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魔術! 魔術!! 魔術!!!


 今回の話は各キャラの会話が多分に含まれております。

よく「キャラが勝手に動く」という言葉を小説等で目にしますが、それをここまで実感できたのは初めてです。


      『たまには別視点もいいんじゃないかな ~楓~』



 「ごめんなさい、少し取り乱したわね」

 「い、いえ、大丈夫です」

はぁ………疲れました。まさか翔さんの一言でああなるとは思いませ……いえ、それは私達がこの身体能力のことを知っていただけで、デラクールさんの態度の方が普通なんでしょう。人が走っただけで地面が掘れるなんて現象、目を疑いますし。

 「さてと、そうなると少し問題が発生することになるわ」

 問題…一体なんでしょうか。

 「さっき言った入学のことよ。私はあなた達が魔力を使えるものだと思ったから入学の話をしたわ。でももしあなた達の行動が……とても信じられないけれど、ただの身体能力であるのだとすれば、入学必要条件である『魔力保有者であること』ってのを満たしてないことになっちゃうのよ」

 「……なるほど。じゃあ俺達は入学出来ないって事ですか?」

 「別にそういうわけじゃないわよ。確実に入れるという保証がなくなっただけ」

 「えっと、じゃあ他にも入学が可能になる条件があるんですか?」

 「違うわ。結局のところ、さっきも言ったけど入学するに当たって必要不可欠なのは魔力の有無。要するに魔力が在るか無いかを調べて、在ればいいだけ」

 「…なら、もし無かったらどうなるんです?」

 「その時は…残念だけどこの話は無かったことになるわね」

 ということはまた最初から考え直し、ですか。住む所を探して、お金を稼ぐ方法を教わって。……元々入学という話は、私達にしてみれば『駄目で元々』でしたしデラクールさんが厚情からしてくださったものなんですけど………やっぱり期待が大きかっただけがっかりしちゃいますね…。



 「……わかりました。それで、どうやって魔力があるかどうか調べるんですか?」

 「別に難しいことをするわけじゃないわ。上を見てくれる?」

 上?―――発光している天井があるだけで、他には特に何もないように見えますけど。

 「もう判ってると思うけど、この天井は魔術によって光ってるの。あ、もういいわよ」

 「それで?」

 「詳しい話は端折(はしょ)るけど『魔術』って言うのは基本的に想像なのよ。だからこの天井も『光れ』って思えば光るの。けどただ思っただけで光らせるのはちょっと難しいから、さっきの私みたいに指を鳴らしたりしてちょっとした合図を自分にしてあげるわけ。『指を鳴らせば光る』ってね」

 「でも俺達は魔力の使い方を知りませんよ」

 「そんなもの今は必要ないわ。魔力を持ったものが『光れ』と思えばこの天井は光るのよ」


 ……つまり、私達がこの天井を光らせる事が出来れば晴れて『魔力保有者』、何も起こらなかったら……ただの身体能力が高い『ヒト』ということ、かぁ。



 「せんせー、質問でーす」

 「はい、なんですかクロノ君」

いかにも先生という雰囲気でデラクールさんが答えた。その仕草は当然のように慣れたもので、デラクールさんの授業風景が想像される。

 「『光れ』だったら光るんですよね?」

 「ええそうよ」

 「じゃあ『消えろ』だったら………ってうわ!!消えた!!」


---え?え?真っ暗!!


 「…はーい、クロノ君合格おめでとう。早く明るくして頂戴」

 「あ、はい、スイマセン」

 あ、スッて明るくなりました!翔さんがやったんですよね!?

 「すごいです!翔さん!!」

 「翔ちゃん魔法使いみたいだったよ!」

 「合格一番乗りじゃん!おめでとう、翔!」

 「え、あ、あぁ、ありがとう」

翔さんも何が起きたのかわかってない顔をしている。

 「ねぇねぇ翔ちゃん翔ちゃん!どうやったの!?」

 「え?いや、別にあの先生の言う通り、特別なことは何もしてないんだ。ただ真っ暗になる部屋を想像してたら急にパッと暗くなっちゃって…」

 「…多分クロノ君の『消えろ』って言葉に魔力がこもったんでしょうねー。それにしてもすごいわねー初めてなのにろくに意識もせずに魔術を使っちゃうなんて。先生関心しちゃうわ」

 「…全然そうは見えないんですけど」

 「してるわよ。ただ本当だったらもうちょっと雰囲気出してからやりたかっただけよ。なのにいきなり話してる途中でやっちゃうから、ちょっと拍子抜けしちゃっただけよ」

 「…どーもすいませんね」

 翔さんが謝る必要は無いと思うんですけど…デラクールさんの気持ちもわからないでもないって言うか…。

 「まあいいわ。じゃあもうドンドンやっちゃって」

 ……目に見えて適当になりましたね。



 「次はボクがやって良いかな。こういうのは先に終わらせておきたいんだ」

なんとなく微妙な空気の中、次を希望したのは晃さん。遠慮がちに手を上げながら周囲…私とあすかさんを伺っている。

 そういえば晃さん、学校でも発表する時はいつも早めに終わらせてましたね。翔さんはいつも期限ギリギリになって適当に終わらせてましたけど。きちんとやれば絶対良い成績が取れるはずなのに。

 「えっと…指を鳴らせば良いんだよね。………あーもーすっごく緊張する!!」

 「ええい、落ち着け!案外簡単だから!」

 「う、うん。じゃあ…行くよ。……………っ!」



――――――――――パチンッ!



 あ!暗くなりました!

 「や、やったよ翔!!!ボクにも出来たよ!!!」

 「ああ、良かったな。とにかく早く明るくしてくれたまえ」

 ふふ……言葉はそっけないけど、なんとなく優しい感じがします。

 「はい、合格おめでとう晃ちゃん。コレであなたもうちの学校の生徒よ」

 「…なんか俺の時と態度が違いません?」

 「気のせいよ」



 「じゃあ次わたしがやりたい!!楓ちゃん、いい?」

本当のことを言えば私も最後にはなりたくないですけど…。

 「ええ。構いませんよ」

どちらが先にやろうと結果が変わるわけではないし、別に……いいですよね。

 「あ、そうだ。ねぇねぇフラーさん」

 「ん?なに?」

 「わたし指鳴らすのできないんですけどどうすれば良いですか?」

 「…え?え、えっとぉ~…そうね、さっきも言ったけど指を鳴らすのは単なる合図だから別に他のものでも構わないのよ」

 「じゃあこうやって手をパンッて叩くのでもいいですか?」

 「ええ。問題ないわよ」

 あすかさんって指鳴らせなかったんですね。…あすかさんには申し訳ないですけど、なんていうか、納得できます。

 「じゃあいっくよぉー。―――『消えろ』!!」


 ―――――――パンッ


 あ!!消えました!!

 「翔ちゃん翔ちゃん翔ちゃん!!!ちゃんと消えたよ!!!わたしも“まじゅちゅつかい”なんだよ!!」

 「…………ボソッ(これが天国か……いや、理想郷かもしれんな…)」

 「あ、あすか!!翔に抱きついてないで離れてよ!!翔が苦しんでるよ!!それに思いっきり噛んでるよ!!」

 「えー別に首絞めてないよ。それに翔ちゃんは何も言ってないよ?」

 「いいから!!!速く離れるの!!!」

 ……あすかさんはまた翔さんにくっついてるんですか。

 と言いますか、この世界に来てから私いい事が全然ありませんよ!!あすかさんは翔さんにくっついてますし、晃さんなんてあの草原であんなに翔さんと…み、密着して!!しかも抱きかかえてもらったりなんかしちゃって!!!ずるいですよホントにもう!!!



 「アスカちゃんもおめでとう。後はカエデちゃんだけね」

 「……っ」



―――――そっか。あとは私だけ、でした。



 「他のみんなも出来たことだし、カエデちゃんも魔術が出来ればみんなで入学できるわ。がんばってね」


デラクールさんが軽く言った言葉を聞いて思う。


 ―――私が出来ればみんなで合格?

 ………私が出来なければ私だけ、不合格?


 「…どうしたのカエデちゃん、顔色悪いけど。もしかして緊張しちゃったかしら」

 「あーもーフラーさんが変なこと言うからですよ!」

 「え、私がいけないの!?」

 「そうそう、あすかの言うとおりですよ」



………私だけ、駄目だったらどうしよう。

………私だけ、出来なかったら、みんなに迷惑かけちゃう。

………みんなは優しいからもし私が出来なかったら、私だけを置いて入学なんてしない。

………みんな、私を気遣ってくれる。

………でも、駄目。

………私は、絶対に、『私のことは良いですから、みなさんだけでも入学なさってください』なんて言ってしまう。

そんなのは、本当は、嫌なのに。





 「あ!!消えた!!消えたよ晃ちゃん!!!」

 「うん!!楓も出来たんだ!!」

 「おめでとうカエデちゃん。これでみんなで入学出来るわね!!」

 ―――え?私は何もやってな………?








 何かが…私の手に…。

 もしかしたら……これは……。

 「翔……さん?」

 翔さんの……手?

 「…うん。俺が消した」

 「うひゃっ!」

 翔さんが、耳元にっっ!!!

 「…ゴメンゴメン、あいつらに聞こえないように喋んなきゃいけないと思ってさ」

 「どうして…?」

 消したんですか?

 「秋月……怖がる心配なんてないって」


 ―――――っっ!!


 「『光れ』って強く思うだけだ。大丈夫、秋月なら出来るさ。俺が保証する」

翔さんが離れるのを感じて、でも手だけはギュッと握っててくれている。


 翔さんはきっと…微笑んでくれているんでしょうね……。

 そしてどうせその笑顔は、子供に見られたら確実に泣かれるようなもので。


 ――――――覚悟は、出来ました。

 いえ、その必要もありません。





 だって、翔さんが、私には『出来る』と言ってくれたんですから。出来るに決まってます。

 「………『光れ』」










――――――――――――ほら。








 ………あ、手が離れちゃいました。

 「あなたもクロノ君と同じで合図無しで出来るのね。いきなり暗くするから驚いたわ。フフ、凄いじゃない」

 「先生先生、やっぱり俺の時と態度が違うような気がするんですけど」

 「気のせいよ」

 「コレでみんなで学校にいけるね!!楓ちゃん!!!」

 「ええ、そうですね」

こうしてあすかさんと手を取り合って喜びあえて、本当に…良かった。

 「ねぇ楓、なんですぐに明るくしなかったの?」

 「べ、別に理由なんてありませんよ?」

 消した人と点けた人が違うなんて言えませんし……。

 「あれ?なんか楓ちゃん、左手が右手に比べて暖かいよ?」

 「え!?あ、コ、コレはその、さっきから手をずっと握り締めてたからですよ!!!」

 「どうして?」

 「さ、最後だったので、つい緊張しちゃいまして…。」

 言えません…『翔さんに手を握っててもらったからだ』なんて…時間が空いた理由以上に言えません!!!

 「……なんか怪しいね。あすか」

 「……うん、怪しい」

 「ほらお前ら、さっさと席につきなさい。お話を聞かなきゃいけないんだから」

 「「……はーーい」」

 ほっ。






 「じゃあ改めて聞かせてもらうわ。あなた達、うちの学校に入学する?」

儀礼のような言葉だろう。ここにいるすべての人が答えが分かっているけれど、それでも私達は答える。しっかりと、声を合わせて、

 「「「「はい」」」」

と。

 「わかりました。では正式にあなた達を【アレクサンドリア立教育機関】の生徒として認めます。はい、終わり」


 ……え?なんですかそれ?


 「あの、いくつか質問があるんですけど」

 「はい、どうぞクロノ君」

やっぱり翔さんから質問が行く。

 それもそうですね。あすかさんは…『あまり口を挟むな』と言われてましたし、晃さんはあまり先生に対して話し掛けるような人ではありませんし。

 そう言えば、こうして言葉の最後に相手の名前を付けるところはやっぱり先生なんだなぁって思います。

 「【アレクサンドリア立教育機関】ってのが正式名称なんですか?」

 「うーん、正式名称と言われると…ちょっと違うわね」

 「どういうことですか?」

 「基本的に『学校』というものは一国につき一つしかないのよ。だからこの国で『学校』と言えば一つしか指さないの。だから本来ならこの国で学校のことを口にする時はそれ以外の言葉をつける必要が無いのよ。他の学校は『アレクサンドリア』のところにその国の名前がはいるだけだし」

 「じゃあなんで『学校』って言葉じゃなくて、『教育機関』なんて呼ばれてるんですか?」

 「学校が出来た時にはまだ『学校』って言葉が無かったから。だから『教育機関』なの。後々になって『学校』って言葉が出来て、一々『教育機関』なんて呼ぶのが面倒になったから今では『学校』って呼んでるのよ」

 「へぇ~、詳しいですね」

 「む、当たり前よ。コレでも歴史の教師なんだからね」

 ……ああ、そういえばそういう設定でしたね。

 「んじゃもう一つ質問。『学校に新しく生徒を入学させる』なんてことを歴史の先生が勝手に決めちゃってもいいんですか?なんかもっと手続きとか必要ないんですか?」

 「それは全然問題ないの。さっきも言ったけど学校への入学条件は魔力保有者であることなのね。それに加えて適当な年齢であること。ここまではいい?」

 「はい」

 「じゃあこの世界の人間の中で、魔法を使える人はどれくらいの割合だと思う?」


 「…半々、くらいですか?」

 「違うわ。約4割弱」


 4割弱、ですか。聞くだけだとそんなに少なくもないような気がしますが……つまり、40人居るクラスがあって、その中の10人が使えるか使えないかって事ですよね。そう考えてみれば確かに少ないかも。

 「残りの6割の人間は魔術の使えない、いわゆる普通の人間よ。そしてこの世界では魔術が使えるか使えないかで待遇が大きく変わってくるわ。一部では選民思想みたいなものもあるしね。あとは単純に所得の差もある。どうしても魔術が使える人間じゃないと出来ない仕事というのがあるから」

 「……なるほど。だからどんな家の子供でも入学出来るように奨学金制度があって、入学に試験が無く、教師には魔力保有者を自由に入学させることが出来るって事か。いや、むしろ積極的に入学させろって言われてる感じかな?」

 「そう、完璧に正解。あなた中々鋭いわね」

 ふふん、そんなの当然です!翔さんは頭がいいんですよ!ただ面倒くさがりでやる気が無くて根気がなくて諦めが早いだけなんですから!!好きな人が他人から誉められるのって少し誇らしいですね!





 「さて、学校のことはもういいわね。細かいことは明日でいいでしょう。じゃあ最初の話に戻るわね。何かこの世界のことで質問あるかしら?」

 「はいはーい、わたしからでーす!」

 あすかさんはすごく元気が良いです。やっぱり喋りたかったんでしょうか。

 「あの町の外にあったお城みたいな建物はなんですか?やっぱり見た目どおり誰か王様でも済んでるんですか?」

 「お城?…そんなものあったかしら」

 「ありましたよ。遠くにでしたけど」

 「………あぁあぁ!アレの事ね。フフ、あれはお城なんかじゃないわよ」

 「じゃあなんなんですか?」


 「アレがあなた達が通うことになった学校よ」


 「「「「えぇぇーー!?」」」」

 あのとても大きい建物が学校ですか!?確か何かの映画で見た……ええと…何でしたっけ……まあ覚えてませんけど、あの魔法学校くらいありましたよ!!

 「驚くのも無理ないわ。あの学校は【エスタ】に在る四つの学校のうち、一番大きい学校だから。あなた達が『学校の大きさ』に対してどんな認識があるのかは判らないけど。あ、でも他の学校もあそことあまり変わらないわよ」

 「へぇーじゃあわたし達はあそこに住めるんですよね!?」

 「クス、そうよ。まあ正確にはあそこじゃなくて寮だけど……似たようなものよ。よかったわね」

 「やったぁ!!スゴイね晃ちゃん!!」

 「ち、ちょっとあすか、立ち上がんなくていいから…座って座って!」


 あ、そう言えば私も『時間』の事を聞く事になっていました。

 ですけどさっきの年齢の話から推測するに、どうやら時間の流れもあまり変わらないようですね。一日の時間も一年の時間も。じゃあ後は…お金の事ですか。

 ですがそれも入学する事になった今となっては、さほど急いで聞くような事でもありませんね。

 「じゃあ最後に一つだけ良いですか?」

 「あら、もう最後でいいの?」

 「まあ今のところは」

 私達が聞こうと思っていた事は聞く必要がなくなりましたからね。あすかさんと晃さんはお金の事を訊かない翔さんに不思議そうな顔をして翔さんを見ていますけど、後で説明してあげましょうか。翔さんは絶対してくれないでしょうし。

 「学校の事についてなんですけど、いつ頃からになりそうですか?主に入寮が」

 「明日よ」

 そんなに早く出来るんですか!?

 「はぁ、明日ですか。ありがとうございます」

 「なぁに、クロノ君は他の子と違ってあまり驚かなかったみたいね。期待してたのに」

 「……もう今日は驚く事に疲れたんですよ。今なら何を言われても冷静に受け止められますね」

 「あらそう。実は私、産まれた時は男だったのよ。一昨年おととし性転換したの」

 「「「えぇ!!!?」」」

 「……冗談よ。あなた達が驚いてどうするのよ」

 「俺は嘘だって事がすぐにわかりましたからね」

 「……ふぅん。後学のためにその理由を教えてもらえないかしら?」

 教師が後学のために嘘の見分け方を教わるって言うのはどうなんでしょうか。生徒がついた嘘を見分けると言う事なのか、自分の嘘を見分けられなくすると言うことなのか…どちらでしょう。

 「う~ん、言葉じゃ説明し辛いですね。なんて言うかこう…『感覚』ですかね。俺自身よく嘘をつくのでなんとなく判るって言う感じですね。もちろん確実なものじゃないですけど」

 「なによ、結構あやふやなのね」

 「そりゃそうですよ。他人が考えている事なんて判るわけ無いでしょう?あとは精々少しだけしぐさに出るくらいですよ」

 「あ、それは私も聞いた事あります。確か嘘をつくとき視線が右上のほうに行ったり手が不自然に動いたりと言うものですよね」

 「そうそうそれそれ。それにしても秋月、お前よく知ってるな」

 前に心理学か何かの本に書いてあったのを覚えてたんですけど…今ここでそんな事言ったら『記憶が戻ったのか』と言う事になってしまうかもしれませんので、ここは黙っておきましょう。


 「話が逸れたわね。元に戻しましょう。それで学校の事なんだけど、一応入寮も入学も明日からということになるわね。幸い新学期になってからほとんど時間が過ぎてないから授業の遅れも無いから、その辺の事は気にしなくて良いわ。まだ一学期だし、あなた達は一年生になるから」

 私達は高校ニ年生なんですけど……まあアメリカとか中国も日本とは学年の分け方が違いますし、似たようなものでしょう。

 「はい、それを聞いて安心しました。劣等性にはなりたくないですからね。ハハハ」

 ………なぁーにが『安心しました』ですか。翔さんは遅れてたって全く気にしないでしょうに。



 「あ、そういえば一週間とか一ヶ月とか……歳月の話はまだしてなかったわね。別に今しなきゃいけない話でもないけど…どうする?」

 あ、丁度話があがりましたね。お願いしちゃいましょうか。

 でも…なんというか『この世界』、不思議なほどに『私達の世界』と似通っていますし、恐らく同じでしょう。

 「私達の世界では一週間って言うくくりがあって、七日間で一週間なの。一週間が四つで一ヶ月、それが12で一年ね。ちょっと覚えづらいかしら」

 「いえ、全くもって問題ないです。簡単に覚えられました」

 同じ物ですからね。


 「じゃあ次ね。その一週間の七日間にはそれぞれ呼び名があるのよ。その曜日によって学校や仕事なんかが有るか無いかが決まるから、こっちのほうもしっかり覚えてね。一週間の最初の日が【ヘリオス】。言い方としては『ヘリオスの曜日』ね。次が【セレネ】、次が【アレス】、次が…」

 「ちょ、ちょっと待ってください。そんなにドンドン言われても覚えられませんって。秋月、メモってもらえる?」

 「あ、わかりました」

 どうしてこんなところだけ違うんでしょう……それに聞きなれない言葉でしたし。

 「もうちょいゆっくりお願いしますよ先生」

 「はいはい、わかったわよ。じゃあもう一度ね。まず最初が【ヘリオス】よ。この日は仕事も学校も基本的にお休みの日よ。もっともお店なんかはお客さんが沢山来るから稼ぎ時なんだけどね」

 【ヘリオス】……日曜に当たる曜日でしょうか。

 「次が【セレネ】。休み明けだから無気力な人が多いわ。因みに今日はこの曜日なのよ」

 【セレネ】、と。

 「後は別に説明なんて無いから名前だけ言うわね。いい?カエデちゃん」

 「あ、はい、大丈夫です。お願いします」

 「三日目が【アレス】、そこから順に【ヘルメス】、【ゼウス】、【アフロディテ】、【クロノス】よ。そしたらまた【ヘリオス】に戻るの。『第二ヘリオス』なんて言い方もするわ」

 えっと…もしかしてこれって全部神様の名前なんじゃないですか?『ゼウス』と『アフロディテ』は聞き覚えがありますし。

 あすかさんと晃さんも不思議そうな表情をしてますね。…いえ、あすかさんの場合は『何その言葉』という感じですか。翔さんは気付いてるみたいですが……なにか怪訝そうな表情でもありますね。


 「どうしたの?クロノ君。なにか思い当たる節でもあった?」

 「…いえ、なんでもないです。それより、他に暦関係で覚えておいたほうがいい事ってありますか?」

 「そうね、あとは月の呼び方。別名があるってことも覚えてない?」

 「はい、何も」

 「そう、じゃあ教えてあげるけど、曜日と違ってこっちのほうはあまり呼ばれないからそこまで無理して覚えなくても大丈夫よ。こっちの人でも言えない人が結構いるから。普通に一月、二月…って呼べばいいだけだしね」

 ということは今から説明されるのは私達で言う『睦月、如月…』とかと同じでしょうか。

 「まず最初が【アインス】。因みに今月ね。二月が【ツヴァイ】、三月が【ドライ】よ」

 【アインス】、【ツヴァイ】、【ドライ】って…まさかコレ………ドイツ語の数字の数え方?

 「そして次が…」

 「…【フィーア】、【フュンフ】、【ゼクス】、【ジーベン】、【アハト】、【ノイン】、【ツェーン】、【エルフ】、【ツヴェルフ】…ですか?」

 「…あら?思い出したの?」

 「…ええ、最初を聞いたら思い出しました」

 へぇ、翔さんってドイツ語の数え方も知っていたんですか。私はゼクス辺りまでしか知りませんでしたよ。




 「さて、私の講義もこの辺りまででいいわよね。もう他に質問は無いんでしょ?」

 「はい、大丈夫です」

 「じゃあ私はちょっと出かけてくるから留守番お願いね」

 「え?ちょっと、何処行くんですか?」

 「決まってるじゃない、学校よ。あなた達の事を機関長に話してくるの」

 機関長………校長の事?

 「そうじゃなくて…見ず知らずの私達を自分の家に置いていくんですか?」

 「なぁに?あなた達、泥棒でもするの?」

 「なっ!しませんよ!」

 「じゃあ問題ないじゃない。それに家を出ると言っても30分くらいで帰ってくるから大丈夫よ」

 「え、あんなに遠くまで行くのに往復30分もかからないんですか?」

 「まあね。その辺は魔術のお陰ってやつよ」

 『魔術』―――どうやっているのかは知りませんが便利ですね。本当に魔力があって良かったです。

 「それじゃあ行ってくるわね。あ、あまり家の中は漁らないでね。危険なものとかも多々あるから。それにクロノ君、私の箪笥は開けちゃダメよ」

 「開けないよ!!」


 ……本当に行っちゃいましたね。大雑把というかなんというか…見た目にそぐわない性格の持ち主ですよね。

 「ったく、なんなんだあの教師は!いい奴だと思って損した!ホントに開けて漁ってやろうか!」

 「…そんなことさせないよ」

 「じ、冗談だよ冗談。そんなに怖い顔すんなって晃」

 「…本当ですか?」

 「本当だよ!秋月までどうしたんだよ!冗談に決まってるだろ!?」

 ……なら良いですけど。


 「それにしても翔ちゃん、なんでさっきは月の呼び方を言えたの?」

 「あん?あぁ、あれか。あれは何でかは知らないけどドイツ語の数字の数え方だったんだよ。英語で言う『ワン、ツー、スリー』ってやつだ」

 「へぇー、面白い偶然もあったものだね。ここまでわたし達の世界と似ているなんて」

 「それだけじゃない。曜日のほうも俺達の世界のものなんだ。秋月は気付いた?」

 「はい!」

 全部神様の名前って事ですよね!

 「どういうこと?ボクもどこかで聞いた事あるような気がした事はしたんだけど、全然わからないよ」

 「わたしなんてこの世界特有の言葉かと思ったよ」

 なんていうか…晃さんとあすかさんが知らない事を私と翔さんだけが知っていると言う状況は、やっぱり少し嬉しいです。

 「まぁ二人が判らないのも無理は無いな。アレは全部北欧神話に出てくるの神様の名前なんだよ」

 ほーら、やっぱり!


 「そしてあの曜日の当てはめ方は古代ギリシアで使われていたものと同じなんだ。もっとも、本当に使われていたかどうかはわからないらしいけどさ」


 …………。


 「へー、相変わらずよくそんな事知ってるね」

 「俺はそうゆう神話とかが好きだったからちょくちょくそれ系の本とか読んでたからさ。それにしても秋月、こんなマイナーな知識までお前も良く知ってたな。流石に頭良いな」

 「そうそう、楓ちゃんもすごいよ!」

 「え!?あ、タマタマですよ!タマタマ!」

 ……た、たまにはこうゆう事もありますよね!




 「それにしても学校、か。まさかまた通う事になるとはなぁ」

 「ボクとしては少し嬉しいな。これでやっと普通に女の子として通えるしね!」

 「せっかくまた通う事になったんだから翔ちゃんも真面目にやってみなよ」

 「けっ、絶対ヤダね」

 「ふふ、駅までの帰り道の時と同じような話になってますね」

 「そういやそうだねー。なんかわたし達って緊張感ないねー」

 「それはお前ら三人だけだろ。俺なんか山椒の3倍くらいピリピリしてるっての」

 「はいそれダウト。翔の何処がピリピリしてるの?普通緊張してる人はそんなにダラッとソファーにもたれかかったりしてないと思うよ」

 「……ところで話は変わるけれど」

 なんともまあ強引な話の変え方ですねー。


 「お前らってさ、『魔術』とか『魔法』とかについてどれくらいの知識がある?俺はソコソコホニャララトゥルトゥルトゥって感じなんだけど」

なんですかそれ。

 「…う~ん、わたしはほとんど何も知らないなぁ。ゲームとかは全然やらないから。精々あの有名なファンタジー小説とかで少し知ってるくらいだよ。漫画も少女漫画ばっかりだし」

 「ボクもあすかと変わらないな。『秘密の部屋』までは映画で見たよ」

 「あ、私もそうです」

 「へっへ~ん、わたしは『アズカバン』までだよ。わたしの勝ち!」

 「なっ、ボクだって小説なら『炎のゴブレット』の『上巻』まで読んだもんね!ボクの勝ち!」

 「お二人ともまだまだですね。私は『謎のプリンス』まで読みましたよ」

 「「負けたーー!」」

 「…何無駄に張り合ってるんだよ。ちょっと静かにしなさい」

 あぅ、怒られてしまいました…。


 「でも面白いよなぁ。考えただけで光ったり消えたりするんだよ?ほら」

 ああぁ、そんなにパパパパと明るくしたり暗くしたりしたら目に悪いですよ。

 「なんで急にわたし達に魔力なんてのが生まれたんだろうね。前の世界じゃそんなの無かったはずなのに」

 「…あーそれはあれだよ日向、また例によって例の如く考えても判らないってやつの類なんだよ。悩んでもしょうがないよ」

 「そっかぁ、そうだよねぇ」

 「それにしても不思議ですよね」

 魔力のある人はどうやってその魔力を使ってるんでしょうか。ただ思い浮かべるだけで使う事が出来るなんて…それも『使っている』という自覚無しでなんて。


 「他にどんな事が出来んだろ。ちょっと試してみよう」

 「ダ、ダメだよ翔。もし変な事が起きちゃったらどうするの?」

 「そうだよ翔ちゃん!」

 「ダイジョブダイジョブ、俺を信じろって。な、秋月」

 「え?あ、はい、そうですね」

 何を言われたのか判らないまま返事をしちゃいましたけど…大丈夫でしょうか。

 「よし、じゃあやるか!」

 「…もぅ、何が起きても知らないよ?」

 翔さんは何をやる、と?

 「………つっても、なにをやればいいんだ?」

 「ガクッ。何も考えてなかったの?」

 「じゃあさじゃあさ、風起こせないかな、風!こう、ヒューーンって!!」

 「…風か。なんとなくイメージしづらいけど…まあやってみっか!」

 え?あ、魔術を使うんですか?

 「俺もあの先生を見習って指を鳴らしてやろっと。じゃあ行くぞ?せーの………」


パチンッ


 わわわわわわっっっっっ!!!!!スカートがスカートがスカートが!!!!

 「………日向さん、秋月さん、どうもありがとうございました。白かったり水色だったりです。ペコリ」

 「ち、ちょっと翔ちゃん!!もっと弱くやってよ!!!」

 「そ、そうですよ!!何をやってるんですか!!!」

 「………堂々とスカートめくりをするなんて、さすが翔、勇気あるね」

 「ち、ちがう!!不可抗力だ!!決してわざとではない!!」

 「「問答無用です!!!」」


バシン!!バシン!!


 「へぶっっ!!!」

 あら、おもわずてがでてしまいましたわたしったらとんでもないことを。

 「……いっってぇ~~。お前らなぁ、両サイドから同時に叩かれたら勢いが殺せなくてダメージが増えるだろうが!!」

 「あーらごめんあそばせ」

 私は黙ってましょう。

 「ったくよぉ。ホントにわざとじゃないのに。…あ、そうだ晃、今の脳裏に焼き付いた絶景のお陰でちょっと聞きたい事が出来たんだけど、良い?」

 ……あらいやだ、もう一度叩かなければいけないんでしょうか。

 「全然構わないよ。なに?」

 「いやなに、そんな大層なことじゃないんだ。ふと思ったんだけどさ、お前今どんなパンツ履いてるんだ?」





ボグッ!!!

 「がふっっ!!!」

バッターーン

 ……………今の晃さんの手、グーでしたね。






 「な、な、な、な、何を聞いているのかな君は!!!??女の子に向かって!!!」

 「ま、待て、待ってくれ。別にいやらしい意味じゃ…」

 「その質問のどこがいやらしくないのさ!!!」

 「ス、ストップストップ!!!痛いイタイいたいITAI!!蹴るな!!」

 ……………一応晃さんを止めますか。一応。

 「ほーら晃ちゃん、ドウドウ」

 「晃さん、落ち着いてください」

 あぁ、まだフーフー言ってます。

 「イテテ…ほら、早く落ち着けって」

 「翔が変な事聞くからこうなったんだよ!!」

 「だーかーらー別にいやらしい質問じゃないって言ってるだろ?そりゃちょっと聞き方が悪かったかもしんないけどさ…」

 「じゃあどういう意味なのさ!!」

 「だからさーお前ってずっと男のフリをしてたわけだろ?だから下着とかはどっちを履いてのかなって思っただけなんだよ」


 ………まったく、言葉が少なすぎですよ。『どんなパンツ履いてるんだ?』なんて……ただの変態じゃないですか。

 「………基本的には男物だよ。じゃないと万が一見られたときに大変だからね。でも家の中では女物だったかな」

 「ふーん。お前も大変だったんだな」

 それはそうですよね。私だったらいきなり『明日から男として生きろ』なんて言われても絶対に無理ですから。……本当に大変だったのでしょうね。


 「よっしゃ、話を元に戻そう」

なんだか私達っていっつもすぐに話が脱線してしまいますよねぇ。誰のせいでしょうか。

 「取り敢えず風を起こす事は出来るみたいだな。ほれ、お前らもやってみ」

 「…ヤダ」

 「…イヤです」

 「はぁ?どうしてだよ」

 「ボクと違ってスカートがまくれるからでしょ?」

そうゆうことです。

 「そんなもん簡単だよ。さっきあの先生が言ってたろ?魔術は『想像』だってよ。だからすこし弱めの風を想像すりゃいいんだよ」

あぁ、確かにそうですね。

 「翔さんは先ほどは何をイメージしていたんですか?」

 「俺?俺はアレだよ、駅のホームにいる時を想像したんだよ。毎日受けてるからさ」

 「だからあんなに風が強かったのか」

そういうことですか。理由だけには納得です。

 ……いえ、でもそれなら何故下から上向きに風が?

 「じゃあ今度はわたしが一番にやってみるね!…あ、そうだ。ねぇねぇ翔ちゃん翔ちゃん」

 「何度も呼ばなくても聞こえてるっての。なんだ?」

 「わたしにも指の鳴らし方を教えてくれないかな?やっぱり手を叩くよりもそっちのほうがカッコイイし!」

 「あーー……あれは中々聞いただけじゃ出来ないんだよ。だから後で教えてやる事は教えてやるから今すぐってのは諦めてくれたまえ」

そうですねぇ……確かに教わっただけじゃ出来ないんですよねぇ。あと口笛とかも。私は出来ますけど。

 「えぇ~じゃあわたしだけ手を叩くのぉ~?なんかかっこ悪いよ」

 「ん~っとじゃあ言葉を言うのはどうだ?」

 「『かぜ!』って言うの?それもちょっと…」

 「ちがうちがう、『風よ!!』って言うんだよ。『よ』があるかないかで結構違くね?」

 「………うーん、それならいいかも。そうだな~じゃあわたしは扇風機の『弱』位の風を起こしてみようかな」

 「おうがんばれ。出来るだけ鮮明にな」

 「がんば、あすか」

 「がんばってください!」

 「じゃあいっくよぉ~。……………『かぜ』よっ!!!」

 あ、髪の毛が風で……。成功ですね!

 「出来た!出来たよ!!」

 「おう、よくやったな。誉めて使わす」

 「やりましたね、あすかさん!」

 「いやーあすかでも出来るんだねー」

 「当然だね!!」

 「じゃあ次はボクが…」


コンコン


――デラクールさんが帰ってきたみたいですね。

 「入るわよー」

 「あっちゃー残念だったね晃ちゃん」

 「ん~別にいいよ。また今度やるから」

 「あら?何かしていたの?」

 「ええ、少し魔術を試してみたんです。とは言ってもついさっき始めたばっかりでしたので、翔さんとあすかさんだけですけど」

 本当は私もやってみたかったんですけど…別に今でなくても良いでしょう。晃さんの言う通り明日でも構いませんしね。

 でももし眠って、目覚めたら元の世界だったらどうしましょうか。ありがたい事はありがたいんですけど、それはそれで少し残念です。

 「………魔術?あなた達、出来たの?」

 「はいっ!さっきわたしと翔ちゃんが風を起こしたんですよ!!」

 「へぇ~、すごいじゃない。もしかしたらあなた達、他の人よりも才能あるかもしれないわよ。それより部屋の物は何も壊してないわよね?」

 「あ、それは大丈夫ですけど…『他の人より』ってどうゆうことですか?」

 「だってあなたとアスカちゃんはまだ魔術の使い方について習っていないでしょう?それなのに『風』を起こせたって事は、もしかしたら才能があるかもしれないって事なのよ」

 ………?どうしてでしょう。

 「先ほどデラクールさんは『魔術は想像だ』とおっしゃいましたよね?と言う事は魔力の有る人はすぐにでも魔術を使う事が出来るんじゃないんですか?」

 「違うわ。確かに私はそう言ったしそれが魔術使用時におけるもっとも重要な事ではあるけれど、でもそれを実際に行うのは口で言うほど簡単なものではないのよ」

 「…良くわかりませんね」

 「つまり、いくら一概に『想像』と言ってもキチンとした『やりかた』ってものがあるのよ。ただ想像するんじゃなくてその想像に魔力を乗せられるような想像の仕方、ただ魔術を使おうとするんじゃなくて魔力がとおりやすいような魔術の使い方、とか色々ね。その辺りの事は本来学校で教わる事なんだけど、それなのにあなたたちは入学前の今すでに魔術が使えるって言うから、もしかしたら才能があるんじゃないかと思ったのよ。もっとも、親が魔術を使えるような家庭だったりすると入学してすぐに魔術が使える子もいる事はいるから、もしかしたらあなた達もそうだったのかもしれないわね」

 「では記憶を失う前の私達がどこかの学校の生徒だった、と言う事は考えなかったんですか?」

 他の学校の生徒が、記憶は無くしたけれど魔術の使い方だけは忘れていなかった、と思われる可能性も無い事は無いんじゃないかな、と思いまして。

 「その考えもあったわよ。あなた達の服装は私からしてみれば生地といい造形といい見た事無いものだったけど、カエデちゃんとアスカちゃんが、アキラちゃんとクロノ君が同じ服を着ているってことはどこかの制服かもしれないと思ったわ。でもその考えもなくなったわ」

 「では、何故?」

 「魔術を習い始めるのはあなた達の年齢からなのよ。しかも、さっきも言ったけどまだ新学期が始まってからほとんど時間が空いていないの。だからまだあなた達の年代の人はやっと魔力という物がどういうものか、自分の属性はいったい何なのか、それと一番簡単な《身体強化》くらいまでしか習っていない筈なのよ。にも関わらず今、魔術を使った。だからね。それにここから最も近い学校は少なくとも国境を越えなければいけないのよ?いくらあなた達に才能があったとしても、この時期に他国に来ることはありえないから」

 ま~た新しい言葉が出てきましたねぇ。今度は『属性』ですか。まぁ大体想像はつきますけど。

 「フラーさんフラーさん、属性ってその人の趣味嗜好のことですか?」

 ……そんなわけ無いでしょう。真顔で何を言っているんですかあすかさんは。晃さんも笑ってますし、翔さんに至っては痙攣してますよ。

 「…いまいちあなたの言っている事が判らないけどとりあえず違う事だけは確かだわ。『属性』って言うのは魔術の種類の事よ。自分が持っている種類の属性の魔術なら使えるんだけど、持っていない属性の魔術は使えないのよ。例えば、アスカちゃんはさっき『風』の魔術を使ったんでしょう?だったらあアスカちゃんは『風』の属性保有者ってことになるのよ」

 「へぇ~。他にはどんなのがあるんですか?」

 「ん~申し訳ないんだけど、その辺りの事は明日調べるからその時にしない?そろそろ私疲れちゃったわよ。もう結構な時間なんだけど」

 え?………あら、何時の間にか窓の外の景色が真っ暗でした。


 「というわけで、そろそろご飯にしない?今から外に食べに行くのも面倒だから私が何か作るわ。とは言ってもたいしたものは作れないんだけどね」

 「いいんですか?ありがとうございますフラーさん!」

 あーすごく良い笑顔ですねー。

 「…それよりも俺は風呂に入りたい」

 「あーボクも」

 あ、私もお風呂に入りたいです。

 「申し訳ないんだけどこの家にはシャワーしかないのよ。この家を買う時に、普段は私も寮に住んでるからお風呂は無くてもいいかな~って思ったから。ごめんなさいね」

 「あぅ、そうなんですか。残念です」

 「……お風呂入りたかったなぁ」

 「まぁシャワーだけでもお借りできて良かったじゃないですか。もしデラクールさんにお会いしていなければ野宿だったかもしれないんですよ?」

 「俺はシャワーだけでもまったく問題ないがね」

 「翔さんと私達を一緒にしないでください。女の子はみんなお風呂が好きなんです」

 「私も女だからその気持ちはすごく判るわ。寮に入ればちゃんとお風呂があるから今日のところは我慢して頂戴ね」

 「いえいえ、うちのわがまま娘三人が文句なんぞを言って申し訳ありませんね」

 私は言ってませんよ!


 「それよりもあなた達、着替えはどうする?私の服を貸しましょうか?」

 「ぜひお願いします」

 「あ、ボクもボクも」

 「わたしもー」

 「はい、了解。それで……クロノ君はどうする?」

 「なんですかそのニヤニヤした顔は!女物の服なんて借りるわけ無いでしょう!!俺は着替えくらいちゃんと持ってますよ」

 「…ちっ」

 「……え?舌打ち?」

 「じゃあ用意するから少し待っててね」

 「うぉい!無視か!」



 「でもなんで翔ちゃん着替えなんて持ってるの?」

 「あん?今日は六時間目に体育があったからさ。一々制服を着なおすのは面倒だったから帰りは私服で帰ろうと思って持ってきたんだけど、結局私服は教室に置いたままで更衣室に持ってくの忘れたから、しかたなく制服着てるんだよ」

 「ふ~ん、運が良かったね」

 「ま、コレも俺の日頃の行いがいいお陰だな」

 「ねぇ翔、そんなボケにボクは突っ込まないからね」

 「ボケじゃないし!本心だっつーの!」

 「ま、まぁまぁ、あすかさんも晃さんもそんな猜疑心(さいぎしん)に満ちた顔は止めましょうよ。こういった面白い冗談を本心から言うのが翔さんなんですから」

 「…ねぇねぇ、全然フォローになってないよね。それにそもそも全然俺の言ってる事を信じてくれてないよね」

 「なに騒いでるの?服、持ってきたわよ」

 「あ、ありがとうございます」

 「アキラちゃんとカエデちゃんは問題ないんだけど、アスカちゃんには少し大きいかも知れないわ」

 「あ、いえ、全然大丈夫ですよ」

 「それでコレがクロノ君のぶんよ」

 「だからいらないっつーの!!しかもそれが一番女っぽい服じゃないか!!何でそれだけヒラヒラしたものがいっぱいついてるんだよ!!」

 「あらイヤね、年上に向かってそんな粗雑な言葉遣いはダメよ」

 「そうだよ翔ちゃん。フラーさんはわたし達の命の恩人と言っても過言じゃないんだからね?」

 「そうそう、あすかの言うとおりだよ翔。ちゃんと敬語を使いなよ」

 「それに結構可愛い服じゃないですか」

 「あーーもーーなんなんだこいつらは!めんどくせぇー!!」

 あら、少しからかい過ぎちゃいました。


 「さてと、じゃあ私はご飯の準備をしてくるわ。その間にあなた達はシャワーを浴びてきちゃってね」

 「あの、私手伝いましょうか?」

 「お客さんにそんな事はさせられないわよ。良いから浴びてきちゃいなさい。あ、シャワーはあの部屋よ。タオルとかは適当に使って良いから」

 「はい、わかりました。ありがとうございます」

本当、優しい人ですねぇ。

 「んじゃ、誰から入る?」

 「わたしはいつでもいーよー」

 「ボクもいつでも」

 「私もです」

 「なんだよみんな適当だなぁ。じゃあアレで良いか。背の順で」

 あー背の順なんて言葉、久しぶりに聞きました。

 「じゃあわたしからだね。じゃあ行ってきまーす!」

 「はい、行ってらっしゃい」

 「なるべく早めにね」

 「滑って転んで頭打ったりすんなよ」

 「わかった!気をつけるね!」

 そこは『そんなことしないよぅ!』じゃないんですね。

 「つってもやることねぇなぁ」

 「確かに暇だね」

 あぅ、私も晃さんや翔さんみたいに横になりたいですけど……スカートですし。しょうがないからソファーにもたれかかりましょう。







 ――――――――――――――はぁ……暇ですねぇ。ボーっとするのにも疲れてきましたし。


 お手伝いもしなくて良いと言われてしまいましたし……あ、そういえばカバンの中に……ありましたありました。お昼休みの食後にやるためにこういった玩具は常備してあるんですよね。

 「私トランプ持ってますけど…なにかやります?」

 「おートランプか。やろうやろう」

 「でも3人しかいないよ?」

 「いーのいーの、単なる暇つぶしなんだから」

 「じゃあ罰ゲームはどうします?」

 「別に無しでいいっしょ。俺達だけで罰ゲームありのトランプなんて不公平だからな。やる時はちゃんと日向も入れないと」

 「じゃあなにやろうか」

 「ババ抜きでいいんじゃないですか?」

 「あーいいよいいよ。んじゃ配るから貸して」

 カードを配るのは翔さんが一番うまいんですよね。あと切るのも。相変わらず速いです。


 「ねぇ翔、ひとつ聞いて言いかな?」

 「あん?なんだよ」

 「ちゃんとババ一枚抜いた?」

 「………そーゆー大事な事はもっと早く言えよ!」

 「ボクのせい!?」

 「ならジジ抜きにしません?回収するのも面倒ですし」

 「あーオッケーオッケー。さすが秋月、晃とは頭の出来が違うねぇ」

 「ババ抜きなのにババを抜き忘れたヤツが何言ってんのさ」

 「うっさいうっさい。ほら、配り終わったから早くやるぞ」

 「コレって同じカードは手札から抜く時に裏にするんでしたっけ?」

 「そりゃそうっしょ。じゃないとなにがジジなのかわかっちゃうかもしれないだろ」

 「え、なに?余ったカードって『ジジ』っていう言い方するの?」

 「じゃあ晃はあのカードをなんて呼ぶんだよ」

 「いや、特になんとも呼ばないけど」

 確かに『ババ』は常識ですけど『ジジ』っていうのはあまり聞きませんよね。

 「まあ何でもいいじゃないですか。それより早く始めましょう。私は捨て終わりましたよ」

 「ボクもだよ」

 「俺もオッケーだ。…なんだ、みんな少ないな」

私と晃さんが2枚で翔さんが3枚ですね。

 「なんか短期決戦だね」

 「いやいや、こう言うときに限ってジジが回って中々決着がつかないもんなんだよ」

 「じゃあ誰から引きます?」

 「一番枚数が多い翔からで良いんじゃない?」

 「俺としては最初に引いてもらいたかったんだけど……まあいいや。ほら晃、手札をはよう見せい。……これだ!―――よし、一枚減った!」


 「じゃあボクは楓からだね。―――あ!同じだ。ボク上がり!」


 「はやっ!」

 「う~ん……なんか早くあがっちゃうとつまんないなぁ」

 「けっ、それが一位の宿命だよコノヤロウ」

 あーとっても悔しそうですね……私も少しそうですけど。私も晃さんにちょこっと嫌味の一つでも言っておきましょうか。

 「最後の二択でジジを取り合うのも結構楽しいですからね」

 「そうそう、一位の人はそこで俺達の無駄に盛り上がる戦いを見てな。ほれ、はよぅ引きぃや」


 「あ、はい。―――あ……私も上がっちゃいました」


 「………」

 なんか…とても申し訳ない気持ちに……。

 「あっはっはっは!!いやぁ~とっても白熱した戦いだったね翔!!手に汗握っちゃったよ!」

 「ぐっ………!」

 まさか一周で終わってしまうとは……あら?あすかさんが上がってきたみたいですね。なんとも早い……やっぱり子供は早くお風呂から上がりたくなるんでしょうか。

 「ただいま~。次は誰がはいるぅ~?」

 「晃ぁ!お前さっさと行け!」

 あ、八つ当たり。

 「翔もそう言ってることだし……ねぇ楓、ボクが先に行ってもいいよね?背の順からしてもさ」

 「あ、はい、どうぞ」

 「んじゃ行ってくるね」

 「早く行けっての!」

 晃さん、すごくいい笑顔でしたね…。


 「なになに?なんで翔ちゃん拗ねてるの?」

 「拗ねてない!」

 「いま三人でジジ抜きをやっていたんです。そしたら翔さんがあっさり負けてしまったんですよ」

 「あ~そうなんだ。まったく、そんな事くらいで拗ねるなんて翔ちゃんもまだまだ子供だなぁ」

 「お前に言われたくないし拗ねてもいない!!ほら、もう一回やるぞ!」

 「相変わらず翔ちゃんは負けず嫌いだね。これって罰ゲームあり?」

 「いえ、三人でやるのは不公平だという事で今回は無しです」

 「ほら、配り終わったぞ」

 「あ、ちゃんとさっきのジジ入れ替えた?」

 「………そーゆー大事な事はもっと早く言えよ!」

 「わたしのせい!?」

 なんかさっきも同じようなやり取りをしてましたねぇ。

 「まぁ適当に入れ替えれば良いじゃないですか」

 「そうそうその通りだ。さすが秋月、日向とは頭の出来が違うねぇ」

 「入れ替え忘れてたくせに何言ってんの」

 「うっさいうっさい。ほら、入れ替えたから早くやるぞ。あ、捨てるカードはちゃんと裏にしろよな」

 「わかってるよ。―――――あ」

 ―――――あ。

 「ん?どうした二人とも」

 これは………。


 「ごめん翔ちゃん、…手札なくなっちゃった」

 「…私もです」


 ということはつまり、翔さんの手札もなくなるわけで。

 ………ジジ以外は。

 「……………もう……ジジ抜きやめようか…」

 「う、うん。わたしはかまわないよ!」

 「そ、そうですね。少し休憩にしましょう!」

 えっと…なにかこの雰囲気を払拭するような話題がないものでしょうか……。


 「そ、そういえばデラクールさんにお借りした服、私達の世界の物とあまり変わらないようですね」

 あすかさんはTシャツにハーフパンツですね。ただ多分デラクールさんが着ていたら膝上なんでしょうけどあすかさんが着ると膝下です。Tシャツの丈は………あのアレのせいでちょうど良いみたいですけどぉー。

 「うん。生地はわたし達の服よりもちょっと荒い気がするけど別にチクチクするわけじゃないし、全然問題ないよ」

 それは安心です。翔さんは……まだ復帰していないみたいですね。………今のうちに聞いておきましょっと。

 「……ボソボソ(あの………下着はどうしてるんですか?)」

 「え?あぁうん、……ボソボソ(流石に下着を借りるわけにはいかないし、かといって翔ちゃんがいるし、つけないのも不味いから我慢して同じの着てるよ)」

 あー……やっぱりそうですよねぇ。

 早い内にデラクールさんに服が買えるお店を聞かないと…!!

 「あん?何話してんだ?」

 「えっ!?いや、なんでもないですよ!なんでも!」

 「そうそう!翔ちゃんは気にしなくても良いよ!」

 「な、なんだよすごい剣幕だな」

こんな話聞かせられないですよ……。

 「次どうぞー」

 あ、晃さんも早いですね。

 「あれ?もうトランプは止めちゃったの?」

 「ん?ああ、あんなモンもうやっとられんわ」

 「なんか今日の翔ちゃんはスッゴク弱いの」

 「ええい、いらんことを言うな!」

 「なに?あすか達の時も負けたの?」

 「うん。アレはまさに翔ちゃんがわたし達に手も足も出なかったって感じだったよ。ねー楓ちゃん」

 「え、ええ。そういうことになりますね」

 まぁゲームが始まる前に決着がついてしまえば確かに何も出来ませんよね…。

 「ぬぁ~に言ってんだよ。あんなの偶然だろグウゼン!」

 「あれ?『運も実力のうち』じゃないの?」

 「うぐっ……!」

 「なんでもいいけどさ、次は誰が行くの?流れ的には楓だと思うけど」

 確かにここまで女の子が続きましたし。背の順でもそうですし。

 「先に行ってくれ秋月。男の俺が急に間に入るのもなんとなくおかしいような気がするし、何より俺はやっぱりこのチビッコとオカマをボコボコにしなきゃいけないんだ」

 「オカマじゃない!」 「チビッコっていわないで!」

 「はぁ、わかりました。じゃあ私が行きますね」

 「行ってらっしゃい」

 「いってらっしゃ~い」

 「いってら」

 さて、そうと決まれば着替え着替え、と……。

 「よし、やるぞ二人とも!俺の本当の実力を見せてやる!七並べで勝負だ!」

 「よぉーし、望むところだよ!」

 「ねぇ翔、配る前にさっきのジジを入れてジョーカー一枚抜いた?」

 「……………」

このやり取りも三回目ですね。






 はてさて、まだ後に翔さんがいらっしゃいますし、私も早めに上がらないといけませんね。さっさと服を脱いじゃいましょう。―――脱いだ服は…部屋の隅に置いておけば良いですか。……あれ?この扉、鍵がついていませんね。……………まあ大丈夫でしょう。翔さんも向こうでトランプしていますし。

 さてと……これまたデカデカと『洗髪料』と書かれていますね。隣には『洗体料』と『洗顔料』ですか。他には見当たらないという事は…シャンプーだけですか。

 まぁデラクールさんも普段は学校で寝泊りしているとおっしゃっていましたし、恐らくこの家に泊まることは殆どないために他のものが無いんでしょう。いや、そうに違いありません。そうであってください。

 それにしてもコレ、どこにも『シャンプー』とか『ボディーソープ』などのカタカナが書かれてありませんね。いえ、正確にはカタカナ表記の英語が。カタカナ自体はちらほらありました。

 もしかしたらこの世界では英語文化が無いのでしょうか。……いえ、ですが先ほどデラクールさんは『シャワー』という言葉は使っていらっしゃいましたし、そういうわけじゃないのかもしれません。コレだってもしかしたら商品の特性上わざと日本語表記されているのかもしれませんし。あ、ですけど今私達がいるのは日本じゃないから…えっと……ア、アレクサンドリア語?……言いづらい。



―――――――――色々と考えながら手を動かしていたらもう全ての工程が終わっちゃいました。


 やる事が髪と身体を洗うだけならそれほど時間もかかりませんし、あすかさんや晃さんが早かったのも同じ理由でしょう。それじゃあ早くあがっちゃいますか。

 えっとタオルは……あ、ありましたありました。確か自由に使っていいとおっしゃっていまし、ありがたく使わせてもらいましょう。

 うぅ~やっぱりお風呂上りに同じ下着を着けるのは少し抵抗がありますけど……仕方ないですね。

 あ、私もあすかさんや晃さんと同じような服です。なにやらあまり覚えが無い触り心地ですけど。じゃあ、出ますか。


 「私もあがりました。……って何で翔さんはうつ伏せに倒れているんですか?」

 「え?あ、あぁお帰り楓。えっと、コレはちょっとした不幸が重なっちゃった結果なんだよ」

 「不幸?どうかしたんですか?」

 「あのね、楓ちゃんが行った後にわたし達は七並べをしてたのね」

 「それは知ってますけど」

 「うん。それでさ、カードも配り終わったからゲームを始めたの。そこまでは普通だったの」

 まぁなんら問題は無いですね。

 「それで最初は翔からだったんだけど、翔がいきなりパスをしたの」

 ……あ~なんとなくこの後の想像がつきました。

 「その時はボクも翔の作戦だと思ったから二人ともパスしたんだよ。三回までしかパスは使えないけど、少なくともボクは手札的にパス使い切っちゃってもいけそうな感じだったし」

 「わたしもそうだったから空気を読んでパス。そしたらまぁそのまま流れるように、ね……」

 翔さんがまたパス、晃さんとあすかさんもパス………それが続いてお終い、という事ですか。

 「翔ちゃんはその時から今までずっとあの体勢なの」

 「結局翔が持ってたカードの殆どが七並べでは足を引っ張るカードだったんだよ。もしこのゲームが大富豪だったらボク達があっさり負けてただろうね」

 なんとまぁ……この手のゲームならいつもは鬼のように強いはずですけど…今日は余程運が悪い日だったんでしょうね。もしくは罰ゲームが無かったからとか。

 「でも翔さんには申し訳ないんですけど、そろそろ起きてもらわないと…」

 「あーそうだね。早くシャワー行ってきてもらわなきゃね」

 「おーい翔!早く起きなよ!!」

 「うぅ……どうして今日はこんなに運が悪いんだ。くそう、神め!!」

 「こんなことくらいで恨まれてたら流石の神様だっていい迷惑だよ。ほら翔!起きなってば!」

 「はぁ…わかったよ。まったく……晃はせっかちなんだから。おーい秋月、そこにある俺のカバンを取ってくれ」

 「あ、はい。ヨイショ……ッッ!?ど、どうぞ」

 な、なんでしょう……何故かすごく重かったんですけど……。例えるなら教科書を購入してそれを一気に持って帰る時くらいでしょうか。いや、それ以上か……。

 私からカバンを受け取った翔さんはゴソゴソと中を漁って着替えを取り出してますけど……あのあまり大きくないカバンにどうやって服を収納していたんでしょうか。まだ沢山物が入ってるみたいですし。

 「よし、じゃあ行ってくる」

 「はーい、いってらっしゃい」

 「行ってらっしゃい」

 「滑って転んで頭を打たないようにしなよ!」

 「大丈夫だ。しっかり受身は取るから」

そこは『そんなことしないよ!』じゃないんですね。


 「………よし、行ったね」

 「ん?どうしたの?晃ちゃん」

 「決まってるじゃん。翔のカバンの中を漁るんだよ」

 「ダ、ダメですよ!人のものを勝手に触るなんて!」

 「そうだよ!それに翔ちゃんは後でちゃんと見せてくれるって言ってたし」

 「でも翔のことだし、いつのまにか有耶無耶にされちゃうかもよ?」

 それは………否定できませんけど。

 「それに楓とあすかは気にならないの?コレの中身」

 「う~~ん、気にはなるけどぉ~」

確かに気にはなりますけど、私と同じであすかさんもなんとなく気が進まないみたいです。

 「じゃあいいよ。ボク一人で見るからね」



 「おーーい!言い忘れてたけどーー!」



 「「「!!!」」」

 し、翔さんはまだ入ってなかったんですか!。

 「勝手に俺の物に触ったら後で折檻(せっかん)な!触ったか触ってないかは後で確認すればわかるから。因みに、連帯責任ね。そんじゃ」

 と、言う事は晃さんが触ったら私も……違う違う、私とあすかさんも折檻!?


 ………折檻?


 「あ、危なかったぁ~~。翔の声が後少し遅かったら触っちゃってたよ……」

 「もう、絶対に触っちゃダメだからね!わたしまで怒られちゃうじゃん!」

 「わ、わかってるよ。流石にあそこまで言われたらそんなことする勇気は無いって」

 「さて、どうしましょうか。私達もトランプします?」

 「ボクはそんな気分じゃないなぁ」

 「わたしも。翔ちゃんが出てくるまでお話でもしてようよ」

 「何を話すの?」

 「う~ん…………思いつかないや」

 「では、何をお話するかから考えましょうか」

 「とは言ってもさぁ、ボク達が3人の時の話題って大体いつも同じだよねぇ」

 「まぁ、そうだよねぇ」


つまり、好きな人の話。畢竟するに、翔さんの話。


 「そういえば、翔さんは今日何処で眠るのでしょうか」

 「あーそれはボクも考えてた。この家って今ボク達がいる居間と向こうにもう一部屋、あとはお風呂場とキッチンしかないみたいだし」

 トイレはまだ何処にあるか教わっていませんけど、多分あのシャワー室への扉の横にあるのがそうでしょう。

 「じ、じゃあ翔ちゃんと同じ屋根の下で寝るってこと!?」

 「まぁ、そういうことになるのかな」

 「むむむむ無理だよそんなの!!恥ずかしいよ!!っていうかなんで二人とも冷静なの!?なんとも思わないの!?」

 「い、いえ、私だって冷静ってわけではありませんよ」

 ただ薄々と感じていた事ですから、改めて言われても冷静なふりが出来ているだけです。本当は結構焦ってます。

 「ボクだって全く恥ずかしくないわけじゃないよ。ただボクは翔と同じ部屋で寝た事あるからね」

 「「ええっっ!!?」」

 嘘……そんな……まさか……翔さんと晃さんが既にそういう関係だったなんて………!!

 「ち、ちょっと二人とも、何か勘違いしてない?ボクが言ってるのは修学旅行の話だって!」

 「修学旅行?………あ、そっか。晃ちゃんって男の子のふりをしてたんだもんね」

 あ、あぁ、そういうことですか。高校生になってからはまだ修学旅行はありませんから中学生の頃の話でしょう。晃さんは翔さんと中学生の頃からの付き合いでしたし。

 「そ。だから別に今日同じ部屋で寝る事になっても、初めてってわけじゃないからね。その分落ち着いてるだけだよ。……ただ」

 「ただ………なんですか?」

 「……女の子としては今日が初めてなんだよね」

 「そりゃあ、今まで晃ちゃんは自分が女の子だって隠してたからね」

 「あーーーわかってたはずなのに口に出したら急に緊張してきた……!」



―――――ふと疑問が湧きました。

 「そういえば晃さん、修学旅行の時ってお風呂はどうしていたんですか?」

 まさかみんなで大浴場に行くわけには行かないでしょう。

 「……うん、先生の中で一人だけボクの事情を知ってる人がいたからね。わざわざその人の部屋に行ってお風呂を借りてたよ」

 なんか……『女の子の日』の子みたいですね。

 「…ねぇ二人とも。ふと思ったんだけどさぁ」

 「はい?なんでしょうか」

 「なに?あすか」

なにやら、もじもじしていらっしゃいますけど。


 「………わたし達って翔ちゃんと同じお風呂を使ったんだよね。そして同じ香りの石鹸で髪の毛と身体を洗ったんだよね」


 「……………」

 「……………」

 「……………」

 「か、考えないようにしましょう」

 「そ、そうだよね。うん、それがいいよ」

 「あ、あははは」


 「おい、どうした三人とも。そんなに顔を寄せ合いつつも俯いたりして」


 「「「!!!!!??」」」

 「な、なんでもないなんでもないなんでもない!!」

 「き、ききき気にしないで!!!」

 「うぉ……お前等顔が真っ赤だぞ。過去の恥ずかしい記憶の暴露大会でもしてたの?」

 ま、まぁ恥ずかしい話っていうのはあながち間違ってもいませんけど!!

 「そろそろ夕食が出来るわよ……ってどうしたのみんな。何かあったの?」

 「あ、先生。いやね、なんかこいつらが…」

 「う、ううん!なんでもないです!!」

 「ボ、ボクご飯運ぶのとか手伝います!!」

 「私も行きます!!」

 「わたしも!!」

 「あ、ちょっとちょっと。お客さんなんだから座っててって言ったじゃない!」

 「………あいかわらず変なやつらだ。まともなのは俺だけなのか」

 後ろでツッコミどころ満載な台詞が聞こえましたけど、とりあえず今は何も言わなくていいでしょう。




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