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友達理論~そして伝説へ~

大変長らくお待たせいたしました。そして一言だけ。


私は、試験が、大嫌いです。


   


   『たまには別視点もいいんじゃないかな ~晃~』









 「―――キラ!おいアキラ!気をしっかり保てアキラッ!!」

 「っっ!?」


耳元の大きな音でボクはようやく我に返った。


辺りは昼間と思えないくらいに暗く、それなのにあの大きな“存在”だけは強くはっきりとボクの目を惹きつける。

絵画のような美しさと生理的な気持ち悪さを併せ持つ、あの闇の精霊――たしか名前は《黒音子》だったっけ。

ただそこにいるだけで強烈な印象を放つ精霊というモノ。ボク達人間よりも高次の存在。理由とか、理屈とか、そんなものは関係なくて、自然とあの存在の前では跪きたくなり、本能で(かしず)きたくなる。エリカとデラクール先生には、覚悟しておけって言われてたけど、まさかこんなにも強いものだとは思わなかった。

 そうか―――――これが、『精霊降臨』か。


 「アキラ。もう自我は保ったか?」

 「……うん、もう大丈夫」

気付かないうちに流れていた涙を拭いながらボクは返事をする。それを見て安心したように息を吐くリリアの口元は、唇を強く噛み締めていたせいか、僅かに血が滲んでいた。



リリアのお陰ですこし落ち着いたボクにもようやく周りを見渡せるくらいの余裕が出来てきた。そうだ、ボク達の役目は翔を見つけることであって、精霊に見惚れている場合じゃないんだ。今も学校の屋上付近で佇んでいる《黒音子》を意図的に視界から外し、左から右へ、ゆっくりと首を動かした。



――――――ある男子生徒は木にもたれかかり、小さく咳き込んでいる。

――――――ある上級生は右手で胸を押さえ、ゆっくりと深呼吸をしている。

――――――ある男子生徒は自分の頬を軽く叩き、準備運動をし始めた。

――――――ある上級生は、近くの下級生に声をかけている。

――――――ある女生徒は跪き、涙を流しながら呆然と精霊を見つめいている。

――――――とりあえず翔は見つからないな。



ボクがそう結論付けると同時に放送が流れ始めた。言うまでもなくデラクール先生であり、視界の中の女生徒はその声に反応してピクリと体を震わせた。


 『聴きなさい!まず周囲に精霊降臨の影響が残っている生徒がいたらさっさと起こして!!耐空戦闘授業の選択者および修了者は今すぐ飛行!!「火」か「雷」の発展魔術理論が第三過程以上まで進んでいる生徒と、校外実技の単位取得者は《黒音子》の半径200m以内まで接近!!残りの生徒は成すべき事を一年生に教えつつ、自分も出来うる限り《黒音子》に近づいて!!』


放送を聞いて各々が行動に移り始めた。二年生や三年生は今自分がやらなきゃいけないことをわかっているようで、ある者は飛行し、ある者は《身体強化》をかけて走り出し、ある者は動けなくなった生徒を担ぎ上げ、ある者は下級生に声をかけて回る。途中ボクとリリアをチラッと見たけど、腕章を見てボク達が執行部だと分かると直ぐに他の生徒達に意識を向け直していた。



 『戦術級魔術の特別使用許可認定を受けている班は後方に位置!第一種第二種癒術専攻選択者は攻撃終了後即座に最寄の施設内で待機!その他生徒は主攻撃生徒達を先頭にして三年、二年、一年の順に第一陣にて各自最大魔術の準備!予定時刻は14時50分よ、みんな急いで!』



時計台を見上げると長針は48分を指している。つまり準備に当てることが出来る時間は残り二分間しかない。

でもそれ以上時間を伸ばすことが出来ない。何故なら精霊は、“ただそこにいるだけで世界に影響を及ぼす”のだから。

精霊と正式に契約した召喚師なら制御することが出来るらしいんだけど、今回はそうじゃない。あくまで他者が契約した精霊を他者が呼び出すという、結構無理矢理な召喚だ。こうしている間にも世界が変わっていく………らしい。ボクも今一良く分かってないんだけどさ。

 まあ要するに急がないと世界が危ないってことでしょ?翔一人のために世界が危ない。翔一人のせいで世界が危ない。………あ、49分になった。


 『いい!?一応言っておくけど、絶対に《黒音子》には攻撃しちゃダメ(・・・・・・・)よ!!その後のことは分かってるわね!それと校舎には教師が防護壁を掛けてるから壊れる心配はないけど、くれぐれも他の施設に攻撃が流れないように!』


暗い空で、暗い陸で、沢山の生徒が魔術を展開し始めた。きっと校舎を挟んだ向こう側でも同じような風景が広がっているんだと思う。

 「中々凄まじい光景だな」

リリアの呟きに心の中で同感する。『前の世界』では考えられないような状況だ。こんなの映画館でしか見たことない。



――――――――カチッと、時計が14時50分を指した。



 『放てぇぇえええ!!』

先生の声で、全ての魔術があの精霊に――――ううん、“人形に向かって”放たれた。



人形の頭に、背に、腕に、右足に、様々な魔術が襲い掛かる。火が、水が、風が、地が、雷が、氷が、草が、そして僅かに光が。執行部は翔捕獲に備えてこの攻撃には参加してないから、あれはエリカ以外の生徒なんだろう。『闇』と『重力』がないのは当然、前者は相手が闇の精霊だから、後者は一緒に《黒音子》―――その本体であるあの黒い赤子も攻撃してしまうからだ。


人間なんて簡単に飲み込める程特大の稲妻を纏った火球、大小様々な氷柱を伴って足元を攫う鉄砲水のような激流、敵を切り裂く風に乗った殺傷能力を持つ葉や木、大砲のような速度で打ち出される岩、黒い世界を(はし)る幾筋もの白い閃光。全ての魔術が着弾すると、火と水による水蒸気や爆風による土埃で《黒音子》の姿が見えなくなった。

でもそれもほんの一瞬の事、『風』を使って晴らしたのか、それとも周囲の空気が一気に流れ込んだのかは分からないけど、ボクの髪を揺らす位強く吹いた風がその場を(あらわ)にする。



人形に、変化はなかった。



頭も、背も、腕も、右足も、それどころか身に纏うボロボロの黒い布にすら、変化はなかった。

あれだけの魔術、あれだけの攻撃、それを一身に受けても《黒音子》を抱く人形には全くダメージを受けてないように見えた。ただのっぺりとした顔に薄気味悪い笑みを張り付かせてそこに佇んでいた。


 ああ、ダメだ、これじゃ《黒音子》を起こせない(・・・・・)

作戦に参加している生徒達に共通の想いが生まれる。



――――――そう思った瞬間だった。



黒い布に隠された、膝の辺りから無くなっている人形の左足。そこから何かが落ちる。

とてもとても小さな何か――――人形の身体の一部。

落ちた欠片は落下中に黒い粒子となって空気中に消え去った。音もなく、まるで世界に溶け込むかのように。


それと同時、ギギギ、と低くくぐもった音が響き渡る。ギギギ、ギギギという鈍い音。

見るとそれは人形が首を動かしたことで生じた音だった。ゆっくりと首だけを右に、右に、右に動かしていく。右を見、人間の稼動域を超えて真後ろへ、左へと向き直し、360度回転して正面に戻る。探す為だ、見つける為だ、見据える為だ、この場にいる全ての人間を。

でもそれだけじゃ人形の行動は終わらなかった。回転した頭を今度は真上(・・)へと向けた。遥か上空、ボク達からは何も見つけることが出来ない空へ。学校の敷地内であり、けれど施設内ではない高い場所。


再び人形が動き出す。鈍い音を発しながら動かしたのは醜く捻じ曲がった右腕。その歪な右腕を視線の先に延ばす。

――――――吐き気がするほど気持ち悪く、人形が(わら)った。伸ばした右腕の手首を返して振り下ろした。そして突き刺した。《黒音子》のお腹に。


 「来るぞアキラッ!!耳を塞げ(・・・・・)!!」






















 「―――――――っっっ!!」



人形の腕がお腹に突き刺さったまま、黒い赤子が鳴き始めた。パッチリと、黒い水晶が埋め込まれているかのような真っ黒な目を大きく見開かせて。

涙を流してはいない。声すらも出していない。ただこの場にいる人間の頭に直接気持ち悪い音を叩き込むその鳴き声。


 「くっ……う、うぅ……っっ!!」


頭が、割れそうな程痛い。

『耳を塞ぐ』という行為では、実際には《黒音子》の攻撃を完璧に防ぐ事は出来ない。これはあくまで『鳴き声を聞く気がない』と《黒音子》に思わせるだけの対処法なんだ。


 「…い………た、い……よぉ……」


《黒音子》の広域影響型無差別攻撃、通称『空鳴(そらな)き』。優れた召喚師ならこれが任意の相手のみに攻撃することが出来るし、聞かせた相手を自害させたり同士討ちさせたりする『死音(しね)』や『反狂(はんきょう)』が使えるらしいけど、例によって今回は無理だ。そもそも翔を死なせたいわけじゃないし。


デラクール先生は『強力な精霊じゃない』って言ってたけど、その言葉が嘘に思えるほどえげつない攻撃だ。……いや、精霊っていうのは十全に能力を発揮できなくても、すべからく常識じゃ考えられない程の力を持った存在なんだ。


でも力を出しきれてない方が都合がいい時もある。今だってとんでもなく頭が痛いけど、耳さえ塞いでいればこうして考え事も出来るわけだし、仮に塞いでなくても《黒音子》が鳴いている間だけ気を失う程度の影響しかない。死んじゃったり狂ったり、精神に後遺症を残すわけじゃない。




―――――そう、しっかりと耳を塞いでいれば、こんな時に気を失うことなんてないんだ。




この学校にいる生徒は《黒音子》を知っている。必修授業でも軽く対処法なんかに触れるし、何より《黒音子》はかなり有名な精霊で、魔術師じゃない人でも名前を聞いたことがある程らしい。

当然ボク、あすか、楓はそんなの知らなかったわけだけど、さっき自慢げな先生が余計な知識付きで語ってくれた。『死音』とか『反狂』とかね。


つまり今現在この学校には気を失ってる人は一人しかいないんだ。《黒音子》を知らず、対処法も知らず、無防備に『空鳴き』を受けたその人物。


居場所は人形が教えてくれた。攻撃する相手を見回した時に顔を向けた方角。魔術で風圧や寒さから身体を守りながら、肉眼じゃわからないほど上空へ浮遊したあの馬鹿。


そう、翔は……玄野翔は、天高くから馬鹿みたいに凄い勢いで落下してきたんだ。





フッと、辺りが明るくなった。空は再び雲一つない快晴に戻り、今が15時前であることを改めて理解する。見れば《黒音子》は姿を消しており、初めから何もなかったかのように屋上には静寂だけがある。今頃執行部の先輩達は疲れきってるんだろう。


明るくなったということは遠くを見やすくなったということ。落下する黒い点が徐々にボク達に近づくのが良く分かり、今じゃこうしてシルエットまではっきりと見える。黒い髪の人間……ボクと楓と翔以外にはない色。

意識を取り戻した翔の落下は途中で止まり、頭をブンブンと振り回す。何が起こったのかわからないんだろう、キョロキョロと辺りを見回していた。



 ―――――ダメだよ翔。そんな隙を見逃すわけないじゃないか。



 『第二射!!放てぇぇぇぇええええ!!!!!』

再びデラクール先生の放送が生徒達を動かす。……《黒音子》を攻撃するときより声に気合が入ってるような気がするなぁ。


各自各班各隊の最大魔術が再び展開される。当然この前に全力を出したんだから威力自体は多少落ちてはいるんだろうけど、それでも学校の一生徒に使う規模じゃないことだけはわかる。人一人を殺してしまって尚、大量のお釣りが帰ってくるほどの魔術。駄菓子屋で万札を使うほどの暴挙だ。


翔に襲い掛かる魔術。火が、水が、風が、地が、雷が、氷が、草が、そして僅かに光が、今度は闇も、重力も。攻勢魔術属性全てがあの馬鹿を狙う。

気付いた翔は複数回何処かしらを指差すと、両腕を頭の上で交差し、それを一気に振り下ろす。



――――結果、全ての魔術が生徒達に叩き落された。



 「リリアっ!アレは一体…」

 「恐らく『重力』だろう。込められた魔力が異常な量だからこそ、同じく高位属性である『光』と『闇』諸共墜ちたに過ぎないな。相対した『重力』の攻撃はは消滅させられたようだな」


ボク達がこうして悠長に話していられるのは《黒音子》に近づかずに遠くで待機していたからだ。今頃向こうではとんでもないことが起きてそうだなぁ。……あーあ、沢山の木がメキメキ倒れてるよ。怪我人が少ないといいけど。

 「どうやら各施設は全くの無傷らしい。どうやら指を指していたのは攻撃範囲から外す為だったわけだ」

 「ルール……条件だけはしっかり守るから。反則ギリギリのことはいくらでもやってくるけど」


苦笑いでリリアに返している間に視線の先では戦闘が始まった。空を飛んで近付く生徒から翔は逃げるように地上に降りる。あんな目立つ場所で事を起こすつもりはないらしい。着陸の先は……うん、執行部の中じゃボク達が一番近い。


 「じゃあリリア、行こうか」

 「ああ、待ちくたびれた。そろそろ奴の我侭も矯正してやらねば」


 ……あぁ、ボクも『今の世界』にすっかり染まっちゃったなぁ。あんな爆発音が鳴り響く場所に自ら向かおうとしてるんだから。


地を蹴り木を蹴り空気を蹴り、まるで風のように走り出したリリアを追ってボクは低空を飛んでいく。そういえば翔を見つけたら合図を出すことになってたけど、どうせいらないよね。凄く目立ってるし。




 「居たぞアキラ!ショウだ!!」

リリアの後ろに止まって木の陰から翔を見る。どうやら既に多くの人に見つかったようで、五人の男子生徒に囲まれていた。前に三人後ろに二人、その全てが上級生だ。

 「……どうするリリア、ボク達も行く?」

 「いや、まだ皆が到着していない。先輩方には申し訳ないがここで様子を見させてもらおう」

確かにその通りだ。ボクだって2人だけで翔を捕まえられるなんて思ってないしね。っていうかリリア、『先輩方には申し訳ない』って、もう負けることが決まりみたいじゃんか。もしかしたらあの人たちが翔を捕まえるかも………ううん、ないか。それは。




 「行くぜ一年!!全属性保持者だかなんだか知らねえが、この学校での二年間の差はは決して短くねえことを教えてやる!!」

言葉から推測するに三年生の先輩が大きな声を出す。それは仲間に攻撃のタイミングを知らせる為か、自分を鼓舞する為か。

 

どうやら前者の意味はあったようで、その先輩を含む前三人はそれぞれ遠距離魔術を展開し始めた。全員の属性が『火』であることを見ると、同じグループなんだろう。ドンドン火球を大きくしていく人、小さな火をいくつも漂わせる人、右手に集めた火の周囲がぼやけるほどの熱量を待たせた人。

その間に当然後ろに居る生徒も準備をしていた。こちらは近接戦闘なのか、地面に手を当て土で槍を創り出した人と、懐から取り出したグローブのようなものを両手に嵌めた人に別れた。


 「やれっ!!!」


言葉と同時に火が放たれ、翔の後ろから拳と槍が襲い掛かった。


前後で敵対していた翔は横を向き、右で近接、左で遠距離の攻撃を対処する。展開されるのは『闇』と『重力』。左手の先に創り出された翔ほどの大きさの黒い渦のような物は火を飲み込み、右手の先では槍と拳が翔の目の前で動きが止まる。

斥力と自身の推進力との狭間で一瞬動けなくなった二人を翔はそのまま蹴り飛ばし、闇の渦に触れたままだった左手を今度は先輩方三人に向けた。闇から生まれたのは当然闇。火球のような闇、いくつもの小さな闇、周囲が黒くぼやける闇だ。


翔の闇は、自分が繰り出した攻撃よりも上位の魔術に唖然とした三人に着弾すると思いきや、目の前に創り出された白く透き通る魔術防壁が彼らを守った。『闇』には『光』を。五人とは別の男の先輩が一人、倒れていた木を飛び越えて現れた。


忌々しげに悪い目つきをギラつかせた翔は何かに気付き、空へと視線を向け直した。そこには三人の生徒。上空から降り注ぐ風の刃を衣服に掠めながらも翔は避けきる。

けれど避けた先にはさっき蹴られた上級生二人が立ちふさがる。槍には火を、拳には雷を纏わせた彼らは再び翔に攻撃を仕掛ける。

 「……混戦だな。次から次へと生徒が来るぞ」

 「そうだね……あ、また四人来た。もしかしたらこのまま捕まっちゃうんじゃない?」

 「ふむ……そうだといいのだが、な」


 うん、自分で言っといてアレだけど、勿論そんなことはないと思う。ほら始まった。


見える範囲ですら合計12人にまで膨れ上がった人数は翔を苛立たせるのに十分だった。攻撃を避けながらも器用に頭をガシガシと掻いてなにか良く分からない言葉を叫ぶと、この短い戦闘であらゆる植物が切り倒され、吹き飛ばされ、消し炭になり、既に広場となったしまったこの場の中心に立つ。


 「不味いっ!!離れるぞアキラ!!」

 「う、うん!!!」


全力で後方に飛んだ一瞬後、今の今までボクとリリアが居た場所を含む広範囲が、轟音を伴って何かに押しつぶされる。大会でも見た『重力』による翔の基本的な攻撃だ。基本的であるがゆえに真っ向から防ぐことが難しい攻撃。地面に巨大なクレーターが形成され、その場に居た生徒達は地面と抱擁を交わした。中でも一番可哀想だったのは空を飛んでた人達だ。押しつぶされた上に地面に叩きつけられ、恐らく一瞬で戦闘不能になっただろう。


唯一その場に立っていられたのは『光』の術師。片膝をつけ息を荒げながらも、右手を天に掲げた状態で何とか翔に相対する。上級生はニヤリと笑って翔を挑発し、このまままた戦いが始まるのかと思ったんだけど。


 「先輩、無理は良くないですよ」

 「………チッ、うるせーよ一年。動きたくても脚が動かねーんだよ」

 「空を飛んでけばいいじゃないですか。あ、ここに居る人達も全員連れてってくださいね」

 「だからうるせーんだよ。魔力も切れかかってんだよ。もう少し休憩すりゃ動けるがよ」

 「え?」

 「え?」

 「……………せいっ」

 「ぐはっ!!」

 ひどっ!?

動けるようになっちゃったらまた自分に襲い掛かってくると思ったんだろうか、満身創痍の上級生に放った空気の塊は簡単に命中し、先輩はそのまま吹っ飛ぶ。

彼が動かなくなったことを確認すると翔は倒れている人を浮かして一塊に纏める。漫画とかでよくある人が山積みになった状態だ。一応男子が下、女子が上になってはいるけど一番下の人はちゃんと息出来てるのかな。

 

翔が辺りを見回し始めた。目の前の前衛的なオブジェに見向きもせず、キョロキョロと何かを探すように。


……ニヤリと、笑った。




 「………なあおい、そこにいるのはわかってるんだ。早く出て来いよ」




 「「―――――――ッッ!!?」」

唐突に言った翔の一言でボクとリリアの身体が固まった。

翔と戦った人達はみんな意識を失っている。つまり今の言葉はそれ以外に向けられている。


 「なんだよ、来ないのか?早くしないとまた逃げちゃうぞ?」 

腹立たしい笑顔を浮かべながら呟く。


翔の言葉から察するに、うまく隠れているつもりでもボク達は既に見つかっている。このままここに居ても翔は逃げちゃうし、もしかしたらそう見せかけて攻撃してくるかもしれない。

リリアに目配せ。彼女も強く頷く。


覚悟を決め、太い木の陰から出ようとした時だ。―――その声が聞こえたのは。




 「あら、うまく隠れたつもりでしたのに。仮にもワタクシの上に立つだけのことはありますわね」

 「………っ!!」




ゆっくりと倒れた木の後ろから現れたのは金髪の女生徒、エリカ=リクト=ノルトライン=ヴェストファーレン。右手で髪を梳き、淡い微笑を湛えているその姿は正に貴族。同姓のボクから見ても見惚れるくらいに優雅。


 「……というより貴方、何故そのように驚いておりますの?」

 「え?いや、だって、本当に居るとは思わなかったし」


 ……………。


 「ほら、奇襲とかされると嫌だったからさ、取り合えず言ってみたんだけど………なんかごめんな」

 「…………。さて、ワタクシがここに居る以上、貴方の悪行もここまでですわ。神妙にお縄に付きなさいな」


 流石エリカ。スルースキルも高いね。

 「まあ……無視されるのはいいんだけどさ。ってかお前一人で戦うつもりか?」

 「まさか。カエデがそのような作戦を立てるとでも思いまして?」

 「……ありえないな。つーかやっぱこの事態は楓の仕業かよ。俺の平穏な学校生活を返せってんだよ」

 「そうですか。……何か言うことはありまして?」


そう言って横を向いたエリカの視線の先、空からふわりと舞い降りたのは、柔らかに微笑む楓。


 「何もありませんよ。私だって返せるものなら返してあげたいですし。ねえ、あすかさん?」

 「そうだね。でもね翔ちゃん、最初から存在しないものを返すことは誰にも出来ないんだよ」

 「それにクロノ君には平穏なんて似合わないと思うんだよね」


何時からそこにいたんだろう、あすかとユーリもニコニコしながら翔を取り囲む。


 「似合わない、だって?おいおいユーリ、最近お前あの馬鹿と一緒に居すぎて馬鹿が移ったんじゃないのか?」

 「カッカッカ、その馬鹿ってのは間違いなくお前だよな、馬鹿の総大将さんよ。いや、馬鹿の到達点の方が聞こえがいいか?」


威風堂々。木々の間から現れたのはカイル。彼もまた笑顔、戦う人の表情だ。


 「ほれ、じゃあそこのヤツラを頼むわ」

 「は、は、はいっ!!」


誰の声かと思ったら、どうやらその声の持ち主はカイルが連れてきた同学年の女の子だった。彼女は翔をチラッと見るととてつもなく怯え、一目散に人の塊に走っていく。そこで『風』の魔術を展開するとその塊を浮かし、もう一度翔を見てやっぱり怯えながらもこの場から即座に立ち去る。


 「おい馬鹿の極み、誰だあの子は。いくらなんでも俺に怯えすぎじゃないか」

 「テメーの顔面の所為だろうがこの天上天下唯我独尊馬鹿。そこらへん歩いてたから連れて来たんだ。先輩達には悪ぃが邪魔だったからな」


こんな時でも軽口の応酬はなくならないんだ。少し、面白いな。ボクが男のフリをしてた時は罵倒しあった事なかったから。

 「どうやら、私達もこの場に出るべき時のようだな」

そうボクに告げたリリアもまた笑っていて、なんだか凄く楽しそうで。



 ――――――みんな、変だ。



 今からボク達は翔と戦うんだ。

 大事な人に大怪我をさせちゃうかもしれない。

 逆にボク達だって無事じゃ済まないかもしれない。

 ボク達が勝ったって、翔が勝ったって、みんな痛い思いをするだろうし、もしかしたら恨まれたりだってするかもしれない。

 もう二度と、みんなで一緒に笑い合えなくなるかも知れない。

 

 「年貢の納め時、というのはこういう事を言うのだな。ショウ、諦めろ」

 「ぁあ?んだよ、リリアも居たのかよ」


 話し合いで解決できればいいじゃないか。

 それが無理なら別に注射なんて無理矢理受けさせなくてもいいじゃないか。

 もし病気になっても自業自得なんだし、多分それに翔なら自分で何とかするよ。それに、魔力超過?死の危険性があるんだって?そんなのインフルエンザや単なる風邪だって一緒じゃないか。『前の世界』の時も翔は予防接種を一度も受けなかったよ。それで病気にかかって、辛い思いをして、それでも今こうして元気にボク達に取り囲まれているんだ。だったら今回だって何とかなるよ、きっと。


 「あーあ、なんやかんやでこれでいつものメンツが揃ったわけだ。……ん?一人足らないな。便所か?」



―――――――ああ、駄目だ駄目だ、やっぱりボクが一番変だ。頭では分かってるのに心がそれに反対する。


色々と考えた。

理性がボクを止めている。

馬鹿だ。こんなことをするのは馬鹿だ。

人なんて簡単に殺してしまうような魔術を、友人に向けるなんて正気の沙汰じゃない。

笑顔で他人と傷つけあうなんて、狂ってる。


でも心が語りかけてくるんだ。

馬鹿?正気の沙汰じゃない?狂ってる?―――結構じゃないか。

翔は馬鹿だ。注射如きでここまで事態を大きくさせるなんてそれこそ正気の沙汰じゃない。狂ってるとしか思えない。

だったらさ、そんな人間が束ねるボク達7人も、馬鹿でも正気の沙汰じゃなくても狂っててもいいじゃないか。おかしくなったっていいじゃないか。


みんなで馬鹿やって、みんなで失敗して、みんなで反省して、みんなで立ち直ればいい。

それが仲間。それが友達。それが、ボク達だ。



もう、駄目だ。ボクももう、笑顔が抑えきれない――――!!





 「あのね翔、女の子に向かって失礼じゃない?」

 「ふーん、やっぱりいたか。つーかさぁ、何でみんなして笑ってるんだよ。気持ち悪いな」

 気持ち悪いだって?まったくもう、どこまで突き抜けて失礼なんだ。こんな美男美女の集まりに向かってさ。


笑顔で、ボクは思った。




 「そりゃ笑いもするぜ。この手でテメーをぶん殴れるときがやっと来たんだからな。大会の時の借りはこの場で返すぞ」

 「一対多数でよくそんな事が平気で言えるな。これはアレだ、集団イジメだ。お前らの所業をせんせーにいうぞー!」

 「なに小学生みたいなことをいってるのさ。それに翔ちゃん、一応いっとくけどフラー先生に言ったところでなんの解決にもならないからね?」

 「けっ!!教師までもがイジメに加担か!あぁーあ!!この先この学校はどうなるのかねぇ!!」

 「苛めとは強者が弱者に対し不当に振舞う事。ですが私達にはそんな壁ありません。いえ、むしろこれでもまだ私達の方が弱者側かもしれませんね」

 「……逆に質問するけどさ、お前ら恥ずかしくないのか?いくらなんでも一人に対して七人で攻撃しようってのはよ」

 「強大な敵に対して、仲間と共に力を合わせて立ち向かう。それの何処が恥ずかしいことなのだ?私には誇るべきことにしか思えんが」

 「敵……か。なあおい、誰か教えてくれ。どうすれば俺はダイジなダイジなトモダチと争わずに済むんだ?」

 「一部棒読みなのは無視するけど、簡単な話だよ。クロノ君がちゃんと注射を受ければいいだけなんだ」

 「分からず屋だな。それが嫌だから今こうしてこの場所に立ってるんじゃないか」

 「ならば、諦めなさい。……もう言葉は必要ありませんわ。ワタクシ達はワタクシ達の正義を、貴方は貴方の正義を貫けば良いだけですから」


 そうさ、もうこれ以上ボク達に話すことなんてない。やることは唯一つ、ただ目の前の障害を打ち倒して、自分が成したい事を成すだけ。


 大事な人に大怪我をさせちゃうかもしれない?

 逆にボク達だって無事じゃ済まないかもしれない?

 ボク達が勝ったって、翔が勝ったって、みんな痛い思いをするだろうし、もしかしたら恨まれたりだってするかもしれない?

 もう二度と、みんなで一緒に笑い合えなくなるかも知れない?


―――――――だから、なんだ。こんな事位で崩れてしまう程、ボク達の絆は弱くない。心配なんか要らないんだ。



 「………そっか。避けられないんだな、この戦いは」

ポツリと、呟くように翔が言う。その声色もどこか楽しそうで。



 「おいカイル、男には決して譲れない道ってのがあるんだ」

 「ああ、良く分かるぜ。そして男なら黙って力で道を示すべきだってこともな」

カイルが、その身に《身体強化》を施しながら言う。


 「聞かせてくれユーリ。俺達は本当にこのまま戦うべきなのか?」

 「そんなの僕にはわからないよ。だからこそ戦って、答えを見つけたいんだ」

ユーリが、右手を翔に突きつける。


 「小学生の頃からの付き合いだからな、あすかとはよく喧嘩もしたよな」

 「うん。そしてその度に仲直りしてきたよ。多分今回もおんなじだろうね」

あすかが、胸元のネックレスを握り締める。


 「楓と本気で争うのは初めてだ。戦いが終わってもお互い(わだかま)りが残るかもしれないな」

 「そんなことはありませんよ。理由は有りませんけど、心で感じるんです」

楓が、両手を重ねて前に突き出す。


 「喧嘩しないでずっと仲良く。リリアもそれが一番だと思わないか?」

 「だがその為に言いたいことも言えないのであれば、そんな交友関係私は要らないな」

リリアが、指を滑らせるように氷刀を創り出す。


 「エリカになら分かるだろ?争う事の無意味さが」

 「同時に、人間は何かと争うことで進化してきた、という事も存じておりますわ」

エリカが、両手に煌びやかな剣を構える。


 「なあ晃。俺は喧嘩とか誰かと争うってのは嫌いなんだ。中学生の頃からそうだったよな」

 「……そうだね。ボクは翔が案外平和主義者だって事は良くわかってるつもりだよ。何度か喧嘩に巻き込まれた事もあったけど、それも全部相手から売られた喧嘩だったしね。でもそれすらも避け続けてたのも知ってるし、本当に殴り合いになったのも数回しかないことも知ってるよ。……でも」

 「………でも?」

首を横に振ることで翔に応える。翔も何かを感じ取ったのか、特に何も追及しては来なかった。



もう一度自分を取り囲んで居るボク達を見回すと翔は小さく溜息をついた。それは諦めにも似た覚悟の証。分かったんだ、理解したんだ、今回の戦いは、翔がかつて避けきることが出来なかった喧嘩と同じなんだって。

…………ううん、違う。分かったんじゃなくて分かってたんだ。理解したんじゃなくて理解してたんだ。

さっき言い掛けた言葉がボクの脳裏に過ぎる。


  ――――――でも、駄目なんだよ翔。もうボク達は止まらないんだ。この身を湧き上がらせるような高揚感を切り捨てることなんてできっこないんだよ――――――


 なんだ、簡単なことじゃないか。翔だって楽しいんだ。さっきポツリと呟いた時も楽しそうな雰囲気だったし、何よりほら。


――――――あの翔が、あの面倒臭がりの翔が、あんなにも笑顔じゃないか。



 「………最後に一言だけ。無駄かもしれないけどもう一度みんなにお願いだ。……いや、魔術執行部第一学年長からの命令でもいいや」


空を見上げて、静かに言う。


 「頼む。このまま俺を、見逃してくれないか?」


 ……あははっ、面白いな。この期に及んでそんなことを言うんだ。できっこない事を平気な顔で言うんだ。どんな逆境でも自分の意志を曲げることがないんだ。

 流石は玄野翔。それでこそ玄野翔。

 そう、それでこそ、ボクが惹かれたただ唯一の人。


周りを見ればみんなも笑っていて。言葉を投げかけた翔すらも笑っていて。


今から数十分後、ボクはこの場に立っていられるだろうか?

気を失っていたり、医務室に運ばれていたりしないだろうか?

……立っていられるといいな。どっちが勝ってもどっちが負けても、それは絶対に素晴らしい結末になるだろうから。


―――――さあ、早く戦いの火蓋を切って落とそう。たった一言叫べば楽しい時間が始まる。


息を大きく吸い込もう。大きな声を出そう。心の底から叫ぼう。全力でボク達の意思を伝えよう。

それぞれの想いが重なったその瞬間、示し合わせたかのようにボク達の声もまた重なった。まるで脚本でもあるかのように。神様がそう仕向けたかのように。








 「「「「「「「断るっっ!!!!!!」」」」」」」










これから始まるのは様々な魔術が飛び交う大規模な戦闘。三人の上級生を含め、魔術執行部が総出でこなす初めての任務。恐ろしくも楽しい時間。後に、たった一人の男子生徒が【アレクサンドリア立教育機関】に喧嘩を売った空前絶後の事件とされる出来事。

男子生徒の名前は【ショウ=クロノ】。黒目黒髪、他者を寄せ付けぬ風貌を持っていたとされる少年はこの日、そう遠くない未来に『その名を知らぬ物はこの学校にはいない』称されるほどの存在となった。


―――――――そう、彼は伝説になったんだ。『変態』の二文字と共に。




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