非現実 そんなのばかり もう嫌だ
投稿、遅れてしまって申し訳ありません。
さて、今回の話では恐らく皆様も聞き覚えがあるであろう単語がいくつか出てきます。
ですがそれは、パクリではありません。一応私の中でいくつか理由があってのことです。
「ふざけんなパクリじゃねえかファック」とお思いの方、どうか寛大な心にて、お許しください。
「着いたわ。ココが私の家よ」
……ふぅ、なんやかんや結構歩いたな。あいつらは後ろでなにやら楽しそうに話してたけど、俺はあの女に話し掛けられなかったからずっと歩いてるだけだったし。まぁ別に話したいわけじゃなかったからそれはそれで良かったけど。
「遠慮なくどうぞ。それほど広いところじゃないけど」
「え?荷物を置くだけじゃないんですか?」
「最初はそのつもりだったんだけどね。何処に行くかも決まってないうちに外を歩き回るのは面倒でしょ?だったら行く前に決めちゃおうと思ったのよ」
「は、はぁ…」
いやまあ、いいんだけどさ。
でもいくらひったくりを捕まえてくれた相手とはいえ見ず知らずの人間に『礼をするから着いて来てくれ』とか、あまつさえ『家に入れ』とか無用心じゃないか?
……まあいいか。俺達の話はあんまり大勢人がいるところじゃしたくなかったし。むしろラッキーだ。それに俺だけならまだしも日向達女の子も居るから警戒心が薄まったのかも。
「そうですか。じゃあ、おじゃまします」
……ふむ、言っちゃあ悪いが確かに広くは無いな。まぁ一人暮らしみたいだからそこまで不自由はなさそうだけど。……ん、靴は脱ぐのか。なんつーかますます日本の文化と似通ってるな。この人、ロシア人みたいな顔してるくせに。
「おっじゃまっしまーす!」
「おじゃまします」
「おじゃまさせていただきます」
「えぇ、どうぞ」
―――パチンッ
明るくなった…ってことは電気が通ってんのか。見た感じじゃ外に電線とかもなかったのに。でも実際に明るくなったし、見落としただけ、か。
ってことはさっきの音はスイッチ?でもそれにしてはあの音、若干こもった感じだった気がすんだけど…てか発光源はどこだ?見つからん。
とまあ、他人の家をジロジロと見るのは失礼な事だとわかっていながらも俺は周囲を見回す。
テーブルがあって、箪笥があって、奥にはキッチンがあるようで、いくつかある使用用途不明なオブジェを除けばこの人の家は見た感じ俺達の世界とあまり変わりがないようだ。木を主体とした造りの、どこか温かみを感じさせるような家。うっすらと埃をかぶっていることが気にはなるが、まあ想像するにこの人は掃除嫌い、若しくはここが自宅ではないと言うことだろうか。
「今飲み物を持ってくるから、少しの間ここに座って少し待っててね」
「あ、はいすいません、ありがとうございます」
そう言われて指差されたソファーに素直に座る。………うお、すげー柔らかい!
「晃ちゃん晃ちゃん!このソファーすごいよ!絶対高級だよ!」
「ダ、ダメだよあすかそんなに跳ねちゃ!怒られるよ!」
……あいつホントに高校生?
「…翔さん」
「なんだ?」
「…ライト、見つかりました?」
「…お前も気付いたの?」
「…はい。翔さんがキョロキョロしてたので」
あいかわらずよく見てる奴だ。言われてもう一度良く探してみる。
綺麗な木目が描かれた天井には、やはり何一つ見当たらない。この部屋明るく照らす光源も、それにぶら下がる紐も、それに何より、先ほどあの女性が押したと思しきライトのスイッチすらも、近くの壁には見受けられない。
……あぁ、もういっか別に。
もしかしたら光源を隠すことが『この世界』での常識、もしくは最先端のおしゃれなのかもしれないし。
そう適当に結論付けてソファーに深く座りなおす。本音を言えばこのまま眠りに付きたい位のやわらかさだ。『前の世界』の俺のベッドすらも凌駕する。
「どうぞ。熱いのでゆっくり飲んでくださいな」
「あ、どうも」
歩き通しで喉も乾いてたし、ありがたく頂くことにする。どっちかっつーと冷たいのが良かったんだけど、まあ文句は言うまい。
そう思って無駄に色彩豊かな絵が描かれた湯のみを手にとる。ほう……中々に良い香りではないか。俺が今までの人生で飲んだ安物の緑茶とは一線を画するぞ。
「………あれ?」
何で、濃い灰色?え、ちょ、これお前、明らかにこの色は工場の排水じゃんか!なんでこんなにいろと香りが矛盾してるのさ!
「飲まないの?」
……マジかよ。この人平然と飲んでるし。
「あ、いや、あの俺、猫舌で熱いもの苦手なんです」
「わ、私もです」
「ボクもです。アハハ…」
「わ、わたしもなんです。えへへ…」
何とか笑顔で取り繕う。因みに俺は本当に猫舌であるが、この場であいつらの嘘を暴く必要性は無いだろう。みんなでそっと湯飲みを机の上に戻す。
「あら、そうだったの、ごめんなさい。じゃあ今度は冷たい物を…」
「いやいや!お構いなく!」
「そう?ならいいけど」
……ふぅ、危なかった。これで今度は虹色の飲み物とかを持ってこられたらどうしようかと思った。
「それじゃあ改めてお礼を言わせて頂戴ね。あのカバンには本っ当に大事なものが入ってたのよ。あれを盗まれてたらお先真っ暗だったわ。どうもありがとう」
「いえ、人として当然のことをしただけですよ」
とはいえ、そう言われても俺としてはムカついたから追いかけただけだから頭下げられてもなんとなくスッと心に入ってこないのだが。
「……ボソッ(なーにが『人として当然のこと』だよ…)」
「……何か言ったかね北条晃君?」
「べっつにーなんにも言ってないですよー」
くっ!!!晃のやつめ。いちいち変なところで口を出しよって…。ってかアイツ絶対女って事をカミングアウトしてから性格変わったろ!!
「それでお礼の話なんだけど、何か食べたいものでもある?なんでも奢らせて貰うわよ」
おっといけない、本題を忘れてしまうところだった。
お礼…食事、か。確かに『この世界』の食事に興味がない、といったら嘘になる。先ほどの汚い飲料(お茶とは認めない)から想像するに、やはり『俺達の世界』では見られないような食材や料理が出てくるんだろうけど…でも違うんだよな。欲しい情報はそんなんじゃない。
「その、お礼の話なんですけど食事とかじゃなくてですね、他にお願いしたいことがあるんです」
「そう?あんまり無理なことじゃなければいいけど」
秋月をちらっと見ると、しっかりと目が合った。反対方向を見ると、日向と晃とも目が合う。……どうでもいいけど日向は黙ってる役なんだぞ?そんなに気合を入れなくてもいいんだからな?
コホンと咳払いをし、しっかりと女性を見据え、改めて真剣な面持ちで本題に入る。『この世界』を知るために。『この世界』で生きていくために。
「この町のことを、ひいてはこの世界のことを教えて欲しいんです」
目の前の女性は少し驚いた顔をした後、怪訝そうに俺を見た。ま、そりゃそうだよな。俺だって急にそんなこと言われれば『何言ってんだコイツ』って思うし。
「あなた…どうして私が歴史の教師だってことを知ってるの?」
―――なんて偶然。
「そうなんですか!?わーすごい偶然ですね!!」
ええい、黙ってろって言ったのに。日向のヤツ会話が始まってから30秒も経ってないのに約束破ったな!後でハッカ飴を無理やり口に放り込んでやる!!
「アラ?知ってたんじゃなかったの?」
……話が思うように進まないな。理想と現実の壁を感じる。
「……別にこの世界の歴史を教えて欲しいっていう意味じゃないんです。なんていうか……常識、を教えて欲しいんです」
「常識?…どうゆうこと?」
「実はその…俺達、『記憶喪失』、ってヤツなんです」
「ええええぇぇ!!?」
予想通り、今度はスゲー驚いてるなぁ。うへへ、どうやら壁は数ミクロン程度の厚さだったらしい。
「き、『記憶喪失』って…あの?」
「あの?って聞かれても…まぁそうです。多分あなたが想像してるもので間違いないと思います」
俺がそう言うと教師は泥水(にしか見えない飲料)を一口すすって息を吐いた。
「……少し事情を聞かせてもらえないかしら。覚えてることとかを教えてもらいたいのだけれど」
よし、適当にでっち上げてフォローは秋月に任せよう。臨機応変はあいつの得意分野だと俺が今決めた。
「えっとですね、俺達が覚えてるのは自分達の名前とお互いが知り合い同士だってこと位で、他のことはほとんどなにも覚えてないんです。ですから、残念ながら教えられることが無いんですよ」
「……災難ね。いつから記憶があるの?」
この辺で少し暗い表情でもしておくかな。淡々と話してても信憑性が無いだろうし。
「……気付いた時には、俺達は町の外にいました」
「町の外!?外ってことは、あの平原にいたの!?」
「そ、そうですけど…」
「何にも襲われなかった!?」
「は、はい、特になんともありませんけど…何かあるんですか?」
「……あの平原には森から出てくる凶暴な獣や魔物が時々現れるのよ。なんにも無かったのなら良かったけど、運が悪ければ命が無かったかもね」
そうだったのか。あの草ばっかのところにねぇ……てか森から出てくるって事は、俺達相当危なかったんじゃね?森の近くにいたし。いやー良かった良かった。獣やら魔物やらに襲われて死ぬなんて真っ平ご免だからな。ハッハッハ。
………ん?……マモノ?………魔物!?
そんなのいるのかよ!!えっちょっマジで!?『ココ』ってそうゆう世界!?そっち系!?
「あの…獣はわかるんですけど…『マモノ』ってなんですか?」
―――そうか。秋月は、あと日向と晃もゲームとかマンガとか読まないから、いきなり『マモノ』なんて言われてもピンとこないのか。じゃあ俺も知らないフリをしなきゃダメなのか。めんどくせーなーもー。
「なに?あなた達魔物を知らないの?っていうか『記憶喪失』ってそんな根本のところまで忘れるものなの?」
「……はい。だからこそこの世界の常識を教えて欲しいって頼んだんです」
「じゃあどうして魔物はわからないのに獣はわかるのかしら?」
「すみませんが、俺達にもその理由はわかりません」
「ってことはその辺りから話さなきゃいけない、のか。ちょっと大変ねぇ」
時間も無いからあんまり長くならないで欲しいんだけどなぁ。こっちの勝手な都合だけどさ。
「じゃあこれからこの世界についてのお話をさせてもらうわね。その中でさっき言った『魔物』の話も出てくるから。えっとぉ~どこから話せばいいのかしら」
「歴史の先生にこんな事言うのも悪いんですけど、出来れば歴史とかその辺りは省いてもらいたいんですけど」
「だーいじょうぶよ。それくらいわかってるから。流石に『記憶喪失』の子達にこの世界の変遷の話をしようとは思ってないわよ」
あぁよかった。いきなりそんな話をされたらどうしようかと思ったよ。つーか『記憶喪失』は疑ってないのね。
「あ、話をする前に一つ質問ね。あなた達って基本的な単語はわかるのよね?例えば…『学校』とか『国』とか」
「それくらいなら大丈夫です。わからない言葉があったらその都度話の邪魔にならない感じで聞きますから」
「そう、ならいいわ。じゃあ始めようかしら………あら?飲み物がもう無いわね。ちょっと取ってくるわね。あなた達も冷たい物いる?」
「いやいや!まださっき貰ったのが残ってるので!」
「そう?じゃあまた少し待っててね」
そう言って女性は席を立つ。
……危なかった。また変な色の液体を持ってこられちゃかなわないからな。
あ、そうだ。
「晃、何かあったらお前もチョコチョコなんか言ってくれ。俺と秋月だけじゃ不自然だろうし」
「ボクが何か言っていいの?」
「お前ならそこまでうかつなことを言わないだろうからさ。つってもあんまり無理しなくていいから。適当に相槌を打ってるだけでも構わないし」
「わかった。がんばるよ」
「ねぇねぇ、わたしも話したいよぅ」
ダメって言っただろ!わがまま言うな!
…………なんだその捨てられた子猫のような目は………ぐ………分かったよもう!!分かったからその目をやめろよな!!くそう…残り少ないピーチ味の飴をあげた意味が無いじゃないか。
「…ちゃんと言葉を選べよ」
「うんっ!!」
バカッ!声がでかい!
「あら?なにか相談でもしてるの?」
「あ、いえ、別に何でもないです」
ったく……これだから小学生は………。
「そういえばまだ自己紹介をしてなかったわね。私の名前は【フラー=デラクール】。名前でも家名でも好きなほうを呼んで頂戴。職業はさっきも言ったけど教師。よろしくね」
雰囲気的には名前を先に言うっぽいな……。
「俺は【翔 玄野】って言います。こちらこそよろしくお願いします」
「私は【楓 秋月】です。よろしくお願いします」
よしよし、秋月は俺が意図したことをちゃんと理解してくれたみたいだな。
「【晃 北条】です。よろしくおねがいします」
「【あすか 日向】です!よろしくおねがいします!」
日向も気付いてくれたか。良かった良かった。『日向 あすかです!』なんて言ってたら後で罰ゲーム三回のつもりだった。
「…ふぅん、珍しい名前ね。あまり聞いたことがないわ。もしかしたらあなた達この辺りの地域の人間じゃないのかもしれないわね」
ふぅん、日本人の名前って珍しいのか。その辺りはよくわかんないな。どうして『異世界』ってだけで日本人の名前が少なくなるんだろう。
「まあいいわ、取り敢えず話を始めるわね。最初は国とかの大きな話から…まあこの辺は大雑把な説明にするから適当に流しちゃってね。その後この町の事とかさっきの話に出た魔物とか、そう言った細かい話をするから」
……頼んどいてなんだけど、色々覚えるのめんどいなぁ。どうせ地名とかも『セントビンセント及びグレナディーン諸島』みたいなカタカナで長いのばっかだろうし。その辺も秋月に任せよっと。
「まずは『世界』の話。まずこの世界は一般に【スピラ】って呼ばれていて、【スピラ】には四つの大陸があるわ。ちょうど北東、南東、南西、北西にね。小さな島もいっぱいあるけど大きいのはこの四つで、私達がいるのは南東ね。それぞれ大陸には名前がついてるけど面倒だから今は私達がいるトコだけ覚えてくれればいいわ。この大陸は【エスタ】っていうの。略してるわけじゃなくて正式名称が【エスタ】。短いから簡単に覚えられるでしょ?」
……【スピラ】に【エスタ】ねぇ。なぁんかどっかで聞いたことある気がするけど…まあ何でもいっか。ってか世界の呼び名ってなんだよ。……あ、『地球』の代わりに『スピラ』なのか。
「そして四つ大陸の中にはそれぞれ『国』があって、その国々が治めている『町』や『村』、『学校』なんかがあるの」
学校、か。ちゃんとした教育機関はあるわけだ。
「じゃあ次は細かい話のほうね。私達が今いるエスタには四つの国があるの。大陸と違ってこっちは北、南、西、東でわかれていてそれぞれの国が土地を治めてるわ。」
うん、単純でいい。近畿地方みたいに変な区切られ方をしてたら堪らんからな。
「この町は東部の北寄り、つまり大陸全体からみれば東北東のあたりにあるわ。ここを治めてる国の名前は【アレクサンドリア】、町の名前は【ナルシェ】。ちなみにこの町は石炭とかが採れるわ。炭鉱町ってやつね」
今度は【アレクサンドリア】に【ナルシェ】か。…やっぱりどっかで聞いたことある気がするんだよなー。
「ココ以外にも町はいっぱいあるけど面倒だから今はいいわね。話にあがったりしたらその都度話すわ。後は…そうね、この町の外に広がってるのが【獣ヶ原】。基本的に草ばっかりね。そしてあの森は【ムーア大森林】と呼ばれているわ。よほどのことが無い限りこの二箇所には近づかないほうが賢明。さっきも言ったけど獣や魔物がわんさかいるから。それで『魔物』の話なんだけど…『獣』はわかるのよね?」
一応頷いとくけど…まぁ俺達の世界にいたようなのしか想像は出来ないけどな。てか【獣ヶ原】も【ムーア大森林】も聞いたことが…あぁもういいや考えるのめんどくせぇ!!
「『魔物』っていうのは読んで字の如く『魔』の『物』よ。詳しく話したいのは山々なんだけど、その生態や性質なんかは殆どわかってないの。捕獲が容易な種のいくつかは研究されているけれど」
女性---フラー=デラクールさんの話を心中で突っ込みつつも黙って聞いていた俺だったが、この簡易授業が始まって初めて生徒側から声が上がった。この中世的な声は晃だ。
「あの、すみませんが『魔物』っていう字を何かに書いてもらえませんか?…文字の記憶はあるんですけど、なにぶんボク達の記憶が合っているという確信が無いので…」
「文字の記憶……か。そうね、じゃあ書くものを持ってくるからまた少し待っててね」
そう言って教師は部屋を出て行く。
「……ナイス晃!!」
このついでに俺達の世界との文字についての正誤まで確認しようとは…晃のヤツよく思いついたな!
晃が俺に何か返そうとするも、すぐに教師が戻ってきた為にすぐに正面に向きなおした。とりあえずこの教師が持っているものは俺たちも良く見慣れた白い紙と鉛筆だ。
「おまたせ。『魔物』というのはこう言う字ね。ちなみに獣はこう」
―――おぉ、まさかの一致だ。完全無敵にニホンゴだよおい。秋月は…うん、やっぱり驚いてる。多分俺もあんな顔をしてるんだろう。
「わたし達が知ってるのと一緒だ!!よかったね、みんな!!」
「あら、じゃあ字は書けるのね。よかったわね」
よかったけど…よかったけどなんか釈然としないんだよなぁ。なんでこんな都合よく話が進むのか。
「さて、一応この世界については大雑把に話したけど、これ以上は私には何を話せばいいかわからないの。だからあなた達で私のほうに質問してくれる?出来る限りわかる範囲内でそれに答えるから」
いきなりそう言われても何を質問したらいいものか。聞きたい事は色々あるが、聞くべき事も色々あるし。
「…少しよろしいですか?」
ん?秋月?
「いいわよ。何?」
「今の話を聞いて改めて思ったんですけど、私達はこの世界についてなにも判らないんです」
「でしょうね。国や町の名前はともかく、魔物すら知らないとなると」
「ですから私達の間で少し整理したいんです。デラクールさんへの質問を」
「どういうこと?別に思いついたことをドンドン言っちゃって構わないわよ?」
「いえ、そうなるといつまで経っても終わらないかもしれません。デラクールさんにもデラクールさんの予定があるでしょうからあまり長くココに居座るわけにも行きませんし」
「別にこの後の予定は無いから気にしなくてもいいわよ。それにこれはあなた達へのお礼なんだから」
「……お願いします」
真剣な秋月を、まるで探るような目で見つめる事数秒、教師がため息混じりに口を開いた。何かを考えていたようだが、何を考えていたのかは分からない。
「………まぁいいわ。別にダメって言う理由も無いしね。どれくらい時間が欲しい?」
「10分…いえ、5分でいいです」
「そう?わかったわ。じゃあ私は外にいるから終わったら呼んで頂戴」
「…申し訳ありません」
「いいのよいいのよ、あなた達も話したいことがあるんでしょうし」
なんかこの人、見た目はキツそうな感じだけど案外優しい人なのかもしれない。人は見かけに寄らないって本当だよな。特に俺がいい例だよ。
「あ、その前に一つ聞きたいことがあったわ。あなた…たしかクロノ君って言ったわよね」
「え?あ、はい。そうですけど…なんですか?」
「あなた達って知り合い同士なのよね?」
「ええまぁ。何処にいたかとか、どうして一緒に居るのかとかはわかんないんですけど、記憶を失う前からの知り合い同士なのは間違いないですよ。なんとなくそれはわかるんです」
う……、なんでニヤついてんだ?
「男の子ってあなた一人だけよね」
「へ?晃が女だって事わかったんですか?他の二人と違って俺とおんなじ男の格好してるのに」
「まぁあなた達の服装は珍妙で私には良く判らないけど」
………珍妙。
「なんていうか、『雰囲気』かしら。なんかこう、女の子からしか出ない雰囲気があるのよ、そのアキラちゃんはね。ちなみにアスカちゃんとカエデちゃんからも同じような雰囲気が出てるわよ」
『雰囲気』ねぇ。それはとてもすごく胡散臭い。………なんで晃も日向もそっぽ向いてんだ?……秋月も?
「俺には全然わかんないんですけど」
「まぁ男の子にはわからないかもしれないわね」
「そうですか。まぁ別に何でもいいんですけど、質問ってそれだけですか?」
「あぁそうそう、もう一個だけ。この子達の誰か…クロノ君の彼女?」
―――――――――――――ピクッ×3
……はぁ。何かと思えばそんな質問かよ。この世界にも『彼女』とかっていう概念があるんだな。
「……残念ながら違いますよ。見れば分かるでしょう」
くそぅ!!!『そうですよ!!可愛いでしょう!!』―――って言いたい!滅茶苦茶言いたい!堂々と言い放ってやりたい!!
「……あーこれは………あなた達も大変ねぇ」
「「「………はい」」」
あん?なんで三人とも肯定?大変なのはこっちの方だって言うのに。一体いつになったら俺に彼女ができるのさ!!お前ら俺で妥協しろよ!!もう『前の世界』の好きな人なんて良くね?どうせすぐには会えないんだしよぉ!!
「……まぁいいわ。じゃあ少しの間でてるから。終わったら声かけてね」
「あ、すみません。すぐに終わらせますんで」
「全くあなたは………そんなこといいから君はもうこの子達とお話してあげなさい!!」
え?え?なんで怒られたの?―――行っちゃったよ。
「なぁなぁ、何で俺怒られたん?なんか失礼な事言ったかな」
「私には解りかねます」
「ボクも」
「わたしも」
何もそこまできっぱり言わなくても。
「まあいいや。あの人はああ言ってたけどいつまでも待たせるのも悪いし、さっさと話し合っちゃおう」
「はーい」 「うん」 「はい」
三人ともとりあえずつい今しがたの雰囲気を払拭してくれた。どうやら三人にとってもこの雰囲気の中での会話から逃れたかったらしい。
「取り敢えず晃と秋月ナイスな。晃はよく文字についての情報も引き出してくれた。秋月もこの場を用意してくれてサンクス」
「別にボクは単純に疑問に思っただけなんだけどね」
「結果が良ければ動機は何でもいいんだよ。よくやったな。よし、おっちゃんが頭撫でてやろう」
「…えへへ」
「私のほうは少し失敗ですね。最後のほうがちょっと強引過ぎました」
「大丈夫だろそんなモン。むしろアレくらい強引のほうが『不安なんです』見たいな感じが出てて良かったんじゃね?よしよし、おっちゃんが頭撫でてやろう」
「……ぁぅ」
「ちょっとーわたしも誉めてよー晃ちゃんと楓ちゃんばっかりずるいよー」
「ええぃ、わかったわかった。お前もよく静かにしててくれたな」
「…言葉だけー?」
「はいはいわかったよもぅ。はい、良い子良い子。撫でてやるから」
「子供扱いしないでっ!」
どっからどう見ても子供じゃないか。ったく……。
「はい、じゃあ真面目な話な。とりあえず何聞いたほうがいいと思う?」
「はいはいはーい!」
いきなりお前か。
「…ハイ、どうぞ日向サン」
「あのお城の事が聞きたいでっす!」
あら、案外まともだ。
「オッケー、んじゃそれが一個目ね。…あ、そうだ。メモとっといたほうがいいか。誰かルーズリーフかなんか持ってない?」
「自分の使えばいいじゃん。何でボク達に聞くの?」
「ンなもん俺が持ってるわけ無いだろ。授業に使う物は全部学校に置いてきたわ」
「………」
「あ、私が用意しますよ」
「おーサンクスサンクス。あ、書くものもな」
「……ねぇ翔、前から不思議に思ってたんだけどさ、翔のカバンって何が入ってるの?」
「あん?そんなもんお前……色々だよ色々」
変なこと聞くやつだな。他人のカバンの中身なんてどうでもいいだろうに。
「あ、それわたしも気になってたんだ。翔ちゃんのカバンって基本的にペラペラだけどさぁ、時々膨らんでるよね」
「今もそうみたいですね。私も知りたいです」
ええい!なんだこいつら急にグイグイ来やがって!
「今はそんなことどうだっていいだろ。人を待たせてんだから早く質問決めちゃおうよ」
「ぶぅ~じゃあ後で教えてね」
「わかったわかった」
ま、別に絶対に教えたくないってわけじゃないしな。今日はエロ本も入ってな………いや、いつも入って無いようんそうだ間違いない。
「私達に必要な事は、衣食住の全てですね」
「そうだね。ホームレス生活なんて嫌だし」
衣食住か。まさかそんな家庭科の教科書に載ってそうな言葉の大切さを身をもって体験する時がくるとは思わなかったよ。ホント、人生何が起こるかわかんないな。
「じゃあ最初に『住』のところを何とかしなきゃだね」
「うん。そうなんだけどねぇ~」
「それが一番難しい問題でもあるんですよねぇ」
「そうだな。少なくとも二部屋用意しなきゃいけないし」
俺とあいつら三人の。……ん?なんで不思議そうな顔してんの?
「…二部屋?あっそうか。わたし達と翔ちゃんの分か」
「そっか。そういやもうボクも女の子だって言っちゃったから、修学旅行の時みたいには行かないんだね」
「忘れてました…」
………え?何?俺が言わなかったら同じ部屋だったの?えっちょっマジで?
うっそぉぉぉ何で俺言っちゃったのぉぉぉぉ!!?
「ではデラクールさんにはその辺りの事を聞いてみる事にしましょう」
「でも身元不明の人間を住まわせてくれるようなところなんてあるのかなぁ」
「そんなの探してみなきゃわからないって」
………何時までも嘆いててもしょうがないし、気を取り直そう。………はぁ。
ってか一つ気になってたことがあるんだよな。もしかしたら…今俺達が悩んでいることが一気に解消できるかもしれない。
「なぁおいみんな、あの人ここにも学校があるって言ってたよな。しかも私立じゃなくて国立の」
「ええ。この世界に国立とか私立とかの区別があるのかわかりませんけど…どうして私立ではないと?」
「別に確信があるわけじゃないんだけどさ、俺が思うにあの人の話を聞いてるだけじゃどうやら国立だけっぽいんだよ。国に治められてる『町』や『村』と並立に言ってたからさ」
「それで?翔ちゃんは何か思いついたの?」
「そんなに焦んなって。国立しかないって事はどうしても学校の数が少ないって事だろ?っつーことは学校から家が遠い生徒っつーのはどうしてるんだと思う?」
「そっか!!『寮』か!!」
そうだ。『この世界』での長距離移動の手段がどうなっているかは知らんが、少なくとも電車やらバスやらはないだろう。この町の中も外も自動車が走れるような舗装はなされてなかったし、そうなるとどうしても毎日通う施設の近くに住まなければどうしても時間的に無理があるはずだ。
「寮ですか。思いつきませんでした」
「いやぁ、偶々ですよタマタマ」
ハッハッハ。……うん?
「どうした日向、微妙な顔をして」
「そう簡単に学校って入れるものなのかな。試験とかあると思うんだけど。それに入学金だって無いし、そもそも学校に入るのだって住所不定だったらダメだと思うよ…?」
………日向の癖に鋭いな。日向の癖に。小学生の癖に。
「その辺は俺もわかってる。だから取り敢えずあの人に聞いてみよう。教師らしいし」
「そうだね。何事も聞いて見なきゃわかんないよね!」
コイツ切り替えはえーな。いや、単純なだけか。
「あとは…この世界の時間の概念を聞いておいたほうが言いと思います。先程『5分待ってくれ』という頼みは滞りなく聞き入れてくれましたけど」
「時間って…あとは一日の長さとか一年が何日かとか?」
「そうです。あとはもうちょっとそれを細かくですね」
細かくって言うと…秒とか時間とか?
「あ!お金の単位も!多分『円』じゃないと思うの。どこかで働くにしてもそうゆうことを知らなきゃダメでしょ?」
「おっ冴えてるねあすか。たまにはいい事言うね」
「へっへ~ん、こう見えてもわたしはやる時はやるんだよ!」
なんか俺が口挟まなくてもいい感じだな。面倒だからしゃべんなくてもいいか。疎外感なんて感じてないよ。
「働き口を紹介してもらうとかは?ちょっと欲張りすぎかな」
「いえ、この際ですから頼らせてもらいましょう。見つかるどうかは判りませんけど」
「そうそう、『馬鹿と鋏は使い様』って諺もあるくらいだからね!」
「…あすかさん、それを言うなら『立ってる者は親でも使え』だと思うんですけど」
「あーそうとも言うね」
「そうとしか言わないよ」
話は休むことなく続く。俺はもうなんか空気だ。これがホントのエアーマンってか。ほっとけ!
あ、でも…もう時間かな。
「そろそろ声かけたほうがいいんじゃないか?」
「あ、そうですね。呼んできます」
「おう、サンキュ。じゃあ日向、あの建物のことはお前が聞いてくれ。残りは俺らが適当にやるから」
「うん、わかった!!」
………よし!これで余計なことを言われずに済む。
秋月が扉を叩いて『もう話は終わったよアピール』をする。多分そこにいるだろうし。
案の定扉は開き、そこから家主が入ってきた。
「話は終わったみたいね」
「お待たせしてしまってすみません」
「いいえ、大丈夫よ」
この人本格的に優しいな。ホント教師の鏡だよいやマジで。
「ねえねえ、外に居る間にいい事思いついたんだけど聞いてくれる?」
「あ、はい。なんですか?」
「あなた達、歳いくつ?」
「……はい?」
「だから歳よ歳、ねーんーれーいー。私が見たところ、私の受け持ちの生徒達とそんなに変わらないように見えるから、16か17くらいだと思うんだけど、あってる?」
もしかして時の歩みも俺らの世界と変わらないのか?なんか都合がいいっちゃぁいいんだけど…いや、悩んでも変わらん。とゆうかなんで歳なんか聞くんだろう。
「はい。俺も他のヤツもみんな16です」
「ならちょうどいいわ!あなた達、うちの学校に入学しない?寮もあるから住むところには困らないわよ」
―――入学?……………入学!?
「「「「えぇぇ!?」」」」
入学!?え、なに、俺の妙案が即行でちゃった!?なんだこの虚しい感じ!
「い、いいんですか!?」
「ええ。別にあなた達なら問題ないわね。それとも嫌だったかしら?」
「いやいや!全然そんなことないです!!ないんですけど…そんな簡単に行くもんなんですか?」
「行くわよ。だって私、先生だから」
そうゆう問題なの!?どんだけ権限強いんだよ!!
「いいんですか!?えっと…フラーさん!!」
「もちろんよアスカちゃん。あなた達は私の命の恩人だからね」
命じゃなくてカバンだろうに。
「あの…デラクールさん」
「なに?アキラちゃん」
「あの…入学させてくれるって言ってくれているのはすごくありがたいんですけど…ボク達お金とか持ってないんですけど…」
「お金なら大丈夫よ。流石に全額出してあげるとは言えないんだけどね。一応裕福じゃない家庭の子供でも入学できるように奨学金って言う制度があるから、その手続きくらいはしてあげるわ。それに在学中に少し働きさえすればお小遣い程度はどうとでもなるし、貯まったら返してくれれば良いから」
奨学金まであるのか。なんというか……凄いな。色々と。
「ですが…入学試験のようなものはないのでしょうか?」
「そんなものないわよ。入学に必要な条件なんて何処の学校も一緒でしょ?あなた達は立派にその条件を満たしてるじゃない」
「なんですかそれ」
「へ?もしかしてそんなことも忘れちゃったの?」
デラクール女史は『やれやれ』とでも言いたげな顔をして話を続けた。そして、俺達は『俺達の世界』と『この世界』との最たる違いを、聞いた。
「決まってるじゃない。魔力よ」
……………ん?
「………あの、すいません。ちょっと良く聞こえなかったんで、もう一回いいですか?」
「だぁかぁらぁー魔力よ、ま・りょ・く!どの学校でも入学条件は魔術を使うために必要な魔力を保有している人間でしょ!」
―――『魔力』、か。
―――それに、『魔術』、ね。ハハハ。
秋月も…笑ってる。日向も晃も…笑ってる。なぁんだ、みんな『魔物』は分からなかったのに『魔力』は分かったんだぁ。すごいなぁ。
「…むぅ、何笑ってるのよ!!」
そんな事言われてもさぁ。アハハ。
………ふぅ。
はい、せーの-------
「「「「ええぇぇぇぇえぇぇぇぇえぇぇーーーーーー!!!!!!??」」」」
なになになになになんなの『この世界』!!!『魔力』!?『魔術』!?
さっき『魔物』って言葉を聞いてから『この世界』絶対おかしいだろとか思ってたんだけれども!!!ここまで!!!??
いやいやいやいや待て待て待て待て!!もしかしたらあの女が俺たちを騙しているだけかも知れん!!
……でもそんなことしてあの女にメリットなんてあるのか?……ないよな。じゃあ真実?
でもでも俺だって自分になんの得も無い嘘をよくつくし、あの女も同類かもしれんぞ!!!!
「な、何よぉ急に大声なんか出して。ビックリするじゃない!!」
「ビビビビックリしたのはこっちですよ!!なんですか『魔術』って!!?」
「ち、ちょっとアスカちゃん、落ち着いて落ち着いて!!ほら、アキラちゃんもカエデちゃんもクロノ君も座って座って!!」
お、おぉ……俺としたことが無意識に立ち上がってたみたいだ。深呼吸しとこう深呼吸。スーハースーハー………よし、なんとか落ち着いた。
「ままま魔術ってマジかよ!?」
あら、全然落ち着いてなかった。やはり精神と肉体は別物ってことか。
「マジもなにも…ていうかあなた達は何をそんなに驚いてるの?」
「だって魔術って、魔法のことでしょ!?わたし達魔法が使えるんですか!?」
「んー厳密に言えばちょっと違うんだけど…なぁに?あなた達そんな世の中の基本的なことまで忘れちゃったのぉ?」
……あ、そっか。俺達『記憶喪失』だったんだ。
っつーことはなんだ、『魔術』とか『魔法』って言葉自体は知ってるのにも関わらず、それが空想上のものじゃなくて実際に使えるって事だけを知らないのっておかしいことだよな。
じゃああんまり驚いてちゃダメじゃん!!ヤバイヤバイ、マジで落ち着こう。スーハースーハー………よし、脳内深呼吸のお陰で今度こそ大丈夫だ。
「すみません。その…『魔力』とか『魔術』の話を聞かせてくれませんか?」
「…まぁいいけど」
今度こそ肉体のほうも大丈夫なようだ。
ってかあの先生もちょっと俺達の事おかしいって思い始めちゃったんじゃない?不味くない?
「みんな落ち着いたかしら」
「はい」 「ええ」 「はい」 「そこはかとなく」
てかさっきも錯乱気味に思ったけど、みんな『魔物』は知らないのに『魔術』とか『魔法』は知ってるのな。……あぁ、『ハリーポッター』とかで知ってんのか。でもあれでも魔物が出てきたような……どうでもいいか。
「いい?世の中には二種類の人間が居るの」
「なるほど、男と女のことか」
「どうしてこの話の流れで私が男と女の話をしなきゃいけないのよ!片方は生まれつき『魔力』を持たない人間、そしてもう片方はそれを持つ人間ね。この世界にはいくつか学校があるけど、全ての学校の入学条件は『魔力を持っていること』なの」
「あの…フラーさん」
「ん?なぁにアスカちゃん」
「フラーさんも魔術が使えるんですよね?」
「そりゃそうよ。魔術を使えない人間が学校の教師に成れるわけ無いでしょ?」
「その…フラーさんの魔術を一回見せてもらえませんか?」
「構わないけど、どんなのがいいの?」
「なんでもいいです」
「じゃあ…はい」
うおっ!!あの女が指を鳴らしたら急に真っ暗になりやがった!!
「もう良いかしら」
もっかい鳴らしたら明るくなった。ってことは俺達がここに来た時に聞いた音はスイッチを入れた音じゃなくて指を鳴らした音だったのか。通りでくぐもった音だったわけだ。
「すごいすごいすごーーい!!すごいよ晃ちゃん!!魔法だよ魔法!!」
「うん!!すごいね!あすか!!」
「おい!!ちょっとお前らマジで落ち着け!!ふし……ン、ンンッ!!」
不信に思われるだろうが!!
「………コレは夢でしょうか」
「自分のほっぺ引っ張ってみ」
「いふぁいいふぁいいふぁい!!いふぁいれす!!」
うーむ、たまにこのコもおかしいんだよなぁ…。どうして両側を引っ張るのか。片側だけでいいじゃん。
「ねぇ、さっきも聞いたけどどうしてあなた達そんなに驚いてるの?」
くっ、やはりその質問が来たか……なんとか誤魔化さなくては!
「す、少し記憶が混乱してるだけなんです。気にしないでください」
「そうゆう問題じゃないわよね。だってあなた達、魔術はもうとっくに見たでしょ?」
「え?あ、あぁ。ここに来たばっかりの時は部屋が真っ暗だったんであなたが指を鳴らしたのが見えなかったんですよ」
「違うわよ。もっとその前」
……前?はて、いつのことだ?
あの良くわからん黒いドロドロのことか?いや、でもこの人がそんなこと知ってるはず無いし…何のことだろ。
「前って、いつですか?ボク達はそんなもの見た覚えありませんけど」
「何を言ってるのよ。クロノ君が使ったのを目の前で見てたんじゃないの?」
「はぁ!?俺!?」
え?俺使ったの!?いやいや、使ってないよ!
「だってあなた、あの泥棒を捕まえる時に《身体強化》したんでしょ?さっき外に居た時ちょっと現場の方まで行ってみたらみんなそう言ってたわよ?」
あん?しんたいきょうかぁ?なにそれ。てかたったの数分でどうやってあの場所まで…。
「クロノ君が《身体強化》を使って泥棒を捕まえたのを、あなた達はさも当然のように目の前で見てたんでしょう?っていうことはあなた達も魔術のことを覚えていたからその時驚かなかったんじゃないの?」
………あぁあぁはいはい、だからさっきからこの人は何度も『何で驚いてるの?』って言ってたのか。
つまり、どうして魔術を知っている人間――つまり俺達四人――が魔術のことについて、そして魔術を使える人間(この場合は俺か?)を見ていたのにも関わらず、今の話で驚いてるのかってことだったのか。
さて、どう説明したものか。―――――適当に本当のことを言えばいいか。
「あのーすいません」
「…なによ」
あ、ちょっと不機嫌になっちゃったか。まぁ無理も無い。あんだけ不自然なことを重ねれば。
「一つその件についてお話したいことがあるんですけど」
「…だからなによ」
「別に俺魔術なんか使ってないですよ。思いっきり走っただけです」
「………はい?」
「それにアレくらいなら俺達みんな出来ますよ。てか魔術の使い方なんて知りませんし」
まぁ俺以外は『走る』方はしっかりとは試してないけど、ジャンプ力もあんま俺と変わんなかったし、あれくらいできるだろ。
「………ちょっと待ってちょっと待って。じゃあ何?あなたはあの男に走ってぶつかっただけなの?魔術を使わずに?」
「そうですよ」
体当たりじゃなくて蹴りだけど。
「どんな体の構造してるのよ!!!!」
どぅわっっ!!!怖っっ!!!
「嘘をつかないで!!そんな人間いるわけ無いでしょうが!!!」
「ち、ちょっと落ち着いてください!!」
さっきと状況がまるっきり逆じゃないか!!
「ほら!お前らもボーっとしてないでなだめるのを手伝え!!」
「は、はい!デ、デラクールさん!落ち着いてください」
「どぉーどぉーどぉー!!」
「怖くないよ!!なんにも怖くないよ!!」
結局このギャーギャー言ってる教師をなだめるのに60秒くらいかかった。