦しめば、同じ分だけ私の心も悲鳴を上げる」

「ドラゴンと一心同体か、それは簡単に死ぬわけにはいかなくなったな」

 ヘクターはにわかには信じがたいと思いつつも、湧き上がる力に多少なりとも喜びを覚え、同時にもう一度生きるチャンスを与えてくれたドラゴンに感謝の意を述べる。

「礼を、言わなくてはならないな」

 しかし、ドラゴンは「礼には及ばない」と返し、更にこう続ける。

「私を永い眠りから解き放ったのはお前なのだ、そして神剣を依り代にしている私はお前の助けが無ければどこへ行く事も出来はしない。それでは使命を果たすことは不可能だからな」

 この事にヘクターは首をかしげ、理解できないといった様子でいる。

「じきに分かる。それよりも今はあやつを倒すのが先だ。どうやら待ちくたびれてしまったようだぞ」

 ドラゴンに促されてワイバーンの方を見やると、吼え続けるのにも飽きた様子で姿勢を低くし、勢いをつけてヘクターに向かってきた。

「さあ力を使うのだ。私を、レーヴァテインを信じるのだ。そして決して忘れるな、お前の怒りは私の怒り。我らの力は何者をもしのぐ」

 言われるがまま、ヘクターは折れた神剣を構えてワイバーンに向かって駆け出した。


――― 一閃。


ヘクターの斬撃は敵の首を根元から斬り落とし、切り口からは炎が立ち昇る。復讐の炎に身を焼かれ、邪悪なる者はその場に崩れ落ちる。

「ダリル・・・」

仇は討った。ダリルの命を奪っていった魔物はヘクターの手により灰となってこの世から消滅した。しかし、ヘクターの怒りは収まらない。ダリルが帰ってくる訳でもない。まだ熱の残る神剣を地面へと落とし、倒れこんだヘクターの意識は薄れていく。消え行く意識の中、ドラゴンの声がかすかに耳に残る。

「ヘクターよ、超えるべき試練は始まったばかりだ。決してくじけるな、意思を強く持ち、現実と向き合うのだ」

 ドラゴンは再び、火柱へと姿を変え、神剣『レーヴァテイン』へと吸い込まれていく。

「お前は………」

「私の名はレーヴァ。これからお前と運命を共にする者だ」

 神剣へと吸い込まれていく力強い炎をおぼろげに見つめながら、ヘクターは深い眠りに落ちていった。



最後まで読んで頂き、心からの御礼を申し上げます。次話もぜひお願いします。

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