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 家に帰り、夕食を終え、風呂を済ませて寝室へと足を運ぶ。

 琴峰も一緒だ。彼女専用の部屋は当然用意されているが、私と共に寝る彼女は、その部屋を物置がわりにしか使っていない。


 胸を締め付けるのはクラスメイトの死。自殺、聞くところによると屋上からの落下死。

 私がどうしても乗り越えられない壁を、軽々と乗り越えていったクラスメイトに対する羨望。

 詳しいことは全く知らないが、彼には自殺するだけの理由があったのだろうか。それとも、ただ衝動に任せてその身を虚空に投げ出したのだろうか。

 考えぬいた末での死だったのだろうか。葛藤の末、それでも死を選ぶ必要があったのだろうか。何故。自分の生と死の天秤を傾けることは、恐ろしい行為だというのに。

 ああ、寒い。震えが止まらない。

「赤音様、震えてらっしゃいますね」

 後ろから、強く私の身体を受け止めるように琴峰が抱き締めてきた。

 柔らかさと靭やかさを兼ね揃えた、私専用の肢体。

 スレンダーな割には豊満なバスト。流れる絹のような黒髪が私の首を撫でる。触れている部分の心地よさが、私の心を現実に繋ぎとめる鎖のように締め付ける。

「琴峰、お願いがあるの」

「はい、なんでしょうか」

「今夜は激しくして欲しい。何もかも考えられなくなるくらいに。そうしないと、きっと私は、眠れない」

 花の咲くようないつもの笑顔で、本当に楽しそうに琴峰は頷いた。

「お任せ下さい」

 私の身体を抱きしめていた腕がまさぐるような動きに変化し、彼女の興奮が感じられた。


 ああ、琴峰の動きが私の思考を侵していく。意識が塗りつぶされて、ただ私は口から情けない声を上げるだけの機械になってしまったようで、そしてこの時間だけが、私にとって安息とも言える瞬間なのだ。

 コトネ、コトネ。ああ、そう。いい。いい。

 もっと、もっとと、息を荒げながら、意味を成さない声で、私が求めていることだけを伝えて。

 すべての感情を置き去りにして、私は意識を手放した。

 今日の私は死んで、明日の私が生まれるまでの、この瞬間。

 眠りは死の類似なのか。それとも、生誕前の胎児の再現なのか。

 生と死の境界が、意識のない私をバラバラに引き裂いて、今日という日は終わりを告げる。


 翌朝、シャワーを浴びなければならない惨状に私は溜息を吐いた。よくもまあ、琴峰はここまで頑張れるものだ、と思う。

 そう望んだのは私であるけれど、しかしいくら何でもこれはひどい。

 むせ返るような、汗と淫靡な女の匂いがこびりついている。

 下着を着けて、ガウンを羽織って風呂場へ向かった。

 脱衣所で服を脱ぎ、シャワーの熱さに身を委ねながら、また私の心は寒さに震えていた。

 琴峰の匂いが落ちることで、あるいは産湯に浸かったときのことを思い出してしまっているのかもしれない。

 女の体液に塗れることで、私には途方も無い安心感が生まれる。

 ああそうだ。私は変態だ。同性愛者で、マザコンで。

 こんな思考からも、世界の隔絶を感じる。寒気が倍加する。

 嫌だ。なぜ私はこうも弱い人間なんだ。世間の常識から開き直ることすらできないのか。

 勝手に落ち込んでいると、脱衣場からひと気がした。

「失礼します。赤音様」

「琴峰?」

「ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」

「シャワー、一つしかないのは知ってるわよね?」

 ちなみに、湯船に湯は張っていない。

「お背中を流させてください。いいえ、はっきり言いましょうか。わたしに、赤音様のお身体を触らせてください」

「……夜の戯れは、夜だからいいのよ。朝からでは疲れてしまうわ」

「違います。そういった性的な意味ではなく、今の赤音様を一人にさせることが、わたしにはできないのです」

「どういう、意味かしら」

「赤音様、昨夜はずっと泣いていました。睦み合う間も、お眠りになられてからも、ずっとです。そして、今も泣いているのではないですか」

 シャワーを浴びている私の顔は、水滴だらけで、涙も何もない状態だ。だが、確かに私は涙を流していたかもしれない。

 だって、こんなにも寒いのだ。

 あの日、母の胎内から出てきたときのように。

「どれだけ声を殺していても、赤音様の泣き声はわたしの心に響きます。どうしようもないほどに愛しい人。私のご主人様」

「……そう。では、貴女が望むようになさい。私の奴隷」

「はい。失礼致します」

 そういって、琴峰は私の頭を胸元に引き寄せた。豊満な双丘に包まれる。そうしながら、髪に手を入れ、優しく梳くようにシャワーを浴びせて、指を背中へと徐々に滑らせていく。局部に差し込まれるときはさすがに恥ずかしいとおもったが、彼女の指先は優しく、私を何一つ傷つけることはなかった。

 私は、彼女に母になってもらいたいのだろうか。

 そう、思った。

 ずっと、涙を流しながら。

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