狩り狩られ
銃。
ここに来る前にいた、元の「世界」のあの地で見たことはあった。銃なんて、平和ボケしている日本人にとっては縁がない代物だ。かく言う俺もその中の一人だった。本物の銃なんて見たことなかったし、ましてや使ったこともない。だから、あの地で初めて見たとき俺は驚いた。こんなもので、簡単に生き物の命を奪えるのだと。
「そ、それって、本物の銃ですよね?」
なんて返ってくるかは分かっている。しかし、確かめたかった。ここが現実ではなく、ゲームならいい。
「本物に決まってるだろ」
屈強な体をした二十台後半から三十台前半と思われる男性が茶化すように言った。
そんなことは分かっている。オモチャの銃やモデルガンなどから放つオーラの質量とは全く違う。嫌なくらい現実を帯びている。あれで、人を殺せる。簡単に。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。ここは元の「世界」ではないかもしれないが、また別の「世界」なんだ。ここでも俺のライフは一つだけ。つまり、コンテニューなどない。
なぜそんなことが分かるのか。いや、分かってしまう。自分でもどうしてだか分からないが。本能的に。
「お前のはこれだ」
一人の男性が俺の数メートル前から、銃を俺に向けて乱暴に投げてきた。
「わっ――」
落としそうになりながらも、なんとかそれをキャッチする。俺に渡されたのはアサルトライフル。型・・・なんてものは俺には分からない。ただ、ひどく重く感じた。
「ハハ! 弾なんて入ってねえよ!」
とゲラゲラ笑う。そういう問題か?
と、その時。
「全員揃ったな。じゃあ聞いてくれ」
リーダーと思われる三十台後半の帽子を深く被った男性が前に出てきて、つばと目の隙間から全員を一瞥した。様子は冷静で慌てている素振りを一切見せない。こういう場には慣れているのだろう。
リーダーは続けて言う。
「分かっていると思うが、これは危険な任務だ。最悪帰ってこれないかもしれないし、重傷を負うかもしれない。また、なんの成果も上げらないかもしれない。ただ、王は宝石の回収を第一に望んではいるが、たとえ回収できなくても任務中はしっかり給与が出る。高額のな」
リーダーはより真摯な表情になる。
「だがな。何度も言うように楽な仕事じゃない。やめたいものは止めてくれ。止めない」
こういうとき、いつも思う。
そんな状況ではやめずらいだろ。
少し経ち、
「そうか。全員参加するということだな」
微笑む。
「じゃあ、共に王のために頑張ろうではないか!」
全員が雄たけびを上げながら、片手の拳を上にかざす。俺も少しテンポがずれたがそうした。空気を読むということは集団のなかで大切だ。
やがて集会に集まっている人は散り散りになった。一体どこにいくだろうか。やっぱり準備が必要なのだろうか。しかし俺は所持物がこの手に持っている銃しかない。
仕方がないので、俺も集会所の外に出ることにした。銃を持って。
すると、同じく銃を持っている人々が各々山に向かっていた。さっきの格好のまま。
「は・・・・・・?」
わけがわからない。全員で行くんじゃないのか?
近くにいた同じく冒険者の一人に訊ねる。
「あの、全員で探索にいくんじゃないんですか?」
不思議そうな顔をされる。
「なに言ってんだ? 一人に行くに決まってるだろ?」
さも当然のように。
「え、でも全員で行ったほうが絶対良いですよね?」
「いやいや。お互いがお互いの足を引っ張るのはよくないだろ? だから、一人で動いたほうが個々の能力発揮しやすいんだ。もちろん気持ち的にも楽だ」
釈然としない。
しかしよくよく考えてみると、それは俺の考え方そのものだ。だからあの仕事を選んだ。一人になれるから。
まあ、いいか。
「ありがとうございました」
礼を言って足早に立ち去る。とりあえずは誰かに付いて行くことにしよう。どこを目指せば良いのかまるで分からないし、この銃だってなに使うのやら。まさか人間に撃ったりはしないだろう。つうか竜に銃なんて効くのか。
集団(実際そうではないが)に従って山に向かう。傾斜は緩やかでさほどきつくない。しかし、道は永延と続いている。
歩き始めて一時間ぐらいが経った。さすがに飲まず食わずというのはきつい。てか、食べ物なんてどこにあるんだ。と思っていたら、一軒の建物が見えた。そこの看板には配給とでかでかと日本語で書かれていた。意味はその通りで冒険者にリュックを配っていた。
俺も受け取る。中身は水に食料、弾丸までも入っていた。寝泊りはポイントごとにある、このような建物でするらしい。ゲームか。
しかし、寝るにはまだ日が浅かった。俺は貰った食料やら水を摂ったあと、次のチェックポイントまで歩くことにした。
道の傾斜はどんどん険しくなってくる。けど、まだ身体的に余裕だ。
その時――。
『ガアアアアアアアアアアアア!』
突然けたたましい獣の叫び声が轟いた。
「なんだ?」
それに重なるように複数から発せられる銃声も届いた。
戦闘のようだ。
「まさか竜が?」
俺も銃を持って走って向かう。
「おっと」
俺は急ブレーキをする。弾丸を銃にいれてなかったのだ。急がなくては。
銃に弾丸を入れるのに戸惑い、かなり時間がかかったが、まだ銃声と獣の叫び声は鳴り止んでいない。戦闘は続いている。全速力で向かう。木々の合間を抜け、風を切り、一身に目指す。
そして、息を切らしながらもなんとか着いた。すでに数人の冒険家が戦っていた。もちろん銃で。俺は敵を観る。それは竜じゃなかった。
「な、なんだこれ・・・・・・」
獰猛な牙。鋭利過ぎる爪。そして殺気立つ紅い眼。
俺はそんな動物を知らなかった。しかし、見たことはある。
「魔物・・・・・・」
そんなもの存在しないと思ってた。けれど、確かにここにいる。昔読んだ漫画かなんか観たような・・・。
『ガアアアアアアアアアア!』
魔物は再び叫ぶ。
こんなやつに、銃で? ・・・勝てるわけがない!
俺は銃を持ったままその場に立ちすくむ。なにもできなかった。
数人の冒険者は魔物に弾丸を撃ち込むが、効果的なダメージを与えられていない。魔物の皮膚は弾丸をことごとく跳ね返した。冒険者たちは、魔物の尻尾を使った攻撃を避けるので精一杯だった。
なぜ今俺はここにいる?
俺はただ・・・ただ・・・。
「俺はただ一人になりたかっただけなんだぁぁ!!」
俺は我を忘れて魔物に向かって突進する。走りながら銃を乱射するも、魔物の何をも通さない皮膚ですべて弾かれた。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
俺は撃ち続ける。あの場所でスコップを動かすように無心で。
しかし、その時は残酷に訪れた。
「あれ・・・・あれ・・・・・・?」
弾切れだった。
「くそ、くそ、なんでだよ! 動け! 動け!」
引き金を何度も押すが、弾丸は発射されない。当たり前だ。
魔物がのそのそと俺に近づく。俺は死を覚悟した。そして、いつものようにこう思った。
「まあ、いいか・・・・・・」
目を閉じる。
これでやっと、楽になれる・・・。
「よくやった――」
その言葉と同時に魔物の頭部が爆発音とともに破裂した。爆発の煙は辺り一面を覆った。
一体なにが?
「お前のおかげで時間が稼げたぜ」
魔物の巨体は静かに地面に崩れ落ちた。煙のなかその脇から、バズーカを肩に担いだ大男が現れる。
「お前、名前は?」
「と、遠野一・・・・・・」
大男――身長は二メートルぐらいだろうか。その大男はにこっり笑った。外見からは想像できないほどに。
「いやー助かったぜ、ハジメ! ありがとな!」
俺はそんなに感謝されることをしただろうか。むしろ、助けられたんだが・・・。
大男は思い出したように付け足した。
「おっと、忘れてた。俺の名前はラトニーだ! 宜しくな」
そう言ってラトニーは地面に膝から折れて座っていた俺に手を伸ばした。
少し躊躇ったが、俺はその手をしっかりと掴んだ――。