第8話:証
時計の針は12時5分を示している。今私は龍樹さんの部屋にいて…。何でこんなことになったかって言うと、少し話しをさかのぼらなきゃいけない。
店から出たあと、私は帰りたくなくて適当に『夜景が見たい!』なんて言ってみた。
龍樹さんは近くの夜景スポットに連れていってくれて…いい雰囲気になっちゃったもんだから、つい私は『キスは無しなの?』なんて言ってしまった。
龍樹さんはびっくりしてたけど『1回だけな?』と言って一瞬だけ唇を合わせてくれた。
もちろん、そんなんじゃ気が済まない私は『もっと。
』ってお願いしちゃったんだけど。
龍樹さんはしばらく抵抗してたけど、そのうち本当の恋人みたいに優しくキスしてくれた。
きっと私と同じように頭の中で『今日だけだから…』って繰り返してたんだろうな…。で、帰る時間になったんだけど、私は家の前に着いたら泣き出しちゃって…困った龍樹さんは自分の家に連れて来てくれた。家に帰ったら、こんな夢覚めちゃうんだって思ったら、悲しくて涙止まらなかったんだ。うざいって思われてなければいいけど。
「落ち着きましたか?」
コーヒーの入ったカップを2つ持って、龍樹さんは問い掛ける。私は恥ずかしくなって下を向いたまま何回も首を上下に振った。
「時間大丈夫なのか?おかん怒らないか?」
「あっ、大丈夫です。」
私の座っていたソファーに龍樹さんもゆっくりと座る。こんな風に一緒にいれるのは嬉しいけど、その反面魔法が解けてしまう時間が怖い。
「もう、12時過ぎたから終わりだな。」
「だっ、駄目だよ!私が家に帰るまでは彼氏なの!」
私は焦って自己中な発言をしてしまった。
「ずいぶん都合いいんだなぁ。」
龍樹さんは笑ってるし、どうやら飽きられてはないみたい。私はほっとしてコーヒーを口に運ぶ。でも、いつ帰るんだろう…明日はお互い仕事入ってるし、結局は帰らなくちゃいけないんだよね…。このままずっと自分に都合のいいように、時間は過ぎていかないもんね。明日からまた龍樹さんはあの人の彼氏なんだから…。
「ひなたちゃんさ、若いんだし俺なんかやめていい奴見つけなよ?」
「それができたらそうしてます。年とか関係ないでしょ。…好きになっちゃったんだもん。」
「何で俺なんだや。ただのおっさんですよ?」
「わかんないけど、龍樹さんがいい。…大丈夫、明日からちゃんと諦める努力するから。」
自分にも言い聞かすように私はつぶやく。龍樹さんはそっと手を伸ばして頭を撫でてくれた。
「…今日言ってたこと本気だよ。」
「…思い出にってやつ?」
「ダメ…ですか?」
龍樹さんは少し考えてから私を見た。
「それでひなたちゃんは辛くないの?」
私は一つ首を縦に振る。龍樹さんは私をお姫様抱っこしてベットに運んだ。
いけないことだってわかってた。今時の女子高生だからこんなことするわけじゃない。軽い気持ちでするわけじゃない。ただ、本当に純粋に龍樹さんに抱かれたいと思った。嘘でもいいから愛されてたって証が欲しかった。忘れないように体に刻み付けたかった。
私は龍樹さんの温かさを感じながら涙を流していた。