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ロク

「お父様は、再婚したりはしないのですか?」

 一瞬の沈黙。

 私が何を考えているのかを探っているのだろう。私の父は、商売柄相手の意図を一瞬で汲み取ることに長けている。

「特に考えてはいないな。相手もいないし」

「そうですか。琴峰とか、結婚相手には最適ではないかと思ったのですけれど」

 琴峰と私は十六歳。結婚はできる年齢である。

 ちなみに父の年齢は三十台だ。

「おいおい、やっぱりそういった話かい。僕としては、まったくこれっぽっちもそんな意図で琴峰を養子に迎えたわけではないんだけどなあ。それに、琴峰の伴侶は君だ」

「ですが現実的に、琴峰と私は同性ですし、ずっと一緒にいるというのは、それだけで難しいことです。ですから、一番いい方法が、お父様と琴峰が結婚することかと愚考いたしまして」

「そうはいってもなあ。琴峰の気持ちだってあるだろうし。実際、琴峰、キミはどうおもう?」

「赤音様がそう望まれるのでしたら、わたしに異論はありませんわ」

「まいったな。嬉しくないといえば嘘になるんだが……。いや、赤音がそういう、自分の望みを口にしたということに対してだよ。琴峰には感謝してもしきれないよ、まったく」

 拗ねたように、しかしどこか嬉しそうに言う父。

 そう。これは私のわがままである。琴峰と離れたくないあまりに、琴峰に父と結婚してもらい、合法的に母になってもらうという計画を思いついたのだ。

 如月の跡継ぎ問題だってお父様と琴峰の子供に任せればいいし、私はずっと琴峰と一緒にいられる。

 夢のような計画だった。

 そして、こんなわがままを父に対して言ったのはこれが人生で初めてのことである。

「とにかく僕にはそんなつもりはまったくないんだけど、どうしてそんな発想に至ったのか説明してくれるかな、赤音」

「お父様は数日前、幸せに向かって歩いていけと言いましたわ。それを考えた結果が、これです。幸せ家族計画、なんちゃって、です。仮面夫婦でもかまいません。子供さえ作っていただければ、私たちで育てようと思うのです。それに、そうなってしまえば、私が嫁に行くことも、また婿を貰うこともなくなって一石二鳥です」

 人を愛することに自信のない私だが、それでも朧気ながら、琴峰に対してはそれに似た感情を抱いていることを自覚している。

 そして、もしかしたら琴峰の子供には、私からも愛情を注げるかもしれない。それは一種の希望であり、憧憬ともいえる未来だった。

「なるほど、確かに隙がない作戦だ。じゃあこうしよう。君たちが大学を出るくらいまで大人になって、それでもまだ今の関係が変わらなければ、僕もそのことについて真剣に考えよう。それで今日のところは勘弁してくれないかな」

「ええ、結構です。ではこの話題は、その時まで忘れることなく記録しておきましょう」

「当然のことだけど、その間に僕が誰かと恋に落ちて結婚することになったら約束は反故だからね。僕は、僕自身の幸せに向かって歩くことも忘れてはいないんだ」

「どうぞどうぞ。お父様のお眼鏡に叶う女性なんて、それこそ琴峰くらいしかいないと私は確信していますけれどね」

「……確かに僕は女性の好みに関してはうるさいけれど、葵との結婚は、恋愛結婚だったんだけどね」

「だからこそです。今までお母様に操を立ててきたお父様が、急に何処のものともしれぬ方と結婚するだなんて考えられません」

「まいったな。今日は完全に僕の負けだ」


 琴峰を、お母さん、と呼ぶ日がきたら、私はどうなってしまうのだろうか。

 その日こそ、私の運命の日であるに違いなかった。

 愛する人に向けて、100%の愛を伝える言葉。お母さん。たった5つの発音に、どれだけの思いが込められていることだろう。

 その日が来たら、私の感じるこの空虚さも、和らぐような気がした。

 その日を夢見ながら、私は今日も二人に囲まれ、生きている。


 感謝を捧げながら。



 第一部 終


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