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ニイ

「幸せは、それを掴もうとしなければ永遠に訪れない」


 朝食の席で、父が唐突に話しだす。

 いつものことだ。父は脈絡というものがなく、不自然なタイミングで不自然なことを極自然に行う、子供のような性格をしている。

「また何か啓蒙書でも読まれたのですか?」

「うん、まあそのようなものだ。だが一遍の真実だ。君は幸せというものについてどう思うかね、琴峰?」

「わたしは今幸せですわ。これ以上ないくらいに。ですから、この幸せを手放さないために必死ですわ」

 笑顔で琴峰が返す。自分の幸せをまったく疑っていない、いや、幸せを意識して守っているという自負からくる笑顔だった。

 ああ、彼女は幸せなんだろう、と実感する。

 私の奴隷という立場でありながら。

「結構。では、赤音は幸せについてどう思う」

「私にはわかりません。少なくとも、不幸ではないと思うのですが」

「いけないな。不幸ではない、などという言い方は、幸せを掴もうとしていないということだ。我が娘のことながら嘆かわしい。琴峰を見習いなさい」

「そうは言われても。私はお父様のお陰で何不自由ない暮らしをさせていただいていますし、幸せ、なのではないでしょうか」

「その受動姿勢がけしからんといっておるのだ。幸せは歩いてこない。だからこちらから歩いて行くのだ」

「一日一歩、三日で三歩ですか」

「然り」

「そして、三歩進んで二歩下がるのですね」

「まあ、そういう時もある。だが、大切なのは幸せに向きあおうという姿勢だ。一時的に不幸になったとしても、それは幸せを妨げるものではない」

 この話は何処へ向かっているのだろうか。朝食は食べ終わり、そろそろ時間も押してきている。

 だから、結論を急がせた。

「つまり、お父様は何が言いたいのです」

「うむ。僕は今、幸せだ。そして同時に、君たちの幸せを願っている。そういうことを言いたかった。特に、赤音。お前にだ」

 いくつもの言葉が頭を飛び交った。反論や、同意といったもの。

 しかし、それらはすべて、私の口から解き放たれることはなかった。

 返す言葉はいずれも空々しくなりそうで、朝の寒さをいっそう際立たせてしまいそうだったから。

「ご馳走様でした。それでは、私たちは学校へ行ってまいります」

「幸せを探しに行け。なんなら学校なんてサボってもいいんだぞ。成績や出席日数なんてなんとでもしてやる」

「そういうわけにもいかないでしょう。私たちは学徒なのですから」

「お前、なんでそんな風に育っちゃったのかなあ。私の娘なのになあ。真面目ぶりおって。もっと楽にしてもいいんだぞ」

 確かに私は父と似てはいない。

 自由で明るく、いつも笑顔の父。

 対する私は、自分で言うのもなんだが暗い。笑顔を作った記憶もない。

 だが、真面目というのは違う。私にはただ、何も無いだけだ。

 ……だいたいにして、毎夜、自分の奴隷と共に享楽に耽る私の、どこが真面目だというのか。

 なんとはなしに琴峰を見ると、にこやかに微笑みかけてきてくれた。それに笑顔で返せない自分が、自分でも情けない。

 父と、琴峰は、似ている。血は間違いなく繋がっていない筈なのだが、私を見る表情は、いつも笑顔だ。

 その理由を知りながら、それに答えられない自分が、辛い。

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