不仲な姉妹
ここはサーレシア学園高等学校3年B組の教室。
授業は歴史。祖国アルセリアのことだ。好きな単元であるが、視線はダンスホールにいる生徒へ。1年生の体育の授業でダンスが行われていた。軽いステップ、軽やかなメロディー。楽しそうな生徒の中に僕の主でありアルセリア帝国第3皇女にして皇位継承者のユーイがいる。
パンッ。乾いた音と軽い痛みが起きた。教科担任が教科書で僕の頭をたたいた。
「先生!痛いですよ」
「な~に言っている。私の授業がそんなにつまらないか」
「あっ……いえ……そうではなくて……」
「アーレス。貴様は上級校へ進学するのだろう。騎士としての立場もあると思うが授業は集中しろ。今日の罰則はナシだ。」
「はい。って、えぇ―――っっ!?先生、罰則ナシって、正気ですか!?」
「正気だ。今日はここまでだ、学級委員」
号令がかかる。社会の担任であるサーシャ先生は、皇家直属騎士派(通称:皇派)の一員で第1皇子でユーイの義兄のアルマス殿下の騎士だ。ユーイの騎士の僕はずいぶん世話になっている。だが、今日はどこか違和感がある。
「アーレス、今日一緒に帰らないか」
声をかけて来たには友人のイヴァン。彼も皇派の所属でユーイの義妹で第4皇女のエミリーの騎士をしている。
「すまない、今日は車だから」
教室を出て、階段を降りる。昇降口にたどりついて周辺を見まわす。ユーイの姿を見つける。
「うそ……うそでしょ。うそなんでしょ」
ユーイの声が響く。相手は皇帝陛下の直属軍の所属のミルネーゼ公爵。
正装で私的の場である学園に現れ、直接接触するということは重大なことだ。
「ミルネーゼ公爵。殿下にご用があれば自分がお受けします。直接お会いすることはお控え下さい。それとも自分には言えぬ事ですか」
「いや、アーレス君。そう重大なことではない。ダイアナ殿下がエリア20からお戻りになった報告を」
「ダイアナ殿下がお戻りになった!!では、すでにお屋敷の方に?」
「あぁ、だから迎えに着たのだよ。すぐに向かおう」
ミルネーゼ公爵は正門へ歩き出す。ユーイの鞄を持って後に続く。ユーイは深刻な顔をしている。
「ミルゼーネ公爵。実は聞きたいことがあるんですが。サーシャ伯爵はダイアナ殿下の帰国をご存知なんですか」
「んっ。今朝早くアルマス殿下から連絡があったからな。今日は上機嫌で生徒を怒らなかっただろう」
その言葉に納得した。殿下のお戻りが分かっていたから罰則がなかったんだ。殿下にお礼を言っておくべきである。
「お戻りになったってことは、植民地Tの統治が終わって、終息したと言う事ですよね。あのエリアを終息させるなんて……」
「簡単なことではない。植民地Tではテロや反逆が頻繁に起こっている。殿下もかなりてこずられたが、殿下は帝国軍総司令官。自らの力で統治を終えられたよ。皇帝陛下もさぞやお喜びだろう」
「レオン、これ以上あの女の話をしないで」
ユーイがミルネーゼ公爵の言葉をさえぎる。
「ユーイ様殿下。ダイアナ殿下は貴女様の実姉。実の姉をあの女などと」
「あの女は根性が腐っているわ。植民地を拡大し、そこに住む人々を虐殺して楽しんでいるわ。人が死ぬのを楽しむなんて……自分がどれだけ愚かな事をしているか分かってないのよ。顔も見たくないし、嫌気がするわ」
「殿下、いくらなんでもそれは言い過ぎです」
「アーレス。まさかあなたまであの女に肩入れするつもりじゃないでしょうね。いくらあなたでもそんな事をしたらどうなるか分かっているでしょうね。」
「ユーイ殿下、おやめ下さい。これ以上は」
ミルネーゼ公爵の制止でユーイは口を閉じた。
車はレ・アルセリア家の屋敷に入り、入り口の前で止まった。
ドアのそばにダイアナ殿下が立っていた。僕の背中に寒気が走る。ミルゼーネ公爵の手を借りて車から降りるユーイを見て、さらに緊張が高まる。
ユーイとダイアナ殿下の間が縮まる。愛想よい笑顔を見せたダイアナ殿下の横をユーイは無言で通り過ぎようとする。ダイアナ殿下がユーイの腕をつかむ。
「久しぶりに会った姉に挨拶の一つもないのか」
「皇位継承者の私からあなたにする挨拶などありません」
「どういう意味だ。私がそなたの権利を侵した覚えはないぞ」
「侵した覚えがない……よくもそんな事……貴女の行いで……皇家のイメージがどれだけ悪視されたか。貴女の植民地統治がどれだけ私を悪者扱いしたと思っているんです。私が成人するまでは私の身に火の粉が降り駆ることがあってはならないとお父様がおっしゃったのをお忘れですか。実の姉でありながら、ご自分の行為が妹に降りかかる火の粉になることも知らないなんて、信じられませんね」
ユーイの手が高々と上がる。ユーイはもうほとんど冷静状態を失っていた。僕は急いでダイアナ殿下とユーイの間に入る。
パシィィン。高い音を立ててユーイの手が僕の左頬をたたいた。思いのほか力が入っていたので、僕は体制を崩し少しよろめいた。ひりひりとした痛みが頬に走る。
ユーイは表情を崩さず僕を見ている。
「アーレス。・・・・・その女に肩入れするの」
ユーイは屋敷の中へと入っていき、荒々しい音を立てて階段の登って行った。
「ダイアナ殿下。お怪我は」
「いや、ない。それよりもお前のほうがひどい。頬が真っ赤だぞ」
「ユーイは……いつもはあんな風じゃないんです。ダイアナ殿下を悪態つく事なんてないんです。なのに…どうして」
「ユーイは、エリアを作ることその物を否定しているからな。植民地Tの統治完了とともに反逆組織の大半がその活動を停止したことが不服なんだろう」
「でもそれは、平和に繋がる事ですよ。否定するなんて」
「アーレス!!あなたいつまでそこにいるの!!いい加減にしなさいよ!!」
頭上から声が降ってくる。恐る恐る見上げると、バルコニーに出たユーイがにらみを効かせていた。相当怒っているから、これ以上は危険だ。
「アーレス、行け。気が立っているユーイを待たすと、後が大変だ」
僕はダイアナ殿下に一礼して、屋敷に入った。